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「どうしてこんなことするのよ!」
ベッドの上に自分を縛りつける恭平を大声でなじりながら、愛美が手足をばたつかせて暴れている。髪は乱れ、大きく見開いた目は獣の目のようにぎらぎらしていた。唇の端からよだれが垂れていたが、気にする様子もない。
「勝手にこんなところに連れてきて、こんなところに縛り付けて! 鵜飼くん、ひどい!」
顔を真っ赤にして暴れる愛美の体を押さえつけ、恭平はようやくベッドに彼女の手足を縛りくけることができた。最後に胴に縄をかけ、ベッドの下を通すと、緩めに愛美の身体をベッドに縛りつけた。
「離してよ。縄を解いて!」
愛美の罵声を背中に浴びながら、恭平はキッチンに向かった。
「ほんと、どうしてこんなところに連れてきたのよ」
迷惑そうな顔で早紀が睨んだ。その横に並んで、あの長身の女が静かに様子を見守っている。ルビーの本名は佳織というらしい。
「他に一人暮らしの女を知らないんだ」
「涼子って女がいるんじゃなかったの?」
「あいつはあてにならない」
「私のことも、勝手にあてにしないで」
恭平は早紀の言葉を無視して冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターの入ったペットボトルを取り出した。冷蔵庫の中には食材が豊富だった。早紀と佳織は一緒に暮らしている。2DKの早紀の部屋は二人で暮らすのにちょうどいい広さだった。かつて早紀と付き合っている時からそう思っていた。
「あの子、シャブやってるんでしょ?」
早紀はキッチンを覗き込んで恭平に耳打ちした。寝室ではまだ愛美がベッドの上で足をばたばたさせながら大声を上げて暴れている。
「桐生にシャブをし込まれたらしい」
「玄関の外で待ってる女の子? なんでそんなことをしたの?」
「あいつ、櫻井を風俗に売り飛ばすつもりだったんだ」
「でも、彼女があいつらからあの子を助けたんでしょ。どうして?」
「さあな。途中で気が変わったんだろ」
恭平はミネラルウォーターを飲んだ。佳織が何かを言おうと口を開きかけたが、恭平と目が合うと、慌てて口を閉じた。
「お前ならシャブやってる奴をどう扱ったらいいか知っているだろ」
早紀の友人には、覚せい剤の常用者が何人もいる。一緒にこの部屋にいる時、「誰かに後をつけられている」と言って怯える女友人から早紀の携帯に電話がかかったことが何度もあった。
佳織がキッチンに入ってきた。
「早紀、面倒見てやれよ。私も手伝うし」
そういって、早紀と恭平を交互に見た。
「いいこというね、あんた。さすが、でかいだけのことはある」
「佳織を馬鹿にすると私が許さないよ」
早紀が恭平を睨んだ。恭平は顔をしかめてキッチンを出た。
「櫻井、水、飲むか?」
寝室に戻ると恭平はベッドで暴れる愛美を見た。愛美が身体の動きを止めて頷いた。恭平が愛美の首を起こして、ペットボトルの飲み口を彼女の口につけた。口から水がこぼれないように、慎重に愛美の口につけたペットボトルを傾けた。
「もう、いいか?」
何口か水を飲んだ後、愛美が頷いたので、ペットボトルを口からはなすと、愛美が口に含んだ水を恭平に向って噴きかけた。
「腕を解いて! 美里をここに連れてきて!」
顔を拭いながら、すさまじい形相で叫ぶ愛美を見た。こんな愛美を見るのはもちろん初めてだった。
「あいつはお前を売ろうとしたんだ」
「嘘っ! 美里は私を守ってくれようとしたのよ! 彼女と話がしたいの! ここに連れて来て!」
早紀は恭平の腕を取ると、愛美から引き離して玄関の方に連れて行った。
