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理人×雅
side理人
しおりを挟む「田中さーん」
カーテンを引く前に声をかけた。どうぞー、と歳を重ねた女性の声が返ってくる。
「元気にしてるー? どう?」
「元気よ。もうだいぶねぇ」
にこにこと穏やかに話す高齢女性は俺が手術を担当した。主治医は加藤であるが、手術自体は俺がしたのだ。
編みかけの毛糸がベッドに転がっていて、両手には編み棒を持っていた。入院中暇なのだろう。マフラーのような長さにも見えた。
「そっか。それ凄いね。めちゃくちゃ上手い、プロじゃん。くれるの?」
「あげないわ」
「えっ俺へのプレゼントじゃないの?」
「またそうやって。何人の女性を泣かせてきたのかしら?」
冗談のようなやり取りをしてコロコロと笑う彼女は、病院にやってきた死にそうな顔から手術をしてここまで持ち直した。
大きな合併症もなく、後は退院だけだ。
俺は笑いながら田中さんのベッドに腰掛け、話を続けた。
「田中さんさぁ。帰りたくない?」
「……帰りたいわ」
「そっか。そうだよねぇ…」
「……」
大抵、患者はすぐに帰りたがる。病院に残りたいと言い出す人間には大概良くないことが裏にある。
借金があるだの、家族が帰ってきて欲しくないと言ってきたり、千差万別だが似たような、どこかで聞いたことあるような話が大体だ。
「なるべく早く帰してあげたいんだけど……ちょっとまだ無理かも。ごめんね」
「先生のせいじゃないわ、むしろごめんなさいね」
首を振って否定し、寂しそうに微笑む姿。
「じゃあ、また来るね。あ、それ、誰にあげるの?」
「内緒」
まだ仕事が残っている。明日の手術の確認もしなくてはならない。
田中さんはふふふと笑い、そんなやり取りをして部屋を後にした。
スタッフステーションに戻ると昼間よりは看護師の数は半分以下に減り、夜勤者のみとなっていた。
ちらりと覗くとその中には昼間のやり取りをした紫桃雅がまだ残っているのが見えた。彼はまだ何かをカルテに打ち込んでいて終わってないようだった。
「しとーくーん」
ちょいちょい、と手招きしながら呼んでみた。するとさすがにもう朝の出来事は怒ってないのか素直にこっちに近づいてくる。
「なんですか?」
「田中さん、帰りたいって。でさ、美希ちゃんにも聞いたけど、家では息子夫婦が見るから大丈夫って話なんだよね。退院、ダメ?」
「……ダメって言っても、それ以上は延びないでしょう」
「延びないねぇ」
医者としては退院できるなら退院させなくてはならない。長期の入院は病院の方針に反するし、患者や家族の金銭的負担になる。
理由も無しに居続けることはありえない。
「なんか理由あるの?」
「……言えません」
「言えない?田中さんを何かから庇ってるとか?」
「……」
「だんまりは困るよ。一応さ?チーム医療なわけ。主治医は加藤先生だし、俺は手術しただけだけど、分かんないと加藤先生を説得出来ない」
詰めるように言うと、彼は唇を噛んで何かに耐えるように俯いた。
今どき珍しい青年だ。真面目で真っ直ぐで素直で熱い。直ぐに折れちゃいそうなほど細い体と同じくらい繊細そうに潤んだ瞳。
身体は少し震えている。
彼もきっと分かっているからこその震えだ。医者を怒らせるのは病院内において良くないことだと。
昔ほど医者の天下では無くなったが、それでもまだ天下は続いている。世の中も看護師だって不足しているが、医者不足はそれ以上で、花形とは聞こえがいいがブラック企業さながらの外科なんぞなりたがる人間の方が希少である。
病院がどっちを優遇するかと言ったら、医者なのは明白だ。
看護師の首は、下手したら簡単に切られる。
「紫桃くん、今日空いてる?」
「? これからですか?」
「うん、そう。呑みに行こうよ、二人で。奢るからさ」
「えっ?!」
驚いて俯いていた顔をあげ、目を真ん丸にしている。
あれ、この子結構可愛いな。と思うと同時に仕事が少し残っていることを思い出す。
「一時間後で平気?玄関ロビーで待ち合わせ。どう?」
「えっ、えっ!」
「じゃ、後でねー」
ヒラヒラと手を振ってスタッフステーションを離れる。
真ん丸の瞳はやっぱり潤んでいた。
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