15 / 16
尊 side ヴィクトール
しおりを挟む「リスティが可愛すぎて胸が痛い」
執務室で家令のエイベンに聞こえるように呟いた。
エイベンは資料を本棚に戻している最中だったが、一瞬だけ手を止め、こちらをチラリと見た。しかし手を止めたのは一瞬だけで、表情ひとつ変えずにまた黙々と本棚に資料を戻す作業を再開した。
「まず昨日のことだ」
無視しているエイベンを無視して話を続けると、愛しい妻の姿を思い出すことに精を出した。
「ヴィー、おかえりなさい!」
昨日は少しだけ早く帰ることが出来た。帰宅すると玄関に使用人ではなく、アリスティドが出迎えてくれる。
アリスティドの出迎えは、いつもこうやって抱擁と言うには無邪気すぎる、飛んでくるような抱きつき方をしてくれる。
まるで大好きをいっぱい詰め込んだような出迎えに、自然と頬が緩くなるのを感じる。
「ただいま、リスティ」
そう声をかけると、アリスティドは嬉しそうに頬ずりしてくる。
アリスティドがここまでしてくれるようになったのは、実は最近のことである。
婚約後から半年、全く接点を持たなかったヴィクトールは、とある一件でアリスティドの優しさと愛に絆された。
その後からはキスをしたり抱きしめたり、それ以上のことするようになった。怒涛の展開だったようにも感じたが、アリスティドはもともとヴィクトールに片想いをし続けていたし、書類上は夫夫であるしでなんの問題もなかった。
アリスティドはよくよく愛を伝えてくれる。
エイブラム家の兄弟で末の子であり、とても素直だ。
言葉も態度も最初の半年間はともかくとして、それ以降は隠そうとせずにヴィクトールに伝えてくれる。
隠し事は嫌いだ、と言ったヴィクトールの言葉をただ忠実に守ってくれているのかと思えば、それは違っていた。アリスティドは素でやってくるのだ。
「リスティだけでここにいたのか?」
「さっきまでエイベンが居てくれました。ヴィーが玄関を開ける直前に『馬に蹴られたくはありませんので』って言って奥に行ってしまいました」
失礼な。
フェリオス家では、基本的に出迎えは不要にしてもらっている。ヴィクトールの帰りは遅いことが多い。使用人をそこまで働かせたいとも思わないので、ヴィクトールの時だけそうしてもらっているのだ。
もちろん、客人やアリスティドや子供たちの時は何があるか分からないので出迎えはきちんと行うようにしてもらっている。
「今日の夕食はヴィーと一緒に食べられます!」
「待っててくれたのか」
早く帰れたと言っても、夕食には少し遅い時間だ。いつもは気にせず食べて欲しいと言っているので、アリスティドが食べていないのには少しだけ驚いた。
「エイベンが今日は早いかもしれません、って教えてくれました。そしたら本当にはやく帰ってきたので部屋で飛び上がりました!」
「……そうか」
嬉しそうな声に、またしても頬が緩む。
ぎゅむぎゅむと首に抱きついたままだったので、外すのも惜しく、そのままアリスティドをひょい、と抱えて歩き出した。
「じゃあお腹空いているだろう」
「今日はビィが寮から帰ってきてお話してたので、お茶でタプタプだったからちょうど良かったです」
「ビィが帰ってるのか?」
元妻との間の子供は三人いる。長男のヴィクリスに次男のトラヴィン、そして長女のビィこと、ビクトリアだ。ビクトリアは今年から女学園に入学。貴族の子でも関係なく全寮制の為、寮生活を送っていた。
ビクトリアは末の子だが、一番しっかりしている。特に何の問題もなく過ごせていると一緒に行った使用人から報告を受けていた。
「今日は泊まって、明日戻るみたいです。朝にはヴィーに挨拶に行くと行ってましたよ」
「そうか。元気そうだな…良かった」
「ヴィンは元気ですか?」
次男のトラヴィンは同じく今年から騎士団の宿舎に入ることになった。新入りは朝早いため、宿舎で過ごすことになる。
「ああ、毎日扱かれて疲れてはいるが、楽しそうにしているよ」
トラヴィンは体躯にも恵まれ、騎士として申し分ない気力と体力を持ち合わせている。加えてあの、人懐こい性格だ。侯爵家と遠巻きにしていた騎士たちも皆、トラヴィンと良好な関係になっているようだ。
「そうですか、良かったです!」
そうなると最後の一人、長男のヴィクリスだが、ヴィクリスには今領地を回ってもらっている。
つまり、現在王都の邸宅にはヴィクトールとアリスティドしか居ないということだ。
「えへへ……」
食堂に向かって廊下を歩きながら、抱き抱えたアリスティドが耳元でふにゃりと笑っている声がしてくる。
「どうかしたか?」
お腹が空いただろうアリスティドの為に少し早歩きをしていると、くふくふ、と笑う声がまた聞こえてくる。
アリスティドの顔が見たいが、抱きついているので良く見えない。
「ヴぃーと結婚する人はとっても幸せですね、だって子供たちも可愛いのにヴィーもカッコ良くて、素敵です」
足をピタリ、と止める。
