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20、秋と傷⑦
留学に行く日まではあっという間だった。
慊人を空港まで見送りに行きたかったけど、お姉さんが慊人を送ると言って聞かないらしく、僕は辞退した。
慊人のお姉さんとは面識はあるが、βの時だけだ。
それに今は頸に傷跡があるからチョーカーを外したとしても明らかに不自然で、疑われることは間違いない。
慊人は出発当日の朝早くに忙しいのに僕の家の玄関前までやってきていた。
「はあああぁあぁ…やっぱり無理。無理すぎる。行きたくない」
「慊人…」
いつものように、僕の首筋に額を埋めてぐりぐりと擦り付けている。
子供のように駄々を捏ねる姿を見るのもしばらく出来ないと思うと、母の前だと言っても引き剥がすのは心苦しくて出来なかった。
「何もこんな急に留学に行かなくてもねぇ…慊人くんも大変ね」
「昨日も親父と言い合ったけど無理でした。クソ…」
「そんなギリギリまで戦ってたの」
僕が苦笑すると、慊人は本気で悔しがっていた。
「話は変わるけど、波瑠。まさかあんた本当に頼むとは思ってなかったわよ」
「っ!」
ビクっと背筋がピンとする。母の目線は僕のチョーカーで隠れきれていない頸の傷痕だった。母は呆れているかもしれないと思ったら、ニヤニヤとしていた。
「慊人くん、ごめんなさいねぇ。我慢ができない子で」
「うぐ」
こういう時は普通慊人が言われる立場のはずなのに、母は僕のことをよく知って居るからなのか、僕を責めている。
「いやいや。波瑠がめちゃくちゃ可愛くて俺もつい」
「うわあああぁああ!慊人!やめて!」
「本当、堪え性のない子だわ。今まで抑えようとしていた分全部漏れてるじゃない」
「お母さんっ」
二人に揶揄われるように言われて僕の顔は真っ赤になった。
「も、もう慊人遅れるよ!は、早く行って!」
「酷い。暫く会えなくなるのに。波瑠が冷たい」
「冷たくないっ、ほら!お姉さん車で待ってるんでしょ?」
「クソ…俺がちゃんと飛行機に乗るまで見張るとか。ウザすぎる」
慊人はよっぽど信用がないようだった。なんとか慊人を引き剥がし、ドアの方に向かせた。
「気をつけてね。風邪引かないで」
「頑張ってくるのよ、波瑠と待ってるわ」
「…はい、行ってきます。波瑠、向こうで落ち着いたら連絡する」
「うん…待ってるね」
そう言って、玄関から出て一緒に外に出た。
慊人のお姉さんの乗ってるスポーツカーが見えて、慊人がそれに乗り込んだ。
僕も母もお姉さんに軽く挨拶だけすると、ニコ、と微笑んでくれる。慊人にそっくりだ。
急いでいるのか、車はすぐに発進して行ってしまった。
「じゃあね、慊人…」
スポーツカーが見えなくなるまで、僕は立ち続けた。
僕はなんとなく、傷跡に手を回して触れた。
□■□
慊人が行った後、僕は一人で登校していた。
一人での登校なんてした事がないからやっぱり寂しいという気持ちが表れてくる。
今からこんな寂しがって、三年後僕は本当に大丈夫なんだろうか。
慊人が居ない生活に慣れるのだろうか。
「一ノ宮波瑠さんだね」
目の前に影が差す。
俯いていた顔を上げると、そこにはどこか面影を感じるスーツを着こなした男の人が立っていた。
それは、ついさっきまで会っていた慊人の面影だった。
「お話がしたい。今日は学校を遅刻させてしまうが、良いね?」
有無を言わせない王者の風格に、動けなくなる。
慊人は僕に絶対に出さなかったプレッシャーがかかっている。
αの、強い圧が僕にのしかかった。
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