【完結】君と笑顔と恋心

七咲陸

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尊 side ヴィクトール

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「リスティが可愛すぎて胸が痛い」

  執務室で家令のエイベンに聞こえるように呟いた。

  エイベンは資料を本棚に戻している最中だったが、一瞬だけ手を止め、こちらをチラリと見た。しかし手を止めたのは一瞬だけで、表情ひとつ変えずにまた黙々と本棚に資料を戻す作業を再開した。

「まず昨日のことだ」

  無視しているエイベンを無視して話を続けると、愛しい妻の姿を思い出すことに精を出した。





「ヴィー、おかえりなさい!」

  昨日は少しだけ早く帰ることが出来た。帰宅すると玄関に使用人ではなく、アリスティドが出迎えてくれる。
  アリスティドの出迎えは、いつもこうやって抱擁と言うには無邪気すぎる、飛んでくるような抱きつき方をしてくれる。
  まるで大好きをいっぱい詰め込んだような出迎えに、自然と頬が緩くなるのを感じる。

「ただいま、リスティ」

  そう声をかけると、アリスティドは嬉しそうに頬ずりしてくる。

  アリスティドがここまでしてくれるようになったのは、実は最近のことである。

  婚約後から半年、全く接点を持たなかったヴィクトールは、とある一件でアリスティドの優しさと愛に絆された。
  その後からはキスをしたり抱きしめたり、それ以上のことするようになった。怒涛の展開だったようにも感じたが、アリスティドはもともとヴィクトールに片想いをし続けていたし、書類上は夫夫であるしでなんの問題もなかった。

  アリスティドはよくよく愛を伝えてくれる。

  エイブラム家の兄弟で末の子であり、とても素直だ。
  言葉も態度も最初の半年間はともかくとして、それ以降は隠そうとせずにヴィクトールに伝えてくれる。

  隠し事は嫌いだ、と言ったヴィクトールの言葉をただ忠実に守ってくれているのかと思えば、それは違っていた。アリスティドは素でやってくるのだ。

「リスティだけでここにいたのか?」

「さっきまでエイベンが居てくれました。ヴィーが玄関を開ける直前に『馬に蹴られたくはありませんので』って言って奥に行ってしまいました」

  失礼な。

  フェリオス家では、基本的に出迎えは不要にしてもらっている。ヴィクトールの帰りは遅いことが多い。使用人をそこまで働かせたいとも思わないので、ヴィクトールの時だけそうしてもらっているのだ。
  もちろん、客人やアリスティドや子供たちの時は何があるか分からないので出迎えはきちんと行うようにしてもらっている。

「今日の夕食はヴィーと一緒に食べられます!」

「待っててくれたのか」

  早く帰れたと言っても、夕食には少し遅い時間だ。いつもは気にせず食べて欲しいと言っているので、アリスティドが食べていないのには少しだけ驚いた。

「エイベンが今日は早いかもしれません、って教えてくれました。そしたら本当にはやく帰ってきたので部屋で飛び上がりました!」

「……そうか」

  嬉しそうな声に、またしても頬が緩む。
  ぎゅむぎゅむと首に抱きついたままだったので、外すのも惜しく、そのままアリスティドをひょい、と抱えて歩き出した。

「じゃあお腹空いているだろう」

「今日はビィが寮から帰ってきてお話してたので、お茶でタプタプだったからちょうど良かったです」

「ビィが帰ってるのか?」

  元妻との間の子供は三人いる。長男のヴィクリスに次男のトラヴィン、そして長女のビィこと、ビクトリアだ。ビクトリアは今年から女学園に入学。貴族の子でも関係なく全寮制の為、寮生活を送っていた。

  ビクトリアは末の子だが、一番しっかりしている。特に何の問題もなく過ごせていると一緒に行った使用人から報告を受けていた。

「今日は泊まって、明日戻るみたいです。朝にはヴィーに挨拶に行くと行ってましたよ」

「そうか。元気そうだな…良かった」

「ヴィンは元気ですか?」

  次男のトラヴィンは同じく今年から騎士団の宿舎に入ることになった。新入りは朝早いため、宿舎で過ごすことになる。

「ああ、毎日扱かれて疲れてはいるが、楽しそうにしているよ」

  トラヴィンは体躯にも恵まれ、騎士として申し分ない気力と体力を持ち合わせている。加えてあの、人懐こい性格だ。侯爵家と遠巻きにしていた騎士たちも皆、トラヴィンと良好な関係になっているようだ。

「そうですか、良かったです!」

  そうなると最後の一人、長男のヴィクリスだが、ヴィクリスには今領地を回ってもらっている。
  つまり、現在王都の邸宅にはヴィクトールとアリスティドしか居ないということだ。

