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第二章
愛のプラグラム 二
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あれから一体どのくらい眠っていたのだろうか。真冬に部屋着のままでリビングのソファで眠り込んでしまっても寒いと思わなかったのは、AIにより快適な温度が保たれているからだろう。
(この家の管理システムは完璧……朔也さんが作ったのなら、それも当然ね……)
陽向の覚醒に合わせて少しずつ窓を覆うブラインドが上がっていき、白いリビングに朝の光が満ちていく。光を遮るように上げた手で目をこすりながら、あくびをした。
「おはよう、陽向」
頭の上から振ってきた優しい声に、陽向は文字通り、ソファから飛び起きた。
AIホログラム・アバターの朔也――この際sakuyaと呼ぶことにしよう――が、柔和な笑みをたたえた顔で陽向を見下ろしていた。
紗のカーテン越しに差し込んでくる朝日が淡い光の筋を描く中、たたずむ人影は昨夜初めて会った時よりも一層現実味がなく、陽炎じみている。
その姿は、彼はもう生きてはいないのだと、改めて陽向に思い出させた。
「……顔を洗っておいで、陽向。眠気覚ましにうんと濃いコーヒーをいれるから」
陽向の表情が曇ったことに気づいたのかどうか、sakuyaは励ますようにうなずいて、陽向を促した。
(そういえば、コーヒーを用意するなんて、彼、当たり前のように言ってたけれど、どうするつもり……?)
言われるがまま洗面所に行って顔を洗い、ボサボサになった髪をとかしているうちに、本当にコーヒーのいい香りがキッチンから漂ってきた。
まさかと思いながら、恐る恐るキッチンを覗き込む。蒸気の出ているドリンク・サーバーの前に立っているsakayaを見つけた途端、合点がいった。
「そう言えば、スマートホーム用のドリンク・サーバーもキッチンに入れたんだわ……忙しくても、毎朝のコーヒーくらい、ドリップでいれたのが飲みたいねって……」
別に今なら仕事もしていないし、コーヒーくらい自分で入れる時間はある。その気になるかどうかは別の話だけれど――。
「カップを取って、陽向」
sakuyaの指示通り、オーブンの隣に設置されたオート・ドリンク・サーバーにカップを置くと、できたての熱いコーヒーが注がれる。
一口飲んでみると、ちゃんと焙煎された豆からいれられたコーヒーで、生前の朔也が休日の朝に用意してくれたものと同じ味がした。
「驚いたわ、コーヒー豆の準備まで、いつの間にしていたのかしら」
尋ねてみたら、朔也がホスピスに入院する前、度々ここに通っていた時にドリンク・サーバーの充填も済ませていたそうだ。他に紅茶や日本茶のセレクトもできるという説明を聞きながら、亡くなった夫のまめさに今更ながら感心してしまった。
「家事労働の負担を軽減してくれるのがスマートホームの利点だとして……美味しいコーヒーやお茶は用意してくれても、さすがに料理まではできないわよね」
まさかと思いながら、ほんの少しの期待を込めて尋ねてみる。
「残念ながら、それは陽向にやってもらうしかないね」
にっこりと笑って答えるアバターを陽向は軽くにらみつけた。もともと料理は苦手だし、自分一人のために、わざわざ何かを作る気になどなれるものか。
「人間に代わって家事もできるよう、ホログラムではなく、実体のあるロボットのセクレタリーを付属品として備えるか、future life labs社でも議論はあったんだ。けれど、アメリカでの実験で、ロボットに家の中をうろつかれるのは不安で落ち着かないと、被験者達の多くは好まなかった」
「不気味の谷の問題ね」
かつての自分のラボにいた、コミュニケーション実験用のAIアバター、Redaのゾンビのようなぎこちない笑みを思い出しながら、陽向はうなずく。
