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第一章 セルシエン
12-1page 歯車は回った
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「ねぇ!いつまで歩かせんのよ!」
終わりの見えない移動に、フルーリアは苛つきを隠さず怒鳴りつけた。
今、ルビア達はセルシエンの裏路地を進んでいた。
理由は一つ、兵士達の目から逃げる為だ。
「後もう少しだ。
もうすぐ俺達の拠点が見えてくるから、それまでの辛抱だ。」
先頭を行くラスティがそう話すと、眉を顰めながら「あーはいはい、そうですか。」とフルーリアが不満あり気に言葉を漏らす。
「全く、とんでもない事に巻き込まれちゃったわ。
一体何がどうなってるんだか。」
「ごめんなさいフルーリアさん。
私が貴方を呼んだから……。」
「それは違うわ。
貴方に着いて行ったのは私の意思。
医術を必要としている人がいるなら向かうのが医者の役目よ。
だから貴方が気に病む必要はない。
私が後悔してるのは、貴方達が兵士相手に問題起こしてる間に逃げておけば良かったって事よ。」
「……やっぱり私のせいですね。」
「それは……ん?そうなるのかしら?」
しおらしくするルビア相手に、フルーリアは首を傾げた。
そのやり取りを見て、しんがりを進むガイアは小さく溜息を吐く。
「全くだ、兵士相手に殴りかかるとはな。
後先考えないにも程があるぞ。」
「う……。」ルビアが言葉を詰まらせる。
「何言ってんのよ、真っ先に兵士と睨み合ってたのはあんたじゃない。
それに蹴り飛ばしたりして……人の事言えるの?」
「……ん。」
ガイアは気まずそうに口を閉じた。
フルーリアに言われた事が正しく図星だったからだ。
そんな彼女達のやり取りを背で聞きながら、ラスティはふと足を止めた。
そして一点を指差し「見えたぞ。」と呟く。
皆が彼の指先を辿ると、その先に見えたのは一棟の建物であった。
ある種、ルビアとガイアには記憶に新しい……というより、つい昨日まで居た場所であった。
乗合馬車待合所の建物、それが彼女達の視線の先にあったのだった。
「あそこは……昨日騒ぎがあった……。」
「そう、俺とお前が初めて会った場所だ。
あそこには地下室があってな、そこが俺達【断絶の鎖】のアジトって訳だ。
ひとまず騒ぎが収まるまでそこにいればいい。」
「断絶の鎖ぃ!?
じゃあ何、あんた巷を騒がせてる盗賊団の一味って訳!?」
ラスティの言葉を聞き、フルーリアは目を大きく見開いて驚く。
そういえばこの面子の中では彼女だけがその真実を知らなかったか。
まぁ仕方ない、フルーリアは彼女達の仲間ではなく、ただ成り行きによって共にいるだけなのだから。
「盗賊じゃねえよ、義賊だ。
俺達が盗みを働くのはイリナメ相手だけだし、盗んだ金品は街の人達に戻している。
俺達は正義の集団なんだよ。」
「正義ねぇ……。」
【盗賊】と言われ多少気に障ったのか、ラスティが弁明する。
しかしその言葉にフルーリアは半信半疑だ。
そうなるのも当然だろう、この街にいれば嫌でも彼らの噂を耳にしてしまう。
それに、つい先程そのいざこざに巻き込まれて命を落とした男を見たばかりだ。
正義の集団、などという耳障りの良い言葉をそのまま受け取ることなどフルーリアには出来なかった。
……そして、その想いはルビアも同じである。
焼け死んだガルダニエの亡骸が頭から離れない。
断絶の鎖が起こした騒ぎにより罰せられ、挙げ句の果てに殺された彼。
その死に際は、何を思ったのだろうか。
苦しみか、悲しみか、それとも恨みか。
……ルビア達は案内されるまま、建物へと歩いていく。
周囲に人はまばらに散っていた。
皆、馬車に乗りに来たのか……それとも乗った後なのか。
そんな、確かめようもない……確かめる必要もない事を考えながら、ルビアはラスティの後を着いていくのだった。
そうしている内に辿り着いたのは建物の表側……ではなく、裏手側。
目隠し用に植えられた木々の隙間、地面に取り付けられた扉がそこにはあり、ラスティは慣れた手つきでそれを開いた。
ギギィ、と年数の感じさせる蝶番の軋む音が聞こえる。
その割にはあっさりと開かれた扉の先には、石造りの階段が下へ下へと続いており、それらを覆うように薄らぼんやりとした闇が空間を目一杯使い、広がっていた。
幅を見るに、人一人が通るのでやっとと言った所か。
「こっちだ。」
ラスティはそう言うと、先に地下へと潜っていく。
彼が数段降りた所で、ルビア達はようやく薄闇の奥へと足を踏み入れた(ややフルーリアは渋っていたようだが)。
……中は意外と寒いようで、ルビアの皮膚が鳥肌立つ。
急勾配となった階段を踏み外さぬよう、一段一段を慎重に降りていく。
「結構急ね……転んだら大怪我しそう。」一歩一歩を苦労しながら進むフルーリアが、ふと呟く。
「やめてくれ。
君が転んだら前を進む俺達が巻き込まれる。」
「あら、そこはその逞しい背中で受け止めてやる、とか言う場面でしょ?」
「やめてくれ。」
フルーリアの軽口にガイアは真剣に答えた。
その会話がおかしかったのか、ルビアは小さくクスリと笑った。
「大丈夫ですよ。
仮に転んだとしても、私が二人共受け止めますから。」
「あら、意外と逞しい台詞。
これならいつ足を滑らせても安心ね。」
「いや、その前に転ばないようにする努力をしてくれ。」
一行はそんな話をしつつ、下へ下へと進んでいく。
最後の段を降り、硬い地面を踏みしめた際ルビアは薄闇の何処かから帯のように伸びた一本の光を見つける。
何処かから光でも漏れているのだろうか……こんな地下で?
