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第1話 重力係、休憩中
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※ 新作投稿です。
一応ジャンルはSF短編コメディ連作なのですが、
どちらかと言えば、「ギャグ作品」です。
3~5分程度で読めます。
お気楽にどうぞ。
宇宙船《アルデバラン号》の厨房は、銀色に光る機材と、
やけに家庭的な匂いが同居する不思議な空間だ。
今日の献立は、船員人気ナンバーワンの「シチュー」。
人気の理由は単純。「宇宙で食うと、地球の二倍うまい」らしい。
科学的根拠はない。
「よーし、まずは野菜の下処理!」
料理長のマキが号令をかけると、若手のリョウが人参をまな板に並べた。
包丁がリズムよく鳴る。
トントントン――。
その瞬間、船内放送が鳴った。
『重力制御システム、定期再起動に入ります。三、二、一――』
「えっ、今!?」
叫んだ時には遅い。
足元の感覚がふっと消え、腹の底が軽くなる。
まるで心だけが先に飛び出したような感覚。
そして――
切ったばかりの人参が、ゆっくり、ゆっくり、まな板から離陸した。
「人参が……昇進してる……!」
リョウが呆然とする横で、厨房の全員が一斉に動いた。
「押さえろ!まずは具材の確保!」
「ボウルにフタ!フタ、フタ!」
「スパイス棚、開けっぱなしにするなぁぁ!」
だが人参は言うことを聞かない。
切り口を太陽に向けた観葉植物のように、
ゆるやかに群れを成して漂い始める。
「ここは宇宙……人参に自由がある……!」
「感動してる場合か!」
料理長マキが、シンク横に貼ってある“緊急時手順書”を指差した。
そこには太字でこう書いてある。
《無重力時:食材は“回収”ではなく“拿捕”せよ》
「拿捕ってなに!?」
「要するに捕まえろ!」
全員が厨房用のネットを取り出す。
見た目は完全に“金魚すくい”だが、船の備品名はきわめて真面目だ。
『食材回収用捕獲網コック・ネット』
リョウが恐る恐る人参にネットを近づける。
すると、人参はふわっと逃げる。
動いているのはネットの方なのに、なぜか人参が翻弄してくる。
「ちょ、こいつら、意志ある!」
「意志じゃない、空気の流れ!」
厨房の換気システムが回っている。
つまり人参は“風に乗って”厨房を周回し始めた。
「やばい、これ……人参のオービットができた!」
「軌道に乗るな!」
そこへ、最悪の事態が追い打ちをかける。
ぐつぐつ煮えていた鍋のシチューが、泡を立てたまま鍋ごと浮いた。
鍋だけが浮くのではない。
鍋の中身が、泡立つ白い球体になって、ふわりと離陸したのだ。
「シチュー……人格持った……!」
「持ってない!」
ミルクとルウと旨味の集合体が、つやつやと光りながら厨房中央に鎮座する。
生クリームの衛星を伴い、ゆっくり回転している。
見た目だけなら、銀河系の新しい惑星だ。
「だめだ、あれが船内に流出したら――」
「換気ダクトに入ったら終わりだぞ!」
「一生、船のどこかで“シチューの匂い”がする!」
全員の顔が青ざめた。
料理長マキは冷静に言った。
「作戦名、“ナン・ドッキング”」
「作戦名いらないでしょ!」
だがマキの手には、巨大なナンがある。
シチューが浮くなら、ナンで受け止めればいい。
シンプルだ。だが大胆だ。
「リョウ、合図で突撃。俺がシチューを誘導する。
お前はナンで“吸着”しろ。パンの仕事をさせる」
「ナンが吸着材扱い!?」
「カレーじゃないが、今日はナンが英雄だ」
マキはシチュー球体の近くで、そっと鍋を回して気流を作る。
シチュー球体が、ふわふわと誘われるように動く。
「今だ!」
リョウがナンを両手で構え、宇宙飛行士のように足を壁に押し当てて――
ドン!
