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「五八年型のインパラ? 無理だね。そんな古い外車」
ここでもないようだ。マンションに戻り電話帳に載っている自動車修理工場に片っ端から電話して古いアメ車を直したいと頼みまわっているが、どこからも断られ続けている。
古いアメリカ製の車に関する知識など、持っていなかった。適当にインターネットで調べて、出てきた画像の中から古き良きアメリカらしい車を選んだのだが、裏目に出てしまったのか。
「じゃあ、どこかご存知ないですか? 古いアメ車を修理してくれるところがあるって聞いたんですけど」
「修理工場っていうより、個人でやっているマニア向けの工房だろうね」
「普通の修理工場では無理なんですか?」
「通常のルートじゃ、部品が手に入らないんだよ」
部品。その手があった。
「古い外車を修理する場合、部品ってどうやって手に入れるんです?」
「今じゃ、インターネットだろうね。ネット上には古い外車専門の中古部品屋も広告を出しているから、そんなところに連絡を取って取り寄せるんだ。どうしても手に入らなきゃ、ネットオークションを捜せば、たいがいのものが手に入るよ。高くつくがね。どちらにせよ、アメ車に詳しくないとそこいらの修理工じゃ手が出せない」
インターネットとなると、すべてを調査するのは不可能だ。もっと他に何か手がかりがないか。斉藤カイとエリカが言っていた「ヤマ」について、何か知っているかもしれない。
「ヤマにいけばなんとかなるって、ちらっと聞いたんですけど、何のことかわかります?」
「ヤマ? ああ、もぎ取りか」
「もぎ取り?」
「ジャンク屋、スクラップ屋だよ。あそこなら部品はそろうだろうけど、野ざらしのポンコツから取ってくる部品だから、きちんと役に立つかどうかは保証できないよ」
「どこにあるんです?」
「国道をひたすら北に向かうと道沿いに看板が出てるよ。ちょうど山の上の県境くらいにあるかな」
それで、ヤマなのか。良い手掛かりをつかんだのかもしれない。
礼を言って電話を切り、冷蔵庫を開けた。玲奈が買い置きしてくれているスパークリングウォーターの栓を開ける。キッチンのシンクが綺麗に片づけられている。玲奈は出勤前、朝食に使った食器を必ず片づけて部屋を出る。良くできた女房だと思う。
スパークリングウォーターを注ぎ、グラスを口につけて傾けた。よく冷えた炭酸水が、喉をぴりっと刺激する。パソコンの画面を開き、スクラップ、解体業者、自動車の中古部品をキーワードに検索する。解体業者がいくつかヒットした。そのいくつかは県境に集まっている。次に目的地までの道順を検索する。車で一時間くらいだ。
トイレを済ませ、玲奈の部屋のドアを開ける。彼女のコロンの匂いが微かに漂っている。甘い感覚に胸がいっぱいになった。
急に彼女を抱きたくなってきた。こう頻繁だと、いい加減嫌がられるかもしれない。
「じゃあ、いってくるね」
リビングに戻り地図をプリントアウトすると、テーブルに置いていた車のキーを掴んだ。
そこらじゅうから機械オイルの匂いが漂ってくる。
県境に解体屋は全部で八件あった。いわゆるもぎ取りと呼ばれる業者だ。土地の安い郊外に広い敷地を確保して大量の廃車を保管している。客は車の修理に必要な部品を自分で外し、料金を払う。中古部品を扱う業者の他に、車の改造が趣味の走り屋もやってくるらしい。
「アメ車ならあっちだよ」
最初に訪ねた解体屋で聞くと、この辺りで古い外車を扱っているのは一社だけだといった。