そう疑問に思ったのか、彼女は周囲を見渡した。
すると、道の奥で一枚板の扉がある事に気がついたのだった。
扉と壁の間には僅かな隙間が空いており、どうやら光はここから漏れ出たらしい。
耳をすませば、人の声のようなものも聞こえてくる。
「中に誰かいるのですか?」
「あぁ、俺の仲間がな。」
ルビアの問いかけにラスティが答えると同時に、彼は歩き出す。
そして扉へと近づき、その取手を掴みゆっくりと押し開いた。
……開け放たれた部屋の中から差し込む光は、薄闇に慣れたルビア達の目を刺す。
眩しさに視界が白む、その不快感にルビアは眉を顰めるも、その感覚が長く続くことはなかった。
体感時間にして二、三秒。
何度かの瞬きと共に、部屋の様相が正しい色と共に見えてきた。
間取りとしてはざっと二十八平方メートル程か。
やけに高い天井と、吊るされたシャンデリア、五人分のフルコースが乗せられそうな大きな机以外、これといった家具がないせいかやけに広く感じる。
その机を取り囲むように合計六人の男が立っており、突如来訪したルビア達の姿を睨むように見つめていた。
だが、その厳しい視線はラスティの姿を捉えるなり、途端に柔和なものとなる。
「よぉ、ラスティ。戻ったか。」
「あぁ。
……西側を見てきたが、火事騒ぎは本当だった。
リンの店が……焼かれていた。」
「……そうか。
リンちゃん悲しむだろうな……。」
「……あぁ、くそっ。」
仲間の言葉に頷き、悔しさを隠さぬままラスティは悪態をついた。
同じように仲間も眉間に皺を寄せ、悔やむように唸る。
だがすぐ、彼の興味はラスティの後ろにいる人物達へと移っていくのだった。
「所でその後ろにいる奴らは?」
「ん?あぁ。悪い、紹介が遅れたな。
ルビアにガイアに……えっと、あんた名前は?」
そうラスティに名を尋ねられるも、フルーリアはふんと鼻を鳴らし、冷たく目を据えた。
「言うわけないでしょ。
私は否応なしに連れてこられただけだし。
あんた達と仲良くする為に来たんじゃないの。」
「ふーん、ま、名乗りたくないなら言わなくていいさ。」
「ならそうさせてもらうわ。」
そう言うとフルーリアは近くの壁にもたれかかり、腕を組んで警戒するように一団を見据えた。
その挑発的な態度がよほど印象を悪くしたのか、周囲の男たちは一斉に彼女を鋭く睨みつける。
だが元々勝気な面のあるフルーリアは、向けられた視線に気がつくとお返しと言わんばかりに睨み返すのだった。
険悪な空気が部屋内を包み込む。
それを振り払うように、ルビアはラスティへと向き直り、兼ねてから疑問に感じていたある事を尋ねる為に口を開いた。
「ラスティさん、そろそろ教えて貰えませんか?
どうして私達を助けたのか。」
「そんなの決まってるさ、あのままだと兵士共に捕まると思ったからだよ。
ガイアは元々俺達が雇った傭兵だし、ルビアは俺が目をつけた凄腕の旅人だ。
兵士達に捕まるのだけは避けたかったんだよ。」
「は!?盗賊共の仲間!?そうなのあんた達!」
ラスティの話を聞いていたフルーリアが突如声を荒げ、ルビア達を見た。
「ただ金で雇われただけだ。」
「私は仲間になるのを了承した覚えはありません。
……でも、助けてくれた事は感謝しています。」
「いいさ、別に。
だが正直肝が冷えたぞ。
まさか兵士達とやり合ってるとはな。
この街の危うさは理解してると思っていたんだがな。」
「頭に血が昇ってしまって……。
レイズ達を焼き殺されたと……思っていましたから。」
そう言うと、ルビアは顔を俯かせる。
その表情は暗い、何か感情を読み取るとするならば後悔と怒り、と言った所か。
数秒強く目を瞑り、再び顔を上げる。
そして、縋るような視線をラスティへと向けるのだった。
「……レイズとリンさんが無事とは本当ですか?」
「あぁ、間違いない。俺達の仲間が見ていた。
イリナメの馬車に詰め込まれる二人の姿をな。」
「馬車……まさかあの時すれ違ったのが……!」
そう言うと同時に、ルビアは己の記憶を辿る。
仕立て屋へ向かう途中、自分達とすれ違った一台の馬車……そういえばあの時、自分を呼ぶ声を聞いた気がする。
もしや、レイズかリンのどちらかが助けを求めていたのではないだろうか?
