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暴風域
しおりを挟む「ヴィー、一ヶ月前から申請していた通り、明日は母様のところへ行ってきます」
「まぁ仕方ないね。行ってらっしゃい、気をつけてね」
結婚して、一年が経っていた。ヴィクトールとちゃんと心を通わせるようになってから、およそ半年である。
ようやくヴィクトールの性格にも慣れ始めて、アリスティドは監禁やら軟禁されることは無くなっていった。
初回のあの時は、アリスティドが頼み込んで次の日には許してもらえた。何かがヴィクトールの琴線に触れたようだった。
しかしやはり少しでも油断して、「ちょっと街に行ってきます」やら「母様が急遽お茶会をしたいと言い出しまして」やらと言い出すと、無言でジャラ…と拘束具を取り出してくる。それも笑顔で。
あ、ダメなやつだこれ…と学びに学んで、アリスティドはようやっとヴィクトールが許せる範囲を見つけ出したのだった。
つまり、アリスティドは半年間大変だったということだ。察してほしい。
そして今日は、母から話し相手になれという毎度のこと同様であった。
「今回は子供達も連れて行きますが…ヴィーは一人で大丈夫ですか?」
「リスティの母上と父上たっての希望だ。楽しんでおいで。私は大丈夫だよ」
さら…と頬を撫でられる心地よさに身を委ねる。
相変わらずヴィクトールはキラキラとしていた。
そう、今回は結婚式の打ち合わせと言う名の母の話し相手だ。ヴィクトールは仕事で一週間も抜け出すことは出来ないので、その代わりのヴィクリス。そしてトラヴィンとビクトリアもついでに行ってしまおうというわけである。
ヴィクトールもなんとか仕事の都合をつけようとはしてくれた。
しかし、騎士団の方が少々ごたついている様で、仕事に穴を開けることは許されないようだった。
騎士団長という立場もあるし、アリスティドは仕方ないと思った。仕事の邪魔をしたいわけではないが、ちょっぴり残念だとも思った。
ちなみに子供達の遠出の申請は、一週間前で許されるらしい。ちょっと解せない。
「一週間前なのは一応侯爵家の息子娘だからよ。護衛とか御者とかの調整のためだけ。父様的には私たちがどこに行っても別に気にしないわよ」
「え…てことは実質僕だけなの?」
次の日、出発し始めた馬車の中でビクトリアに言われ、アリスティドはショックを受ける。半年経っての明かされた真実の一つにまたしても真実があるとは。
「母様の子供だからね。大切にはしてくれてるけど、意外と放任主義みたいなところはあるかな」
「そうだよなぁ。別にヴィクリスが侯爵を継がないっつっても、じゃあ俺に継ぐか?って聞いてきそうだよな。俺は兄貴が継いでくれてラッキーだけどな」
「僕は逆にトラヴィンが騎士になってくれて助かったけどね。あんまり剣は得意じゃないから」
ヴィクリスはニコニコとヴィクトールそっくりに肩を竦めるトラヴィンに微笑む。
「多分私が平民になりたい!って言わない限りは、基本誰とでも結婚してもいいんじゃない?って言ってくるわよ。多分」
「ええええ…嘘でしょ。前妻の子供なのに…」
三人ともうんうんと頷いている。本音のようだった。
「まぁだからと言って、期待してないってわけじゃないよ。放任ではあるけど、放置ではないし。自主性を重んじてくれてるって言った方がいいかな」
「なるほど…」
確かに、放置しているところは見ない。ヴィクリスと執務をしている時は、ヴィクリスの意見を採用していることもあるし、トラヴィンには定期的に稽古をつけている所を度々見かけるし、遠征に行った時には必ずビクトリアへのその土地の流行りの貴金属類を購入してきている。
「子供にとっては最高の親よね。妻にとってはクソだけど」
ビクトリアはやはり辛辣だった。そしてアリスティドもどこか否定できない。帰ったらヴィクトールに心の中で謝ろうと決めた。
アリスティドの実家に到着すると、兄達はもちろんのこと、父も母もヴィクトールの子供たちを歓迎した。
それはもう、大歓迎だった。
「…あ、アリスはこの中の誰に似たの?誰?!」
ビクトリアがそういう程には、両親兄弟にわちゃわちゃされ過ぎて三人とも夜には疲れきっていた。ちなみにアリスはどちらかと言うと兄達に似た。親じゃない。
「アリスの母親はすげぇペラペラ喋ってたな…話が終わらなくてビビった……アリスは毎月これを聞きに来てたのか、すげぇ……」
「アリスが聞き上手な理由がよく分かったよ。お兄さん方はウンザリしてたのにアリスはよく平気だね……」
トラヴィンもヴィクリスも、ゲンナリしている理由は、アリスの両親である。
話し相手が三人も増えたことで母と父はとにかくヒートアップした。侯爵家と言えども遠慮しないところがいい所でもあり悪い所でもある。
『やーん!三人とも凄く可愛くてかっこいい! あ、アリスちゃんはご迷惑かけてないかしら? 侯爵様にとにかくもーずーーーっと惚れてて誰とも婚約してくれなくてほんとーーーっに困ったのよ? あ、好きな人がいるって言うのは知ってたんだけど、それがまさか侯爵様だとは思わなくてね?アリスちゃんは絶対教えてくれなかったんだもの!酷いと思わない?母親なんだから子供と恋バナくらいさせて欲しいのに、「母様には絶対に絶対に絶対、言いたくないです」って言うのよ?反抗期だったのかしら、んもぅ!』
とにかく、こんな感じで母はずっと話す。口を挟む暇はほとんどない。
ヴィクリスもトラヴィンも、相槌すらうたせてもらえない状況にひたすら苦笑していた。
父はニコニコしながら、ビクトリアに『お菓子食べるかい?』とマイペースに勧めていた。我が家には女の子がいないから父はビクトリアにデレデレだった。
ビクトリアはちょっと引いていた。
『でね? 今回は結婚式の打ち合わせも兼ねているのでしょう? とにかく盛大にやってくれれば私は満足だからそうしてちょうだい!お金かけて欲しいわけじゃないけど、幸せです!!!感が出てるといいわよね!』
なんともざっくりふんわりとした希望で、ヴィクリスは苦笑どころか困惑していた。これは流石に困るだろうと、アリスティドも口を挟んだ。
『母様、結婚式はやることに決めましたが、内々でやるつもりなのでそんなに』
『やだーーー!』
『母様!』
三人の前で止めてくれ!そう言い出しそうになるのをグッと堪えた。アリスティドは腐っても貴族だ。
わがままを言い出した母を見て、三人は唖然としている。
そう、アリスティドの母はとにかく、少女なのだ。
『だって私は女の子産んでないし!女の子側の方でめいいっぱい楽しみたいの! 貴方だってそうでしょ?!』
『僕はケーキは三段じゃなくて七段くらいのやつが見たいなぁ』
『ほら!見なさい! お父様もこう言ってるのよ!!』
『父様は絶対適当に言ってるだけです! 母様も子供じゃないんですから!』
『女はいくつになっても少女なの!』
自分で言わないでくれ! そう言い出しそうになるのをまた堪える。
三人は終始唖然としたまま母と父との初対面であるお茶会が終わり、その後六日間ゲンナリとしたまま伯爵家を過ごしていった。
ちなみに結婚式は、ヴィクリスに母が『アリスちゃんが幸せー!ってなる結婚式じゃなきゃ暴れちゃうからね!』と脅したらしく、父の要望通り七段ケーキとなり、母の要望通り騎士団総出の盛大な式になってしまったのだった。
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