車をその場に残し、歩いて目的の解体屋に向かう。道路にそって客の車がずらりと並んでいて、道路の両側の広い空き地に、廃車が隙間なく並べられている。最近発売された車種も確認できる。新車でも五年程度乗ると中古車としての値がつかなくなるものが多い。買い手がつくものの一部は海外に流れ、そうでないものは捨てられ鉄くずとして扱われる。年間何万台も製造され、同じ数だけ廃棄される自動車。ここは車の墓場なのだ。
目指す解体屋の敷地には、廃車となった外国製の車がずらりと並べられていた。ベンツ、ボルボ、アウディ、BMW。かつての高級車が、野ざらし状態で放置され、塗装がすっかりはげ落ちているものもある。あんな車からとってくる部品が使いものになるのか疑問だった。
事務所になっている小さなプレハブ小屋を覗く。頭の禿げあがった作業着姿の男が一人、事務机に座ってパソコンの画面を覗いている。奈緒美が声をかけると男が顔をあげた。女がこんなところに何の用だと、男の目が言っている。
「何か用かい?」
「取材に来たんです」奈緒美が「週刊スカット」の名刺を差し出した。
「記者さんかい?」
「古いアメ車の修理業者の取材をしたいんです。ここで古いアメ車の部品なら何でもそろうって聞いたんですけど」
「どんな車を修理するんだい?」
「五八年型のインパラなんですけど」
苦い顔をしていた男の顔が綻んだ。
「インパラはここにはねえけど、同じ年代のシボレーなら何台かある。カマロとコルベットだが、エンジンは同じなので部品は使えるだろう。インテリアの中にも使えるものはあるだろうな。アメ車はメーカーが違っても部品の規格は国内で統一されているから、キャデラックやコンチネンタルからでも使える部品は見つかる」
「壊れたアメ車を動かせるように修理する過程を取材したいんです。でも、どこに連絡しても直せないと言って断られてしまって、なかなか業者が見つからなくて困っているんです。適当な修理業者、ご存知ないですか? 」
男が豪快に笑った。
「六十年代以前のアメ車をいじれる業者なんて、そう簡単に見つかるもんかい」
「大きな工場じゃなくってマニア相手の職人さんでもいいんですけど、こちらのお客様でそんな職人さんをご存じないですか?」
「知ってるよ。そんな車を直せるのは、県内じゃ一か所だけだ。部品の調達にここにも来てくれる客なんだ」
こちらが何か言う前に、男がキャビネットからファイルを取り出し、机の上で開いて指さした。ヤマキモーターズと書いてある。社名と住所、電話番号をメモさせてもらった。
マンションの駐車場に車を放り込んだ。午後六時過ぎ。こんな時間にマンションに戻ってくるのは久しぶりだった。今夜は夕食の手伝いでもしてやろう。実家の母は奈緒美に料理を手伝わせたりしたことがなかった。玲奈も奈緒美をキッチンに立たせたがらない。これではいつまで経ってもできない女のままだ。
八階で降りると、カレーの匂いが漂っていた。どこも夕食の準備中の時間だ。きっとこれが幸せな空間というものなのだろう。忙しくて普段は何気なくスルーしている平和な日常を、時には立ち止まって噛みしめてみるべきなのかもしれない。
ドアの鍵を開ける。部屋の電気はついているが、ずいぶん静かだ。テレビもついてない。
「ただいま。玲奈、帰ってるの?」
リビングのドアを開け、奈緒美は息を呑んだ。
「誰よ、あんたたち」
真っ青になってテーブルに座る玲奈を、三人の男たちが囲んでいる。見覚えのある顔。先日奈緒美に接触してきた男たちだった。
男たちが土足で上がり込んでいるのを見て、頭に血が昇った。
「靴を脱げ、馬鹿どもが!」
大声で怒鳴ったが、男たちはにやにやと笑うだけで口を開こうとしない。女が一人、ソファに座っているのに気づいた。男が訪ねてきても、玲奈は決してドアを開けない。あの女は玲奈にドアを開けさせるためにここに連れてこられたのだ。
「例の事件の件だよ。あんたが知ってる情報を全部教えてくれ」
