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第一章=新たな世界にて

【一話】草原に立っていた

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 海外では午後五時位をラッシュアワーというらしい。仕事場から「待ってました」と言わんばかりの勢いで大人が帰宅し、道路を走る車が増え、バスに人が押し込み、家路を急ぐ人が増える時間帯だからだ。しかし、日本でこの言葉はあまり親しみがない。なにせ、日本人は「定時で帰れる」という事実は知っていても「定時に帰る」という概念は存在しないからだ。残業が当たり前の日本では特定の時間帯に人がそこかしこであふれかえることはないが、その分どの時間帯も程よく人で賑わっている。

 歩けば人にぶつかり、立ち止まれば足を踏まれ、通りかかる毳毳けばけばしいおばさんのゴツいバックの角が当たり、電車やバスでは座ろうと思った席は横取りされる。

 夏はより一層最悪だ。蒸し暑くて人の密集する場所では湿度が跳ね上がる。電車の中に居るだけで熱中症になりかけるほどだ。

 日本の文化には本当に感謝したい。優雅に座って読書をしたりうたた寝をしたいというのに一向に出来やしない。

 そんなことを思いながら竹林涼太たけばやしりょうたは夜八時発の電車に乗って大学のある東京から実家に帰っていた。

「それなぁー、、、っていうか担任のさー」

「この間の会議でなんすけど」

「やっぱり合コンは二次会からが本番だよね」

しばらく周りの話を聞きながらため息を吐く。

「俺やっぱり人混みって嫌いかな。」

 すると、先ほどまで存在を忘れていた幼馴染の佐藤誠司さとうせいじが「ん。」と空いている席を指しながら俺の方を見る。

「お前が座っていいよ。」

「ん。」

 基本的に無口で話したとしてもさっきみたいな「ん」しか言わないが、小学生からの幼馴染だからか、何を言っているか分かってしまう。ただ、正直佐藤という生物の生体に関してはよくわからないことが多い。無口な割には交流関係は良好で、頭も良く、バッチリ理系だ。俺は文系。それにいつも気がつくと俺の傍にいて中学も高校も同じところに通うし、大学の合格通知を見に行ったらすぐ次の番号がまさかの佐藤ので驚いたことを覚えている。ストーカーかと本気で疑ったこともあるが家に招いて一緒に課題などをしていくうちに悪いやつではないということはわかったので深く理解することを諦めて放っているというが現状だ。

「明日休みだけどどっか行くか。」

「んーん、、、ん。」

「あー、じゃあ明日駅前の本屋で待ち合わせな。」

「ん。」

ちなみに佐藤は今新しく出る映画を見たいと言っていた。映画館は自分たちの住む街の近くにないので二駅先のショッピングモールの映画館まで行く必要がある。佐藤と俺は同じ街に住んでいるし、駅前集合が最も効率的だ。

そうこう話をしているうちに駅に着いたので、電車を降りちょうど来ていたバスに乗り込む。佐藤も一緒だ。

バスに揺られて二十分ほど経つと佐藤が降りる。あいつの家はバス停から10分ほど歩いたところにあって、結構大きな家だ。全体的に少し古い洋館のような見た目をしていて、少し前にお邪魔した時には庭に川が流れていた。深く聞いたことがないからうる覚えだが確か父親が資産家で結構なお金持ちらしい。

俺はというと佐藤の降りたバス停からさらに十五分ほど揺られた先にある大きくはないが家族三人なら十分なほどの大きさの一軒家で、和風モダンというやっだったか、建てた時に母が家の素晴らしさを力説していた。俺はあまり興味がないのでなんでもいいわけだが。

バス停からは徒歩三分くらいで大して遠くなく、すぐに着いた。家の中からはとても良い匂いがして今日の夕飯はなんだろうかと俺の思考は働いていた。玄関扉に手を掛け、「ただいま」と言いながら扉を開けるとものすごく眩しい光が俺の目を眩ました。

そして目を開けた俺はどこまでも続く、晴れた空の下の、青々とした草原に立っていた。
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