「えへへ……」

  食堂に向かって廊下を歩きながら、抱き抱えたアリスティドが耳元でふにゃりと笑っている声がしてくる。

「どうかしたか?」

  お腹が空いただろうアリスティドの為に少し早歩きをしていると、くふくふ、と笑う声がまた聞こえてくる。
  アリスティドの顔が見たいが、抱きついているので良く見えない。

「ヴぃーと結婚する人はとっても幸せですね、だって子供たちも可愛いのにヴィーもカッコ良くて、素敵です」

  足をピタリ、と止める。

  すると、アリスティドがハッ!っと声を上げた。
  抱きついていた腕を緩めて、アリスティドの瞳がヴィクトールの顔を映してこう言った。

「僕が結婚してるんでした…!」




「なんとか鋼の精神でお腹が空いてるだろうリスティの為に食堂に行けたのは奇跡だった。すぐにでも寝室に行こうとした。ふにゃふにゃと笑いながら『僕はとっても幸せです』と言われてみてくれ。理性が飛ぶぞ」

  エイベンは表情を変えず、いや、少し死んだ魚の目をしながらこちらを見ている気がするが、気にとめなかった。

「……お二人が仲睦まじいのは素晴らしいことです」

  なんとか絞り出したように答えるエイベン。いいから早く仕事しろ、と言っているような顔をしている。
  しかしそんなのは気にしてられない。
  まだ話の続きがあるのだから。

「今日の朝はこうだ」



  昨夜は遅くまでアリスティドを運動させてしまったせいか、ヴィクトールが身じろいでも目を覚まさなかった。
  ベッドの中でスヤスヤと眠るアリスティドは、むにゃ、と少し唸った。

  アリスティドの情交の残る赤い痕を見ていると、またムクムクと情欲が湧き上がってくるのを感じる。

  アリスティドはとても可愛い。
  男で、二十歳も一つ過ぎた年齢なのにまだ十代を思わせる幼い顔立ちに瑞々しくしっとりとした肌、華奢な体躯はどれも庇護欲を誘う。
  調べたところ、家柄云々だけでなく、中には本当にアリスティドに惚れて婚約を申し出た男もいた。
  この男の何がそんなにそうさせるのか、と婚約当初は思っていたが、ちゃんと向き合ってみればアリスティドはそこらの女性よりも可愛く、性格も素直で人たらし。それはモテるというものだ。

「ん……」

  ヴィクトールが動いた気配を感じたのか、アリスティドも少し身じろぐ。長い睫毛がピクピクと動き出して少しづつ瞼が持ち上がっていく。
  アリスティドの瞳がヴィクトールを捕らえると、ふにゃり、と微笑んだ。
ヴィクトールは、これを見るために生きているのか、と思うほど嬉しく思ってしまう。

「ヴィー、起きてたんですか…?」

「おはよう、リスティ。ついさっきだ」

  アリスティドの頬に手を添えて、額にキスを落とすとアリスティドは寝惚けながらふにゃふにゃと笑っている。

「今日はずっと家にいるんですよね?」

「ああ、家での仕事が少しあるくらいだ」

  そう言うと、アリスティドはパチリと完全に覚めた瞳を輝かせて言った。

「じゃあ今日は僕がヴィーを独り占めです…っ」





「精神が破壊されるかと思った。なぜ子供たちがあんなに早くリスティに懐いたのか、ここ最近よく分かるようになった。あんなの毎日至近距離で食らってみろ。胸が潰れる」

  ちなみにそのまま朝から励んだのは言うまでもない。

  エイベンは変わらず死んだ魚の目をしながら呟く。

「まさに魔性……人たらし、小悪魔…ですな」

  執務室で男二人がはぁ、とため息をついて重い雰囲気になる。エイベンもおそらく、見に覚えがあるのだ。エイベンもメイドも、皆アリスティドにやられているからだ。
  アリスティドは『エイベンはいつも凄いです。ヴィーの行動が手に取るように分かってて、それをサポートできるんです。仕事といえど、毎日やるのは大変です。きっと、たゆまぬ努力があったのでしょうね。いつもお仕事お疲れ様です』と言ったらしい。エイベンは影で泣いていたようだ。

  そしてその小悪魔は、なかなか帰ろうとしないビクトリアを宥めて宥めて宥めて、学園寮に戻るように説得している最中だ。

「……ビィは、結婚できるだろうか」

「……アリスティド様のような方を探す他ありませんな」

  そしてやはり、はぁ…という重苦しい溜め息が、執務室に響くのであった。
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