亡国の少年は平凡に暮らしたい

くー

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少年は嬉しい(絵有)

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 ロムが見守る中、アイラスはため息をついた。そして、意を決したように顔を上げた。



「……ロムに、嫌われたかと……思っちゃって」



 拍子抜けして、笑みが漏れた。アイラスの顔が、みるみる赤くなった。

「笑わないでって、言ったじゃない!」
「ごめんごめん」

 そう言っても、顔が緩んで仕方がなかった。ただ、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。



 ロムは笑いをこらえながら、さっきは座れなかった彼女の隣に腰を下ろした。横からはキツい視線が注がれている。

「ごめん。アイラスの事を笑ってるわけじゃないんだ。俺、嬉しくて……」
「嬉しい……?」
「アイラスは、俺よりザラムの方が好きのかなって……心配だったから」
「エェッ!? な、なんで、そうなるノ? そ、そりゃあ、ザラムも好きだけど、ロムを好きな気持ちとは、意味が全然違うヨ!」

 好きだと、アイラスの口からはっきり聞けた。それだけの事が、とても嬉しかった。



 でも今、そのアイラスにジト目で睨まれている。
 困った。どうやって機嫌を取ればいいか、さっぱりわからない。嬉しすぎて、申し訳ないと言う気持ちが微塵も湧いてこない。



 ふっとアイラスの目が優しくなった。

「ホントにロムは、ロムだよネ」
「何それ」

 笑いながら言うので、ロムも笑いながら返事をした。



 アイラスが、ぐいと身体を近くに寄せて、顔を覗き込んできた。彼女の顔が近すぎて、息が止まった。

「ロム。ロムはカッコいいヨ」

 意味がわからず、すぐに返事ができなかった。理解すると、顔が火照ってきた。



「え……で、でも……ザラムの方が、カッコ良くない?」

 恥ずかしくて顔をそらそうとしたら、アイラスが両手でロムの頬を包み込んだ。向きを直され、また彼女の顔が迫ってきた。さっきより近い。近すぎる。
 甘い香りがして、頭がクラクラしてきた。まともに受け答えができそうにない。



「ザラムもカッコいいよネ。でも私は、ロムが好き。ロムの顔も、明るい金髪も、蒼い目も大好き」

 自分の目の色なんて忘れていた。鏡なんて、まともに見ない。そういえば、蒼いと言われた事がある気がする。
 アイラスが好きな色なのだとしたら、蒼で良かったと思う。



 頭は固定されて動かせないけれど、視線だけ何とか外した。そして、乾いた喉から声を絞り出した。

「で、でも……俺の髪は、色が薄くて……はっきりしないと、思うけど……」
「私は好きだヨ。太陽の色みたい」

 アイラスの指がロムの髪を梳いた。指先は優しくて気持ち良い。思わず目を閉じた。閉じたまま、回らない頭で必死に言い訳を考えた。



「か、顔は? 傷痕もあるし……俺には、いいとは、思えな……」

 言い終わる前に、傷痕のまぶたの部分に柔らかくて温かい何かが触れた。
 驚いて目を開けると、目の前に唇があった。

 ゆっくりそれが遠ざかり、中腰になっていた彼女は、岩に腰を下ろした。頰から手が、髪から指が離れていった。

 思考がグラグラと揺れて、目が回るような感覚に陥った。どう反応していいか、わからない。顔がとても熱かった。



「前にも言ったでしょ? その傷痕もカッコいいヨ」
「な、なんで……?」
「わからない? ロムが好きだからだヨ。ロムの物は、全部好きになっちゃうノ」

 笑顔がとても色っぽいと思った。年下には見えない。いや、『知識の子』に肉体年齢は意味がない。アイラスは生まれて一年にも満たないけれど、その心は多分年上だ。
 自分が翻弄されているように思えてきた。いつから彼女は、こんなに積極的になったんだろう。女の子って怖い。



「でもロム。なんでザラムと比べるノ? アドルの方が美人じゃない?」
「それは……そうだけど……ザラムの髪とか、目がいいなって……」
「黒が好きなノ?」
「うん……」
「ザラムは本当は白いんだヨ。なんで、黒くしてると思う?」
「『神の子』である事を隠すためじゃないの?」
「それだったら、何色でもいいじゃない。ザラムが、自分では見えないのに、黒を選んだ理由、わかる?」

 そんな事、わかるわけない。
 アイラスがそれを聞いてくる意味も、ロムにはわからなかった。



 しばらく返事を待っていた彼女が、優しく微笑んだ。

「ミアの色だからだヨ。ザラムが大好きなミアの色だから、黒にしてるんだヨ」
「じゃあ、俺が黒を好きなのは……」
「好きなのは?」
「……言わなきゃだめ?」
「言って欲しいなぁ」

 きっとアイラスは、この答えを知っている。知っていても言わせたいとか、すごく意地が悪い。
 でも、それが嬉しいと感じる自分も居る。くすぐったいような気持ちで、口を開いた。

「アイラスの、色だから……」
「私がロムの全部を好きな理由、わかった?」
「……うん」



 どうしよう。アイラスがとても愛おしい。彼女に触れたくて仕方ない。触れたらどうなるか、わからなかった。自分を制御できる自信は、全くなかった。

 早く誰か戻ってきて欲しい。いや、誰も戻って来なければいい。ずっと二人で居たい。相反する想いが、ロムの中で争っていた。





「あ、みんなが戻ってきたヨ」

 アイラスが嬉しそうに言って、岩から立ち上がった。ロムを振り返った顔は、いつもの無邪気な彼女だった。



 ロムの心臓は、まだ落ち着いていなかった。
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