「桃香ちゃんに喋ったのがすべてよ。あんたたちが彼女に頼んだんでしょ?」
「じゃあ、何かわかったらすぐに教えろ」
「どうして私がそんなことしなくちゃいけないわけ?」
男たちの顔から薄ら笑いが消えた。ソファに座っている女がテレビをつけた。ひとりの男が近寄ってきた。思わず身構える。
「お前、会社じゃ、偉そうにしてるんだろ?」
「そんなの、あんた達には関係ないわ」
「今は男女平等の時代だからな。いや、逆に女の方がもてはやされる時代だ。少し仕事ができるだけで出世させてもらえる女も多いそうじゃないか。ケツを触られたといえば警察が味方してくれるし、男にスケベなこと言われたらセクハラだとか言って騒げばクビにできる。女にとって有利な法律ができて、女にはいい時代になった。世間の居心地も良くなっただろ?」
「何が言いたいの?」
「でもなあ、俺たちの社会じゃ、相変わらず女に人権なんざねえんだよ。女は男の所有物でしかない。俺たちにとっちゃ、女なんざ、やりたい時に股を開かせるダッチワイフであり、必要な時に金を引き出すATMなんだよ」
男の目が薄く冷たくなった。背筋がぞっとした。
「俺たちには法律なんて通用しないんだ。わかるか? 俺たちに睨まれても、守ってくれる奴は誰もいないってことなんだよ」
男がさらに一歩踏み出した。
「俺たち三人でお前を犯しても、だれも何もてくれねえんだ。警察に泣きついても無駄だ。法律も助けてくれない。その辺のやり方を、俺たちは心得ている。試してみるか?」
男がまた踏み込んだ。思わず後ずさりする。
「女の記者だからって、馬鹿にしないで」
「はあ?」
「警察は私の味方になってくれるわ。だって、私はマスコミ関係者よ。世間に訴え出ると言えば、警察だっていうことを聞かせることはできるもの。私だって、喧嘩のやりかたくらい知ってるわよ。もちろん、旭道会のやり方もすべてお見通しよ」
自分たちの正体がばれていると知って、男が眉間を寄せた。一輝の情報は正確だったようだ。
「私からの連絡が途絶えたら、仲間がすぐに警察に連絡することになってるの。あなた達にもすぐに捜査の手が伸びるわ。それに、会社にはあなた達みたいな連中の情報が山ほどあるのよ。どこの誰が私を消したかなんて、すぐにわかるわよ」
「それでてめえが殺されてもいいってのかい?」
「よくはないわ。でも、私に何かあれば仇を取ってくれる仲間がいるから、私も危ない仕事ができるのよ。そういう仲間は心強いものなの」
これで、連中は手出ししてこない。刑務所に入ることを、この連中は何よりも恐れている。脅しが通用しなければ、やくざは堅気の人間に手を出せない。一輝がいつも言っている言葉だ。それに、何かあれば一輝が仇を取ってくれる。
「住居不法侵入ね。それに婦女暴行罪」
「つまらねえ言いがかるをつけるんじゃねえよ」
「警察は私たちの言うことを信じるわ。さっきあなたも言ってたじゃない」
奈緒美が三人を睨みつけた。
「早く出て行きなさい!」
三人の男たちが、黙って部屋から出て行った。ソファに座っていた女もその後をついていった。
男たちが玄関を出てすぐに、奈緒美はドアの鍵を閉めた。
「玲奈、大丈夫?」
駆けよって彼女の肩を抱く。まだ小さく震えている。膝の上に置かれた彼女の手を握った。ひんやりと冷たかった。よほど怖い思いをしたのだろう。後ろから、玲奈の身体を抱きしめた。
「大丈夫よ……」
「また、男性恐怖症が酷くなっちゃったわね」
「大したことないわ」
「でも、まだ震えてるわ」
「うかつだった。女の人が荷物を預かってるって訪ねてきて、ドアを開けちゃったの。そうしたらあの三人の男たちが踏み込んできて。あなたから話を聞いたらすぐに出て行くって言ってたけど、怖かったわ」
「もう大丈夫よ。あいつら、この部屋にはもう来ないわ」
