はじまりのはじまり

ジュネ

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はじまりのはじまり

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"空を翔ける"


それはこの村では"神になる"ということだった。

小さい頃からこの村では"空"と"神様"が色濃く結び付いていると教えられた。神を捧げるその日、この村の空だけが、この世のものとは思えないほど綺麗に青く光るのだという。
この村で最も神聖と言われる場所。それは崖の上にある鳥居と、それを取り囲む七体の像。そのうち、六体には名前が刻まれている。左側から「紺碧」、「青」、「御空」、「紅掛空」、「空」、そしてひとつ空いて「青白磁」。六人それぞれの神を捧げた時に映し出された空の色だという。
では、なぜひとつ空いているのか。この村では七人の神を捧げてやっとこの地は完成すると言われている。最後の一人はまだ存在しないのだ。


"捧げる"


それはこの空に神を捧げることである。元々この村には神継家と呼ばれる家系が二つある。そこに生まれた男児は二十歳の誕生日を迎えたその日の明け方、神となり、自らを捧げるのだ。この儀式は百年に一度であり、そのタイミングに重なったのが俺と、もう一つの神継家の息子、蒼だった。


蒼と俺は小さい頃からの幼馴染で、親友だった。神継家に生まれたからといって、二十歳になるまではこれといって特別なことはない。普通に学校に行き、部活をして、遊ぶ。宿題をやらずに怒られることだってある。二人で学校をサボったことだってあった。


「蒼、お前本当に良いのかよ。」
「一日ぐらい学校行かなくったってな、どうにもなんねえよ!ったくよ~霞、お前は心配しすぎだ!」
「俺は良いけど、お前の学校厳しいじゃん。」
「サボることも高校生の醍醐味だろ!」

ケラケラ笑う蒼を横目に、少し今後のことを考えた。俺たちは高校を卒業さえ出来ればいい。その先に進むという道はないのだ。つまり、人と変わらない生活も十八歳まで。その後は、二十歳になるまで、言ってしまえばニートだ。その後は神になるか、ならないか。神にならなかったどちらかも、神継家の一員として家業を継ぐと決まっている。


「つまんねぇな~。」
「なにが。」
「俺らの人生だよ。」
「はっ、それを言っちゃおしまいだぜ霞~。」
「そうだけどよぉ。」
「それまでに俺らはさぁ色んなことすんだよ!こうやってサボってみたり、もっと壮大なこともしようぜ。あと二年は確実にあんだ。」
「まぁな、、でも俺、お前がいて本当に良かったよ。一人でこんなん背負いたくねえもん。」
「ははっ、そりゃあそうだな~俺も絶対嫌だ。何百年に一度の奇跡じゃねえか?」


普通に見たら、ただの高校生が授業をサボって駄弁っているようにしか見えなかっただろう。俺らにとっての"普通"は、その時点であと二年というところまで迫っていた。



そして今日は蒼の誕生日一週間前だ。いよいよだった。俺達は二年を存分に楽しんだ。高校を卒業してからは、学校のつまらないルールに縛られることもなく、やりたいことをやりたいように、好きなだけ二人で実行してやった。そして、良くも悪くも、未来を見据えた。
俺の誕生日は蒼の一週間後。もし蒼が神になるのならもう猶予は一週間しかない。ついに話し合いを始める時が来た。


「とは言ってもな、霞。話し合うってなんだよなぁ。」
「なんだろうな。俺達本当にどっちかが神になれんのかな。」
「でもさ、光栄な事だよなやっぱり。誰もがなれるわけじゃないんだ。」
「言っとくけど、俺はなりたいよ。お前に譲る気はない。」
「言うじゃん。俺もお前に譲る気なんてねえよ。」


神になるというのは、どれだけ光栄で素晴らしいことか。物心ついた時にはすでにしっかりと心に刻まれていた。蒼も譲らないと言うことは分かりきっていた。その一言二言の会話から、俺達はその話を再開することはなかった。残された一週間を、いつものように、でもどこか惜しむように、笑いあって過ごした。言葉にはせずとも、お互いの気持ちは手に取るように分かっていた。


そして、蒼の誕生日前夜。


「このチャンス逃しちまったらお前に神を譲ることになるからな。」
「譲ってくれていいんだぜ。」
「譲るか!」
「これ、誕生日早い方が有利だよな。ずるくね?」
「そんなん知らねえよ。これも運だ!」
「俺に勝ち目はねえってか。」
「ははっ、そういうことだ!」


その夜、俺達は二人きりで夜を明かした。まだ太陽が出ないうちに目が覚めると、蒼は既に目覚めていて、いつもと変わらない笑顔でおはようと声をかけてきた。毎日のように聞いてきたこいつの「おはよう」も今日で最後か。起き抜けの回らない頭でそんなことをボーッと考えた。
鳥居と七体の像が聳える崖のすぐ下まで来て、俺達はそこで朝日を待った。もうすぐ儀式が行われるなんて思えないほど爽やかな空気で、まだ少し遠い鳥居と七人の像を見つめた。明け方はもうすぐ。あの鳥居を潜り抜けて、蒼は崖から翔ぶ。それが"捧げる"ということだった。こんなにも実感は湧かないものか。不思議だ。


「俺が、七人目か。」
「そうだ、七人目だよ。お前のおかげでこの村はやっと完成する。」
「こんな光栄なことねえな。」
「そうだな、自慢の親友だよ。本当に。」
「お前が俺の一週間後に生まれてくれなかったら、俺は今頃一人でここに立ってたよ。」
「そうだな、誰もお前の神になる瞬間を見れないなんて勿体ない。俺がいて良かったな。」
「うっせえ。」


こうやって二人で笑い合うこともこれで最後だ。


「そろそろだ。」


そう言って蒼が立ち上がった。


「俺さぁ二十年しか生きてねえけど、本当に楽しかったし、なんも悔いなんてねえよ!」
「俺もだ!お前のおかげで二十年の普通を誰よりも楽しんだ!」


よし、と蒼が静かに呟いた。


「じゃあ、行ってくるわ。ちゃんと俺の勇姿見とけよ?じゃあな!」


そう言って走り出そうとした蒼の背中がスローモーションに見えて、思わず腕を掴んで引き留めた。


「、、蒼、俺はっ、」
「霞、分かってる。なんも言うな。さっきさ、悔いはないって言ったけど、欲を言えばもうちょっとお前の未来は見たかったよ。でもきっとお前の未来は明るい。俺が保証する!」


「だから大丈夫だ、霞!ちゃんと空の色、見とけよ。お前の役目だ。、、じゃあ、元気でなっ!」


ニカッと笑った蒼は、俺の手を優しく振りほどいて鳥居に向かって走っていった。
走って、走って、昇った先で、蒼は



空を翔けた。





零れ落ちる涙で滲んだ空は、どこまでも透き通った優しい青で輝き、今までとこれからのどんな空よりも美しかった。


俺はあの空に蒼翔霞色という名を付けた。そして七人目の像にその三文字を強く、濃く、刻んだ。


お前が神になった日、空はそんな色だったよ、蒼。
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