無重力の突進は速い。
だが速すぎる。
「うわぁぁぁぁ!」
ナンが先にシチューに触れる――はずが、リョウ本人が顔から突っ込んだ。
ぺしゃ。
シチューが、リョウの頬に“着陸”した。
「……温かい……」
「感想言うな!」
しかし、結果として成功だった。
シチュー球体はリョウの顔面とナンに吸われ、
巨大な“シチューサンド”になって安定した。
「よし、固定成功!」
「固定っていうか……犠牲……!」
人参たちはまだ軌道上を周回していたが、
こちらはネット部隊が順次拿捕していく。
最後の一本を捕まえた時、船内放送がまた鳴った。
『重力制御、復旧します。三、二、一――』
ずん、と床が戻ってくる。
その瞬間――
リョウの顔面ナン・シチューが、重力に負けて、どさっと皿の上に落ちた。
「……完成、です」
「それは“料理”じゃなくて“事故報告書”だ」
厨房は静まり返り、次の瞬間、誰かが言った。
「でも、うまそうじゃない?」
「確かに……新メニューにできるかも……」
「名前は?」
「……《無重力フェイス・シチュー》?」
「却下」
「《ナン・ドッキング》?」
「採用」
こうして《アルデバラン号》の厨房には新しい掟ができた。
重力の再起動は、献立よりも強い。
そして次回から、重力制御の定期再起動時間だけは、
全船員が暗記することになった。
リョウの顔に、シチューの匂いが三日残ったのは、また別の話である。
(第2話に続く)
一応ジャンルはSF短編コメディ連作なのですが、
どちらかと言えば、「ギャグ作品」です。
3~5分程度で読めます。
お気楽にどうぞ。
宇宙船《アルデバラン号》の厨房は、銀色に光る機材と、
やけに家庭的な匂いが同居する不思議な空間だ。
今日の献立は、船員人気ナンバーワンの「シチュー」。
人気の理由は単純。「宇宙で食うと、地球の二倍うまい」らしい。
科学的根拠はない。
「よーし、まずは野菜の下処理!」
料理長のマキが号令をかけると、若手のリョウが人参をまな板に並べた。
包丁がリズムよく鳴る。
トントントン――。
その瞬間、船内放送が鳴った。
『重力制御システム、定期再起動に入ります。三、二、一――』
「えっ、今!?」
叫んだ時には遅い。
足元の感覚がふっと消え、腹の底が軽くなる。
まるで心だけが先に飛び出したような感覚。
そして――
切ったばかりの人参が、ゆっくり、ゆっくり、まな板から離陸した。
「人参が……昇進してる……!」
リョウが呆然とする横で、厨房の全員が一斉に動いた。
「押さえろ!まずは具材の確保!」
「ボウルにフタ!フタ、フタ!」
「スパイス棚、開けっぱなしにするなぁぁ!」
だが人参は言うことを聞かない。
切り口を太陽に向けた観葉植物のように、
ゆるやかに群れを成して漂い始める。
「ここは宇宙……人参に自由がある……!」
「感動してる場合か!」
料理長マキが、シンク横に貼ってある“緊急時手順書”を指差した。
そこには太字でこう書いてある。
《無重力時:食材は“回収”ではなく“拿捕”せよ》
「拿捕ってなに!?」
「要するに捕まえろ!」
全員が厨房用のネットを取り出す。
見た目は完全に“金魚すくい”だが、船の備品名はきわめて真面目だ。
『食材回収用捕獲網コック・ネット』
リョウが恐る恐る人参にネットを近づける。
すると、人参はふわっと逃げる。
動いているのはネットの方なのに、なぜか人参が翻弄してくる。
「ちょ、こいつら、意志ある!」
「意志じゃない、空気の流れ!」
厨房の換気システムが回っている。
つまり人参は“風に乗って”厨房を周回し始めた。
「やばい、これ……人参のオービットができた!」
「軌道に乗るな!」
そこへ、最悪の事態が追い打ちをかける。
ぐつぐつ煮えていた鍋のシチューが、泡を立てたまま鍋ごと浮いた。
鍋だけが浮くのではない。
鍋の中身が、泡立つ白い球体になって、ふわりと離陸したのだ。
「シチュー……人格持った……!」
「持ってない!」
ミルクとルウと旨味の集合体が、つやつやと光りながら厨房中央に鎮座する。
生クリームの衛星を伴い、ゆっくり回転している。
見た目だけなら、銀河系の新しい惑星だ。
「だめだ、あれが船内に流出したら――」
「換気ダクトに入ったら終わりだぞ!」
「一生、船のどこかで“シチューの匂い”がする!」
全員の顔が青ざめた。
料理長マキは冷静に言った。
「作戦名、“ナン・ドッキング”」
「作戦名いらないでしょ!」
だがマキの手には、巨大なナンがある。
シチューが浮くなら、ナンで受け止めればいい。
シンプルだ。だが大胆だ。
「リョウ、合図で突撃。俺がシチューを誘導する。
お前はナンで“吸着”しろ。パンの仕事をさせる」
「ナンが吸着材扱い!?」
「カレーじゃないが、今日はナンが英雄だ」
マキはシチュー球体の近くで、そっと鍋を回して気流を作る。
シチュー球体が、ふわふわと誘われるように動く。
「今だ!」
リョウがナンを両手で構え、宇宙飛行士のように足を壁に押し当てて――
ドン!
無重力の突進は速い。
だが速すぎる。
「うわぁぁぁぁ!」
ナンが先にシチューに触れる――はずが、リョウ本人が顔から突っ込んだ。
ぺしゃ。
シチューが、リョウの頬に“着陸”した。
「……温かい……」
「感想言うな!」
しかし、結果として成功だった。
シチュー球体はリョウの顔面とナンに吸われ、
巨大な“シチューサンド”になって安定した。
「よし、固定成功!」
「固定っていうか……犠牲……!」
人参たちはまだ軌道上を周回していたが、
こちらはネット部隊が順次拿捕していく。
最後の一本を捕まえた時、船内放送がまた鳴った。
『重力制御、復旧します。三、二、一――』
ずん、と床が戻ってくる。
その瞬間――
リョウの顔面ナン・シチューが、重力に負けて、どさっと皿の上に落ちた。
「……完成、です」
「それは“料理”じゃなくて“事故報告書”だ」
厨房は静まり返り、次の瞬間、誰かが言った。
「でも、うまそうじゃない?」
「確かに……新メニューにできるかも……」
「名前は?」
「……《無重力フェイス・シチュー》?」
「却下」
「《ナン・ドッキング》?」
「採用」
こうして《アルデバラン号》の厨房には新しい掟ができた。
重力の再起動は、献立よりも強い。
そして次回から、重力制御の定期再起動時間だけは、
全船員が暗記することになった。
リョウの顔に、シチューの匂いが三日残ったのは、また別の話である。
(第2話に続く)
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