【完結】君と笑顔と恋心

七咲陸

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  その日の夜、ヴィクトールはアリスティドの部屋にやってきた。最初に話したことは、調理室での出来事だった。

「朝起きたら、リスティが隣で寝ていて驚いた。そしてその後、自分が恥ずかしいことをしたことを思い出したんだ」

  ヴィクトールが本当に恥ずかしそうに頭を抱えて話し始めた。
  自室にあるワインを飲み切ってしまい、調理室にあるワインセラーから引っ張り出したワインを片っ端から飲んでいたらしい。飲み過ぎで、完全に酔っ払っていたようだ。
  もちろん飲んでいた理由は、前妻の命日だったからだ。毎年この日ばかりは平静でいられず、酒に頼ってしまうらしい。いつもなら部屋にあるワインで事足りたらしいが、どうも足りないと感じて調理室まで行った。そんな時にアリスティドが現れたものだから、我慢できずに前妻を想って泣いてしまった。

「…リスティには、申し訳ないがなんの感情も持ち合わせていなかった。本当に最低だが、女避けであったし、子供たちのために母親代わりがいるだろうと思ったから再婚した」

「どうして僕だったんですか?」

「君のことを調べた。誰とも結婚する気がない…少し変わり者だと。そんな君なら、金目当てで結婚するでもないと思った。そして君の実家のエイブラム家は兄弟皆仲が良いことで有名だ。だから子供たちを無碍にすることもないと思った」

  アリスティドは兄弟が好きだった。アリスティド自身が末っ子だったこともあり、皆に甘やかされ、時に厳しく躾もありながら生きてきた。貴族には珍しく、兄弟全員仲が良かった。

「なるほど…」

「後はまぁそうだな。君が兄弟の中で一番可愛かったからだ」

「かっ!」

  カッと頬が熱くなる。突然のぶっ込みは心臓に悪い。アリスティドは持っていたティーカップを落としそうになった。

「子供たちが笑顔になったのは明らかに君のおかげだった。ありがたいと思いつつも、ちょっと嫉妬もしていた」

「ま、まぁそうですよね…」

  横からひょこっと現れただけで、別に好きでもない契約上の人間が、自分よりも子供に好かれていたらそりゃ嫉妬もする。しかもアリスティドは一週間で子供たちと仲良くなったのだから、余計に思っただろう。

「だから君とは逆に話しにくくなった。…何故かビクトリアの視線が厳しくなったのも理由の一つだ。今日やっと理由が分かったが…」

「あっ…」

  ビクトリアは一週間で契約した時の書類を見たのだ。昼間の様子から考えるに、恐らく相当冷たい視線を送られていたのだろう。少し同情した。

「けど、酔っ払った私を毛布をかけて立ち去るか、誰か使用人を呼ぶこともできたのに、そうしなかっただろう?それで、君がとても優しい人だと思った。運んでいる時に同性なのにすごく華奢で、守らなくてはならないと思ったんだ」

  優しい、とは同意できなかった。

「…あ、の…」

  ここまで話してくれたのだ。アリスティドも少しは自分を出して話さなくてはならない。
  彼はきっとアリスティドを少し勘違いしている。あの時、毛布に潜り込んだのは、優しさなんかでは決してない。

  ヴィクトールは話を遮ってきた自分を見て首を傾げた。そのキョトンとした様子にどんどん居た堪れなくなってくる。
  申し訳ないとすら思った。

「あの…実はですね…」

  アリスティドは、半年の歳月をかけて、ようやっと告白した。
  ヴィクトールがずっと好きだったこと。最初は長男と結婚するのかと思っていたこと。それは違って、ヴィクトール本人と結婚できて実はラッキーだと思っていたこと。ぶっちゃけキスも、抱きしめることすらない完璧に白い結婚でも構わないと思うほどには恋焦がれていたこと。酔っ払って寝こけたヴィクトールを見て本当の本当に、心の底から、結婚した特権だと思って職権濫用したこと。

  恥ずかしくて目の前にいるヴィクトールが見れなかった。多分、耳まで真っ赤だし、下手したら頭頂部まで赤い。俯いているので旋毛は丸見えだ。けど顔を見られるよりよっぽどマシである。

「……まさか、君が思ったよりも打算的な男で驚いた。国の宰相もびっくりする腕前だ」

  唖然と言った声が旋毛から聞こえてくる。今すぐ穴を掘って埋まってしまいたい。

「つまり、私は条件を出して結婚したつもりだったが、実は君にしてやられていたわけだ」

「ふぐぅ…っ」

  全くもってその通りで何も言い返すことはできない。俯いたまま、唸るしかできなかった。
  すると、少ししたら震えるような声が漏れ始めた。何かと思って顔を上げると、彼が笑いを堪えていた。

