マーダーホリックパラダイス

アーケロン

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21.弱者はただ耐えるしかない

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 楽しそうにおしゃべりをしていた女子生徒たちが、突然口を噤んだ。彼女たちが逃げるように四谷の目の前を通り過ぎて行く。
 髪を染めた男が肩を怒らせ、ズボンのポケットに両手を突っ込んで、苛立っているように身体を揺すりながら校門を睨みつけている。
 不良グループ、スカルのメンバー。
 加藤が、今日も目の前にいる。
 丸山理佳はスカルに拉致されるのを恐れて登下校以外は家から出なくなっていた。だから、加藤は毎日学校から家まで丸山理佳を付け回しているようだ。
 柏葉は丸山理佳を使って石田組の幹部の機嫌を取りたいはずなのだが、丸山に接触してくる気配がない。少し、揺さぶってみる必要がある。
 手に持ったスマホに視線を落とす。友人を待っているふりをしながら加藤を観察していると、突然、男の動きが機敏になった。
 丸山理佳が、ひとりで門から出てきた。近づいてくる加藤に気づいた彼女の顔が強張った。
 加藤が丸山理佳の横について、馴れ馴れしく肩に触れた。彼女がうつむいて足早に歩き始める。
 四谷はスマートフォンをポケットに押し込んで、二人の後をつけた。
 彼女は学校まで徒歩で通学している。あの調子で自宅までついてこられたらさぞ迷惑だろう。
 加藤が丸山理佳をコンビニの駐車場に連れ込んだ。
 女の子の話声がして、慌てて身を隠した。聞き覚えのある声。関本朱里と椿野菜々美だった。おしゃべりに夢中で四谷には気づいていない。
 椿野菜々美が小さな悲鳴をあげた。関本朱里がひとりで加藤に詰め寄っていく。その様子を、椿野菜々美が不安げに見ていた。
 不良丸出しの加藤に、関本朱里は一歩も引かない。気の強い女だ。
 やがて、加藤が関本を睨みながら去っていった。
 再び歩き始めた三人を追った。関本朱里と椿野菜々美が、丸山理佳と別れた。加藤はこの先で待ち伏せしているはずだ。簡単に諦める男じゃない。
 人影が途絶えた。突然、加藤は一人になった丸山理佳の前に現れ、驚いている彼女の肩を掴んだ。本当にしつこい男だ。
 四谷は足を速め、二人との距離を詰めた。
「丸山先輩」
 二人が同時に振り向いた。
「四谷君?」彼女の顔が、ぱっと明るくなった。
「おまえ、誰?」
 加藤が、すかさず間に入ってきた。
「あ、どうも。丸山さんの後輩です」
「向こうに行ってろ。今大事な話してんだからよ」
「でも、先輩、嫌がってますよね?」
「はあ?」
 加藤が上からのぞき込んでくる。
「おまえ、さっきの生意気な女の仲間か?」
「いえ、違いますよ」
「向こうに行ってろ」
「いや、そういうわけには」
 左頬をいきなり殴られた。丸山理佳が悲鳴を上げる。
「おら! 早く消えろ!」
「それは、できないですね。先輩、嫌がってますから」
「おまえなあ……」
 胸ぐらをつかまれる。通りかかった女性がこちらを見ていた。
「おまえ、顔、覚えたからな」
 加藤が逃げるようにこの場を立ち去った。
「大丈夫?」丸山理佳の顔色が青い。
「大丈夫ですよ。何をされていたんですか? ずっと付きまとわれているみたいでしたけど?」
 彼女が口を噤んで下を向いた。
 まだ近くにいるかもしれないから家まで送りますよ。そう言って彼女と並んで歩いた。
「さっきはありがとう……」消えそうな声で、丸山理佳が礼を言ってきた。
「あの人、中学で一つ上の先輩なの……」
「中学の先輩だったんですか」
