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笑顔の裏で 吉沢 理央(よしざわ りお)
11 完璧主義の代償
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吉沢 理央(24歳・カフェ店員)
カフェ「Ciel」で働く理央は、丁寧な接客と柔らかな笑顔で、常連客からの評判も高い。だが、店の中では「誰よりも完璧であること」が求められているという思い込みに囚われ、些細なミスさえ許せない自分がいた。
その日も、彼女は朝から笑顔を絶やさず、忙しいランチタイムを乗り越えようとしていた。
――だけど。
(……やばい、かも)
その違和感は、14時を過ぎたあたりからじわじわと姿を現した。
(トイレ……行きたいけど、今は無理)
目の前では、カップルがコーヒーとケーキの注文をしていた。新人のアルバイトがレジでもたつき、理央は思わずフォローに入る。笑顔のまま、内心の焦りを押し殺して。
(もう少し……もうちょっとで落ち着く……)
そう信じて、理央は自分に言い聞かせた。だが、次の瞬間――。
「すみません、お冷ください!」
「すいませーん、カフェラテ、アイスで!」
声が重なり、目の前の景色が揺れるように感じた。腹部を締めつける痛みが走り、背筋に冷たい汗がにじむ。
(やばい、動いたら……)
だが、理央はそれでも笑顔を崩さなかった。崩せなかった。接客中に離席することが「失礼だ」と思い込んでいたから。
けれど、その判断が致命的だった。
――次の瞬間。
腹の奥から、ずしんとした波が押し寄せ、理央の意思とは関係なく身体が力を失っていく。
(ま、待って……お願い……)
それでも、波は止まらなかった。
じゅわ……とした温かさが、制服のパンツの内側に広がっていく。
(……あっ……ああっ……)
目の前が揺れた。震える指先、止まらない涙。客の目は自分に向いていない。でも、だからこそ余計に「気づかれたらどうしよう」という恐怖がのしかかる。
――どうして、もっと早くトイレに行かなかったんだろう。
閉店後、誰もいない厨房で、理央は崩れるように座り込んでいた。
(もう、明日から……行けない……)
――カウンセリング
「なるほど、限界を超えるまで我慢したんだな」
理央がメンタルクリニックに駆け込んだ翌日、紹介で繋がったというその男は、思っていた以上に淡々としていた。
「……っ、笑わないんですか?」
理央の問いに、翔太は首を振った。
「笑う理由がない。むしろ、よく耐えたと思う」
その言葉に、理央の胸に張っていた糸が、ふっと切れた。
「……トイレ、行きたかったんです。でも、接客中だし……私が抜けたら、回らないって思って……」
「なるほどな。君は“自分の存在価値=完璧であること”って思ってるのか」
その指摘に、理央は目を見開いた。
「……違う、とは……言えないかも」
「だったら、まずそれを崩すところから始めようか」
翔太は、静かに微笑んだ。
「今度、俺と一緒に“途中で席を立てない”カフェに行こう。そこで、トイレを我慢してみる。で、失敗しても、誰も君を責めないってことを、体で覚えるんだ」
「……それって……」
「失敗が怖いなら、何度も失敗して、“失敗しても平気だ”って慣れればいい」
その極端な論理に、理央は最初、唖然とした。けれど同時に、心の奥にずっとあった思いが浮かび上がる。
(……失敗しても、逃げなくていいなら――)
翔太は、理央の迷いを見透かしたように言った。
「大丈夫。俺が隣にいるから」
その一言に、理央はようやく、小さくうなずいた。
カフェ「Ciel」で働く理央は、丁寧な接客と柔らかな笑顔で、常連客からの評判も高い。だが、店の中では「誰よりも完璧であること」が求められているという思い込みに囚われ、些細なミスさえ許せない自分がいた。
その日も、彼女は朝から笑顔を絶やさず、忙しいランチタイムを乗り越えようとしていた。
――だけど。
(……やばい、かも)
その違和感は、14時を過ぎたあたりからじわじわと姿を現した。
(トイレ……行きたいけど、今は無理)
目の前では、カップルがコーヒーとケーキの注文をしていた。新人のアルバイトがレジでもたつき、理央は思わずフォローに入る。笑顔のまま、内心の焦りを押し殺して。
(もう少し……もうちょっとで落ち着く……)
そう信じて、理央は自分に言い聞かせた。だが、次の瞬間――。
「すみません、お冷ください!」
「すいませーん、カフェラテ、アイスで!」
声が重なり、目の前の景色が揺れるように感じた。腹部を締めつける痛みが走り、背筋に冷たい汗がにじむ。
(やばい、動いたら……)
だが、理央はそれでも笑顔を崩さなかった。崩せなかった。接客中に離席することが「失礼だ」と思い込んでいたから。
けれど、その判断が致命的だった。
――次の瞬間。
腹の奥から、ずしんとした波が押し寄せ、理央の意思とは関係なく身体が力を失っていく。
(ま、待って……お願い……)
それでも、波は止まらなかった。
じゅわ……とした温かさが、制服のパンツの内側に広がっていく。
(……あっ……ああっ……)
目の前が揺れた。震える指先、止まらない涙。客の目は自分に向いていない。でも、だからこそ余計に「気づかれたらどうしよう」という恐怖がのしかかる。
――どうして、もっと早くトイレに行かなかったんだろう。
閉店後、誰もいない厨房で、理央は崩れるように座り込んでいた。
(もう、明日から……行けない……)
――カウンセリング
「なるほど、限界を超えるまで我慢したんだな」
理央がメンタルクリニックに駆け込んだ翌日、紹介で繋がったというその男は、思っていた以上に淡々としていた。
「……っ、笑わないんですか?」
理央の問いに、翔太は首を振った。
「笑う理由がない。むしろ、よく耐えたと思う」
その言葉に、理央の胸に張っていた糸が、ふっと切れた。
「……トイレ、行きたかったんです。でも、接客中だし……私が抜けたら、回らないって思って……」
「なるほどな。君は“自分の存在価値=完璧であること”って思ってるのか」
その指摘に、理央は目を見開いた。
「……違う、とは……言えないかも」
「だったら、まずそれを崩すところから始めようか」
翔太は、静かに微笑んだ。
「今度、俺と一緒に“途中で席を立てない”カフェに行こう。そこで、トイレを我慢してみる。で、失敗しても、誰も君を責めないってことを、体で覚えるんだ」
「……それって……」
「失敗が怖いなら、何度も失敗して、“失敗しても平気だ”って慣れればいい」
その極端な論理に、理央は最初、唖然とした。けれど同時に、心の奥にずっとあった思いが浮かび上がる。
(……失敗しても、逃げなくていいなら――)
翔太は、理央の迷いを見透かしたように言った。
「大丈夫。俺が隣にいるから」
その一言に、理央はようやく、小さくうなずいた。
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