亡国の少年は平凡に暮らしたい

くー

文字の大きさ
228 / 233
さいごの刻

少年の弱点(絵有)

しおりを挟む
「おぬしには、何というか……苦手とする立ち回り、といったものは無いかのぅ……」



 言いたい事はわかる。でもレヴィが自分に苦戦する様なんて、全く想像つかなくてピンとこなかった。
 そもそも彼女は今、どのくらい動けるんだろう。

 レヴィの腕に触れてみた。筋肉はそれなりに締まっている。ただ、得物が何もない。以前なら素手でも十分に強かったのだけど。



「レヴィの実力を知りたいのか? アドルと手合わせして、五分五分らしいが……」

 想像より上だった。それならば何とかなりそうなネタがある。あまり人に知られたくないけれど、この二人なら構わない。



 ロムは人差し指を縦にして、傷痕のある右目に重ねて見せた。それから、両耳を指差した。

 わかるかなと思って顔を伺うと、トールは訝しげで何も伝わってないのは明らかだった。
 だが、レヴィは表情を変えた。トールに触れたので、何かを伝えようとしている。少し遅れて、トールの表情も変わった。



「おぬし……右目があまり見えぬのか? それで、それを耳で……音で補っておると?」

 そう、その通り。伝わった事が嬉しくて、首を何度も縦に振った。



 今のレヴィは何をしても無音だけど、傀儡は普通に喋るし足音もした。
 ロムにとって、つまり傀儡達にとって、音は周囲を把握する重要な情報源で、相手から何も聞こえないのは不利なはずだ。



 アイラスは、魔法を容易く使わせないために街から音を奪ったのだろうけど、傀儡の複製元は失敗だったと思う。
 彼女はこの身体の欠陥を知らない。夜目が効くと言った事があるけれど、実のところ人一倍良いのは目じゃなくて耳なのだから。

 ましてや今は夜で月も隠れている。この暗闇では、右目の視界は無いに等しい。
 あの雲が動かないでくれたら良いのだけど。そう思って空を見上げた。



「月明かりが必要なのか?」

 いや、逆だって。慌てて首を横に振った。レヴィもトールの腕を乱暴に掴んだ。訴えているのだと思う。



「ああ、あの雲はわしが呼び寄せたものじゃ。月の光も魔力を秘めておるでな。アイラスの回復を遅らせるためじゃが、傀儡とやり合うに有利なら一石二鳥じゃ」



 安心して頷いた。
 後は得物だ。ロムは腰から短刀を一本抜きとった。こちらの手数が減るが、レヴィの戦力を少しでも上げたかった。



「待て待て。レヴィの得物は、わしがこさえよう。使いやすい形を思い浮かべてくれ」

 言いながら、しゃがみ込んで手の平を地に当てた。その肩にレヴィが手をのせる。
 トールが何か呟くと、手を当てた部分の石が不自然に動いた。
 ゆっくり引き上げると、街道には穴が空き、トールの手には一振りの剣が握られていた。あの穴、後で叱られないかな。



 レヴィが剣を受け取って、鞘からゆっくりと引き抜いた。平凡で飾り気もないが、なぜか美しいと思った。剣を持つ彼女自身のようだとも思った。



 レヴィが満足そうに鞘に収めたところで、違和感に気が付いた。

 鞘を左手で持っている。それだと右手で剣を振るう事になる。
 彼女の利き腕は右だけど、いつも剣は左で扱っていた。右手は筆を持つから、傷めてはダメだからだと。
 身体が変わると利き腕も変わったりするんだろうか。



 ——違う。



 弱くなった今の身体では、利き腕じゃないと傀儡と渡り合えないからだ。

 何故、不便を承知で身体を変えたりしたんだろう。あんなに嫌がってたのに。

 絵は以前のように描けるんだろうか。

 描けなくなったから、大切にしないんだろうか。



 憶測が頭の中を巡り、よくわからなくなってレヴィに近付いた。無造作に下げられた彼女の右手を取り、壊れ物のように両手で包んで持ち上げた。

 レヴィにとって一番大切なのは絵で、その絵を描く右手もかけがえがないはずだ。なんて言えばいいかわからない。そもそも声が出ない。なんだか胸が苦しかった。



 不意に手が振り解かれ、ロムは肩を掴まれた。えっと思う間に引き寄せられ、顔が胸元に埋まった。一瞬だけ強く抱きしめられ、頭を軽く叩かれた。



大丈夫、心配するな。そう言われているようだった。



「ロム。レヴィが身体を変えたのはのぅ、アド……」

 言い終わる前に鈍い音が響いた。レヴィがトールの頭を殴っていた。レヴィの動作でもトールに当たると音が出るらしい。仕組みがよくわからない。



「わ、わかったわかった……わしから言う事ではないな。後で本人から聞いてくれ」



 後で。そう、アイラスを助けた後だ。

 見張るように立っている傀儡達を見据え、その背後の丘に目を向けた。
 あの魔法の光が灯っている限り、彼女は生きている。風にも揺れず不自然だけど、ロムの目には希望の灯火のように映っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。 国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。 でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。 これってもしかして【動物スキル?】 笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!

スマホアプリで衣食住確保の異世界スローライフ 〜面倒なことは避けたいのに怖いものなしのスライムと弱気なドラゴンと一緒だとそうもいかず〜

もーりんもも
ファンタジー
命より大事なスマホを拾おうとして命を落とした俺、武田義経。 ああ死んだと思った瞬間、俺はスマホの神様に祈った。スマホのために命を落としたんだから、お慈悲を! 目を開けると、俺は異世界に救世主として召喚されていた。それなのに俺のステータスは平均よりやや上といった程度。 スキル欄には見覚えのある虫眼鏡アイコンが。だが異世界人にはただの丸印に見えたらしい。 何やら漂う失望感。結局、救世主ではなく、ただの用無しと認定され、宮殿の使用人という身分に。 やれやれ。スキル欄の虫眼鏡をタップすると検索バーが出た。 「ご飯」と検索すると、見慣れたアプリがずらずらと! アプリがダウンロードできるんだ! ヤバくない? 不便な異世界だけど、楽してダラダラ生きていこう――そう思っていた矢先、命を狙われ国を出ることに。 ひょんなことから知り合った老婆のお陰でなんとか逃げ出したけど、気がつけば、いつの間にかスライムやらドラゴンやらに囲まれて、どんどん不本意な方向へ……。   2025/04/04-06 HOTランキング1位をいただきました! 応援ありがとうございます!

処理中です...