リアルなロボットではなく、この人間そっくりな姿に立体投影されるホログラム・アバターでも同じ問題は生じるはずだが、必要なければ消せる分、心理的負担にはならないのだそうだ。
ほとんど空になったカップを持ったまま考え込んでいると、sakuyaがドリンク・サーバーに向かって手をかざし、それを合図にしたかのように自動洗浄が始まった。
そこに確かに人がいて何かをおこなっているかのように、陽向に見せるためだけの行為だとしても、その立ち居振る舞いの自然さに今更ながら驚く。不気味の谷など存在しない。それどころか、朔也をよく知っている陽向の目から見ても、相違が見つけられない。
「朔也さんは、何のためにあなたを作ったのかしら」
あら探しは諦めて、降参したように問いかけた。
「君のためだよ。こんな状態の君を一人残して行かなければならないなんて、死んでも死にきれなかった。陽向の幸せが、彼の願いだった」
誠実そのもののアバターの瞳を見つめ返すことができずに、視線を逸らした。
「私の幸せなんて……」
陽向は言いさした言葉を途中で飲み込んで、やりきりなさそうに頭を振った。
「もう、どうでもいいのよ……朔也さんに幸せを願ってもらう価値もないもの、私なんか……」
コーヒーカップを持つ手が微かに震え、それをごまかすように冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干し、流しに置いた。
「何か食べるかい? 冷凍のセットミールなら、ここのキッチンで簡単に解凍・調理できるよ」
そっぽを向いた陽向の背に向かって、AIアバターがごく控えめな声で尋ねる。
「……そうね」
そう言えば昨日はほとんど何も食べていなかったので、さすがに空腹を覚えていた。冷蔵庫から簡易トレーごとパックされた冷凍食品を取りだし、立派なオーブン・レンジに入れるだけ。調理はAI任せでも、できあがったのは、スコーン、オムレツにソーセージ、野菜スープという種類も栄養も豊富な朝食メニューだ。
それをダイニングのテーブルに運んで、もくもくと一人で食事を始める。sakayaはテーブル脇にたたずんだまま、何か言いたげに陽向を見つめているだけだ。
「……向かいの席に座ったら、どうなの? 食べているところをただ見下ろされているのも落ち着かないわ」
「君がそう言うのなら」
sakuyaが向かいの席に着くと、彼の前に、陽向が今食べているのと同じ朝食のメニューがホログラム投影された。それをあたかも本物のように食べ始める相手を、陽向はしばし唖然となって見ていた。
「前から聞きたかったんだけれど」
当たり前のように話しかけられて、陽向ははっとなった。
「何を……?」
「君はずっと心療内科にかかっているんだろう、陽向……?」
陽向は固まったまま、胸にためていた息をゆっくりと押し出すように息をした。
「あなた、気づいていたの?」
「僕ではなく、久藤朔也がね」
フォークを扱う手を止め、sakuyaは何の衒いもなく陽向を見返した。
「ごめんなさい、眠れなくて、医者にかかり始めたのは東京にいた頃からよ。でも、そんなことで、あなたを心配させたくなかった」
大切な人に最後まで打ち明けられていなかった。後ろめたさに駆られ、相手がホログラム・アバターだということも一瞬忘れた。
sakuyaが見たいというので主治医から処方された薬を持ってくると、彼はまるで精神科医かカウンセラーのような口調で、陽向の今の症状――不眠の状態や時折襲ってくる強烈な不安感、呼吸困難の発作――を聞きだした。
「そんな悲しそうな顔をしないで、陽向……闘病中の『僕』に余計な負担をかけまいとして、君が黙っていたということは分かっているよ。確かに、あんな有様じゃあ、君の助けになることはできなかった……でも、今は違う」
しゅんとうなだれている陽向のテーブルの上に置かれた手の上に、自らの手を重ね、sakayaは熱心にかき口説くように囁いた。
「どうか、僕を信じて、心を開いてほしい……君を守らせてくれないか、僕はもう二度と君を置いて死にはしないから……」