「うちの旦那様は、頼りになるわ」
玲奈が振り向いて、奈緒美の唇にキスをした。
ここでもないようだ。マンションに戻り電話帳に載っている自動車修理工場に片っ端から電話して古いアメ車を直したいと頼みまわっているが、どこからも断られ続けている。
古いアメリカ製の車に関する知識など、持っていなかった。適当にインターネットで調べて、出てきた画像の中から古き良きアメリカらしい車を選んだのだが、裏目に出てしまったのか。
「じゃあ、どこかご存知ないですか? 古いアメ車を修理してくれるところがあるって聞いたんですけど」
「修理工場っていうより、個人でやっているマニア向けの工房だろうね」
「普通の修理工場では無理なんですか?」
「通常のルートじゃ、部品が手に入らないんだよ」
部品。その手があった。
「古い外車を修理する場合、部品ってどうやって手に入れるんです?」
「今じゃ、インターネットだろうね。ネット上には古い外車専門の中古部品屋も広告を出しているから、そんなところに連絡を取って取り寄せるんだ。どうしても手に入らなきゃ、ネットオークションを捜せば、たいがいのものが手に入るよ。高くつくがね。どちらにせよ、アメ車に詳しくないとそこいらの修理工じゃ手が出せない」
インターネットとなると、すべてを調査するのは不可能だ。もっと他に何か手がかりがないか。斉藤カイとエリカが言っていた「ヤマ」について、何か知っているかもしれない。
「ヤマにいけばなんとかなるって、ちらっと聞いたんですけど、何のことかわかります?」
「ヤマ? ああ、もぎ取りか」
「もぎ取り?」
「ジャンク屋、スクラップ屋だよ。あそこなら部品はそろうだろうけど、野ざらしのポンコツから取ってくる部品だから、きちんと役に立つかどうかは保証できないよ」
「どこにあるんです?」
「国道をひたすら北に向かうと道沿いに看板が出てるよ。ちょうど山の上の県境くらいにあるかな」
それで、ヤマなのか。良い手掛かりをつかんだのかもしれない。
礼を言って電話を切り、冷蔵庫を開けた。玲奈が買い置きしてくれているスパークリングウォーターの栓を開ける。キッチンのシンクが綺麗に片づけられている。玲奈は出勤前、朝食に使った食器を必ず片づけて部屋を出る。良くできた女房だと思う。
スパークリングウォーターを注ぎ、グラスを口につけて傾けた。よく冷えた炭酸水が、喉をぴりっと刺激する。パソコンの画面を開き、スクラップ、解体業者、自動車の中古部品をキーワードに検索する。解体業者がいくつかヒットした。そのいくつかは県境に集まっている。次に目的地までの道順を検索する。車で一時間くらいだ。
トイレを済ませ、玲奈の部屋のドアを開ける。彼女のコロンの匂いが微かに漂っている。甘い感覚に胸がいっぱいになった。
急に彼女を抱きたくなってきた。こう頻繁だと、いい加減嫌がられるかもしれない。
「じゃあ、いってくるね」
リビングに戻り地図をプリントアウトすると、テーブルに置いていた車のキーを掴んだ。
そこらじゅうから機械オイルの匂いが漂ってくる。
県境に解体屋は全部で八件あった。いわゆるもぎ取りと呼ばれる業者だ。土地の安い郊外に広い敷地を確保して大量の廃車を保管している。客は車の修理に必要な部品を自分で外し、料金を払う。中古部品を扱う業者の他に、車の改造が趣味の走り屋もやってくるらしい。
「アメ車ならあっちだよ」
最初に訪ねた解体屋で聞くと、この辺りで古い外車を扱っているのは一社だけだといった。
車をその場に残し、歩いて目的の解体屋に向かう。道路にそって客の車がずらりと並んでいて、道路の両側の広い空き地に、廃車が隙間なく並べられている。最近発売された車種も確認できる。新車でも五年程度乗ると中古車としての値がつかなくなるものが多い。買い手がつくものの一部は海外に流れ、そうでないものは捨てられ鉄くずとして扱われる。年間何万台も製造され、同じ数だけ廃棄される自動車。ここは車の墓場なのだ。
