【完結】巡る季節に恋をする

七咲陸

文字の大きさ
71 / 90

71、春と秋③

  桜ちゃんはすくすくと成長した。と言っても、まだ1歳にならない。もう少しで誕生日を迎える桜ちゃんに、島中でお祝いしようかなんて話が出てきた。

  もはやアイドルである。

  千冬さんは子供を産んでも綺麗で、母に付いて回る往診でもかなりの評判だった。触るだけで若返る、なんてジジババは言う。
  けど私も、なんとなく気持ちが分かってしまう。ふわりと笑う姿に柔らかな花のような香り。優しくて穏やかで、素敵な人だ。非の打ち所がない。そんな人に嫉妬しようもなく、ずっとここにいて欲しいとすら思ってしまう。

  私が専門学生になってからは、千冬さんが働いている間、桜ちゃんの面倒は隣の家のおばちゃんが見てくれている。おばちゃんは男の子が欲しかったようで面倒が見れてとっても嬉しそうだった。
  それでも休日は桜ちゃんのお世話をした。ちょっとずつ大きくなるその姿と私だと認識して笑っているような気がする顔に可愛くて可愛くて仕方がなかった。

  千冬さんはそんな私を凄く信用してくれていた。


「お散歩行ってきまーす!」

「え、ありがとう! お願いしていいの?」

「いーのいーの! 千冬さんは少し休んでて!」


  昨日はかなり夜泣きしていたのを知っている。私は少し離れた所が自分の部屋だし、よく寝れている。千冬さんは多分眠れていない。母もそれが分かっているので、今日は千冬さんをお休みにしたのだ。
  そんな訳で、たまたまお休みが被った私は、日中だけでも負担を減らす為に桜ちゃんを見ている。いや、ただ私が桜ちゃんを見たいだけとかそんなことは決してない。……多分。


「風が気持ちいいねぇ、熱くないかなー?」

「うー、あっ、あー」


  最近は良くお話してくれるようになった。小さな手が私の服を掴んでいるのを見ると、堪らない気持ちになる。

    千冬さんに、夏生まれなのにどうして桜なの?と聞いたことがある。千冬さんは珍しく頬を染めて、「春に咲く桜と…秋に咲く秋桜から取ったんだ」と言った。冬は一体どこに行ったのだろうか。よく分からなかったが、幸せそうだったのでそれ以上は聞かなかった。夏も葉桜なんて言うし、まぁそういうことだろうと無理やり訳の分からない理論で納得させた。


「昨日も元気いっぱいだったのに、今日も元気だねぇ…」

「だっ、あー!」

「よしよし。さて、そろそろ戻ろっかぁ」


  今日はなんだか誰ともすれ違わなかった。珍しい。いやまぁ、島民自体そんなに人数がいるでもないのですれ違わなくても不審に思うことは無いが、なんだかとっても静かだった。

  不思議に思いながら踵を返そうとすると、後ろに背の高い人が立っていた。びっくりして身体中が思い切りビクついた。桜ちゃんを抱っこ紐でちゃんと支えてて良かった。


「こんにちは」


  知らない人だ。テレビで見るような俳優さん……ああ、名前は出てこないけど、凄くイケメンの俳優、よくドラマとかに出てそうな、あんな感じ。そんな人が目の前に立っていた。ちょっと近くて驚く。


「こ、こんにちは」

「…良い所だね、ここは。自然豊かで、みんな良い人だった」

「あ……そ、そうですか。良かったです」


  なんだろう。カッコ良くて声も素敵な男性なのに、何故か威圧を感じる。βなのに、まるでαと対峙しているような、そんな感覚。
 すると、桜ちゃんが突然きゃっきゃと笑いだした。その男に向かってだ。驚いた。けっこう人見知りする子なのに、その男にはなんの警戒心も抱いていない。


「可愛いね。君の子?」

「あ……ち、違います。面倒、見てて」

「へぇ。優しいね。やっぱり。この島の人達は」


  笑っているのに、全く笑ってないのが分かった。こんなカッコイイ人が来ていて色めき立つはずの島民達が外に全く出てこない。ここに居る3人以外、誰も居ない錯覚さえ覚える。


「君に聞きたいことがあるんだ」

「な、なんですか……?」


  早く立ち去りたい。恐怖を感じていた。
  なんだか、桜ちゃんは手元に居るはずなのに、どこかに連れ去られてしまいそうな感覚で怯えた。いや、この子を守れるのは今ここに、私しか居ない。私が踏ん張らないでどうするのだ。



「島でとても美人なΩ、何処にいるか教えてくれる?」



  どうやって帰ったのか覚えていない。あの男が追いかけてきているような気がしながら必死に家に帰ったらしい。気がつけば息を切らして、玄関を勢いよく開けていた。
  千冬さんはそんな騒々しい音を立てる私に不審がって玄関まで出迎えてくれた。


「どうしたの?! 咲ちゃん! 顔真っ青だよ?!」

「ち、ふゆさん……」


  足に上手く力が入らない。なんとか抱っこ紐も外して、桜ちゃんを千冬さんに渡すことが出来た。心配そうに見つめる千冬さんはやっぱり優しくてとても綺麗だった。


「千冬さん…っ、か、隠れて!こんなとこに居ないで、部屋に……!」


  出迎えて心配してくれているのに、私はハッと思い出した様に千冬さんを立たせようとした。けど、千冬さんは私を見てなかった。
  玄関は開きっぱなしで、私の体は影に覆われていた。本当に私はバカだ。きっと考え無しに一直線に家に帰ってきてしまったのだ。


「あき、と」


  ポツリと小さく、震えるような囁かな声で呟いた千冬さんは、あの妊娠が判明した時と同じような戸惑いを見せていた。
感想 9

あなたにおすすめの小説

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

もう一度、その腕に

結衣可
BL
もう一度、その腕に

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

当たり前の幸せ

ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。 初投稿なので色々矛盾などご容赦を。 ゆっくり更新します。 すみません名前変えました。

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!