その可能性に気がついた途端、ルビアは己の疎さと愚かさを心の中で激しく詰る。
救えたのに、すぐそこに居たのに。
何故自分は気が付かなかったのか。
「二人は今頃イリナメの屋敷にいる。
リンは俺達の仲間だと容疑をかけられて、あんたの連れは……分からん。
偶々一緒にいたから連れて行かれたのかもな。」
「そんな……くっ!
私のせいです、私が二人の側を離れたから……!」
眉間に皺を寄せながら悔しそうに言うや否や、ルビアは痛めつけるように己の手を強く握り締めた。
持ち合わせた剛力が災いし、爪が掌へと食い込み、皮膚が裂ける。
次第に握られた拳の中に血が溜まっていき、指の隙間を伝い、流れた血がポタリ、ポタリと滴り地面を汚していった。
その光景にガイア、ラスティや彼の仲間達は目を丸くして驚き、フルーリアは逆に眉を顰めた。
「やめろルビア、自分を責め過ぎるな。
あの状況なら誰でもそうする。」
見ていられなくなったのか、ガイアが慰めの言葉をかける。
だがルビアは表情険しいまま首を横に振った。
「慰めないでください。
そんな言葉、かけてもらう資格がありません。」
「だからといって気に病むのは良くない。
何もかもが自分のせいと考えるな。」
「っ!だって!既に一人死なせているんですよ!?
人が殺されているんです!
後悔するなという方が無理ですよ!」
感情を露わにして怒鳴りつける。
激しく取り乱しているようにも見える……まぁ、彼女の性格上、当然と言えば当然なのかもしれない。
ルビアは潔癖だ、特に人の命には。
無慈悲に、理不尽に虐げられる者や奪われた命には過敏に反応しがちなのだ。
これは彼女の歩んできた人生故にそうなってしまったと言っても過言ではないが……まぁ、それを今ここで話す必要はないだろう。
いずれ知る事だ。
それよりも今は、冷静さを欠落させ感情のまま叫ぶルビアの様子に着目するとしよう。
ルビアの言葉を聞き、ガイアは何も言えなくなってしまったのか、目を細めると視線を逸らした。
彼もまた、あの火事場にて見つけた亡骸に多少思う所があったようだ。
「ルビア。」
そんな取り乱す彼女を他所に、ラスティが声をかける。
「お前の怒りは尤もだ。
俺も……いや、俺達も同じ気持ちだよ。
こんな、虫ケラのように扱われて……挙げ句の果てに命まで奪われて。」
そう共感するように語る。
そして僅かな間を開けて、ラスティは再び口を開いた。
「だからこそ、戦わなくてはならない。
あの暴虐の化身を倒し、この街に平和を取り戻す。
その為に俺達は着々と準備を進めてきたんだ。
……その決行日が決まった。」
決まった。それが指す意味はただ一つ。
領主邸の襲撃日、それしかないだろう。
「いつだ?」ガイアが聞く。
「今夜零時。
その日をもってこの街は圧政から解放される。
イリナメの手から逃れる事ができるんだ。」
ラスティが低い声で、はっきりと告げた。
瞬間、部屋内に緊張が走る。
皆の面持ちがより真剣なものへと変わっていく。
「……ルビア、もう一度言う。
俺達と一緒に戦ってくれ。
お前の力があれば必ずイリナメを倒せるだろう。
その力を、俺達の為に奮ってくれ。」
そう言うと、ラスティはルビアへと向き直り、真っ直ぐ彼女を見つめた。
使命と復讐に燃えた、焦茶の瞳。
その眼差し一つからも、彼の思いが本物であると分かる。
だからこそ、ルビアは頭を悩ませるのだった。
題目がどうであれ、彼のやろうとしている事は貴族殺し。
誰かを救う為とはいえ、貴族の命を……否。
人の命を奪う事に加担したくはなかったのだ。
「……ごめんなさい、私やっぱり……。」
「あんたの仲間だってイリナメに連れ去られた!
助けたくはないのか!?」
「それは、助けたいに決まっています。
見捨てるなんて出来ませんから。」
「なら俺達と一緒に戦おう!
この街に自由と平和を取り戻すんだ!
……それにルビア、あんたが力を貸してくれるなら俺達もあんたの仲間を助ける事に手を貸してやったっていい。
どうせ行く先は一緒だ、なら力を合わせた方が危険は少ないんじゃないか?」
「…………。」
ラスティの言う事は分かる、自分もそうした方がいいと思う。
レイズ達を助けるのに自分一人の力ではとても足りない。
分かっている……が。
そう思考を逡巡させ、迷うルビアであった。
その様子を見た故か、ラスティはふぅと一つ息を吐くと首を横に振る。
「まぁいいさ、時間はまだある。
今夜までに答えを聞かせてくれ。」
そう言うとラスティは仲間に目配せする。
すると、仲間達は順に部屋から立ち去っていった。
「暫くはこの部屋にいろ、恐らく外ではまだ兵士達がお前達を探している。
部屋の前に人を立たせておくから、何かあったらそいつに声をかけろ。
……じゃ、また今夜。」
最後にラスティが部屋から出ていくと、部屋は静寂に包まれた。
残された三人の間には会話はなく、ただ気まずい空気だけが流れている。
それが耐えられなくなったのか、フルーリアがおずおずと声を上げた。
「……ねぇ、どういう事?
一緒に戦えって……イリナメを倒すって……?」
「言葉の通りだ、俺達は今夜領主イリナメを討つ。」
そう不安気に尋ねてくる彼女の質問に答えたのはガイアだった。
「はぁ!?領主を討つ!?
それって殺すって事!?
意味分かって言ってるのそれ!?」
「冗談で言える事でもないだろう。」
そう淡々とした返答を聞き、更に言葉を重ねようとフルーリアは何度か唇を動かす。
しかし、前後の衝撃が強すぎたのか何も声は出て来ず、果てに深く深く、長いため息を吐くしかできなかった。
「はああぁぁぁ…………元々過激な組織だとは思ってたけど、まさか領主殺しを企んでいたなんて……もー最悪、こんな街来るんじゃなかった。」
部屋の隅で項垂れる彼女を一瞥し、ガイアは視線をルビアへと向けた。
「それで、お前はどうするつもりだ?」
「……どうと言われても。」
「戦うのか、戦わないのか。どっちなんだ。」
「そんな、すぐは決められませんよ。」
「だが夜までには決断しなければならない。
……まぁ、どちらにしろ選べる道は決まっているようなものだがな。」
そう言うとガイアは踵を返し、部屋の出口へと真っ直ぐ向かうのだった。
「ちょっと、どこ行くつもり?」
「一階の厨房。」
「は!?」
「朝から何も食べてなくてな、腹が減ってるんだ。
良ければお前達の分も作ってこようか?」
「作ってこようかって、あんた料理できるの?
というかこんな状況でよく腹を減らせれるものね。」
「生きてるんだから当たり前だ。
それで?いるのか、いらないのか?」
そう二人が会話を繰り広げていると。
グオオオォォォォォ、と、地響きを思わせる音が部屋内に響き渡った。
地震でも起きたか?それとも地上で爆弾でも爆発したのか?
否、そのどれも違う。
音の正体、それはルビアの腹の音であったのだ。
「……い、今の何?お腹の音?」戸惑いながらフルーリアが言う。
「ごめんなさい……私も朝から何も食べてなくて。ついお腹が……。」
「とりあえずルビアの分は作るか。
で?あんたは?」
「……はぁ、なら折角だし貰うわ。
その代わり変なもの食わせないでよ?」
「そんな事するか。」
つかれた悪態にムッとしながらも、ガイアは部屋から出て行った。
その背中を見送りながら、フルーリアは目を細めふぅと小さく息を吐いた。
「あいつ、何というか予想外の事しかしないわね……。
というか普通にこの部屋から出ていくんだ……まぁ盗賊共の仲間みたいだし、当然と言ったら当然かぁ……。」
「……確かに、少し変わった方ですね。」
「それは同感。……さて。」
途端、彼女が振り返る。
そしてルビアへと大股で近づいた。
「掌見せて、怪我してるでしょう?」
「え?あ……。
いいえ、これくらい何ともありません。
診てもらう程では……。」
「怪我を甘く見てんじゃないの。
ほら、いいから手出しなさい。」
何かとつけて遠慮するルビアを無視し、フルーリアは無理やり彼女の手を掴む。
そして握られた拳をこじ開けるのだった。
……ルビアの掌には小さな扇状の傷跡が四つ付いていた。
そのどれからも、赤い血が流れ出ている。
「裂傷ね、爪が食い込んで皮膚が裂けたんだわ。
とにかく血を止めないとね。
暫くこれで押さえてなさい。」
そう言うとフルーリアは己の腰へと手を伸ばすと、下げたポーチを器用に開き中から布を一枚取り出した。
白く、清潔そうなその布を惜しげもなくルビアの掌に押し当て、止血を図る。
「出血が止まったら傷口を覆うから、それまでじっとしてなさい。」
「……この怪我は魔法で治さないのですか?」
「治さない、この程度なら軟膏があれば治るし。
それに自傷した相手に関しては極力治癒魔法を使わないって決めてるの。」
「どうして?」
「自分のやった事がどれ程馬鹿な行いか理解させる為。
自分の体を傷つけてまで得られるものなんてそう大してないもの。
むしろ痛い思いをして苦しむだけよ。」
「……ごめんなさい。」
「そう思うなら、次からしないように。」
「はい……。」
「宜しい。
……血は止まったみたいね。
傷口を塞ぐから、手を動かさないでね。」
フルーリアが慣れた手つきで薬を塗り、包帯を巻く。
その光景をルビアはぼんやりと眺めるのだった。
終わりの見えない移動に、フルーリアは苛つきを隠さず怒鳴りつけた。
今、ルビア達はセルシエンの裏路地を進んでいた。
理由は一つ、兵士達の目から逃げる為だ。
「後もう少しだ。
もうすぐ俺達の拠点が見えてくるから、それまでの辛抱だ。」
先頭を行くラスティがそう話すと、眉を顰めながら「あーはいはい、そうですか。」とフルーリアが不満あり気に言葉を漏らす。
「全く、とんでもない事に巻き込まれちゃったわ。
一体何がどうなってるんだか。」
「ごめんなさいフルーリアさん。
私が貴方を呼んだから……。」
「それは違うわ。
貴方に着いて行ったのは私の意思。
医術を必要としている人がいるなら向かうのが医者の役目よ。
だから貴方が気に病む必要はない。
私が後悔してるのは、貴方達が兵士相手に問題起こしてる間に逃げておけば良かったって事よ。」
「……やっぱり私のせいですね。」
「それは……ん?そうなるのかしら?」
しおらしくするルビア相手に、フルーリアは首を傾げた。
そのやり取りを見て、しんがりを進むガイアは小さく溜息を吐く。
「全くだ、兵士相手に殴りかかるとはな。
後先考えないにも程があるぞ。」
「う……。」ルビアが言葉を詰まらせる。
「何言ってんのよ、真っ先に兵士と睨み合ってたのはあんたじゃない。
それに蹴り飛ばしたりして……人の事言えるの?」
「……ん。」
ガイアは気まずそうに口を閉じた。
フルーリアに言われた事が正しく図星だったからだ。
そんな彼女達のやり取りを背で聞きながら、ラスティはふと足を止めた。
そして一点を指差し「見えたぞ。」と呟く。
皆が彼の指先を辿ると、その先に見えたのは一棟の建物であった。
ある種、ルビアとガイアには記憶に新しい……というより、つい昨日まで居た場所であった。
乗合馬車待合所の建物、それが彼女達の視線の先にあったのだった。
「あそこは……昨日騒ぎがあった……。」
「そう、俺とお前が初めて会った場所だ。
あそこには地下室があってな、そこが俺達【断絶の鎖】のアジトって訳だ。
ひとまず騒ぎが収まるまでそこにいればいい。」
「断絶の鎖ぃ!?
じゃあ何、あんた巷を騒がせてる盗賊団の一味って訳!?」
ラスティの言葉を聞き、フルーリアは目を大きく見開いて驚く。
そういえばこの面子の中では彼女だけがその真実を知らなかったか。
まぁ仕方ない、フルーリアは彼女達の仲間ではなく、ただ成り行きによって共にいるだけなのだから。
「盗賊じゃねえよ、義賊だ。
俺達が盗みを働くのはイリナメ相手だけだし、盗んだ金品は街の人達に戻している。
俺達は正義の集団なんだよ。」
「正義ねぇ……。」
【盗賊】と言われ多少気に障ったのか、ラスティが弁明する。
しかしその言葉にフルーリアは半信半疑だ。
そうなるのも当然だろう、この街にいれば嫌でも彼らの噂を耳にしてしまう。
それに、つい先程そのいざこざに巻き込まれて命を落とした男を見たばかりだ。
正義の集団、などという耳障りの良い言葉をそのまま受け取ることなどフルーリアには出来なかった。
……そして、その想いはルビアも同じである。
焼け死んだガルダニエの亡骸が頭から離れない。
断絶の鎖が起こした騒ぎにより罰せられ、挙げ句の果てに殺された彼。
その死に際は、何を思ったのだろうか。
苦しみか、悲しみか、それとも恨みか。
……ルビア達は案内されるまま、建物へと歩いていく。
周囲に人はまばらに散っていた。
皆、馬車に乗りに来たのか……それとも乗った後なのか。
そんな、確かめようもない……確かめる必要もない事を考えながら、ルビアはラスティの後を着いていくのだった。
そうしている内に辿り着いたのは建物の表側……ではなく、裏手側。
目隠し用に植えられた木々の隙間、地面に取り付けられた扉がそこにはあり、ラスティは慣れた手つきでそれを開いた。
ギギィ、と年数の感じさせる蝶番の軋む音が聞こえる。
その割にはあっさりと開かれた扉の先には、石造りの階段が下へ下へと続いており、それらを覆うように薄らぼんやりとした闇が空間を目一杯使い、広がっていた。
幅を見るに、人一人が通るのでやっとと言った所か。
「こっちだ。」
ラスティはそう言うと、先に地下へと潜っていく。
彼が数段降りた所で、ルビア達はようやく薄闇の奥へと足を踏み入れた(ややフルーリアは渋っていたようだが)。
……中は意外と寒いようで、ルビアの皮膚が鳥肌立つ。
急勾配となった階段を踏み外さぬよう、一段一段を慎重に降りていく。
「結構急ね……転んだら大怪我しそう。」一歩一歩を苦労しながら進むフルーリアが、ふと呟く。
「やめてくれ。
君が転んだら前を進む俺達が巻き込まれる。」
「あら、そこはその逞しい背中で受け止めてやる、とか言う場面でしょ?」
「やめてくれ。」
フルーリアの軽口にガイアは真剣に答えた。
その会話がおかしかったのか、ルビアは小さくクスリと笑った。
「大丈夫ですよ。
仮に転んだとしても、私が二人共受け止めますから。」
「あら、意外と逞しい台詞。
これならいつ足を滑らせても安心ね。」
「いや、その前に転ばないようにする努力をしてくれ。」
一行はそんな話をしつつ、下へ下へと進んでいく。
最後の段を降り、硬い地面を踏みしめた際ルビアは薄闇の何処かから帯のように伸びた一本の光を見つける。
何処かから光でも漏れているのだろうか……こんな地下で?
そう疑問に思ったのか、彼女は周囲を見渡した。
すると、道の奥で一枚板の扉がある事に気がついたのだった。
扉と壁の間には僅かな隙間が空いており、どうやら光はここから漏れ出たらしい。
耳をすませば、人の声のようなものも聞こえてくる。
「中に誰かいるのですか?」
「あぁ、俺の仲間がな。」
ルビアの問いかけにラスティが答えると同時に、彼は歩き出す。
そして扉へと近づき、その取手を掴みゆっくりと押し開いた。
……開け放たれた部屋の中から差し込む光は、薄闇に慣れたルビア達の目を刺す。
眩しさに視界が白む、その不快感にルビアは眉を顰めるも、その感覚が長く続くことはなかった。
体感時間にして二、三秒。
何度かの瞬きと共に、部屋の様相が正しい色と共に見えてきた。
間取りとしてはざっと二十八平方メートル程か。
やけに高い天井と、吊るされたシャンデリア、五人分のフルコースが乗せられそうな大きな机以外、これといった家具がないせいかやけに広く感じる。
その机を取り囲むように合計六人の男が立っており、突如来訪したルビア達の姿を睨むように見つめていた。
だが、その厳しい視線はラスティの姿を捉えるなり、途端に柔和なものとなる。
「よぉ、ラスティ。戻ったか。」
「あぁ。
……西側を見てきたが、火事騒ぎは本当だった。
リンの店が……焼かれていた。」
「……そうか。
リンちゃん悲しむだろうな……。」
「……あぁ、くそっ。」
仲間の言葉に頷き、悔しさを隠さぬままラスティは悪態をついた。
同じように仲間も眉間に皺を寄せ、悔やむように唸る。
だがすぐ、彼の興味はラスティの後ろにいる人物達へと移っていくのだった。
「所でその後ろにいる奴らは?」
「ん?あぁ。悪い、紹介が遅れたな。
ルビアにガイアに……えっと、あんた名前は?」
そうラスティに名を尋ねられるも、フルーリアはふんと鼻を鳴らし、冷たく目を据えた。
「言うわけないでしょ。
私は否応なしに連れてこられただけだし。
あんた達と仲良くする為に来たんじゃないの。」
「ふーん、ま、名乗りたくないなら言わなくていいさ。」
「ならそうさせてもらうわ。」
そう言うとフルーリアは近くの壁にもたれかかり、腕を組んで警戒するように一団を見据えた。
その挑発的な態度がよほど印象を悪くしたのか、周囲の男たちは一斉に彼女を鋭く睨みつける。
だが元々勝気な面のあるフルーリアは、向けられた視線に気がつくとお返しと言わんばかりに睨み返すのだった。
険悪な空気が部屋内を包み込む。
それを振り払うように、ルビアはラスティへと向き直り、兼ねてから疑問に感じていたある事を尋ねる為に口を開いた。
「ラスティさん、そろそろ教えて貰えませんか?
どうして私達を助けたのか。」
「そんなの決まってるさ、あのままだと兵士共に捕まると思ったからだよ。
ガイアは元々俺達が雇った傭兵だし、ルビアは俺が目をつけた凄腕の旅人だ。
兵士達に捕まるのだけは避けたかったんだよ。」
「は!?盗賊共の仲間!?そうなのあんた達!」
ラスティの話を聞いていたフルーリアが突如声を荒げ、ルビア達を見た。
「ただ金で雇われただけだ。」
「私は仲間になるのを了承した覚えはありません。
……でも、助けてくれた事は感謝しています。」
「いいさ、別に。
だが正直肝が冷えたぞ。
まさか兵士達とやり合ってるとはな。
この街の危うさは理解してると思っていたんだがな。」
「頭に血が昇ってしまって……。
レイズ達を焼き殺されたと……思っていましたから。」
そう言うと、ルビアは顔を俯かせる。
その表情は暗い、何か感情を読み取るとするならば後悔と怒り、と言った所か。
数秒強く目を瞑り、再び顔を上げる。
そして、縋るような視線をラスティへと向けるのだった。
「……レイズとリンさんが無事とは本当ですか?」
「あぁ、間違いない。俺達の仲間が見ていた。
イリナメの馬車に詰め込まれる二人の姿をな。」
「馬車……まさかあの時すれ違ったのが……!」
そう言うと同時に、ルビアは己の記憶を辿る。
仕立て屋へ向かう途中、自分達とすれ違った一台の馬車……そういえばあの時、自分を呼ぶ声を聞いた気がする。
もしや、レイズかリンのどちらかが助けを求めていたのではないだろうか?
