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2巻

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「確かに陛下は『気付かれてもいいかもしれんな』と言っていた。明言はされなかったが、コーネリアの言っている通りで間違いないだろう」
「リュー、コーネリア。マリア姫様たちの試験が終わったら、様子を見て作戦を決行するぞ。理想としては人気ひとけの少ない場所で襲いたいが、ずっと人混みから離れなかった場合は三人の前に姿を現す。そして無理やり脅してでも場所を移動させる」

 二人の目つきを見る限り、俺たちの想いはきっと一つだろう。
 我らがフォール王国のマリア・フォン・フォール様を人族の男如きがけがしたかもしれない。もしそうであれば、あのゴミのような男は罪を償うべきだ! と。
 あいつをどれだけ無残に、そして残酷に殺してやろうかと想像するだけで、俺は――


 ◆ ◆ ◆


 冒険者ギルドに到着した俺――ルイとエレノアとマリアは、極力空いている受付カウンターを見つけて、そこへ並ぶ。
 じわじわとしか進まない列で待っていると、これまで数回見かけたことのある奴が目に入った。
 顔や身体に結構傷跡があって、頭のハゲたいかつい男。いかにも悪人面したそいつは、機嫌良さそうな顔で話しかけてくる。

「よお、何か依頼受けるのか?」
「いや、今日はAランク試験を受けるために来たんだ」
「もうAランクか、さすがとしか言えないな」

 そう言ってハゲ男は苦笑いを浮かべ、数秒の間を取ってから再び口を動かす。

「ミドリアの冒険者ギルドで、お前らはすっかりホープとして有名になっちまったな。本当にランク上がるの早すぎだろう……そうだそうだ、お前さんたちには負けるが、俺も一昨日Bランク試験に受かってよ。わーはっはっは」

 明らかにご機嫌だったのはそのせいか。

「それはおめでとう。Bランクからは結構な額が稼げるし、頑張れよ。Aランクの依頼を受注可能になるのがやはりでかいよな」
「いや、俺はじっくりやっていくから、しばらくAランクは受けない。お前さんたちみたいに怖い物知らずじゃないし」

 意外に慎重な男だ。日本にいたら歩いているだけで人が避けていきそうな風貌なんだが……
 そんな他愛もない話をしていたら、いつの間にか俺たちの番になり、受付嬢が話しかけてきた。

「本日も冒険者ギルドをご利用ありがとうございます」
「今日はAランク試験を受けに来た。ルイ、エレノア、マリアだ」
「確かにうけたまわっております。ただちに試験官に連絡して参りますので、闘技場に移動してお待ちください」
「了解」

 事前に仕入れていた情報によると、試験官は現役Aランク冒険者か、もしくは力がおとろえていないと見なされている元Sランク冒険者だそうだ。
 指示された通り闘技場へ向かうべく廊下を歩く中、俺は自分のステータスを見ながら考える――どんな試験官が相手でも〈リミットブレイク改〉を使う必要はないだろうと。


 名前:ルイ
 性別:男 種族:人族 年齢:16
 レベル:98(ステータスとスキルは隠蔽中)
 称号:創造の申し子・黒龍を倒せし者・精霊に感謝されし者・Bランク冒険者
 HP:30456/30456 MP:37469/37469
 筋肉:3883 耐性:3583 敏捷:5196
 器用:3454 魔力:3833 精神:4163
 スキル

【特殊スキル】

 創造Lv8・ステータス増強Lv9・スキル成長速度アップLv8・
 ステータス成長速度アップLv
10・取得経験値アップLv9・経験値共有Lv6・
 リミットブレイク改Lv3・スキルストック・スキル譲渡

【武器・身体スキル】

 ウェポンマスターLv8・武技Lv7・フィジカルマスターLv7・高速並列思考Lv5・空歩Lv9・瞬歩しゅんぽLv8

【魔法スキル】

 全属性魔法Lv8・マジカルマスターLv8・MPプール改Lv8

【その他】

 鑑定Lv10・隠蔽Lv10・クラフトマスターLv6・ギャザリングマスターLv3・状態異常耐性Lv3・精神耐性Lv6・シックスセンスLv8・マップLv5・探知Lv6・解体Lv8・ 奉仕Lv6・異世界物品トレードLv5・全言語理解・生活魔法


