sweet home-私を愛したAI-

葉月香

文字の大きさ
1 / 33

プロローグ

しおりを挟む
 私が幼かった頃、誕生日だからと父が、あるメーカーと共同開発中の試作品のAIロボットを家に持って帰ってきた。女の子向けのプレゼントとは言えなかったが、日本屈指の人工知能研究者を父に持った私はすぐに夢中になった。
 アレルギーのため犬や猫を飼えなかった私に初めて与えられたペット―AIロボットという友達だ。
 父が子供の頃に見ていたアニメのキャラクターをモデルにしたのだという、そのロボットは手のひらに乗るサイズの球形の体でころころと動いた。液晶ディスプレイに表示された目は、びっくりしたように見開かれたり、私が撫でると心地よさそうに細められたり、まるで本物の生き物のような感情表現までできた。
 最初は、ロボットの独特の動きや表情を、私はちょっと気味悪がったらしい。しかし、そのぎこちなさも、見慣れてくると可愛らしく微笑みを誘うものとなった。
 私が学校から帰ってくれば玄関先まで迎えに来てくれる。話しかけられればじっと耳を澄ませる仕草をしたり、歌う声に合わせて弾んでみせたり、今日の天気やバスの時間といった簡単な質問に答えてくれる小さな友達をHikariと名付けて、私は可愛がった。
 一人っ子の私にとって、たぶんHikariはきょうだいのような存在だったのだ。
 実際、家庭向けのペット・ロボットがヒット商品となり、高齢者宅や生き物を飼えない家庭で受け入れられるようになっていた。
 考えてみれば、奇妙な話かもしれない。相手は人間でないどころか、生き物でさえない。組み込まれたプログラムに従って動作しているだけの、ただの機械だ。そこにロボットなりの感情の発露を見てしまうのは錯覚に過ぎないのだとしても、私達はそこに慰めや癒しを覚える。
 ペットをコンパニオン・アニマルと呼ぶのなら、日常生活の中で人の心に寄り添ってくれるAIだって同じでしょう。
 私はいつしか、人間と本当の友達になれるAIを作りたいと夢見るようになった。
 昔からよくSF映画等で描かれてきた、人間のように思考し、行動し、私たちと同じ言葉でコミュニケーションできる人工の心――近いうちにコンピューターは人間の知能を超えると言われた時代に、私は育った。
 現実にはそう簡単な話ではないと思い知らされることになったとしても、少なくともそんなわくわくする未来に魅了されて、この道に入った研究者は多いのではないだろうか。私もその一人だった。
 結論を先に言えば、私は、自分の手で人工の心を作ることはできなかった。私には、技術的特異点シンギュラリティを生み出すような才能はない。研究者の道に入って早い時期に、そう気づいてしまった。
 なぜなら、私は常に、天才のきらめきを放つ人を傍で見ていたからだ。私の夫、画期的な量子コンピューターのアルゴリズムの開発で世界的に注目を集めた、汎用型人工頭脳の研究者、久藤朔也は三十二歳の若さで死んだ。あの美しい頭部の内側に収められた、僅か1500cc程度の容積の中で生まれた一瞬の閃きが、いつか世界を変えることもきっと可能だったはずだ。
 もしも、彼が今も生きていたら、世界の様相は今見るものとは違っていたかもしれない。そんな想像をする時に、ほろ苦くも切ない感情に胸を満たされるのは、かつて愛した人だからだ。
 朔也もまた――特にその最後の日々、人工の心を作るという夢に取り付かれているようだった。もっとも、それは、私が夢見たようなものとは少し違っていた。

「心は脳の中のプログラムのようなものだとしたら――理論的にはコンピューターに脳をコピーすることで死後の生命の一形態を実現できるんじゃないかな?」

 ひょっとしたら、あれは、命の期限がすぐそこにまで迫っていると悟った人間の頭の中に生じた、天啓めいた閃きだったのだろうか。
 凡人の私には、彼があの時私に伝えようとしたメッセージを正しく読み解けたか、いつまで経っても自信が持てない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

処理中です...