陽向は朱唇をきゅっと噛み締めた。実体のない、淡く透ける朔也の手の下から己の手をそっと逃れさせ、八つ当たりのようにイライラと言い放った。
「守らせてくれなんて、大げさね。大体、私を抱きしめることもできない、その体で、どうやって守れると言うの……?」
とっさに口を手でふさいだ後、恐る恐るsakuyaを振り返る。傷ついた顔を見た瞬間、いたたまれなくなり――そのすぐ後に、今度は人間相手のようにAIを気遣っている自分が滑稽に思えてきた。
「……いいわ、今の私に自分の管理がきちんとできるとは思えないもの……当面、あなたの言うとおりにしてあげる」
いちいち逆らうことも面倒になってしまって、陽向は降参したように、そう告げた。これは、この家の主人である陽向をサポートするためのシステムなのだから、神経をすり減らす雑事から逃れて快適に暮らすため、せいぜい利用すればいいのだ。おそらくは、そう割り切って接するのが正しいやり方なのだ。
「物分かりがよくなってくれて、僕も嬉しいよ、陽向」
安堵したように微笑むホロアバター。久藤朔也としてどころか、人間扱いしてもらえなくても、彼は別に気にしていないようだ。
「……それはそうと、君のアドレスにメールがいくつか届いているよ」
反射的にスマホをどこに置いたか思い出そうとしたが、それよりも陽向のアカウントも管理下に置いているらしいsakuyaを通じて処理させた方が早いと気づく。
主な送信者は、東京の同僚、葬儀会社、それから、このスマートホームを提供したfuture life labsからも英文のメールが一通――読み上げてもらおうかとも思ったが、それに対する返信を考えるとおっくうだ。
「君の判断を必要とする重要なもの以外は、よかったら、僕が預かって適当に処理しておこうか?」
陽向の秘書として働いてくれるというsakuyaの提案は、今までで聞いたどの言葉よりもありがたく思えた。
「そうね……お願いするわ……」
深く考えもせずに許可をして、陽向は半分くらい残った皿を下げるために、テーブルを立ち上がった。ちらりと見やった、朔也の前からは、綺麗に平らげていた皿は跡形もなく消えていた。
「君の心は疲れ切っているんだ。力が戻ってくるまでしばらくの間は、無理に外に出ようとしなくてもいいよ。ここにいれば、僕がきみを守ってあげられるからね」
その言葉に素直にうなずきながら、リビングダイニングに面して取られた大きな窓の方に視線を向けてみる。
外はよく晴れているようだが、寒いのかどうかも、この快適な家の中にいると分からない。
ここにずっと閉じこもったままでいられるわけがない。やり残したままのことも色々あるような気もするが、本当に疲れ切っていることを自覚した陽向は、今はしばし、sakuyaに全てを委ねることにした。
(この家の管理システムは完璧……朔也さんが作ったのなら、それも当然ね……)
陽向の覚醒に合わせて少しずつ窓を覆うブラインドが上がっていき、白いリビングに朝の光が満ちていく。光を遮るように上げた手で目をこすりながら、あくびをした。
「おはよう、陽向」
頭の上から振ってきた優しい声に、陽向は文字通り、ソファから飛び起きた。
AIホログラム・アバターの朔也――この際sakuyaと呼ぶことにしよう――が、柔和な笑みをたたえた顔で陽向を見下ろしていた。
紗のカーテン越しに差し込んでくる朝日が淡い光の筋を描く中、たたずむ人影は昨夜初めて会った時よりも一層現実味がなく、陽炎じみている。
その姿は、彼はもう生きてはいないのだと、改めて陽向に思い出させた。
「……顔を洗っておいで、陽向。眠気覚ましにうんと濃いコーヒーをいれるから」
陽向の表情が曇ったことに気づいたのかどうか、sakuyaは励ますようにうなずいて、陽向を促した。
(そういえば、コーヒーを用意するなんて、彼、当たり前のように言ってたけれど、どうするつもり……?)