【リミットブレイク改】

 魂の限界を突破し、一時的に能力を引き上げる。
 能力の上がり幅はスキルレベル×10%。
 このスキルは、一日に一回のみ使用可能。
 効果時間はスキルレベル×一〇分。
 消費MPは三〇〇〇〇。


【ギャザリングマスター】

 植物の採集と鉱物採掘の効果が上がる。
 スキル〈創造〉により〈草刈り〉〈採掘〉〈伐採〉を統合すると〈ギャザリングマスター〉となる。
 スキルレベルは統合されたスキルの平均値になる。
 統合されているうちのどのスキルを使っても熟練度が増えるため、スキルレベルが上がりやすい。


〈リミットブレイク改〉は〈リミットブレイク〉を改良したものだ。
 改良前は、効果時間終了後に基礎能力が下がるという、所謂いわゆるリバウンドのデメリットがあった。上がり幅は今と変わらなかったものの、さすがにこれは痛すぎた。
 今はMPを三〇〇〇〇も消費するのがある意味デメリットだが、俺には〈MPプール改〉があるので問題なく運用できる。
 それにしても、レベルが全然上がらないなぁ。もっと強い魔物を倒さなければ
 エレノアと出会ったとき、彼女のレベルは14だった。それが今やレベル52だ。それにひきかえ……俺のほうが魔物を倒しているのに、あれから7しか上がっていない。
 エレノアとマリアのレベルがもっと上がったら、さらに強い敵がいる狩り場に行くか。


 やがて、複数人の試験官らしき者たちや、わいわいと騒ぐ観客がいる闘技場に到着した。フードなしの目立つ白いローブを着ている奴らもいる。あれはギルド所属の治療師か。
 俺たち三人が闘技場の中心地に立つと、見たことのない初老の男が話しかけてくる。

「お待ちしておりました。審判を務めさせていただく、ミドリア冒険者ギルド長のオベイロです」

 優雅に礼をしてきたオベイロは、側頭部が白髪で頭頂部はハゲていた。顔立ちは普通ながら、やたらにこにこしており、目尻が下がっている。
 俺たちも軽く挨拶を返すと、オベイロが再び口を開く。

「Aランク試験は模擬戦です。個人戦闘とパーティ戦闘のどちらにしますか?」

 ここは個人個人でやるか。エレノアもマリアも勝てるだろうし。

「個人戦で頼む」
「承りました。しかし、必ずしも勝敗が試験の合否に直結しません。武器は、こちらで用意したものであればどれを使っても結構です。全て刃引きし、矢はやじりつぶしてあります」

 Bランク試験と同じか。あのときも武器の持ち込みは禁止だった。武器によってはそこそこステータスが増えるからそれもしょうがない。
 そうはいっても、防具とアクセサリーは禁止されていないんだけど。

「私の合図で試験を開始し、相手が降参もしくは戦闘不能で勝敗がつきます。不慮の事故による死亡も有り得ますが、その際はギルド規定により責任を問われません。ですが、明確な殺意を相手に向けていると私が判断したら試験を中止にする可能性がありますので、ご注意ください」

 さすがに試験で殺意をぶつける奴はそうそういないだろう。

「試験終了後、怪我があればギルド所属の治療師が対応します。戦う順番や相手は受験者に決定権があります」

 ギルド長が一気に説明した後、彼の後ろに控えていた男二人と女一人が一歩前に出てきた。

「よお、俺は試験官のAランク冒険者のガハル。よろしくな! がはははっ!!」
「俺は元Sランク冒険者のバンだ」
「私はアン。Aランク冒険者よ」

 全員そこそこの強者という雰囲気をかもしだしている。ランク相当の実力はきちんとありそうだな。
 それぞれ誰と戦うかを決めるため、俺はこっそりと〈鑑定〉していく。
 その結果――試験官の中で一番強いのはバンのようだ。オールラウンダータイプらしく、バランスが取れている。外見もなかなか屈強そうだな。
 ガハルは虎の獣人族の肉体派。他の二人は人族で、アンは魔法が得意。
 防具はバンとガハルが革系、アンは黄色のローブだ。

