葵と綾と美羽、そしてハムスター

蒼井 凌

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Part.4

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 遠くに見える屋台の群れ。とうもろこしや綿菓子を頬張る子どもたち。

(………………おかしい)

 綾はジト目でその光景を見つめる。

(ついさっきまで、あたしはとうもろこしをかじっていたはず…………) 

 ステージ袖。いよいよ本番。
 目の前では、互いに緊張をほぐし合うメンバーたち。
 裏方のスタッフたちがあわただしく動く。

(…………なぜあたしはここにいる)

 スポットライトの熱、響き渡るMCの声。
 そして、たくさんの観客の姿が、ステージ脇の隙間から見える。
 
(え~ん……美羽のお姉ちゃんのばかぁ……)
 
 心の中で、すべての発端である美羽の姉に泣き言を漏らす綾。

 何度も練習してきた。ちゃんと覚えた。大丈夫なはず。
 でも、これが現実だと思うと、胃のあたりがきゅうっと痛む。
 
 そんなときだった。
 
 小さな手が、綾の手をきゅっと握った。
 
 綾が驚いて見ると、美羽が笑顔で綾を見上げていた。
 けれど、握られたその手が、わずかに震えていることに気づく。

 綾の中で、何かが吹っ切れた。
 
(今日は……あたしが美羽のお姉ちゃんなんだから)
 
 綾は美羽の頭にポンと手を置く。
 きょとんとする美羽に微笑むと、美羽を優しく抱き寄せた。
 美羽は一瞬驚いた後、目をとろんと細め、顔を埋めた。 

『それでは拍手でお迎えください!! どうぞ~~~!!』 

 そのアナウンスに、綾と美羽はニッと笑って頷き、ステージへ飛び出した。
 

 拍手が起きる。
 次々に並ぶメンバーたち。

 観客席では、葵がスマホとペンライトを構えながら、精一杯の拍手を送っていた。
 
 そして、一瞬の静寂。
 
 音楽が鳴り始める。
 
(あれ……この曲……)
 
 葵は、綾とカラオケに行った日のことを思い出していた。
 綾がこっそり練習していた、あのアイドルソング。
 葵の前だけでノリノリで披露してくれた、あのダンス。
 
 そのときと同じ動きが、今日のステージでも冴えわたっていた。
 
(これが、ぶっつけ本番の動き……?)
 
 葵は、息を呑んで見つめた。
 綾の動きはキレキレで、笑顔も完璧だった。

 ――本人はあくまで真剣に「美羽のため」に踊っているだけだったのだが。
 


 曲が進み、綾と美羽が向かい合う振り付けの場面がやってきた。
 
 直前まで元気に踊っていた美羽が、ほんのわずかに足を止めた。
 緊張がピークに達したような表情。
 観客の数に、圧倒されているようにも見える。
 
 そんな美羽の目の前で、綾がニッコリと笑った。
 
 アイドルの顔だった。
 
 「だいじょうぶ」って、表情だけで伝えてくるような、明るくて優しい笑顔。
 
 美羽は、ハッとしたように目を見開き――そして、ふわりと笑った。
 
 次の瞬間、美羽は自分から前に出た。
 
 自信に満ちた顔で、堂々とセンターに立ち、踊り始める。
 

 ――その瞬間。

 
「ちょーぜつかわいい、み・う・ちゃん!!」
 
 観客席から、ひときわ目立つ声が響いた。
 
 葵がスマホを片手に、全力でペンライトを振っている。
 美羽はその声に気づき、葵を見つけると、満面の笑顔で手を振って応えた。
 
「キャーーーーッ!!」

 葵は歓喜の声を上げ、周囲からは笑いがこぼれる。
 
 その様子に、綾は一瞬だけ表情をこわばらせた。
 


 次は、綾が先頭に出る場面。
 
 綾は観客席の葵を見つけると、ジト目で睨みつけ、「しーっ!」のジェスチャーを繰り出す。
 
(……叫ぶなよ?……絶対、叫ぶなよ?)
 
 その仕草に、葵の口元がニヤリと笑う。
 
 
 
 綾がセンターに出て、綺麗にターンを決めた瞬間――
 

「ちょーぜつかわいい、あ・や・ちゃん!!!!!」

  
 さっきよりも大きな声に、綾は一瞬たじろいだ。
 
(ちょっ!ばっっっか!!)

 口パクで叫びながら、何度も「しーっ!しーっ!」のジェスチャーを繰り返す。
 
 ――が、その間も手足の動きは一切ブレず、ターンもステップも完璧。
 
 そのギャップに、観客席から笑いと拍手が湧き起こった。
 
 葵はスマホを持ったまま腹を抱えて爆笑する。

 
 ――その後ろ。
 
 美羽は、踊りながら綾の背中を見つめていた。
 
(すごい……綾ちゃん、完璧……)
  
 まさか、あの背中が今まさに“しーっ!”を連打しているとは――夢にも思わず。
 
 
 
 ステージは、笑いと歓声の中で幕を閉じた。
 
 並んでポーズを決めた綾と美羽。
 センターではなかったけれど――2人の笑顔は、どの光よりも一際輝いて見えた。
 
 予想以上の拍手と歓声に、綾は笑顔のまま呆然としていた。

(うわ~……やっちゃったよ……どうしよ)

 思わず、客席に葵の姿を探す。

 さっきまであれだけ叫び、笑い転げていた葵が、声も出さずに、手をたたきながら小さく飛び跳ねている。

(葵……泣いてるな?) 

 綾はふっと葵に笑いかける。  

(……ありがと、葵。見ててくれて)


(つづく)

※次回は2025年9月3日(水)19時50分に公開予定

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