2 / 8
Part.2
しおりを挟む
楽屋に飛び込んだ美羽は、大きな声で叫んだ。
「すみません!この人、お姉ちゃんの代わりに出させてもらえませんか!?」
出演を控えた数人のメンバーと、スタッフたちが一斉に振り向く。
目を丸くして、美羽と、その隣で気まずそうに立つ綾を見つめた。
「……いきなり言われても困るよ、天野さん。時間もないし……。」
「そもそも、その子、ダンスできるの?」
スタッフの一人が戸惑い気味に尋ねると、美羽は力強く一歩前に出た。
「体育祭のダンス、一番に覚えてました! だから一回だけ踊らせてみてください! ダメだったら諦めます!」
どんどん自分のハードルが上がっていくのを、綾はじわじわと感じながら冷や汗をかいていた。
「……曲はわかってるの?」
振り付けコーチが苦笑まじりに尋ねると、美羽はハッとしたあと、急にしゅんと肩を落とし、綾の方を見てから小さな声で答えた。
「……『Twinkle Drop』の……『シュガーレス☆ステップ』……」
その名を聞いた瞬間、綾の顔色が変わった。
――あれは、葵とカラオケに行ったとき。理由は今でもわからない。
誰にも見せないつもりだった“ノリノリの本気ダンス”を、葵の前だけで披露した、思い入れのある曲だった。
「……いける……かも」
その言葉に、楽屋の空気が一瞬静まる。
「……じゃあ、リハ室で一度、踊ってみてもらってもいいかな?」
コーチの指示で一同は移動し、リハ室の中央に、綾はひとり立たされた。
曲のイントロが流れ始める。
はじめの一拍。
綾の背筋が、すうっと伸びていく。
そして、閉じていた目をパッと開いた瞬間――空気が変わった。
美羽は思わず息を止めた。
数人のメンバーたちも、リハのざわめきを忘れたように綾に目を向ける。
音に合わせて動き出した綾の体は、指先からつま先まで、すべてがリズムと一体になっていた。
無理のない、でも無駄もない動き。軽やかさと鋭さの両方を兼ね備えたステップ。
途中、鏡に映る自分にふっと笑顔を向ける――
その仕草に、美羽は胸の奥をぎゅっと掴まれた。
それは、美羽が知っている“ちょっと不器用な綾”ではなかった。
堂々としていて、眩しくて、まるで本当のアイドルだった。
目を細め、目を閉じ、目を見開き――音に合わせて、綾の表情は驚くほど多彩な変化を見せていた。
その表情ひとつひとつが、音楽の世界を生きているようで、観る者の心を奪う。
メンバーのひとりが、小さく息を呑む。
「……やば……」
誰かがぽつりと呟いたその声に、他のスタッフたちも静かにうなずいていた。
そして、華麗なターン。
――ダンッ!
床を踏み鳴らす音と同時に、綾は正面をビシッと向いて、ぴたりと静止した。
リハ室の空気が、わずかに震えた。
コーチは目を見張った。
あれほど他の子たちに苦労して教えた振りを、綾はたった一度で、正確に、しかも表情まで含めてやってのけた。
“完成形”がそこにいた。
音楽が止まる。
静寂。
……その一拍後、拍手がいっせいに広がった。
「すご……」
「完璧じゃん……」
尊敬と驚きの混じった視線が、綾に注がれていた。
美羽は、思わず目元を拭った。
泣いてるつもりなんてなかったのに――自然と、涙が滲んでいた。
コーチが腕時計を見て、唸るように言った。
「あと1時間弱……行けるな。あの動きなら大丈夫だ」
そしてスタッフに向き直って、はっきり言い切った。
「よしみんな、段取り全部前倒しで行こう!」
一斉に動き出すスタッフたち。
周囲がにわかに慌ただしくなる。
(うわ~……なんかヤバいことになってきたぁ……)
目の前の現実に完全に置いていかれた綾は、呆然と立ち尽くしていた。
すると、美羽が涙を拭いながら綾に近づいてきた。
「ありがとう……綾ちゃん……。わがまま言ってごめんね……」
綾は一瞬驚くと、少しだけ照れながら、その頭をくしゃっと撫でた。
「……かわいい美羽のために、一肌脱ぎますか!」
その言葉に美羽にぱぁっと笑顔が戻った。
(つづく)
※次回は2025年9月1日(月)19時50分に公開予定
「すみません!この人、お姉ちゃんの代わりに出させてもらえませんか!?」
出演を控えた数人のメンバーと、スタッフたちが一斉に振り向く。
目を丸くして、美羽と、その隣で気まずそうに立つ綾を見つめた。
「……いきなり言われても困るよ、天野さん。時間もないし……。」
「そもそも、その子、ダンスできるの?」
スタッフの一人が戸惑い気味に尋ねると、美羽は力強く一歩前に出た。
「体育祭のダンス、一番に覚えてました! だから一回だけ踊らせてみてください! ダメだったら諦めます!」
どんどん自分のハードルが上がっていくのを、綾はじわじわと感じながら冷や汗をかいていた。
「……曲はわかってるの?」
振り付けコーチが苦笑まじりに尋ねると、美羽はハッとしたあと、急にしゅんと肩を落とし、綾の方を見てから小さな声で答えた。
「……『Twinkle Drop』の……『シュガーレス☆ステップ』……」
その名を聞いた瞬間、綾の顔色が変わった。
