彼に囲われるまでの一部始終

七咲陸

文字の大きさ
25 / 35
理人×雅

side理人

しおりを挟む

  春永理人(はるなが りひと)は昔から、少し冷めた所があると言われ続けていた。

  ある時は家族から。
  ある時は友人から。
  ある時は彼女から。

  他人を見下してるとか、自分の意思がないとかそういう訳じゃない。突然引き潮のように熱が引いていくのだ。

  突如、別にどうでもいいかな、と思う瞬間がやってくる。そういう時は自分でもどうしようもなく、気が削がれてしまう。

  唯一の取り柄と言えばまぁ勉強くらいで。あまり挫折はしてこなかったし、挫折を味わうほどの熱意もなく続けてこれた。

  そう。多分俺は、『そこそこ』の熱意ならば冷めずに続けられる。





「だから、この人の退院は早いって言ってるんです!」

  朝、カンファレンスを始めるかと思った矢先、スタッフステーションどころか廊下まで響き渡る声がした。

  ここ、心臓外科は患者が急変することがしばしばあるので時には声を張ることもあるが、急変している感じの雰囲気もない。

「だったら誰出すんだよ!もう入約もあるんだよ!」
「けど田中さんの調整が終わってないのに退院を出さないで下さい!」

  誰かと思い、廊下から覗くと俺のチームの加藤医師と男の看護師だった。

「……ねぇねぇ、あれなに?どしたん?」

  廊下側に近い良く話す女性看護師に声をかけた。困ったように手を顔に当ててため息を着く。

「もう最近の恒例行事ですよ…春永先生知らないんですか? 紫桃雅(しとう みやび)くん。やる気が満ちてて助かるんだけど…ああやってすぐドクターにつっかかっちゃうんです」
「知らないなぁ。異動してきたん?」
「そうですよ。今年来たばっかりで…本人の希望って聞いてますけど。患者さんと他のスタッフには優しいんです。でもねぇ…」

 はぁ、と二人ほど子供を産んだ主婦看護師としては落ち着いて仕事がしたいのだろう。言い争う二人を見て大きくまたため息を着いた。

「もう他に居ねぇんだって!症状的には落ち着いてんだからいいだろ」
「症状と退院後の生活は違います!そもそも家族だってちゃんと見てくれるのか…!」

  まだヒートアップしそうな二人。この場を抑えられそうな看護師長の姿も今は見えない。

「止めた方が良さそう?」
「見てないで止めてください。男の人は加藤先生以外今ここには春永先生しか居ないんですから」

  患者さんも不安になります!と背中を押され、スタッフステーションの中に入った。
  俺は知っている。母は強し。この看護師の方が怒った時は怖いことを。けど穏便に事を進めたいので余計なことは言わないことにする。

「あー……ストップ、ストップ。加藤先生、カンファ始まるからそろそろ行きましょ」
「春永先生!俺じゃなくてコイツが!」
「はいはいはいはい。ごめんごめん、後で聞くって。教授は怒んないけど士郎は遅れたらキレるぞ」

  士郎とはこの病院の息子であり、心臓外科の稼ぎ頭。更に言うと加藤が憧れて入局したドクターの名前だ。加藤が俺の言うことをちゃんと聞くのも、士郎と俺が同僚で相方のような存在だからである。

  士郎の名前を出すとようやく加藤の頭に登った血が若干引いたのか、ふんっと鼻息を残し、足を荒くカンファレンスルームに向かっていった。

「悪いね。俺のチームの患者さんでしょ」
「……そうです。田中さんの退院、まだ」
「おっけ。ソーシャルワーカーともう一回話すから。これで矛は納めてくれる?」

  話を聞いてる時間はない。紫桃雅とやらはまだ納得しきれてない顔をしているものの、頷いた。

「……すみませんでした」
「いーえ。加藤先生はすぐカッカするからさ。ごめんね?」
「……春永先生が、悪いわけじゃ」
「んー」

  怒るかなぁ、なんて思いつつも、加藤に少し罪悪感のある俺は正直に口を開いた。

「俺なんだよね、退院出せっつったの。調整済んでるってソーシャルワーカーからは聞いてたんだけどなぁ」
「は」

  ぽかん、と口を開いてこちらを見上げてくる様子になんだか面白くなって笑ってしまった。

「そ。だから君が喧嘩する相手、加藤先生じゃなくて、本当は俺ね」
「……はぁ?!」

  さっきまでのしょんもりした雰囲気とは一転し、加藤と言い合っていた時と同じ顔になった。怒ってる。めちゃくちゃ怒ってる。

「なんで決めたんですか!」
「だって、オッケーって美希ちゃんに言われたんだもん」
「は?!誰?!」
「ソーシャルワーカー」

  退院を色々と段取りしてくれた美希ちゃんは御歳58才の超ベテランである。

「………………もう一回ご検討下さい!!」

  ぷりぷりと怒ったまま、スタッフステーションを出ていった彼の後ろ姿を見ながら、俺ははーいと適当に手を振って返事をした。

  面白くてしばらく退屈しなさそう、そう思いながら俺もカンファレンスルームに足を向けた。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

ルピナスの花束

キザキ ケイ
BL
王宮の片隅に立つ図書塔。そこに勤める司書のハロルドは、変わった能力を持っていることを隠して生活していた。 ある日、片想いをしていた騎士ルーファスから呼び出され、告白を受ける。本来なら嬉しいはずの出来事だが、ハロルドは能力によって「ルーファスが罰ゲームで自分に告白してきた」ということを知ってしまう。 想う相手に嘘の告白をされたことへの意趣返しとして、了承の返事をしたハロルドは、なぜかルーファスと本物の恋人同士になってしまい───。

処理中です...