亡国の少年は平凡に暮らしたい

くー

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少年は決勝を戦った(絵有)

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 決勝戦が始まる。

 ロムとザラムは、ともに保護区で支給された服を着ていた。アドルに怒られそうだけど、自分だけご立派な騎士の服を着ていくのは嫌だった。

 保護区で与えられる服には、全て保護区の紋章が付けられている。胸にあるボタンや、背中の首元にそれが入っている。
 紋章は翼を表している。恵まれなかった子供達に、自由に羽ばたいて巣立ちしてほしいとの願いが込められているそうだ。



 そのボタンを外し、マントを取ってアイラスに渡した。ザラムも同様に渡していた。
 アイラスはどっちを応援するんだろう。彼女の事だから、友達に優劣を付けたりはしないと思う。それでも、付き合いが長い分だけ自分を応援してくれたらいいなと思っていた。
 想いを伝えるイヤリングを手で抑え、そのままの気持ちをこめてみた。マントを丁寧に折り畳んでいたアイラスが、顔を上げてロムを見た。彼女は声を出さず、口だけ動かした。頑張ってと言う形に動いていた。
 それは何よりの応援だった。



 受付で短刀を預け、二人分の刀を受け取った。その一本をザラムに手渡した。
 手を引いた方がいいのかな。顔をうかがうと、ロムの方を真っすぐ向いている。目は見えなくとも、こちらの位置を把握している。だったら、このまま歩けば後をついて来れるんだと思う。そこまで考えて、それくらいできるようじゃないと、試合にならないよなと苦笑した。

 行こうと声をかけると、無言で頷いた。少し笑っていた。



 観衆がざわついていた。決勝戦が共に子供であること、どちらも同じ保護区の服を着ている事に驚いているようだった。
 背格好も似ていて、得物も同じ刀。遠目にわかる違いは髪の色だけ。それは明るい金髪と漆黒の髪で、対照的だった。

「白い方、最年少で自由騎士になった子じゃないか? あの子が勝つぜ」
「いや、黒い子の試合見てきたけど、鬼のような強さだったぞ」

 白じゃないんだけど。そう思いながら、審判の言葉を待った。



 審判が始まりを宣言しても、二人は上段に構えたまま動かなかった。動けなかった。隙がない。静まり返った空気の中、観衆がざわめき始めた。

 風が吹いた。
 その瞬間、残像を残して二人は前へ飛んだ。

 二人とも風を斬るように速く、間合いの内側まで一気に詰めよった。

 迫ってくる刀を落ち着いて受け流し、ザラムの体勢を崩した。すかさず打ち込んだけれど、引きが速くて捕らえられなかった。

 再び距離を取り、今度は下段に構えた。ザラムも同じように構えた。ロムの口端が上がると、彼も同じように上げた。見えているのかと錯覚しそうになる。

 お互いじりじりと間合いをつめ、また同時に踏み込んだ。
 金属音が鳴り響き、打ち込んだ刀が流れるように傾いた。吸い寄せられるように受け流され、まずいと思った時には体勢を崩されていた。

 最初に仕掛けた技をやり返されたわけだけど、よりしなやかで美しい。いや、これは舞踊じゃない。戦いだ。そう思って、なりふり構わず地面を蹴って横に逃げた。

 薙ぎ払うように刀が追ってきた。剣圧も含めて紙一重で避け、身体を捻った勢いのまま打ち込んだ。切っ先は、ザラムの喉元で止めた。



「負けた」

 ザラムが降参の意を示し、審判がロムの勝利を宣言した。大歓声が巻き起こった。

 刀を鞘におさめ、ため息をついた。勝てたのは運が良かったと思う。少しでもタイミングがずれていたら、自分の方が負けていた。
 ザラムを見ると、やっぱり少し笑っていた。

「ロム、強い」
「ザラムもね」

 受付まで二人で歩いて行った。アイラス、トール、リンド、レヴィの四人が来ていた。

 これで胸を張ってアイラスに副賞をあげられる。賭けの内容だと、負けても手に入ることになっていたけれど、それだとさすがに情けない。もし負けていたら、自分を経由せず直接彼女にあげてもらうよう頼むつもりだった。

 受付前に雑に立てかけてある試合用武器に、二本の刀を戻した。
 ふと、一本の刀が目に入った。試合用の刀は、どれも切れ味の鈍った質の悪いもののはずだ。
 その刀は柄も鞘も傷一つなく、装飾も美しかった。新品のように見え、逆に使い込まれた年代物の雰囲気もあわせもっていた。こんな刀、あったかな……。
 刀身はどんなに綺麗なんだろう。見てみたい。刀に魅入られたように、ロムは手を伸ばした。

「ロム! ダメ! それに触っちゃダメ!!」

 アイラスがロムを強く突き飛ばした。立てかけていた武器がガラガラと崩れ落ちた。受付のお姉さんが慌てて立ち上がった。ロムも慌てて、倒れた武器を拾おうとした。

 アイラスは立ち上がらなかった。その手に、先程の刀が握られていた。

「アイラス……?」

 顔を上げたアイラスの目から、意思の光が消えていた。
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