――あれは、葵とカラオケに行ったとき。理由は今でもわからない。
誰にも見せないつもりだった“ノリノリの本気ダンス”を、葵の前だけで披露した、思い入れのある曲だった。
「……いける……かも」
その言葉に、楽屋の空気が一瞬静まる。
「……じゃあ、リハ室で一度、踊ってみてもらってもいいかな?」
コーチの指示で一同は移動し、リハ室の中央に、綾はひとり立たされた。
曲のイントロが流れ始める。
はじめの一拍。
綾の背筋が、すうっと伸びていく。
そして、閉じていた目をパッと開いた瞬間――空気が変わった。
美羽は思わず息を止めた。
数人のメンバーたちも、リハのざわめきを忘れたように綾に目を向ける。
音に合わせて動き出した綾の体は、指先からつま先まで、すべてがリズムと一体になっていた。
無理のない、でも無駄もない動き。軽やかさと鋭さの両方を兼ね備えたステップ。
途中、鏡に映る自分にふっと笑顔を向ける――
その仕草に、美羽は胸の奥をぎゅっと掴まれた。
それは、美羽が知っている“ちょっと不器用な綾”ではなかった。
堂々としていて、眩しくて、まるで本当のアイドルだった。
目を細め、目を閉じ、目を見開き――音に合わせて、綾の表情は驚くほど多彩な変化を見せていた。
その表情ひとつひとつが、音楽の世界を生きているようで、観る者の心を奪う。
メンバーのひとりが、小さく息を呑む。
「……やば……」
誰かがぽつりと呟いたその声に、他のスタッフたちも静かにうなずいていた。
そして、華麗なターン。
――ダンッ!
床を踏み鳴らす音と同時に、綾は正面をビシッと向いて、ぴたりと静止した。
リハ室の空気が、わずかに震えた。
コーチは目を見張った。
あれほど他の子たちに苦労して教えた振りを、綾はたった一度で、正確に、しかも表情まで含めてやってのけた。
“完成形”がそこにいた。
音楽が止まる。
静寂。
……その一拍後、拍手がいっせいに広がった。
「すご……」
「完璧じゃん……」
尊敬と驚きの混じった視線が、綾に注がれていた。
美羽は、思わず目元を拭った。
泣いてるつもりなんてなかったのに――自然と、涙が滲んでいた。
コーチが腕時計を見て、唸るように言った。
「あと1時間弱……行けるな。あの動きなら大丈夫だ」
そしてスタッフに向き直って、はっきり言い切った。
「よしみんな、段取り全部前倒しで行こう!」
一斉に動き出すスタッフたち。
周囲がにわかに慌ただしくなる。
(うわ~……なんかヤバいことになってきたぁ……)
目の前の現実に完全に置いていかれた綾は、呆然と立ち尽くしていた。
すると、美羽が涙を拭いながら綾に近づいてきた。
「ありがとう……綾ちゃん……。わがまま言ってごめんね……」
綾は一瞬驚くと、少しだけ照れながら、その頭をくしゃっと撫でた。
「……かわいい美羽のために、一肌脱ぎますか!」
その言葉に美羽にぱぁっと笑顔が戻った。
(つづく)
※次回は2025年9月1日(月)19時50分に公開予定
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
後宮に棲むは、人か、あやかしか
由香
キャラ文芸
後宮で消える妃たち。
それは、あやかしの仕業か――人の罪か。
怪異の声を聞く下級女官・鈴華と、
怪異を否定する監察官・凌玄。
二人が辿り着いたのは、
“怪物”を必要とした人間たちの真実だった。
奪われた名、歪められた記録、
そして灯籠に宿るあやかしの沈黙。
――後宮に棲むのは、本当に人ならざるものなのか。
光と闇が交差する、哀切の後宮あやかし譚。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
最強魔王さまは今日も私にだけ激甘です
ハネマルン
ファンタジー
人類最強の敵として恐れられる魔王――
しかしその城で雑用係として働く少女・リリィだけは知っている。
彼が、世界一優しくて甘い存在だということを。
「危ないから下がっていろ」
「ちゃんと食べたか?」
「無理はするな。命令だ」
他人には冷酷無比、敵には容赦なし。
けれどリリィにだけ向けられるのは、過保護すぎる溺愛対応。
実はリリィは、魔王が長年探し続けていた“たった一人の存在”で――
正体を隠したまま始まる、魔王城での甘々日常ファンタジー。
世界の命運よりも、
彼が守りたいのは――今日も彼女ただ一人。
人間嫌いの狐王に、契約妻として嫁いだら溺愛が止まりません
由香
ファンタジー
人間嫌いで知られる狐族の王・玄耀に、“契約上の妻”として嫁いだ少女・紗夜。
「感情は不要。契約が終われば離縁だ」
そう告げられたはずなのに、共に暮らすうち、冷酷な王は彼女だけに甘さを隠さなくなっていく。
やがて結ばれる“番”の契約、そして王妃宣言――。
契約結婚から始まる、人外王の溺愛が止まらない和風あやかし恋愛譚。
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる