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乙女ゲーム開始編

家に着くまでが遠足とはよく言ったもので

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ヒオウギからやっとの思いでここまで帰ってきたというのに、リアは途方に暮れていた。
そう、彼女は迷子になってしまった。
行きが馬車であり、家への道を覚えられなかった状況ではさもありなん。
しかし、そもそもヒオウギからの帰りを行きと同じように馬車で済ませてしまうという選択肢はなかったのか?
答えは否であった。
ヒオウギとしては、リアを自国に留めておきたかった。
しかし、彼女の能力により帰さないという選択肢は潰えた。
ならば、仕方ないので淡い期待を込めて帰国の馬車などの手配をできないようにしていた。
国として一個人のためにそこまでするのは流石にやり過ぎではあるが、リアが自国に齎したあれこれを思えば是が非でも放したくないというのも、道理なのであろう。
ヒオウギ国の敗因は、リアが馬車の存在を忘れていることと、12歳の時、リアは個人で馬を購入し、一人で帰国できてしまう状態にしてしまった、ということだ。
しかし、これはヒオウギ国の面々でなくとも予想できなかったことであろう。
14歳の令嬢が一人旅をできると、誰も思うわけがない。
これに関しては、リアのうっかりど忘れもあるわけだが。

どうしよう、王都に入ったはいいけど、どの道を行けば自宅に帰れるのか、全然わからない。
衛兵に聞けばいいかと思っても運の悪いことに、周りを見ても衛兵が見当たらない。
もういっそお店を開いている人に聞くしかないわ。
一番近くにあった野菜屋さんのおばさんに話しかけてみる。
「あのーモルト伯爵家の別邸ってどこにありますか?」
「は?モルト伯爵家?あんたバカかい、あたしらみたいな平民が知ってるわけないだろ」
「え」
「というかあんたこの国の人かい?そのかっこ、見たところヒオウギ国の服っぽいけど」
「えっと、出身はスターズ国ですが、ちょっと留学してヒオウギ国にいたので、服はあっちのであってます」
「留学?ってことは頭がいいのかい、とりあえず衛兵が来るまで待てばいいじゃないかい」
「あ、そうですね。見てたら全然見かけなかったのでこちらに伺ったんですけど、少し歩いてみます」
「ちょっと、あんた、人にもの聞いてんだから野菜買ってくくらいしなよ」
「はい?」
「はい?じゃないよ、情報料だよ、情報料、そんなこともわかんないのかい」
あんまり聞いた気がしないのに情報料って、なんか理不尽だなぁ。
まあ、久しぶりだし古郷の味を食べようかな。あとここまで頑張ってくれた黒影にも好物の人参を買っていこう。
「はあ、じゃあ、リンゴを一つと人参一本ください」
「まいど!併せて300シリンだよ」
この国の通貨はシリンで、前世でいうところの円と価値は同じみたい。
ヒオウギでもシリンが流通してたから、今の手持ちでも払える。
野菜屋さんからリンゴと人参を貰って私は300シリンを渡した。
野菜屋から少し離れたところにいてもらった黒影のもとに戻って、先にリンゴの皮をナイフで剥く。
頭の良い黒影は、私がリンゴを剥き終わって食べるまで大人しく待っていて、食べ終わると口を近づけて褒美をねだる。
「ははっそんなに慌てないでよ、ほら、ご苦労様」
そんな、今の状況(家に帰れない)とは違った和やかな気分でいると、これぞ破落戸というような見た目の男たちがこちらにやってくる。
「よーよー、にいちゃん、良い荷馬車じゃねえかぁ、俺らにもおこぼれを恵んでくれよ、つーか全部よこせ」
あれー?なんか物凄いべたな展開みたいな破落戸に絡まれたんだけどー。そもそも私にいちゃんじゃないし。
「すみませんが先を急いでるんで」
当たり障りのない感じの言葉でさっさと逃げようとしたけど、ぞろぞろと破落戸が増えた。
まじでめんどいなあ。
「そう言わずにいいじゃねえか、ほれ何も言わずに寄こすなら命まではとらねえからよ」
「はあぁ、そちらこそ、こんな往来で悪さするなんてやめたほうがいいですよ」
溜息交じりの説教も意味はないようで、じりじりと距離を縮めてくる。
「スターズ国もやっぱりまあまあ治安悪いなあ。仕方ないか」

私が破落戸に囲まれてすぐに誰かが通報したのか、衛兵がやってきてのびている破落戸を見て驚いていた。
「すみません、衛兵様、私モルト伯爵家のものなんですが、道がわからなくて、申し訳ないんですが案内してもらえませんか?」
「はあ、了解いたしました、ではこちらになります」
破落戸を連行する人と別れた一人の衛兵に案内してもらうことに成功したけど、めっちゃ怪しまれてる。
まあ、そうだよね、いきなり貴族の縁者って言われても証明がないと怪しいわ、でも本当だったらやばいから案内はちゃんとやってくれるみたいだし、別にいいか。
私は黒影の手綱を引いて衛兵の後ろについていく。
衛兵の案内により、念願の自宅にやっとつけた。
「ここがモルト伯爵家の王都別邸です、あの、本当にこの家の方なんでしょうか?」
「ええ、留学していて6歳までしかここで過ごしていないですが」
衛兵の質問に答え、私は門扉に向かって大声を出す。
「おーい!リアでーす!誰かー」
私の声に、すぐに誰かがやってきた。
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