言われるがまま洗面所に行って顔を洗い、ボサボサになった髪をとかしているうちに、本当にコーヒーのいい香りがキッチンから漂ってきた。
まさかと思いながら、恐る恐るキッチンを覗き込む。蒸気の出ているドリンク・サーバーの前に立っているsakayaを見つけた途端、合点がいった。
「そう言えば、スマートホーム用のドリンク・サーバーもキッチンに入れたんだわ……忙しくても、毎朝のコーヒーくらい、ドリップでいれたのが飲みたいねって……」
別に今なら仕事もしていないし、コーヒーくらい自分で入れる時間はある。その気になるかどうかは別の話だけれど――。
「カップを取って、陽向」
sakuyaの指示通り、オーブンの隣に設置されたオート・ドリンク・サーバーにカップを置くと、できたての熱いコーヒーが注がれる。
一口飲んでみると、ちゃんと焙煎された豆からいれられたコーヒーで、生前の朔也が休日の朝に用意してくれたものと同じ味がした。
「驚いたわ、コーヒー豆の準備まで、いつの間にしていたのかしら」
尋ねてみたら、朔也がホスピスに入院する前、度々ここに通っていた時にドリンク・サーバーの充填も済ませていたそうだ。他に紅茶や日本茶のセレクトもできるという説明を聞きながら、亡くなった夫のまめさに今更ながら感心してしまった。
「家事労働の負担を軽減してくれるのがスマートホームの利点だとして……美味しいコーヒーやお茶は用意してくれても、さすがに料理まではできないわよね」
まさかと思いながら、ほんの少しの期待を込めて尋ねてみる。
「残念ながら、それは陽向にやってもらうしかないね」
にっこりと笑って答えるアバターを陽向は軽くにらみつけた。もともと料理は苦手だし、自分一人のために、わざわざ何かを作る気になどなれるものか。
「人間に代わって家事もできるよう、ホログラムではなく、実体のあるロボットのセクレタリーを付属品として備えるか、future life labs社でも議論はあったんだ。けれど、アメリカでの実験で、ロボットに家の中をうろつかれるのは不安で落ち着かないと、被験者達の多くは好まなかった」
「不気味の谷の問題ね」
かつての自分のラボにいた、コミュニケーション実験用のAIアバター、Redaのゾンビのようなぎこちない笑みを思い出しながら、陽向はうなずく。
リアルなロボットではなく、この人間そっくりな姿に立体投影されるホログラム・アバターでも同じ問題は生じるはずだが、必要なければ消せる分、心理的負担にはならないのだそうだ。
ほとんど空になったカップを持ったまま考え込んでいると、sakuyaがドリンク・サーバーに向かって手をかざし、それを合図にしたかのように自動洗浄が始まった。
そこに確かに人がいて何かをおこなっているかのように、陽向に見せるためだけの行為だとしても、その立ち居振る舞いの自然さに今更ながら驚く。不気味の谷など存在しない。それどころか、朔也をよく知っている陽向の目から見ても、相違が見つけられない。
「朔也さんは、何のためにあなたを作ったのかしら」
あら探しは諦めて、降参したように問いかけた。
「君のためだよ。こんな状態の君を一人残して行かなければならないなんて、死んでも死にきれなかった。陽向の幸せが、彼の願いだった」
誠実そのもののアバターの瞳を見つめ返すことができずに、視線を逸らした。
「私の幸せなんて……」
陽向は言いさした言葉を途中で飲み込んで、やりきりなさそうに頭を振った。
「もう、どうでもいいのよ……朔也さんに幸せを願ってもらう価値もないもの、私なんか……」
コーヒーカップを持つ手が微かに震え、それをごまかすように冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干し、流しに置いた。
「何か食べるかい? 冷凍のセットミールなら、ここのキッチンで簡単に解凍・調理できるよ」
そっぽを向いた陽向の背に向かって、AIアバターがごく控えめな声で尋ねる。
「……そうね」
そう言えば昨日はほとんど何も食べていなかったので、さすがに空腹を覚えていた。冷蔵庫から簡易トレーごとパックされた冷凍食品を取りだし、立派なオーブン・レンジに入れるだけ。調理はAI任せでも、できあがったのは、スコーン、オムレツにソーセージ、野菜スープという種類も栄養も豊富な朝食メニューだ。
それをダイニングのテーブルに運んで、もくもくと一人で食事を始める。sakayaはテーブル脇にたたずんだまま、何か言いたげに陽向を見つめているだけだ。
「……向かいの席に座ったら、どうなの? 食べているところをただ見下ろされているのも落ち着かないわ」
「君がそう言うのなら」