 彼女が下を向いた。
「まとわりつかれているのなら、警察に届けたほうがいいですよ。警察に注意されたら付きまといはやめるかもしれないし」
「さっきも関本さんに言われたわ。でも、それはだめ。あの男、スカルのメンバーだから、恨みを買うと何されるかわからないし。あまり刺激するのは良くないわ」
 会話が途切れた。聞き出すタイミングを計る。信号が赤に変わって、二人が横断歩道の前で足を止めた。
「先月、犯人が出所したらしいですね」
 彼女が顔を上げて四谷を見た。
「知ってたんですね?」
 彼女が黙ってうなづく。
「警察から連絡があったから。四谷君は、どうして知ってるの?」
「ホームページに乗っていたんです」
「あ、もしかして、クソガキどもを成敗するってホームページ?」
 四谷が頷く。クソガキどもを成敗するホームページ。少年法61条によって匿名とされている未成年凶悪犯罪者を実名暴露しているサイト。罪を犯した少年の顔写真とともに、事件の概要、出所後の居場所などが記載してある。警察の規制を逃れるために台湾で開設されていたが、掲載されている情報などから批判が相次ぎ、プロバイダによって削除されたりしたため、度々サーバーを移転したり、消滅を繰り返したりしている。
「犯人は、謝罪に来たのですか?」
「来るわけ、ないじゃん」彼女の言葉が鋭くなった。「お父さんを殺したことなんて、きっとこれっぽっちも反省していないんだよ、あいつ」
「仇を討ちたいとは、思わないのですか?」
「仇?」
「犯人が憎いんですよね?」
 丸山理佳が力の篭った目で見つめてきた。
「当然憎いわ。でも、どうすればいいのよ。こんな小さな身体で、細い腕で、いったい何ができるっていうの? こんな小さくて非力な女の子に、何をしろっていうのよ。何もできないじゃない。私なんかに何もできない。だから、我慢して耐えるしかないの。それとも、誰かが代わりに仇をとってくれるっていうの?」
「すみません、勝手のことを言って」
 丸山理佳が首を横に振った。
「私のほうこそ、ごめん……」
 信号が青に変わり、二人は歩き始めた。
 結局、丸山理佳の家に着くまで、彼女が口を利くことはなかったし、加藤も姿を見せなかった。

 丸山理佳を家のそばまで送ったあと、防犯カメラを避けながら公園に向かった。
 下手な尾行だ。
 誰もいない公園に入った。四年前、丸山理佳の父親が殺された場所だ。公園を横切ろうとしていた彼女の父親は、後ろから忍び寄ってきた当時十七歳の少年に、いきなり脇腹を刺されて死亡した。
 人をひとり刺し殺して、たった四年の懲役刑。日本は諸外国に比べ、少年が手厚く保護されている。まさに犯罪少年天国だ。
 公衆便所に向かう。手洗い場で立っていると、後ろから肩をつかまれた。加藤だった。
 振り向いた途端、拳を鳩尾に叩き込まれた。
「おい、調子に乗んなよ、こらぁ」
 外に連れ出され、顔面を殴られる。鼻の奥が、つんと痛んだ。
「おまえがあいつにくっついてるのは知ってるんだ。ストーカーか、おまえ」
 この男にストーカー呼ばわりされたくはない。
「あの女、呼び出してここに連れて来い」
「あの女って、丸山先輩のことですか?」
「違う。おまえの学校の、気の強いツインテールの女だよ」
 関本朱里のことか。
「その女を連れてこないと、丸山を犯してやるぜ」
 加藤がこちらを睨みつけている。
「どうして丸山先輩に付きまとうんですか?」
「何言ってんだよ。愛に決まってるだろ。愛だよ、愛」
「あなたとは全然つりあっていませんよ」
「なんだと、こらぁ!」
 四谷の腹を蹴った。地面に倒れた四谷に、加藤がさらに蹴りを入れる。腹をかばいながら周囲に目を配った。誰もいない。公園の中は無人だ。
