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美味しいものが無い!?

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「……食べること、って人生の楽しみの一つだと思いますが……」
おずおす尋ねた紗江に、マリウスは困った顔をする。
「そういう発想はなかったなあ」
「食うこと、は必要だが最小限でいいという教えが、古い信仰にはあった」
ぽそりと調理人が口を開く。その場にいる他の者の視線が一斉に向くのに、居心地悪そうにしながら彼は淡々と続けた。
「古い、創世の女神の言葉だそうだが。『食べることは生きるために必要だが、それに溺れてはいけない』『食べることに欲を抱くのは浅ましい』と。それもあって料理人も、新しい料理を作ろうとはしなかった……だが、古い女神は神託で否定された」
『浅ましい』と言われた紗江はショックを受けたが、慌てて付け加えられた言葉に気を取り直した。
「女神が否定された、のですか?」
「その辺りは貴族の方々の方が詳しいので」
言われて問う視線を向けると、マリウスは咳払いして話し出した。
「えぇ、そうですね。食べることを重要視しないのは、既に廃された創世の女神です。……ですが長年人々のうちに染み付いた考えは変わり難く……サエ、にはそちらについても助力願えれば、と」
またうっかり様付けしそうになって慌てて取り繕ったらしいが、取り繕えるだけ良いだろう。紗江もその辺りは突っ込まず、別のことを訊いた。
「その割に、お菓子は比較的種類も多いと思うんですが……あれはどういうことなんでしょうか」
「……創世の女神は、己への供物に甘いものを所望されることが多かったとか。特に見た目の華やかなものを好まれたそうです」
「…………」
紗江の脳裏に、創世の女神とやらは見栄え重視のスイーツ好き女子として刻みつけられてしまったのはこの際しょうがないだろう。そういえば紗江が会った女神、アナスタシアは創世の女神とは名乗らなかった。彼女にそういうスイーツ女子のイメージはない。神託で神様が否定されるというのも不思議な話だが、アナスタシアはその否定された女神とは別なのだろう。
 なんとかそう納得して紗江は頭を切り替える。
「では、お菓子に使う材料はあるんですよね。砂糖や卵にミルクとか」
「はい。ですが、あれらは元々女神教会が独占しておりまして……今は独占は禁止されてますが、流通量は少ないです」
「えー」
調理人の説明に思わずかなり情けない声が出た。慌ててマリウスがフォローに入る。
「いや、王城になら納入されていますよ。今は少ないですが、購入は可能です」
「……ありがとうございます。じゃあ、あの食事に出されるお肉は何の肉ですか?」
「あれは、ドロップ品です。魔物の中でも低級な、子どもでも倒せる程度のを倒すと大概あれになります」
「……狩りで動物をとったり食用に育てたりはしないんですか?」
「……田舎ではやっていますが」
なかなか衝撃的な説明に思わず食い気味に突っ込めば、たじろぎながら返事が返る。
その説明によると、魔物の討伐や国も行っているが、人口の少ない地域では行き届かず金だけ出して冒険者達に任せているという。その討った魔物の肉が食用に供され、数少ない人々を養っているとか。
「だから、ああいう肉は貴族の方々には評判が悪くて。王城では使われていません」
「……不味いですか?」
「いや、そんなことはないです。……好き嫌いはあるでしょうが、筋もないし柔らかいですよ。ただ癖はあります」
   
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