「まずエレノアがガハルと、その次はマリアがアン、最後が俺とバンだ」
「がーはっはっは。俺の相手は犬っころちゃんかっ!」
「私はエルフのお嬢ちゃんが担当ね」
「俺の相手はあいつか……試験の無駄な気がする……」

 バンの態度が変な気がするのだが……気のせいか?
 早速、エレノアとガハルが中央で向かい合う。
 俺とマリアは後ろに下がり、バンとアンも俺たちとは逆方向に下がって待機。
 エレノアは使い慣れた短剣を選んだ。一方のガハルは〈格闘術〉が適用される爪形の武器、クローを装備する。
 双方用意が整ったのを見たオベイロが、右手を上げて大声で合図を出す。

「Aランク試験、一試合目、開始!」

 その声と同時に、ガハルが素早い動きでエレノアに詰め寄った。
 対するエレノアは全身の力を抜いているようで、状態が良さそうだ。襲い掛かるクローをしなやかな動きで軽く避けた後、見事なフットワークで円運動を開始。
 ガハルが必死の形相でエレノアを追いかけるが、まったくついていけていない。エレノアは短剣で防ぐことさえしていないにもかかわらず、ガハルの攻撃は一発も当たらないのだ。敏捷値に結構差があるから当然か。
 全ての攻撃をあえてギリギリでかわし続ける光景が五分程続いたところで、俺は気が付いた。
 エレノアはガハルに『犬っころちゃん』と言われて怒っていたんだなと。
 だからこうやって『あなたの攻撃は当たりませんよ?』と無言で体現しているのだろう。相手の心を折ってから勝つという魂胆こんたんか……
 それからさらに一〇分間、ガハルのあらゆる攻撃が空を切り続けた。
 ガハルは苛立ちを隠さずに「くそがっ!」と吼える。
 しかしその瞬間――ガハルの両肩と両腿の付け根に、エレノアが握る切れ味の悪そうな短剣が次々に突き刺さった。
 痛みに気を取られたガハルは、決定的な隙をさらしてしまう。それを見逃すエレノアではなく、その瞬間に彼女はガハルの首に少しだけ短剣の切っ先を突き刺していた。

「参ったのです? 参っていなければこのまま短剣を押し込むのです!!」
「降参だ、降参!」
「それなら許してやるのです!」
「そこまで!」

 審判のオベイロが慌てたように二人の間に割り込み、エレノアに試験合格の旨を伝える。
 ガハルはギルド所属の治療師に連れられていき、闘技場の端で治療を受けるようだ。
 屈託のない笑みを浮かべたエレノアは、どこまでも飛んでいきそうな足取りで俺に近づいてくる。

「私のことを犬っころって言ってきた虎退治終了なのです!」

 なんかエレノアが変な方向に成長している気もするが――気にしないでおこう。
 観客もかなり盛り上がっているみたいだし。

「エレノア、おめでとう。さっさと終わらせても良かったけどな」
「ありがとなのです!」
「エレエレ、さすがだったよ! 次は僕だねー」

 マリアはそう言うと、弓を選んで闘技場の中央へと向かっていった。


 ◆ ◆ ◆


 僕――マリアは今、試験官のアンと向き合っている。
 試験だからって、ルイルイはアンを〈鑑定〉した内容を教えてくれなかった。自分の相手の能力は見たくせにー!
 といっても、そもそもルイルイが負けるはずはないから、それはいいんだけどねっ。
〈全属性魔法〉になった僕の魔法はレベルが下がり、〈風魔法〉だった頃に比べて最大攻撃力が落ちた。足りない攻撃力は、多種多様な魔法と弓で補う必要があるかなー。
 まぁ、負けないけどっ!