その可能性に気がついた途端、ルビアは己の疎さと愚かさを心の中で激しく詰る。
救えたのに、すぐそこに居たのに。
何故自分は気が付かなかったのか。
「二人は今頃イリナメの屋敷にいる。
リンは俺達の仲間だと容疑をかけられて、あんたの連れは……分からん。
偶々一緒にいたから連れて行かれたのかもな。」
「そんな……くっ!
私のせいです、私が二人の側を離れたから……!」
眉間に皺を寄せながら悔しそうに言うや否や、ルビアは痛めつけるように己の手を強く握り締めた。
持ち合わせた剛力が災いし、爪が掌へと食い込み、皮膚が裂ける。
次第に握られた拳の中に血が溜まっていき、指の隙間を伝い、流れた血がポタリ、ポタリと滴り地面を汚していった。
その光景にガイア、ラスティや彼の仲間達は目を丸くして驚き、フルーリアは逆に眉を顰めた。
「やめろルビア、自分を責め過ぎるな。
あの状況なら誰でもそうする。」
見ていられなくなったのか、ガイアが慰めの言葉をかける。
だがルビアは表情険しいまま首を横に振った。
「慰めないでください。
そんな言葉、かけてもらう資格がありません。」
「だからといって気に病むのは良くない。
何もかもが自分のせいと考えるな。」
「っ!だって!既に一人死なせているんですよ!?
人が殺されているんです!
後悔するなという方が無理ですよ!」
感情を露わにして怒鳴りつける。
激しく取り乱しているようにも見える……まぁ、彼女の性格上、当然と言えば当然なのかもしれない。
ルビアは潔癖だ、特に人の命には。
無慈悲に、理不尽に虐げられる者や奪われた命には過敏に反応しがちなのだ。
これは彼女の歩んできた人生故にそうなってしまったと言っても過言ではないが……まぁ、それを今ここで話す必要はないだろう。
いずれ知る事だ。
それよりも今は、冷静さを欠落させ感情のまま叫ぶルビアの様子に着目するとしよう。
ルビアの言葉を聞き、ガイアは何も言えなくなってしまったのか、目を細めると視線を逸らした。
彼もまた、あの火事場にて見つけた亡骸に多少思う所があったようだ。
「ルビア。」
そんな取り乱す彼女を他所に、ラスティが声をかける。
「お前の怒りは尤もだ。
俺も……いや、俺達も同じ気持ちだよ。
こんな、虫ケラのように扱われて……挙げ句の果てに命まで奪われて。」
そう共感するように語る。
そして僅かな間を開けて、ラスティは再び口を開いた。
「だからこそ、戦わなくてはならない。
あの暴虐の化身を倒し、この街に平和を取り戻す。
その為に俺達は着々と準備を進めてきたんだ。
……その決行日が決まった。」
決まった。それが指す意味はただ一つ。
領主邸の襲撃日、それしかないだろう。
「いつだ?」ガイアが聞く。
「今夜零時。
その日をもってこの街は圧政から解放される。
イリナメの手から逃れる事ができるんだ。」
ラスティが低い声で、はっきりと告げた。
瞬間、部屋内に緊張が走る。
皆の面持ちがより真剣なものへと変わっていく。
「……ルビア、もう一度言う。
俺達と一緒に戦ってくれ。
お前の力があれば必ずイリナメを倒せるだろう。
その力を、俺達の為に奮ってくれ。」
そう言うと、ラスティはルビアへと向き直り、真っ直ぐ彼女を見つめた。
使命と復讐に燃えた、焦茶の瞳。
その眼差し一つからも、彼の思いが本物であると分かる。
だからこそ、ルビアは頭を悩ませるのだった。
題目がどうであれ、彼のやろうとしている事は貴族殺し。
誰かを救う為とはいえ、貴族の命を……否。
人の命を奪う事に加担したくはなかったのだ。
「……ごめんなさい、私やっぱり……。」
「あんたの仲間だってイリナメに連れ去られた!
助けたくはないのか!?」
「それは、助けたいに決まっています。
見捨てるなんて出来ませんから。」
「なら俺達と一緒に戦おう!
この街に自由と平和を取り戻すんだ!
