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19、鬼神の降臨
アドルフとヴァレリと飲んだ2日後、僕はメアに呼び出された。
案内してくれるメイドの後ろを歩く。
メアの執務室に行くのは、この二ヶ月で初めての事だったのでドキドキしていた。
「最後に働いてる姿見れるとか…ありがたすぎるだろ……」
ボソッと呟くと、メイドが一瞬不思議そうな顔をして振り返る。シュリはメイドにニコ、と微笑み何でもないフリをして誤魔化した。
そして一つの扉の前でメイドが止まる。中とやり取りをした後、扉が開いた。
開いた先には執務机に両肘を立てて手に顎を乗せているメアと、隣には何故か親友のヴァレリが立っていた。
婚約破棄の為に証人が必要だったのだろうか。
「よ、一昨日ぶりだな。シュリ」
「ヴァレリさんこんにちは。メアも久しぶりです」
「シュリ。今日は私が呼んだ理由は分かる?」
メアは穏やかに微笑みながら、けれど少し食い気味にシュリへ尋ねてくる。
シュリは一点の曇りもない眼で手を合わせ、光のシャワーを浴びながらペラペラと話し始めた。
「はい!今日は最後通告を受ける為に来ました。最後にメアの顔が見れて満足してます…、あ。男の僕を抱いたことは言いふらさないように気をつけます。信用してる人にしか話してません。もう思い残すことは何も無いので慰謝料とか面倒な手続きも必要ありません!むしろもう貰ったも同然」
「シュリ、ちょっと黙ろうか?」
「……へ? 」
いつもと同じ、ニコニコとした微笑みなのに何故か黒い翼が生えているのが見えてきた。
シュリは幻覚かと一回、目を擦る。
しかし黒い翼は消えないし、ヴァレリは片手で顔を覆ってため息をついている。
何か不味い事を言っただろうか。シュリは思い当たらずに首を傾げた。
メアの瞳には光が差し込んでおらず、いつもの神々しいまでの光のオーラも纏っていなかった。
「ヴァレリが言ってた事が信じきれなくてシュリから直接聞いたけど、まさか本当に婚約破棄すると思い込んでいたなんてね」
「……納得して貰えたんなら俺は帰るわ。じゃあなシュリ、また元気になったら会おうな」
「え?え? どういうことですか?」
ヴァレリはすれ違いざま肩に手を置いて意味深なことを言って部屋を出ていった。
ヴァレリに意味を尋ねても教えてくれず、シュリはますます頭を捻る。
パタン、とドアが閉じる音がしてメアは話し始めた。
「さて、シュリ。ここに婚姻届があるんだけど。サインしてくれる?」
ニコニコと黒い翼の生えた男は、シュリの前に見せるよう1枚の紙をヒラヒラと持ち上げる。
その紙は初めて目にしたが、確かに婚姻届と記載されていた。
「……え? 僕、婚約破棄のサインをしに……?」
「シュリ?」
有無を言わせない重圧に、シュリは何故か分からないが泣きそうになるぐらいの恐怖を感じた。
微笑む姿は優しいままのメアなのに、笑っていない気がする。
「め、メア。それにサインしたら、結婚することになるんですよ?」
「うん、それで?」
「え、ですから…僕と結婚してもメアにはなんのメリットもな」
「メリット? メリットがあれば私と結婚する?」
メアの背後からゴゴゴゴゴ、という迫力のあるオーラが見える。
シュリはようやく自分が神の怒りに触れた事に気づき始めた。
「そうだな。メリットならもうたくさんあったんだけど、シュリは分からないようだし、もっと作ろうか」
「つ、作る?」
なんの事か分からないはずなのに、何となく恐ろしい事が起こる予感がしてシュリは後ずさる。
シュリがジリジリと後ずさり始めると同時に、ユラ…とメアが立ち上がりゆっくりとシュリに近づいてきた。
シュリは泣きそうになりながらもメアから視線を逸らせず、ジリジリと後ずさり続けた。
そして背中に壁がぶつかり、メアからの距離はどんどん縮んでいく。
メアはずっとニコニコとしている。
微笑んでいるのに、全く笑っていないのだ。
メアがついに壁に追い込まれたシュリの所に辿り着くと、シュリの顎に指を当て、メアの方に向けられ自然と上目遣いになった。
「私がどれだけシュリと居るとメリットを感じているか、身体に刻みつけるから」
「ひっ……」
「覚悟してね」
まるで地獄のような全く笑っていない微笑みで微笑まれ、シュリはようやく知った。
起こしてはならない鬼神を、呼び起こしてしまったことに。
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