「彼女を興奮させないで」
恭平は、深く息をついた。これ以上どうしてよいのか分からなかった。
「早紀に任せて大丈夫だから」
佳織がキッチンから恭平に声をかけた。
「早紀は今まで何人も、シャブ中の友達を立ち直らせてきたんだ」
こいつのいうとおりだ、と恭平は思った。ここは早紀に任せるしかない。
「この先に薬局があるから、大人用の紙おむつ買ってきて。ベッドでお漏らしされちゃ、かなわないわ」
そう言って、早紀が恭平の背中を押した。
「いい? ちゃんと女性用を買ってくるのよ」
恭平がドアを開けて外に出た。ドアの横に美里が拗ねた表情で立っていた。
「大人用のおむつ買って来い。この先の薬局で。女用だぞ」
「なんで私が、そんなもの買いにいかなくちゃならないのよ」
「お前があいつをあんなふうにしたんだろ」
「あんたも一緒に来なさいよ」
「お前ひとりでいって来い」
美里は不機嫌そうに階段を降りていった。恭平は玄関の外で美里を待つことにした。
薬局で大人用の紙おむつを買い、美里は早紀のアパートに戻ってきた。
「後は私たちでやっとくから、あんたたちはもう帰って」
「今夜は俺もここに残る」
「だめよ」
間髪入れず、早紀が言った。
「男に見せたくないこともしなくちゃならないから」
「あいつの様子は?」
「静かになったわ。でも、気が静まったんじゃなくって、薬が切れてきたのよ。おそらく、あのまま丸一日は起きないと思うわ」
そう言って、早紀は恭平を玄関から追い出した。
「早く帰って。これから彼女の下着を脱がして紙おむつを履かせなきゃなんないの。早くしないと、ベッドの上で漏らしちゃうわ」
恭平が玄関から出て行こうとした。
「彼女には、覚せい剤のことは絶対に喋っちゃだめよ。黙っておくの。言うと彼女、今度は薬を求め始めるわ。薬の誘惑を断ち切るのは容易なことじゃないのよ。あなたもね」
早紀は美里を見た。美里は相変わらず拗ねたような顔をしていた。恭平わかったと言って、後ろ手にドアを閉めた。
「帰るぞ」
恭平が先に階段を降り、美里が後ろから降りてきた。
「まさかあそこに一人で来るなんてね。とんだ計算違いだったわ。まあ、あんたがあの二人を撥ね退けちゃったから結果的には計算通りになったんだけど」
恭平がポケットからタバコを取り出して口に咥えた。
「私にも頂戴」
恭平が差し出した箱からセブンスターを一本抜き、口に咥えた。
「よく無事だったわね。佐川はただの調子乗りだけど、武藤は最近までプロボクサーだったのよ」
「そうだったのか。どうりでいいフットワークだった。あいつにはしこたまパンチを食らったよ」
「私の計算ではね、あんたが池澤くんや他の連中と一緒にあいつ等を打ちのめして愛美を助けるはずだったの。池澤くんって、柔道強いんでしょ? 佐川は弱いから数に入んないし、あんたたちがまとめて飛び掛ったら武藤に勝てるかなって思って。で、あんたたちが愛美を連れ去ったってことにするつもりだったの。そうなると、そのうち黒崎も愛美を諦めるだろうし、そしたら私が愛美を独り占め」
そういって、美里は妖しく笑った。
「なんだよ、独り占めって」
美里は何も言わずに、黙ってタバコを吸っていた。
「あの子についた値段、知ってる? 四千万よ」
「四千万? お前ら、やっぱり、櫻井を売り飛ばすつもりだったのか」
恭平が眉を吊り上げて美里を睨んだ。
「酷いことしやがる。お前、なんで、人身売買なんかに関わってんだ?」
「別に理由なんてないわ。世の中にそういう仕組みがあるから、私はそれに乗っかってるだけよ」
「なんだよ、それ。そんな訳のわかんねえ理由でか?」
「まあ、理由があるとしたら、復讐かな」