目指す解体屋の敷地には、廃車となった外国製の車がずらりと並べられていた。ベンツ、ボルボ、アウディ、BMW。かつての高級車が、野ざらし状態で放置され、塗装がすっかりはげ落ちているものもある。あんな車からとってくる部品が使いものになるのか疑問だった。
事務所になっている小さなプレハブ小屋を覗く。頭の禿げあがった作業着姿の男が一人、事務机に座ってパソコンの画面を覗いている。奈緒美が声をかけると男が顔をあげた。女がこんなところに何の用だと、男の目が言っている。
「何か用かい?」
「取材に来たんです」奈緒美が「週刊スカット」の名刺を差し出した。
「記者さんかい?」
「古いアメ車の修理業者の取材をしたいんです。ここで古いアメ車の部品なら何でもそろうって聞いたんですけど」
「どんな車を修理するんだい?」
「五八年型のインパラなんですけど」
苦い顔をしていた男の顔が綻んだ。
「インパラはここにはねえけど、同じ年代のシボレーなら何台かある。カマロとコルベットだが、エンジンは同じなので部品は使えるだろう。インテリアの中にも使えるものはあるだろうな。アメ車はメーカーが違っても部品の規格は国内で統一されているから、キャデラックやコンチネンタルからでも使える部品は見つかる」
「壊れたアメ車を動かせるように修理する過程を取材したいんです。でも、どこに連絡しても直せないと言って断られてしまって、なかなか業者が見つからなくて困っているんです。適当な修理業者、ご存知ないですか? 」
男が豪快に笑った。
「六十年代以前のアメ車をいじれる業者なんて、そう簡単に見つかるもんかい」
「大きな工場じゃなくってマニア相手の職人さんでもいいんですけど、こちらのお客様でそんな職人さんをご存じないですか?」
「知ってるよ。そんな車を直せるのは、県内じゃ一か所だけだ。部品の調達にここにも来てくれる客なんだ」
こちらが何か言う前に、男がキャビネットからファイルを取り出し、机の上で開いて指さした。ヤマキモーターズと書いてある。社名と住所、電話番号をメモさせてもらった。
マンションの駐車場に車を放り込んだ。午後六時過ぎ。こんな時間にマンションに戻ってくるのは久しぶりだった。今夜は夕食の手伝いでもしてやろう。実家の母は奈緒美に料理を手伝わせたりしたことがなかった。玲奈も奈緒美をキッチンに立たせたがらない。これではいつまで経ってもできない女のままだ。
八階で降りると、カレーの匂いが漂っていた。どこも夕食の準備中の時間だ。きっとこれが幸せな空間というものなのだろう。忙しくて普段は何気なくスルーしている平和な日常を、時には立ち止まって噛みしめてみるべきなのかもしれない。
ドアの鍵を開ける。部屋の電気はついているが、ずいぶん静かだ。テレビもついてない。
「ただいま。玲奈、帰ってるの?」
リビングのドアを開け、奈緒美は息を呑んだ。
「誰よ、あんたたち」
真っ青になってテーブルに座る玲奈を、三人の男たちが囲んでいる。見覚えのある顔。先日奈緒美に接触してきた男たちだった。
男たちが土足で上がり込んでいるのを見て、頭に血が昇った。
「靴を脱げ、馬鹿どもが!」
大声で怒鳴ったが、男たちはにやにやと笑うだけで口を開こうとしない。女が一人、ソファに座っているのに気づいた。男が訪ねてきても、玲奈は決してドアを開けない。あの女は玲奈にドアを開けさせるためにここに連れてこられたのだ。
「例の事件の件だよ。あんたが知ってる情報を全部教えてくれ」
「桃香ちゃんに喋ったのがすべてよ。あんたたちが彼女に頼んだんでしょ?」