……それにルビア、あんたが力を貸してくれるなら俺達もあんたの仲間を助ける事に手を貸してやったっていい。
どうせ行く先は一緒だ、なら力を合わせた方が危険は少ないんじゃないか?」
「…………。」
ラスティの言う事は分かる、自分もそうした方がいいと思う。
レイズ達を助けるのに自分一人の力ではとても足りない。
分かっている……が。
そう思考を逡巡させ、迷うルビアであった。
その様子を見た故か、ラスティはふぅと一つ息を吐くと首を横に振る。
「まぁいいさ、時間はまだある。
今夜までに答えを聞かせてくれ。」
そう言うとラスティは仲間に目配せする。
すると、仲間達は順に部屋から立ち去っていった。
「暫くはこの部屋にいろ、恐らく外ではまだ兵士達がお前達を探している。
部屋の前に人を立たせておくから、何かあったらそいつに声をかけろ。
……じゃ、また今夜。」
最後にラスティが部屋から出ていくと、部屋は静寂に包まれた。
残された三人の間には会話はなく、ただ気まずい空気だけが流れている。
それが耐えられなくなったのか、フルーリアがおずおずと声を上げた。
「……ねぇ、どういう事?
一緒に戦えって……イリナメを倒すって……?」
「言葉の通りだ、俺達は今夜領主イリナメを討つ。」
そう不安気に尋ねてくる彼女の質問に答えたのはガイアだった。
「はぁ!?領主を討つ!?
それって殺すって事!?
意味分かって言ってるのそれ!?」
「冗談で言える事でもないだろう。」
そう淡々とした返答を聞き、更に言葉を重ねようとフルーリアは何度か唇を動かす。
しかし、前後の衝撃が強すぎたのか何も声は出て来ず、果てに深く深く、長いため息を吐くしかできなかった。
「はああぁぁぁ…………元々過激な組織だとは思ってたけど、まさか領主殺しを企んでいたなんて……もー最悪、こんな街来るんじゃなかった。」
部屋の隅で項垂れる彼女を一瞥し、ガイアは視線をルビアへと向けた。
「それで、お前はどうするつもりだ?」
「……どうと言われても。」
「戦うのか、戦わないのか。どっちなんだ。」
「そんな、すぐは決められませんよ。」
「だが夜までには決断しなければならない。
……まぁ、どちらにしろ選べる道は決まっているようなものだがな。」
そう言うとガイアは踵を返し、部屋の出口へと真っ直ぐ向かうのだった。
「ちょっと、どこ行くつもり?」
「一階の厨房。」
「は!?」
「朝から何も食べてなくてな、腹が減ってるんだ。
良ければお前達の分も作ってこようか?」
「作ってこようかって、あんた料理できるの?
というかこんな状況でよく腹を減らせれるものね。」
「生きてるんだから当たり前だ。
それで?いるのか、いらないのか?」
そう二人が会話を繰り広げていると。
グオオオォォォォォ、と、地響きを思わせる音が部屋内に響き渡った。
地震でも起きたか?それとも地上で爆弾でも爆発したのか?
否、そのどれも違う。
音の正体、それはルビアの腹の音であったのだ。
「……い、今の何?お腹の音?」戸惑いながらフルーリアが言う。
「ごめんなさい……私も朝から何も食べてなくて。ついお腹が……。」
「とりあえずルビアの分は作るか。
で?あんたは?」
「……はぁ、なら折角だし貰うわ。
その代わり変なもの食わせないでよ?」
「そんな事するか。」
つかれた悪態にムッとしながらも、ガイアは部屋から出て行った。
その背中を見送りながら、フルーリアは目を細めふぅと小さく息を吐いた。
「あいつ、何というか予想外の事しかしないわね……。
というか普通にこの部屋から出ていくんだ……まぁ盗賊共の仲間みたいだし、当然と言ったら当然かぁ……。」
「……確かに、少し変わった方ですね。」
「それは同感。……さて。」
途端、彼女が振り返る。
そしてルビアへと大股で近づいた。
「掌見せて、怪我してるでしょう?」
「え?あ……。
いいえ、これくらい何ともありません。
診てもらう程では……。」
「怪我を甘く見てんじゃないの。
ほら、いいから手出しなさい。」
何かとつけて遠慮するルビアを無視し、フルーリアは無理やり彼女の手を掴む。
そして握られた拳をこじ開けるのだった。
……ルビアの掌には小さな扇状の傷跡が四つ付いていた。
そのどれからも、赤い血が流れ出ている。
「裂傷ね、爪が食い込んで皮膚が裂けたんだわ。
とにかく血を止めないとね。
暫くこれで押さえてなさい。」
そう言うとフルーリアは己の腰へと手を伸ばすと、下げたポーチを器用に開き中から布を一枚取り出した。
白く、清潔そうなその布を惜しげもなくルビアの掌に押し当て、止血を図る。
「出血が止まったら傷口を覆うから、それまでじっとしてなさい。」
「……この怪我は魔法で治さないのですか?」
「治さない、この程度なら軟膏があれば治るし。
それに自傷した相手に関しては極力治癒魔法を使わないって決めてるの。」
「どうして?」
「自分のやった事がどれ程馬鹿な行いか理解させる為。
自分の体を傷つけてまで得られるものなんてそう大してないもの。
むしろ痛い思いをして苦しむだけよ。」
「……ごめんなさい。」
「そう思うなら、次からしないように。」
「はい……。」
「宜しい。
……血は止まったみたいね。
傷口を塞ぐから、手を動かさないでね。」
フルーリアが慣れた手つきで薬を塗り、包帯を巻く。
その光景をルビアはぼんやりと眺めるのだった。
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