「復讐? 櫻井みたいな女にか?」
「彼女は違うわ」
それっきり、美里は黙ってしまった。
ベッドの上に自分を縛りつける恭平を大声でなじりながら、愛美が手足をばたつかせて暴れている。髪は乱れ、大きく見開いた目は獣の目のようにぎらぎらしていた。唇の端からよだれが垂れていたが、気にする様子もない。
「勝手にこんなところに連れてきて、こんなところに縛り付けて! 鵜飼くん、ひどい!」
顔を真っ赤にして暴れる愛美の体を押さえつけ、恭平はようやくベッドに彼女の手足を縛りくけることができた。最後に胴に縄をかけ、ベッドの下を通すと、緩めに愛美の身体をベッドに縛りつけた。
「離してよ。縄を解いて!」
愛美の罵声を背中に浴びながら、恭平はキッチンに向かった。
「ほんと、どうしてこんなところに連れてきたのよ」
迷惑そうな顔で早紀が睨んだ。その横に並んで、あの長身の女が静かに様子を見守っている。ルビーの本名は佳織というらしい。
「他に一人暮らしの女を知らないんだ」
「涼子って女がいるんじゃなかったの?」
「あいつはあてにならない」
「私のことも、勝手にあてにしないで」
恭平は早紀の言葉を無視して冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターの入ったペットボトルを取り出した。冷蔵庫の中には食材が豊富だった。早紀と佳織は一緒に暮らしている。2DKの早紀の部屋は二人で暮らすのにちょうどいい広さだった。かつて早紀と付き合っている時からそう思っていた。
「あの子、シャブやってるんでしょ?」
早紀はキッチンを覗き込んで恭平に耳打ちした。寝室ではまだ愛美がベッドの上で足をばたばたさせながら大声を上げて暴れている。
「桐生にシャブをし込まれたらしい」
「玄関の外で待ってる女の子? なんでそんなことをしたの?」
「あいつ、櫻井を風俗に売り飛ばすつもりだったんだ」
「でも、彼女があいつらからあの子を助けたんでしょ。どうして?」
「さあな。途中で気が変わったんだろ」
恭平はミネラルウォーターを飲んだ。佳織が何かを言おうと口を開きかけたが、恭平と目が合うと、慌てて口を閉じた。
「お前ならシャブやってる奴をどう扱ったらいいか知っているだろ」
早紀の友人には、覚せい剤の常用者が何人もいる。一緒にこの部屋にいる時、「誰かに後をつけられている」と言って怯える女友人から早紀の携帯に電話がかかったことが何度もあった。
佳織がキッチンに入ってきた。
「早紀、面倒見てやれよ。私も手伝うし」
そういって、早紀と恭平を交互に見た。
「いいこというね、あんた。さすが、でかいだけのことはある」
「佳織を馬鹿にすると私が許さないよ」
早紀が恭平を睨んだ。恭平は顔をしかめてキッチンを出た。
「櫻井、水、飲むか?」
寝室に戻ると恭平はベッドで暴れる愛美を見た。愛美が身体の動きを止めて頷いた。恭平が愛美の首を起こして、ペットボトルの飲み口を彼女の口につけた。口から水がこぼれないように、慎重に愛美の口につけたペットボトルを傾けた。
「もう、いいか?」
何口か水を飲んだ後、愛美が頷いたので、ペットボトルを口からはなすと、愛美が口に含んだ水を恭平に向って噴きかけた。
「腕を解いて! 美里をここに連れてきて!」
顔を拭いながら、すさまじい形相で叫ぶ愛美を見た。こんな愛美を見るのはもちろん初めてだった。
「あいつはお前を売ろうとしたんだ」
「嘘っ! 美里は私を守ってくれようとしたのよ! 彼女と話がしたいの! ここに連れて来て!」
早紀は恭平の腕を取ると、愛美から引き離して玄関の方に連れて行った。
「彼女を興奮させないで」
