【完結】巡る季節に恋をする

七咲陸

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after 桜

桜と夏②

  家に着くと、珍しく父の靴があった。この時間ではいつもならまだ帰宅してないはずなのにだ。


「……マズイ。立夏、漫画はまた今度だ」

「え?どうして。波瑠さんにも挨拶したい」


  こういう時の立夏は厄介だ。基本的に立夏は世の中に冷めているが、好きな物や事に関すればその限りではない。とにかく自分の要求が通るまでしつこい。こういう余計な遺伝子は母親似らしい。

  一般家庭よりは広い玄関で、通せんぼ出来るはずもなく、細身で小柄な立夏はするりと俺を避け、勝手知ったるなんとやらで靴を脱いで玄関に上がった。
  ご丁寧に立夏専用のスリッパを取り出してパタパタとリビングに向かっていこうとする。


「おい。まてまてまて」

「なに、桜? ああ、慊人さんも居るから?別に挨拶くらい良いでしょ」

「いやいやいや、挨拶とかどうでも良いから。今日は帰れ。むしろ俺がお前の家に行く」

「はぁ? 漫画読みに来たのに? 持ってくのがめんどいから桜ん家に来たんじゃん」


  意味無くね。と言い捨てて、俺の制止を聞かずに立夏はずんずんと歩く。冷や汗がジワジワと出てくるのを感じた。
  親父は帰ってくるのが早いと、ほぼ100%イチャついている。イチャつくだけならまだしも、事に及んでいる確率もほぼ100%なのだ。なんでこんな日に早く帰ってくるんだ、今日は朝、とくに何も言ってなかったはず。
  親父は俺が遭遇する確率が高いのを気にして、早帰りの日は「遊びに行ってこい」と金を渡してくる。それも高校生には多い金額をだ。それが今日は無かった。つまり、今日はたまたま早く帰れたのだろう。
  なんでこんな日に限って。


「……っ、あ、あき……、ん、……」

「ほら慊人さんも居るじゃん。波瑠さんの声もするし」


  俺はリビングの扉に手を掛けた立夏の手を抑えるように重ねた。立夏は驚いて俺の方を振り返ってきた。俺は扉を開けられなかったことに安心してため息をつきそうになるのを我慢しながら、立夏に向かってシーと人差し指を立てた。
  立夏は俺の奇行とジェスチャーに疑問符を飛ばしまくって居た。


「は?なに……」

「んっ、やぁ! 慊人、そこ…っ、あ!」


  立夏が文句を言いかけた所をすんでで止めた。明らかに艶のある声にピシリ、と石のように固まった。


「波瑠、ここ?」

「ん、ちが…っ、もっと奥…!ああぁ!」

「ココだよね、波瑠のイイ所。あーかわい」


  両親は家の至る所でおっぱじめる。今日はリビングだったようだ。何も言わない息子に感謝して欲しい。いやしかし今はそんなことを言っている場合ではなく、立夏だ。
ちら、と立夏を見下ろすと、小刻みに手は震え、耳まで真っ赤にして俯いている。いつもの死んだ魚の目をしたような冷めた表情ではない様子が珍しくて、目を見開いてマジマジと見てしまった。

  とりあえず立夏を静かに持ち上げ、音もなく玄関に戻って外に出た。立夏を下ろすとまだ顔が真っ赤だった。


「あ、ああああああんなの、あんな所で、あんな……」

「おい童貞。吃ってるぞ」

「ううううるさいうるさいうるさい! 桜!」


  童貞を否定しないのか。うーん、面白い。涙目で取り乱す立夏はあまり見ない姿でつい笑いそうになる。


「桜お兄ちゃんと立夏お兄ちゃん、何やってるの?」


  可愛らしいボーイソプラノに目線を合わせた。振り向くと、そこには首を傾げて不思議そうにこちらを見ているランドセルを背負った弟、楓が立っていた。


「あ! 桜お兄ちゃん、立夏お兄ちゃんのことイジメてたの?! 立夏お兄ちゃん泣きそうだよ!大丈夫?」

「え、ちが」

「もー! 桜お兄ちゃん背が高くてハクリョクいっぱいなんだから、ダメだよ!」


  よしよし、とつま先立ちで立夏の頭を撫でている楓。

  楓は俺の弟だ。 俺は父の血を強く受け継いだ顔立ちでαだが、楓は母の血を強く受け継いだのか、幼いながらも可愛らしさに綺麗さ、儚さを持ち合わせている。つまり、誘拐されそうなほど可愛い。小さい頃の母に瓜二つなせいで、父はめちゃくちゃ溺愛している。

  なので楓にはお付きの者がいる。


「……楓。今日は俺の家で遊ぼう。夕飯まで食べてってお母さんが連絡くれた」

「葵ちゃんが? 良いの?」


  こくん、と言葉少なく頷くのは礼生だ。

  礼生は母の親友である女βの葵さんとダニエルさんの息子でαだ。ダニエルさんは昔祖父の命令で何やらやらかしたらしく、一生父と母の下僕なんだそうだ。その下僕の息子は、ダニエルさんの指示で楓のお付きとなっている。
  息子は親の因縁に関係ないだろ、と思っているが、楓は確かに可愛くて誘拐されそうだし何より礼生自身が自ら進んで楓のお付きをしてくれている。
  父さんは「楓に1ミリでも手を出したら地獄に落とす」と礼生を脅している。子供を人を殺しそうな目で見るなよ、とは思った。けど礼生はダニエルさんの血を継いでいるせいなのか全く怖がって無かった。

  そして多分、連絡が来たというのは嘘だろう。なんとなく立夏と俺の様子を見て察したようだ。全く可愛くないがこの時ばかりは有難いと思った。


「お父さんも喜ぶ」

「じゃあママに言って来ないと、ランドセル置いて…」

「宿題があるだろ。ランドセルのまま礼生ん家に行っていい。俺が母さんに伝えといてやるから」

「ホント? ありがと桜お兄ちゃん! 礼生、行こ!」


  天使のような微笑みで礼生の腕を引っ張っていく様子に、俺と立夏は長くため息をついて安心したのだった。
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