すると、アリスティドがハッ!っと声を上げた。
抱きついていた腕を緩めて、アリスティドの瞳がヴィクトールの顔を映してこう言った。
「僕が結婚してるんでした…!」
「なんとか鋼の精神でお腹が空いてるだろうリスティの為に食堂に行けたのは奇跡だった。すぐにでも寝室に行こうとした。ふにゃふにゃと笑いながら『僕はとっても幸せです』と言われてみてくれ。理性が飛ぶぞ」
エイベンは表情を変えず、いや、少し死んだ魚の目をしながらこちらを見ている気がするが、気にとめなかった。
「……お二人が仲睦まじいのは素晴らしいことです」
なんとか絞り出したように答えるエイベン。いいから早く仕事しろ、と言っているような顔をしている。
しかしそんなのは気にしてられない。
まだ話の続きがあるのだから。
「今日の朝はこうだ」
昨夜は遅くまでアリスティドを運動させてしまったせいか、ヴィクトールが身じろいでも目を覚まさなかった。
ベッドの中でスヤスヤと眠るアリスティドは、むにゃ、と少し唸った。
アリスティドの情交の残る赤い痕を見ていると、またムクムクと情欲が湧き上がってくるのを感じる。
アリスティドはとても可愛い。
男で、二十歳も一つ過ぎた年齢なのにまだ十代を思わせる幼い顔立ちに瑞々しくしっとりとした肌、華奢な体躯はどれも庇護欲を誘う。
調べたところ、家柄云々だけでなく、中には本当にアリスティドに惚れて婚約を申し出た男もいた。
この男の何がそんなにそうさせるのか、と婚約当初は思っていたが、ちゃんと向き合ってみればアリスティドはそこらの女性よりも可愛く、性格も素直で人たらし。それはモテるというものだ。
「ん……」
ヴィクトールが動いた気配を感じたのか、アリスティドも少し身じろぐ。長い睫毛がピクピクと動き出して少しづつ瞼が持ち上がっていく。
アリスティドの瞳がヴィクトールを捕らえると、ふにゃり、と微笑んだ。
ヴィクトールは、これを見るために生きているのか、と思うほど嬉しく思ってしまう。
「ヴィー、起きてたんですか…?」
「おはよう、リスティ。ついさっきだ」
アリスティドの頬に手を添えて、額にキスを落とすとアリスティドは寝惚けながらふにゃふにゃと笑っている。
「今日はずっと家にいるんですよね?」
「ああ、家での仕事が少しあるくらいだ」
そう言うと、アリスティドはパチリと完全に覚めた瞳を輝かせて言った。
「じゃあ今日は僕がヴィーを独り占めです…っ」
「精神が破壊されるかと思った。なぜ子供たちがあんなに早くリスティに懐いたのか、ここ最近よく分かるようになった。あんなの毎日至近距離で食らってみろ。胸が潰れる」
ちなみにそのまま朝から励んだのは言うまでもない。
エイベンは変わらず死んだ魚の目をしながら呟く。
「まさに魔性……人たらし、小悪魔…ですな」
執務室で男二人がはぁ、とため息をついて重い雰囲気になる。エイベンもおそらく、見に覚えがあるのだ。エイベンもメイドも、皆アリスティドにやられているからだ。
アリスティドは『エイベンはいつも凄いです。ヴィーの行動が手に取るように分かってて、それをサポートできるんです。仕事といえど、毎日やるのは大変です。きっと、たゆまぬ努力があったのでしょうね。いつもお仕事お疲れ様です』と言ったらしい。エイベンは影で泣いていたようだ。
そしてその小悪魔は、なかなか帰ろうとしないビクトリアを宥めて宥めて宥めて、学園寮に戻るように説得している最中だ。
「……ビィは、結婚できるだろうか」
「……アリスティド様のような方を探す他ありませんな」
そしてやはり、はぁ…という重苦しい溜め息が、執務室に響くのであった。
257
あなたにおすすめの小説
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
王太子殿下は悪役令息のいいなり
一寸光陰
BL
「王太子殿下は公爵令息に誑かされている」
そんな噂が立ち出したのはいつからだろう。
しかし、当の王太子は噂など気にせず公爵令息を溺愛していて…!?
スパダリ王太子とまったり令息が周囲の勘違いを自然と解いていきながら、甘々な日々を送る話です。
ハッピーエンドが大好きな私が気ままに書きます。最後まで応援していただけると嬉しいです。
書き終わっているので完結保証です。
ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた
風
BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。
「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」
俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。
本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる