【完結】巡る季節に恋をする

七咲陸

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13、決意の夏④


  夏休みの登校日、葵が暑そうにこっちを見てくる。


「アンタたち…暑苦しいわ。見てるだけで」

「ほ、ほら慊人、やっぱりみんな思ってるって…」

「関係ない。はー…夏休みほとんど波瑠に会えなかったから最悪だった…」


  慊人は相変わらず僕を膝に乗せて後ろから抱きしめて首筋に額を埋めてくる。
  汗をかいてるだろうし、止めるように言っても慊人は僕を離そうとしない。

  というのも、夏休みは慊人の言う通り、僕と慊人はほぼ会っていなかった。

  慊人は八潮グループの集まりのために本家に行っていた。普段は慊人は学校に近い所に姉と暮らしている。
  しかも本家の後継である慊人はひっきりなしに色んな所に顔を出さなくてはならず、連絡も夜遅くに来るだけだった。


「…何度脱走してやろうかと思ったことか…」

「それやったら波瑠のとこまで本家の人たちが突撃してくるだろうから、思い留まって正解ね」

「…クソ」


  慊人の父親と母親はかなり厳格な人だ。きっと未熟なΩである僕と付き合っていることが知られれば、慊人は即転校させられて、僕の家にもきっとそれなりの制裁が来る。

  慊人と付き合うのはリスクがある。だからあまり水族館に行ったりするデートもなかなかできない。


「慊人、夏休みが終わればまた毎日会えるし、ね?」

「はああああぁあ…無理。超無理…」


  宥めるように言えば、慊人はさらに首筋に額を擦り付ける。


「これじゃ番犬じゃなくて駄犬ね」

「あ、葵…」

「波瑠、暑かったら力づくで引き剥がしなさい。脱水起こすわよ」


  は、と小馬鹿にしたような表情で葵がいうと、慊人は葵を睨みつけてしまう。
  全く葵には効いていなそうだった。


「そこまでじゃないけど、慊人が暑いんじゃない…?」

「見ろ。この可愛さを。自分よりも俺を心配してくる健気さを。お前も見習え」

「何言ってんのよ。波瑠がぶっ倒れたらアンタのせいだからね」


  慊人は渋々僕を膝から下ろした。珍しく葵に言い負かされている。慊人の顔を覗き込めば、尻尾まで垂れた犬のようにしょんぼりとしていてつい笑ってしまった。


「ふふ、慊人が誰かの言うこと聞いてるの初めて見た」

「波瑠の言うことなんか全く聞かないものね」

「うるさい。普段は波瑠の言うことを聞いてる」

「嘘ばっかり。何一つ聞いたことないじゃない。やめろっつってもやってるし、今だって私が言わなきゃ膝に抱えっぱなしだし」

「ぐ…」


  本当に悔しそうにしている慊人が珍しくて僕はまた微笑ましくて笑ってしまった。


「だいたい波瑠が優しすぎるのよ」

「え?僕?」


  笑っているだけだった僕に矛先が向いて目を剥いて葵を見る。

  葵はギンッと僕に力強い瞳で見てくるのでビクッとしてしまう。


「たまには怒りなさい。番犬がただの駄犬に成り下がるわよ」

「だ、駄犬…でも別に嫌なことはされてないし…」

「波瑠ー!」


  ガバッと抱きつかれて一瞬後ろによろけるが、慊人の腕に支えられているのでなんとか倒れずに済む。
  立ち上がった慊人が抱きしめながら僕の首筋にまた額を擦り付けるようにぐりぐりとしてくる。

  その様子を見て葵は「あー暑苦しい」とウンザリした表情をしていた。


「波瑠、放課後迎えにくるから待ってて」

「いつものことじゃない。いい加減にしなさいよ」

「うるさい。お前に言ってない」

「あ、慊人…待ってるから。ほら、授業始まるよ」


  名残惜しそうに抱きついていた腕を離して「また後で」と言って慊人は本当に渋々自分の教室に戻っていった。
  見えなくなるまで手を振っていたが、慊人は本当にしょんぼりしていた。


「…駄犬ね」

「まぁ夏休み全然会えなかったし…毎年のことだから」

「ああ、一年生の時も確かにやってたわね。え、まさか中学もあんな感じだったの」

「うん、慊人は友達も恋しくなるくらい淋しがり屋なんだなぁって思ってたんだけど…」

「…好きな人に会えなくて淋しがってたことにようやく気付いたのね」


  僕が照れたように苦笑すれば、葵はため息をついた。


「…波瑠が激ニブ過ぎてちょっと駄犬を同情する。次来たら少しは優しくするわ」

「うぐ…」


  葵がどんどん慊人の味方になっていってる気がするのは、気のせいじゃない。
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