「Aランク試験、二試合目、開始!」

 開始の宣言とほぼ同時に、アンは【ストーンボール】を〈詠唱破棄〉で多数放ってきた。
 僕はそれらを【エアボール】で迎え撃つ。こちらのほうが威力が強くて相性がいい。
 僕が発生させた小さな風の渦は、飛来してくる石の球を砕き、そのままアンに向かっていく。
 だけど、さすがAランク冒険者。彼女にレベル1の魔法は効かないみたい。
 もっとMPを注ぎ込んで魔法を撃てば効きそうだけど、今はまだお互い様子見とばかりに弱めの魔法を使ってる。
 んー、このまま魔法の撃ち合いをしていてもなぁ。
 アンが使うのは〈土魔法〉ばっかり。だから彼女は〈土魔法〉が得意なんじゃないかなって思う。そうすると、多少やっかいそうなのは【ロックプリズン】かなー?
 まっ、発動される前に終わらせるけど!
 そんなことを考えながら、〈風魔法〉でアンの魔法を次々に迎撃していく。
 相手はどんどん魔法の威力を上げてきて、【ストーンボール】から始まり【ストーンアロー】【ロックバレット】と上がっている。
 そろそろ仕掛けないとこっちもやばいかなー。
 詠唱付きの〈土魔法〉レベル6の【ロックジャベリン】がきたら、今の僕では相殺できないけど、〈詠唱破棄〉でやってくる限りは大丈夫。
 つまり詠唱だけはさせちゃまずい。それは【ロックプリズン】も同じかな。
 ――ということでさっさと終わらせよう!

「じゃあ、本気だすよー!」

 僕は魔法レベル3で使えるアロー系の各魔法を、〈詠唱破棄〉を使用しながら連続で撃ち出す。〈詠唱破棄〉といってもMPをかなり込めてるから、威力は相当あるはず!

「【ダークアロー】! 【ファイアーアロー】! 【ウォーターアロー】! 【エアアロー】! 【ストーンアロー】! 【サンダーアロー】! 【グラビディアロー】!!」

 アンに向かっていく七属性の魔法の矢。
 さすがにこれだけ多種多様な属性の魔法が来ると思っていなかったのか、アンの顔は驚愕きょうがくに染まっている。その様子を見た僕は内心小躍り。
 やったね! アンは慌てて【ストーンウォール】で土の壁を形成しようとしたけど、無駄だね。
 ここで僕は弓を使うことにし、次々に矢をつがえて発射を繰り返す。
〈弓術〉はレベル8もあるから、こっちの攻撃は威力が高いよ!
 三〇本もの矢は、僕が放ったアロー系の魔法を途中で追い越し、アン目掛けて飛んでいく。

「なっ!? 【ストーンウォール】が!?」

 アンの【ストーンウォール】は僕が放った矢にどんどん削られていき――ついに崩壊した。
 そしてその隙間をぬって、七本の魔法の矢がアンに着弾。念のために矢も三〇本追加で発射!
 アンは僕の攻撃を一身に受け、結構な爆音とともに土埃つちぼこりが舞い上がる。
 それが静まって明瞭になった僕の視界に入ってきたのは、三〇本の矢が刺さっているアン。
 一見すると悲惨な光景だけど、威力は調整してるし鏃も潰されてるから、刺さったのは深くても一センチ程度だと思う。
 お! あれは! おっぱいにも刺さってる! 可哀相だけど、模擬戦だからしょうがないなぁ。
 あとは宣言して終わり。

「僕の勝ちだよっ!」

 ◆ ◆ ◆


 マリアとアンの勝負が終わった。
 俺――ルイの視界に入っているアンの姿は悲惨なものだった。
 あれではまるでハリネズミだ。重傷でないのはわかるんだけど、あの恐怖に染まった表情は……辛うじて意識は保っているが、なんかぷるぷるしているな。
 スライムか!? いや、どこからどう見てもやっぱりハリネズミだな。
 うーん、この絵面はシュールすぎる……

「そこまで!」

 審判のオベイロが慌てて宣言した。少し遅かったけど、多分放心でもしてたんじゃないかな。
 オベイロはマリアに試験合格だと伝えている。
 アンはガハル同様、治療師に連れられていった。
 仲良く闘技場の端で治療を受けているAランク冒険者の二人は、どこか力のない瞳をしており、こちらに視線を合わせようとしない。
 今の戦闘で観客席はすっかり静まり返った。見るからにドン引きしているな……
 まぁ、いつまでも終わったことを考えていてもしょうがない。まずは自分のことだ。
 そう思った俺は粛々しゅくしゅくと試験を終わらせようと考え、闘技場中央に出た。
 俺の前には、元Sランク冒険者バンがいる。
 しかし、心なしか彼の顔色が悪い。
 どうしたんだ?と疑問に思っていると、オベイロの声が闘技場に響く。