恭平は、深く息をついた。これ以上どうしてよいのか分からなかった。
「早紀に任せて大丈夫だから」
佳織がキッチンから恭平に声をかけた。
「早紀は今まで何人も、シャブ中の友達を立ち直らせてきたんだ」
こいつのいうとおりだ、と恭平は思った。ここは早紀に任せるしかない。
「この先に薬局があるから、大人用の紙おむつ買ってきて。ベッドでお漏らしされちゃ、かなわないわ」
そう言って、早紀が恭平の背中を押した。
「いい? ちゃんと女性用を買ってくるのよ」
恭平がドアを開けて外に出た。ドアの横に美里が拗ねた表情で立っていた。
「大人用のおむつ買って来い。この先の薬局で。女用だぞ」
「なんで私が、そんなもの買いにいかなくちゃならないのよ」
「お前があいつをあんなふうにしたんだろ」
「あんたも一緒に来なさいよ」
「お前ひとりでいって来い」
美里は不機嫌そうに階段を降りていった。恭平は玄関の外で美里を待つことにした。
薬局で大人用の紙おむつを買い、美里は早紀のアパートに戻ってきた。
「後は私たちでやっとくから、あんたたちはもう帰って」
「今夜は俺もここに残る」
「だめよ」
間髪入れず、早紀が言った。
「男に見せたくないこともしなくちゃならないから」
「あいつの様子は?」
「静かになったわ。でも、気が静まったんじゃなくって、薬が切れてきたのよ。おそらく、あのまま丸一日は起きないと思うわ」
そう言って、早紀は恭平を玄関から追い出した。
「早く帰って。これから彼女の下着を脱がして紙おむつを履かせなきゃなんないの。早くしないと、ベッドの上で漏らしちゃうわ」
恭平が玄関から出て行こうとした。
「彼女には、覚せい剤のことは絶対に喋っちゃだめよ。黙っておくの。言うと彼女、今度は薬を求め始めるわ。薬の誘惑を断ち切るのは容易なことじゃないのよ。あなたもね」
早紀は美里を見た。美里は相変わらず拗ねたような顔をしていた。恭平わかったと言って、後ろ手にドアを閉めた。
「帰るぞ」
恭平が先に階段を降り、美里が後ろから降りてきた。
「まさかあそこに一人で来るなんてね。とんだ計算違いだったわ。まあ、あんたがあの二人を撥ね退けちゃったから結果的には計算通りになったんだけど」
恭平がポケットからタバコを取り出して口に咥えた。
「私にも頂戴」
恭平が差し出した箱からセブンスターを一本抜き、口に咥えた。
「よく無事だったわね。佐川はただの調子乗りだけど、武藤は最近までプロボクサーだったのよ」
「そうだったのか。どうりでいいフットワークだった。あいつにはしこたまパンチを食らったよ」
「私の計算ではね、あんたが池澤くんや他の連中と一緒にあいつ等を打ちのめして愛美を助けるはずだったの。池澤くんって、柔道強いんでしょ? 佐川は弱いから数に入んないし、あんたたちがまとめて飛び掛ったら武藤に勝てるかなって思って。で、あんたたちが愛美を連れ去ったってことにするつもりだったの。そうなると、そのうち黒崎も愛美を諦めるだろうし、そしたら私が愛美を独り占め」
そういって、美里は妖しく笑った。
「なんだよ、独り占めって」
美里は何も言わずに、黙ってタバコを吸っていた。
「あの子についた値段、知ってる? 四千万よ」
「四千万? お前ら、やっぱり、櫻井を売り飛ばすつもりだったのか」
恭平が眉を吊り上げて美里を睨んだ。
「酷いことしやがる。お前、なんで、人身売買なんかに関わってんだ?」
「別に理由なんてないわ。世の中にそういう仕組みがあるから、私はそれに乗っかってるだけよ」
「なんだよ、それ。そんな訳のわかんねえ理由でか?」
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