 加藤が四谷の胸倉を掴んで引き上げた。
「あの女は俺のものにする。前から気に入っていたんだ」
 そういうことか。
 加藤は柏葉の命令で丸山理佳を探して見つけたが、自分の女にしようと思って、彼女のことを柏葉に黙っているらしい。
「それはまずいんじゃないんですか? 丸山さんは岩元って石田組幹部のお気に入りなんでしょ? 柏葉真治の命令に逆らうんですか?」
 加藤の顔色が変わった。ナイフを取り出して刃を立て、四谷の目の前に突きつけた。
「おまえ、誰だ?」
「江木君の紹介でスカルに入った田中です」
「江木? 昨日、公園で首括った奴か?」
 四谷が上着のポケットにそっと手を突っ込んだ。加藤からは死角になっているので見えない。
「てめえ、シンジさんにチクる気なのか?」加藤がナイフの刃を頬に押し当てた。
「そんな物で僕を刺したら、警察に捕まっちゃいますよ」
「心配するなよ。ここでおまえを殺しても俺は捕まらねえよ。誰も俺たちのことなんて見ていないんだからな。この辺りは防犯カメラもねえし人通りも少ないんだよ」
 それは知っているよ。だから、ここに誘い込んだんだ。
「女を犯るときにいつも使ってんだ。あの女も、ここで犯してやる」
 あの女が丸山理佳のことなのか、関本朱里のことなのかはわからない。
「本当に見つからないんですか?」
「ああ、だからおまえをここで殺してもばれないんだよ」
「そうなんですか。それはよかった」
 ポケットから取り出したスタンガンを、加藤の足に押し当てた。加藤が飛び跳ねるように四谷から退いて床に倒れた。今度は加藤の胸に電極を押し当てた。三秒の通電が、加藤の意識を完全に奪った。
 後ろに手を回して結束バンドで拘束し、身体障害者用のトイレに引きずり込み、ドアに鍵をかけた。
 加藤はすぐに目を覚ました。叫び出す前に、さらにスタンガンを押し当てて気絶させると、彼のズボンからベルトを引き抜いて窓枠にかけた。
 目を覚ました加藤の前に彼の持っていたナイフを突きつけた。加藤の身体が震えた。
「僕、柏葉真治を捜しているんです。柏葉真治、どこにいるか知っていますか?」
「し、知らない! 本当だ! シンジさん、石田組と揉めて追われていて、どこかに隠れちまってるんだ!」
 こんな下っ端が、知っているわけないか。
「な、何でシンジさんを探してんだよ!」
「殺すんですよ。あの人は娑婆にいちゃいけない人だから。生きているだけで他人に迷惑をかける人ですから」
 殺すという言葉に、加藤が目を剝いた。
 四谷は立ち上がって、窓枠にかけた加藤のベルトを確認した。
「お、おい、何する気だ?」
「あなたは今から自殺するんですよ。これで首を括って」
 加藤の顔から、勢いよく血の気が引いていく。
「自殺って……。俺はまだ死にたくない……」
「それが駄目なんですよ」
「もしかして、おまえが江木を殺したのか?」
 四谷は黙って加藤を見ていた。
「た、助けて……」
「怖がらなくていいです。楽に死なせてあげますから。丸山さんにあんな真似をしたんだ。本当ならさんざん拷問したあと殺すところなんですよ」
「嫌だ! 助けてくれ!」
 胸にスタンガンを押し当て、数秒間通電する。気を失った加藤を窓枠の下まで引きずっていく。両脇に腕を差込んで身体を抱きかかえ、ベルトに首をかけて手を離した。
 自分の体重で、加藤の首にベルトが深く食い込んだ。
 四谷はそっとトイレのドアを開けて周囲を窺った。加藤の言っていたとおり、この公園に来てから人影は見ていない。
 四谷はトイレからそっと抜け出した。
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