友達の彼女

みのりみの

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雨の蒲田

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蒲田のロータリーに車を路駐して俺は古びた喫茶店に内海を迎えに行った。

スタジオ入りも20時になったところで時間は2時間ちょっともある。暇潰しと言ったらそうじゃなくて、かと言って迎えに行かなきゃ!という訳でもなかった。
なんとなく、内海が俺の事を気にかけてくれてて雨の中申し訳ないなという気持ちが先行した。

喫茶店に入ると柄の悪そうな中年男性が2組しかいなかった。看板から見ると銀座にもある老舗の喫茶店でヤクザしかいないような高級な喫茶店だった。内海の配慮で若い子のいなそうな店に入ってくれてたんだと思うとその配慮に感謝しかなかった。
奥の角の席で内海は資料を何やら読みながら待っていたけど、俺に気づくと手を振った。髪は少し雨に濡れたのか、後ろでひとつに結いていた。

「雨の蒲田、だな。」

内海はふふっと笑った。その反動でピアスが揺れて雰囲気があるなと思った。

「ケンさんは雨の西麻布がお似合いですよ」

そう言うと資料を裏返しにしてガサガサとしまう準備をした。

「なんかいつも赤坂とか六本木なのに蒲田にお互いいるってのが何か変だよな」

内海も笑い出した。

「そうですよね。ケンさんなんで蒲田なんですか?」

するとアッハッハと声を出して笑い出した。

「春がタトゥー入れるんで蒲田の彫り師のとこに行ってたんだよ。」

しばらく蒲田の柄の悪いネタで盛り上がって俺は温かいコーヒーを飲んだ。
外は思いの外冷えていて、コーヒーが妙に温かかった。

「これ買っておいたので、おうち帰ってから見てみてください。今日スタジオ行くなら皆さんで試してみてもいいかも。」

内海はドンキの黄色い袋にたくさんテキーラゼリーを買ってきてくれて俺は受け取った。
「ありがとな。いくら?金払うよ。」
「いいですいいです。気にしないでください。」
「やめてよそうゆうの。払わさせて。」
「いいですから!今日迎えにわざわざ来てくださったので、それでチャラにしてください!」
そうは言っても俺は女の子に払わせてるのが悪くて財布からすぐ1万円を出して内海につきつけた。内海は頑なに拒んだけど無理矢理鞄に押し込んだら黙って悪そうな顔をした。

「とりあえず出ない?車、路駐なんだ。」

俺は伝票を持ってレジでお金を払うと内海はささっと外に出た。そしてキョロキョロ辺りを見渡していた。俺が店から出ると俺の前を不自然に妨げた。

「ご馳走様です。」
「どうしたの?」
「下に、バンドマンみたいなのとガラ悪そうなのがウヨウヨしてます。ケンさん、メガネはかけてるけどその髪型でバレますね。」
「・・そうかな。」

俺はだいたいメガネをかけていればSOULのKENだとバレたりする事はなかったけど、確かに下にいるのはバンドマンだった。ギターを持ってる奴らなら俺に気づくかもしれない。
俺は階段の上からしばらく考えて内海にポルシェの鍵を渡した。

「ロータリーに停めてるあの黒いポルシェね。先入って助手席乗って内海は屈んでて。いないと思うけど記者もいたら最悪だからさ。」

内海は黙って頷くと先に階段で1階に降りた。
内海が業界人で本当に助かると思った。気は利くし、理解はしてるし、本当気を使わない。
前付き合っていた子なんかは屈んで車に乗るとか周囲に気を配るとか本当に嫌がれた事があったのを思い出した。

俺は階段を足速に降りるとギターを持った若いバンドマンと目が合ってしまった。
すると目を丸くしてさーっと俺の元に寄って来た。

「ケンさんですよね。応援してます。」
「あぁ、ありがとう。」

握手してしまったらもう最後だった。どんどん人が集まって来てキリがなくなってきた。
「ケンさん、サインもいいですか?」
「ケンさん俺のギターにサインいいですか?」
「おーSOULのケンだ!カッコいいー!」
「ケンなんで蒲田にいるの?」
次第に輩まで集まって来てしまった。

俺はもみくちゃになりそうな所をひとまず出された手は握手をして見切りをつけてサッと車までダッシュして飛び乗った。内海は助手席で小さくなって俺に鍵を渡してくれた。

「内海、すぐ出るぞ」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃなかった」

俺はロータリーを周るしかなくぐるっと周遊して歩道に出ようと思ったら後ろから1台の車がぴたりとついて来た。

「やばい。ついて来た。」

内海は助手席に乗ってすぐシートベルトをした。一般道でぴったり後ろについてくる。

「時間大丈夫?」
「私は大丈夫です。」
「ちょっと飛ばすから怖かったら言って。脚、力入れててよ。」

俺は猛スピードで前のトラックを追い越して前に入り、そんなのを繰り返したけど一向に後ろの車はピタリと張り付いた。
このポルシェに追いつくとは絶対改造車なのは間違いなかった。

「すっごいスピード!」
内海は怖がるどころか満面の笑顔だった。
「次、あれ行くから」
俺は遠くに見える黄色い信号をアクセルを思いっきり踏んで通過しようとした。

「うっそー!!たのしー!!」

内海の跳ねるような声で俺も運転技術に力が入り、赤信号になったところをギリギリ抜けた。追いかけて来た車は赤信号でピタリと止まっていた。

「ざまーみろ。あー、やっといなくなった。」

俺は近くの細い道をクネクネと入った。

「内海、大丈夫だった?怖くなかった?」
「楽しかったですー!すごく!!」

目をギラギラさせて俺を見た。

「内海って、見かけによらずそうゆうところファンキーだよな。」

俺が笑うと内海もケラケラと笑った。

「スリルとか、私そうゆうたぐいの好きですよ。面白い事、好きなんです」

内海の目は暗がりでも分かるくらい楽しそうに目を輝かせていた。怖い思いをさせたと思ったから俺は少しホッとした。

強く降っていた雨は少し弱くなっていた。

「もうちょっとしたら止みそうですね」

内海は外の景色を見ながら俺に言うと何かに気づいたようで窓ガラスをトントンと触った。

「見て。ひろこちゃん」

外には化粧品メーカーのCMのひろこの看板がビルの上にデカデカと飾ってあった。信号待ちで止まって俺はその看板を見た。

「さっき、春送った時ひろこもいてさ、玄関の扉閉めようとしてやっぱり開けたらひろこと春のキスシーン見たよ。しかもすごいエロかった。そこいらのドラマより激しかったよ」

「えぇ?!私も見たかった!!」

内海は悔しそうな顔をした。なんだか普通にあの2人をネタに話せた事が多分この時初めてだったと思う。

「内海の家どこだ?局まで?どっちか送ろうか?」
「じゃあ家でお願いします。中目です。」
「あ、ひろこも前は中目だったよ。」

俺たちは雨上がりの東京の夜景を見ながら滑走した。





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