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11、決意の夏②
「慊人、今日はどこに行くの?」
次の日。駅前で待ち合わせて合流した慊人に尋ねる。
慊人はラフな格好だけど、スタイルも良いし、顔もカッコ良いから気取った格好をしてなくても女の子たちが振り返って慊人を見ていた。
慊人は、ふ、と僕に微笑むだけで教えてはくれなかった。ICカードで改札を入場すると、慊人に手を繋がれて駅のホームへ連れていかれる。
手は電車に乗っても離してもらえなかった。
電車には混んでいる訳ではないが、そこそこの人数が乗っていた。
暫く電車に揺られていると、少し離れたところにいる女の子たちの会話が耳に入ってくる。
「ねぇ…あそこの人、カッコ良くない?αっぽい…」
「いやもう完全にαでしょっ、めっちゃイケメンじゃん。隣で手ェ繋いでるのチョーカーしててΩの子っぽいし。番候補?」
「あー良いなぁ…私もΩになりたいー…」
「何言ってんの。この間はΩ超大変そう、無理無理とか言ってたくせに」
「ええー?でもあんなカッコ良いαと結婚できるんだよ?良くない?」
なんとなく、聞きたくなくて俯いてしまった。
慊人が突然僕の手を引いてドアの方に寄せた。慊人が僕の前に立っていて、女の子たちの姿が僕から見えなくなった。
「波瑠。本当は今日、動物園に行こうと思ったんだ」
多分慊人は女の子たちの会話に集中させないようにするために話しかけてくれている。
その気持ちが嬉しくて自分の鼓動の音が聞こえる。
「…?てことは動物園じゃ、ないの?」
「動物園だと、俺が嫌になりそうで」
「なんで?匂いが?」
「いや、獣の匂いは別に。そうじゃなくて」
慊人は僕の耳元に顔を近づけて、囁く。
「動物と触れ合う所で、波瑠が動物に夢中になって触ってたら妬きそうだから」
「…っ!!慊人…!」
僕は真っ赤になって囁かれた耳を押さえた。
慊人は少しだけ意地の悪そうな顔で笑ってる。
もう女の子たちの会話は聞こえてこなかった。
□■□
到着した場所は、水族館だった。
入場券は慊人が既に買っていたようで、お金を渡そうとしたけど「波瑠との初デートなんだからカッコつけさせて」と言われてしまった。嬉しいけど、その言い方はズルいと思った。
少し暗めの照明の通路を歩くと、クラゲが浮いている水槽が見えてくる。休日だからか人が多いのであんまり近くで見ることが出来ないけれど、人にぶつかるのも嫌なので、慊人に違うところへ行こうと言って奥へ向かった。
「クラゲはいいのか?」
「うん…人が多くてちょっと息苦しいし、ゆっくり見れないから…。それにここにも魚はたくさんいるよ」
大きめの水槽に入った様々な魚を指差して向かう。人はだいぶまばらな場所に来ることができた。
「魚って結構変な顔してるよね…」
「波瑠が魚だったらきっとアレだと思う」
「え?どれ?」
慊人が指差した先にいたのはチンアナゴだった。
「え…?なんで…?」
「近づくと引っ込むから。似てる」
「…別に引っ込んでないよ。なんでそういうこと…」
「恥ずかしがってすぐ引っ込む」
慊人の胸をバシッと叩いたけど、僕は悪くないと思う。
進んでいくと、金魚のコーナーになったようで、たくさんの金魚の水槽があった。
「わぁ、綺麗だね」
「…この金魚高そうだな」
「え?値段?」
慊人の目線で金魚はきっと値段が水槽で泳いでいるように見えているのだろうか。
普通はこういうのを見ていたら綺麗とか、可愛いとかいうものだと思うのに、たまに慊人は変なことを言う。
「お祭りとかだとこんなに種類はないけど、本当はこんなにあるんだね」
「品種改良されまくってそうだな」
「情緒を大切にしてよ…」
それからもいろんな魚を見たし、ペンギンとかも見た。
けどふと、慊人の視線を感じて横を見ると、慊人は魚やペンギンとか動物を見てなくて僕を見ていた。
「あ、慊人…ペンギン見なくていいの…?」
「それよりも波瑠を見てる方が面白いし、可愛い」
「慊人…っ、そういうのやめて…」
恥ずかしくて死にそうになる。慊人の視線はとても穏やかで優しいものだけど、僕は視線が気になって仕方なかった。
というか慊人は僕のことばかり考えているような気がする。
まさか、これは今日に限ったことではないのではないか。
「ねぇ…慊人、もしかしていつも」
「やっと気づいたのか。いつ気づくかなと思っていたけど。まさか三ヶ月くらいかかるとは思ってなかった」
「…付き合い始めてから、ずっと…?」
「付き合う前も結構見てたかもだけど。意識して見るようにしてたのは付き合い始めてからだな」
放課後も、昼休みも、休み時間も、ずっと僕のことを考えて、見られていた。
「波瑠はずっと見てても見飽きない。見る度可愛いって思うし、綺麗だって思う」
「ねぇ待ってここでそういう事言うのやめて…っ」
僕はペンギンのいる目の前で、人が多い場所で、全く気にしてない慊人に口説かれる。
慊人はとってもキラキラした顔で言ってくる。居た堪れなくて僕はぷしゅーっと音を出して真っ赤な顔を手で覆ってしゃがみ込む。
慊人の低く、耳障りの良い小さな笑い声が聞こえてくるのが、心地良かった。
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