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さいごの刻
少年の弱点(絵有)
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「おぬしには、何というか……苦手とする立ち回り、といったものは無いかのぅ……」
言いたい事はわかる。でもレヴィが自分に苦戦する様なんて、全く想像つかなくてピンとこなかった。
そもそも彼女は今、どのくらい動けるんだろう。
レヴィの腕に触れてみた。筋肉はそれなりに締まっている。ただ、得物が何もない。以前なら素手でも十分に強かったのだけど。
「レヴィの実力を知りたいのか? アドルと手合わせして、五分五分らしいが……」
想像より上だった。それならば何とかなりそうなネタがある。あまり人に知られたくないけれど、この二人なら構わない。
ロムは人差し指を縦にして、傷痕のある右目に重ねて見せた。それから、両耳を指差した。
わかるかなと思って顔を伺うと、トールは訝しげで何も伝わってないのは明らかだった。
だが、レヴィは表情を変えた。トールに触れたので、何かを伝えようとしている。少し遅れて、トールの表情も変わった。
「おぬし……右目があまり見えぬのか? それで、それを耳で……音で補っておると?」
そう、その通り。伝わった事が嬉しくて、首を何度も縦に振った。
今のレヴィは何をしても無音だけど、傀儡は普通に喋るし足音もした。
ロムにとって、つまり傀儡達にとって、音は周囲を把握する重要な情報源で、相手から何も聞こえないのは不利なはずだ。
アイラスは、魔法を容易く使わせないために街から音を奪ったのだろうけど、傀儡の複製元は失敗だったと思う。
彼女はこの身体の欠陥を知らない。夜目が効くと言った事があるけれど、実のところ人一倍良いのは目じゃなくて耳なのだから。
ましてや今は夜で月も隠れている。この暗闇では、右目の視界は無いに等しい。
あの雲が動かないでくれたら良いのだけど。そう思って空を見上げた。
「月明かりが必要なのか?」
いや、逆だって。慌てて首を横に振った。レヴィもトールの腕を乱暴に掴んだ。訴えているのだと思う。
「ああ、あの雲はわしが呼び寄せたものじゃ。月の光も魔力を秘めておるでな。アイラスの回復を遅らせるためじゃが、傀儡とやり合うに有利なら一石二鳥じゃ」
安心して頷いた。
後は得物だ。ロムは腰から短刀を一本抜きとった。こちらの手数が減るが、レヴィの戦力を少しでも上げたかった。
「待て待て。レヴィの得物は、わしがこさえよう。使いやすい形を思い浮かべてくれ」
言いながら、しゃがみ込んで手の平を地に当てた。その肩にレヴィが手をのせる。
トールが何か呟くと、手を当てた部分の石が不自然に動いた。
ゆっくり引き上げると、街道には穴が空き、トールの手には一振りの剣が握られていた。あの穴、後で叱られないかな。
レヴィが剣を受け取って、鞘からゆっくりと引き抜いた。平凡で飾り気もないが、なぜか美しいと思った。剣を持つ彼女自身のようだとも思った。
レヴィが満足そうに鞘に収めたところで、違和感に気が付いた。
鞘を左手で持っている。それだと右手で剣を振るう事になる。
彼女の利き腕は右だけど、いつも剣は左で扱っていた。右手は筆を持つから、傷めてはダメだからだと。
身体が変わると利き腕も変わったりするんだろうか。
——違う。
弱くなった今の身体では、利き腕じゃないと傀儡と渡り合えないからだ。
何故、不便を承知で身体を変えたりしたんだろう。あんなに嫌がってたのに。
絵は以前のように描けるんだろうか。
描けなくなったから、大切にしないんだろうか。
憶測が頭の中を巡り、よくわからなくなってレヴィに近付いた。無造作に下げられた彼女の右手を取り、壊れ物のように両手で包んで持ち上げた。
レヴィにとって一番大切なのは絵で、その絵を描く右手もかけがえがないはずだ。なんて言えばいいかわからない。そもそも声が出ない。なんだか胸が苦しかった。
不意に手が振り解かれ、ロムは肩を掴まれた。えっと思う間に引き寄せられ、顔が胸元に埋まった。一瞬だけ強く抱きしめられ、頭を軽く叩かれた。
大丈夫、心配するな。そう言われているようだった。
「ロム。レヴィが身体を変えたのはのぅ、アド……」
言い終わる前に鈍い音が響いた。レヴィがトールの頭を殴っていた。レヴィの動作でもトールに当たると音が出るらしい。仕組みがよくわからない。
「わ、わかったわかった……わしから言う事ではないな。後で本人から聞いてくれ」
後で。そう、アイラスを助けた後だ。