「…っく、は、はは…っ、これは一本取られたよ。いつの間にか君の術中に嵌ってしまったんだな」

  やっぱりキラキラとしている。煌めいて眼が離せない。
  彼は徐に立ち上がり、アリスティドの横に立った。アリスティドの座っているソファの横に腰掛けると、指先が頬に触れた。

「ひゃ…」

  する…と徐々にその指先が顎に向かっていく。アリスティドは一ミリも動けず、ヴィクトールにされるがまま、顎を少し上げられた。離せなかった眼は、甘やかになった雰囲気に飲まれて泳ぎ始めた。

  誰とも付き合ったこともなければ、甘やかされて育った弊害か、ただ単に親が忘れていたのか実は閨教育も受けたことがないアリスティドは童貞処女だ。どうしていいのか全くもってわからない。

  ギュッと瞼を閉じればいいんだと気づいて、その通りにすると瞼にちゅ、と柔らかいものが触れた。
  アリスティドは童貞処女と言えど何をされたのかは流石に理解して、心の中で「ひょええぇえ!!」と叫んだ。口に出さなかったのは、そういうことを言っていい雰囲気ではなかったからだ。自分は空気が読める末っ子だ。

  それでも瞼を開けることはもう出来なかった。
  あの酔っ払いの酒臭い吐息ではなく、彼本来のいい匂いが近すぎるくらい近い。そして、額に、頬に、鼻頭に優しく何度もちゅ、とされる。やっぱり我慢できなくて「ひいいぃぃいい!!」と叫び出しそうになるのを必死に堪えた。

「リスティ、目を開けられる?」

  問われてブンブンと首を横に振った。恥ずかしすぎて、彼の顔をまともに見れる気がしない。
  すると、むぎゅ、と鼻を摘まれた。

「ふぐ」

  変な声を出してしまう。それと同時につい瞼を開けてしまった。
  ヴィクトールの間近にある顔を直視してしまった。やっぱりどこをどう見ても三児の父とは思えぬほどカッコいい。恥ずかしくて見られないとはなんだったのかと思うほど、今はポヤーと見てしまっているくらい見蕩れてしまった。

「はぅ…」

  つい声を漏らすと、彼は一瞬目を見開いた。

「…本当に私のことが好きなんだな…よく分かったよ」

  しみじみと言われると居た堪れなくなるのでやめてほしい。恐らく今のアリスティドの瞳にはハートマークが浮かんでいるのだ。
  フ、と彼が笑う。顎に触れていた指先に、ク、と力が入って絶対に避けられないように固定された。彼の吐息が徐々に近くなっていく。アリスティドは自然に瞼を落としていった。

  一度、触れるだけのキスをして、すぐに鼻先が触れるほどに離れていった。けれどすぐに角度を変えてもう一度口づけをした。触れるだけのキスなのに、アリスティドはもう溺れかけていた。

「ん…っ」

  浅ましい程にもっとして欲しくなって、うっすら瞼を開けるとヴィクトールの顔がまた近づいてくるのが見えた。唇がまた角度を少し変えて触れると、今度はすぐには離れていかなかった。
  彼の舌先が、アリスティドの唇を濡らす。何事かと思いほんの少しだけ唇を開くと、狙い澄ましたかのように、ぬるり、とヴィクトールの舌が口腔内に侵入してくる。

「んっ…!んんっ!」

  驚いて、ヴィクトールの服をギュッと握った。それはなんの抵抗にもならない。舌はアリスティドの性感を調べるように歯列を、歯茎を、舌を、上顎をゆっくり丁寧に嬲るように舐め回した。
  深い口づけは長く、ヴィクトールの唾液ともアリスティドの唾液とも分からないものが喉奥に溜まってくるのを感じて、アリスティドは、こくん、と喉を通らせた。喉で味を感じるはずなどないのに、何故か甘く感じた。

「ふ、ぅん…ん!ん!」

  徐々に酸素が足りなくなって、アリスティドは離してもらいたくてドンドンとヴィクトールの胸を叩いた。彼は名残惜しげに舌をちゅ、と吸い上げてから唇を離した。
  吸い上げられた瞬間、アリスティドは「んっ…!」と身体をビクビクさせてしまう。

「はぁ、はぁ…ん、ヴィーさ、ま…」

  息も絶え絶えになりながら、か細く彼の名前を呼ぶと嬉しそうに目を細めてアリスティドを見ていた。

「様はもうやめてくれ」

「…ぁ、ヴィー…んっ…」

  そして、様と呼ぶ気はなかったのに、呼ばないように唇をもう一度奪われる。話しながらだったせいで最初から口が開いていて、すぐにヴィクトールの舌が捩じ込まれる。アリスティドが先ほどのキスでピクピクと反応を見せた場所を重点的に舐られる。気持ちいいしか感じなくて、快感の波がアリスティドを深く沈めようとしてくる。

  このまま、溶けて無くなってしまいそうだった。
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