sakuyaが向かいの席に着くと、彼の前に、陽向が今食べているのと同じ朝食のメニューがホログラム投影された。それをあたかも本物のように食べ始める相手を、陽向はしばし唖然となって見ていた。
「前から聞きたかったんだけれど」
当たり前のように話しかけられて、陽向ははっとなった。
「何を……?」
「君はずっと心療内科にかかっているんだろう、陽向……?」
陽向は固まったまま、胸にためていた息をゆっくりと押し出すように息をした。
「あなた、気づいていたの?」
「僕ではなく、久藤朔也がね」
フォークを扱う手を止め、sakuyaは何の衒いもなく陽向を見返した。
「ごめんなさい、眠れなくて、医者にかかり始めたのは東京にいた頃からよ。でも、そんなことで、あなたを心配させたくなかった」
大切な人に最後まで打ち明けられていなかった。後ろめたさに駆られ、相手がホログラム・アバターだということも一瞬忘れた。
sakuyaが見たいというので主治医から処方された薬を持ってくると、彼はまるで精神科医かカウンセラーのような口調で、陽向の今の症状――不眠の状態や時折襲ってくる強烈な不安感、呼吸困難の発作――を聞きだした。
「そんな悲しそうな顔をしないで、陽向……闘病中の『僕』に余計な負担をかけまいとして、君が黙っていたということは分かっているよ。確かに、あんな有様じゃあ、君の助けになることはできなかった……でも、今は違う」
しゅんとうなだれている陽向のテーブルの上に置かれた手の上に、自らの手を重ね、sakayaは熱心にかき口説くように囁いた。
「どうか、僕を信じて、心を開いてほしい……君を守らせてくれないか、僕はもう二度と君を置いて死にはしないから……」
陽向は朱唇をきゅっと噛み締めた。実体のない、淡く透ける朔也の手の下から己の手をそっと逃れさせ、八つ当たりのようにイライラと言い放った。
「守らせてくれなんて、大げさね。大体、私を抱きしめることもできない、その体で、どうやって守れると言うの……?」
とっさに口を手でふさいだ後、恐る恐るsakuyaを振り返る。傷ついた顔を見た瞬間、いたたまれなくなり――そのすぐ後に、今度は人間相手のようにAIを気遣っている自分が滑稽に思えてきた。
「……いいわ、今の私に自分の管理がきちんとできるとは思えないもの……当面、あなたの言うとおりにしてあげる」
いちいち逆らうことも面倒になってしまって、陽向は降参したように、そう告げた。これは、この家の主人である陽向をサポートするためのシステムなのだから、神経をすり減らす雑事から逃れて快適に暮らすため、せいぜい利用すればいいのだ。おそらくは、そう割り切って接するのが正しいやり方なのだ。
「物分かりがよくなってくれて、僕も嬉しいよ、陽向」
安堵したように微笑むホロアバター。久藤朔也としてどころか、人間扱いしてもらえなくても、彼は別に気にしていないようだ。
「……それはそうと、君のアドレスにメールがいくつか届いているよ」
反射的にスマホをどこに置いたか思い出そうとしたが、それよりも陽向のアカウントも管理下に置いているらしいsakuyaを通じて処理させた方が早いと気づく。
主な送信者は、東京の同僚、葬儀会社、それから、このスマートホームを提供したfuture life labsからも英文のメールが一通――読み上げてもらおうかとも思ったが、それに対する返信を考えるとおっくうだ。
「君の判断を必要とする重要なもの以外は、よかったら、僕が預かって適当に処理しておこうか?」
陽向の秘書として働いてくれるというsakuyaの提案は、今までで聞いたどの言葉よりもありがたく思えた。
「そうね……お願いするわ……」
深く考えもせずに許可をして、陽向は半分くらい残った皿を下げるために、テーブルを立ち上がった。ちらりと見やった、朔也の前からは、綺麗に平らげていた皿は跡形もなく消えていた。
「君の心は疲れ切っているんだ。力が戻ってくるまでしばらくの間は、無理に外に出ようとしなくてもいいよ。ここにいれば、僕がきみを守ってあげられるからね」
その言葉に素直にうなずきながら、リビングダイニングに面して取られた大きな窓の方に視線を向けてみる。
外はよく晴れているようだが、寒いのかどうかも、この快適な家の中にいると分からない。
ここにずっと閉じこもったままでいられるわけがない。やり残したままのことも色々あるような気もするが、本当に疲れ切っていることを自覚した陽向は、今はしばし、sakuyaに全てを委ねることにした。
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