見張るように立っている傀儡達を見据え、その背後の丘に目を向けた。
あの魔法の光が灯っている限り、彼女は生きている。風にも揺れず不自然だけど、ロムの目には希望の灯火のように映っていた。
言いたい事はわかる。でもレヴィが自分に苦戦する様なんて、全く想像つかなくてピンとこなかった。
そもそも彼女は今、どのくらい動けるんだろう。
レヴィの腕に触れてみた。筋肉はそれなりに締まっている。ただ、得物が何もない。以前なら素手でも十分に強かったのだけど。
「レヴィの実力を知りたいのか? アドルと手合わせして、五分五分らしいが……」
想像より上だった。それならば何とかなりそうなネタがある。あまり人に知られたくないけれど、この二人なら構わない。
ロムは人差し指を縦にして、傷痕のある右目に重ねて見せた。それから、両耳を指差した。
わかるかなと思って顔を伺うと、トールは訝しげで何も伝わってないのは明らかだった。
だが、レヴィは表情を変えた。トールに触れたので、何かを伝えようとしている。少し遅れて、トールの表情も変わった。
「おぬし……右目があまり見えぬのか? それで、それを耳で……音で補っておると?」
そう、その通り。伝わった事が嬉しくて、首を何度も縦に振った。
今のレヴィは何をしても無音だけど、傀儡は普通に喋るし足音もした。
ロムにとって、つまり傀儡達にとって、音は周囲を把握する重要な情報源で、相手から何も聞こえないのは不利なはずだ。
アイラスは、魔法を容易く使わせないために街から音を奪ったのだろうけど、傀儡の複製元は失敗だったと思う。
彼女はこの身体の欠陥を知らない。夜目が効くと言った事があるけれど、実のところ人一倍良いのは目じゃなくて耳なのだから。
ましてや今は夜で月も隠れている。この暗闇では、右目の視界は無いに等しい。
あの雲が動かないでくれたら良いのだけど。そう思って空を見上げた。
「月明かりが必要なのか?」
いや、逆だって。慌てて首を横に振った。レヴィもトールの腕を乱暴に掴んだ。訴えているのだと思う。
「ああ、あの雲はわしが呼び寄せたものじゃ。月の光も魔力を秘めておるでな。アイラスの回復を遅らせるためじゃが、傀儡とやり合うに有利なら一石二鳥じゃ」
安心して頷いた。
後は得物だ。ロムは腰から短刀を一本抜きとった。こちらの手数が減るが、レヴィの戦力を少しでも上げたかった。
「待て待て。レヴィの得物は、わしがこさえよう。使いやすい形を思い浮かべてくれ」
言いながら、しゃがみ込んで手の平を地に当てた。その肩にレヴィが手をのせる。
トールが何か呟くと、手を当てた部分の石が不自然に動いた。
ゆっくり引き上げると、街道には穴が空き、トールの手には一振りの剣が握られていた。あの穴、後で叱られないかな。
レヴィが剣を受け取って、鞘からゆっくりと引き抜いた。平凡で飾り気もないが、なぜか美しいと思った。剣を持つ彼女自身のようだとも思った。
レヴィが満足そうに鞘に収めたところで、違和感に気が付いた。
鞘を左手で持っている。それだと右手で剣を振るう事になる。
彼女の利き腕は右だけど、いつも剣は左で扱っていた。右手は筆を持つから、傷めてはダメだからだと。
身体が変わると利き腕も変わったりするんだろうか。
——違う。
弱くなった今の身体では、利き腕じゃないと傀儡と渡り合えないからだ。
何故、不便を承知で身体を変えたりしたんだろう。あんなに嫌がってたのに。
絵は以前のように描けるんだろうか。
描けなくなったから、大切にしないんだろうか。
憶測が頭の中を巡り、よくわからなくなってレヴィに近付いた。無造作に下げられた彼女の右手を取り、壊れ物のように両手で包んで持ち上げた。
レヴィにとって一番大切なのは絵で、その絵を描く右手もかけがえがないはずだ。なんて言えばいいかわからない。そもそも声が出ない。なんだか胸が苦しかった。
不意に手が振り解かれ、ロムは肩を掴まれた。えっと思う間に引き寄せられ、顔が胸元に埋まった。一瞬だけ強く抱きしめられ、頭を軽く叩かれた。
大丈夫、心配するな。そう言われているようだった。
「ロム。レヴィが身体を変えたのはのぅ、アド……」
言い終わる前に鈍い音が響いた。レヴィがトールの頭を殴っていた。レヴィの動作でもトールに当たると音が出るらしい。仕組みがよくわからない。
「わ、わかったわかった……わしから言う事ではないな。後で本人から聞いてくれ」
後で。そう、アイラスを助けた後だ。
見張るように立っている傀儡達を見据え、その背後の丘に目を向けた。
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