「じゃあ、何かわかったらすぐに教えろ」
「どうして私がそんなことしなくちゃいけないわけ?」
男たちの顔から薄ら笑いが消えた。ソファに座っている女がテレビをつけた。ひとりの男が近寄ってきた。思わず身構える。
「お前、会社じゃ、偉そうにしてるんだろ?」
「そんなの、あんた達には関係ないわ」
「今は男女平等の時代だからな。いや、逆に女の方がもてはやされる時代だ。少し仕事ができるだけで出世させてもらえる女も多いそうじゃないか。ケツを触られたといえば警察が味方してくれるし、男にスケベなこと言われたらセクハラだとか言って騒げばクビにできる。女にとって有利な法律ができて、女にはいい時代になった。世間の居心地も良くなっただろ?」
「何が言いたいの?」
「でもなあ、俺たちの社会じゃ、相変わらず女に人権なんざねえんだよ。女は男の所有物でしかない。俺たちにとっちゃ、女なんざ、やりたい時に股を開かせるダッチワイフであり、必要な時に金を引き出すATMなんだよ」
男の目が薄く冷たくなった。背筋がぞっとした。
「俺たちには法律なんて通用しないんだ。わかるか? 俺たちに睨まれても、守ってくれる奴は誰もいないってことなんだよ」
男がさらに一歩踏み出した。
「俺たち三人でお前を犯しても、だれも何もてくれねえんだ。警察に泣きついても無駄だ。法律も助けてくれない。その辺のやり方を、俺たちは心得ている。試してみるか?」
男がまた踏み込んだ。思わず後ずさりする。
「女の記者だからって、馬鹿にしないで」
「はあ?」
「警察は私の味方になってくれるわ。だって、私はマスコミ関係者よ。世間に訴え出ると言えば、警察だっていうことを聞かせることはできるもの。私だって、喧嘩のやりかたくらい知ってるわよ。もちろん、旭道会のやり方もすべてお見通しよ」
自分たちの正体がばれていると知って、男が眉間を寄せた。一輝の情報は正確だったようだ。
「私からの連絡が途絶えたら、仲間がすぐに警察に連絡することになってるの。あなた達にもすぐに捜査の手が伸びるわ。それに、会社にはあなた達みたいな連中の情報が山ほどあるのよ。どこの誰が私を消したかなんて、すぐにわかるわよ」
「それでてめえが殺されてもいいってのかい?」
「よくはないわ。でも、私に何かあれば仇を取ってくれる仲間がいるから、私も危ない仕事ができるのよ。そういう仲間は心強いものなの」
これで、連中は手出ししてこない。刑務所に入ることを、この連中は何よりも恐れている。脅しが通用しなければ、やくざは堅気の人間に手を出せない。一輝がいつも言っている言葉だ。それに、何かあれば一輝が仇を取ってくれる。
「住居不法侵入ね。それに婦女暴行罪」
「つまらねえ言いがかるをつけるんじゃねえよ」
「警察は私たちの言うことを信じるわ。さっきあなたも言ってたじゃない」
奈緒美が三人を睨みつけた。
「早く出て行きなさい!」
三人の男たちが、黙って部屋から出て行った。ソファに座っていた女もその後をついていった。
男たちが玄関を出てすぐに、奈緒美はドアの鍵を閉めた。
「玲奈、大丈夫?」
駆けよって彼女の肩を抱く。まだ小さく震えている。膝の上に置かれた彼女の手を握った。ひんやりと冷たかった。よほど怖い思いをしたのだろう。後ろから、玲奈の身体を抱きしめた。
「大丈夫よ……」
「また、男性恐怖症が酷くなっちゃったわね」
「大したことないわ」
「でも、まだ震えてるわ」
「うかつだった。女の人が荷物を預かってるって訪ねてきて、ドアを開けちゃったの。そうしたらあの三人の男たちが踏み込んできて。あなたから話を聞いたらすぐに出て行くって言ってたけど、怖かったわ」
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