「これが本日最後のAランク試験です。三試合目、開始!」
「参った!」
「えっ!?」

 空耳かな?と思った俺は剣を構える。

「参った!」
「は?」
「そこまで! 勝者ルイ様! Aランク昇格おめでとうございます!」

 俺は呆然とした……
 さすがに今まで受けた中で一番の衝撃とはいえないが、それでも相当驚いた。
 観客も俺の気持ちがわかるのだろう、皆が皆、呆気にとられている。
 俺が無言でいると、バンが近寄ってきて言う。

「すまんな、いきなり降参して。だけどまず俺の言い分を聞いてくれよ!」
「お、おう」
「ほら、あっち見てくれ! 先に戦った二人の様子だ! ガハルもアンも目がうつろだろ?」
「お、おう」
「君はパーティリーダーで、さっきの二人より強いだろ? 雰囲気からもそれは感じられる。そして俺は引退した冒険者なんだよ! 今回の試験は試験官が足りなかったらしくて、ギルドに無理を言われて渋々引き受けたんだ。まぁ、お金ももらえるしね……そこらのBランク冒険者に負けるわけがない、なんて思ってつい……そんな甘い考えも確かにあった」
「そうなのか」
「でも、俺と君との勝負は結果が見えてる! それなのにやるのは時間と体力の無駄遣いだろ? 引退した後まで酷い思いはしたくない!」

 つまり怖じ気付いたのか?
 んー、あの二人は言う程致命的な傷は負っていないけどなぁ。精神ダメージは大きそうだけど。
 そんなことを考えていたら、オベイロがバンに話しかけた。

「バンさん、大丈夫です。私も今の流れであなたを責めることはできません。冒険者ギルドとしてきちんと依頼料をお支払いしますのでご安心ください」

 俺を放って二人で話し始めるオベイロとバン。
 まぁ、Aランクになったからいいんだけど、戦おうと思ってたこの気持ちはどこに向ければいい? 楽勝だと思ってたとはいえ……それでも一応はアドレナリン全開にしてたんだぞ! 観客だって呆然としているじゃないか!
 さっきのアンじゃないけど、俺の身体もぷるぷるし始めた。
 そんな俺にエレノアとマリアが話しかけてくる。

「さすがご主人様なのです! 戦わずして勝つなのです!」
「さすが僕のルイルイ!! 今のも狙ってたんだよねー? 闘技場に来てからは相手が降参するように振る舞ってたんだ?」

 二人の言動は盛大な勘違いからきているのか、それとも少しおちょくられているのかわからない。
 そんな二人の顔を見ていると、俺は自分の顔が引きっていくのを感じる。
 はぁ、なんていうか、もういいや……と色々諦めていたら、背後からオベイロが話しかけてきた。

「ルイ様、エレノア様、マリア様。先ほど連絡を向かわせてありますので、受付カウンターに行ってギルドカードを更新してきてください。今後もギルドでさまざまな依頼をこなしてくれると助かります。では、私は仕事に戻りますね」

 オベイロは伝えるだけ伝えて去っていく。
 まぁ、なにはともあれ試験は終わりだ。カードを更新しにいくか。
 今さらながら歓声が鳴りやまぬ闘技場をあとにして、俺たちは受付カウンターに向かった。


 相当数の冒険者が闘技場のほうに移動していたため、受付カウンターはほとんど空いていた。
 なので俺たちは行列に並ぶことなく、一人の受付嬢に話しかける。

「今、Aランク試験を受けてきた。すでに話を通してあるって聞いてるが……」
「ええ。ルイ様、エレノア様、マリア様ですよね」
「ああ」
「ではギルドカードの提出をお願いします」

 ギルドカードを提出し、一分程待っていると、色が変更されたカードを返却された。
 これで俺たち全員がAランクか。ギルドカードは金色になり、かなり目立つ。
 少し派手で目に優しくないなぁと考えていたら、エレノアとマリアがぴょんぴょん跳ねてはしゃいでいるのが視界に入る。

「見てなのです! 金ピカなのです! やったのです!」
「僕もこれでようやくAランク冒険者だよー!! わーい、わーい!」

 無邪気に喜ぶ可愛い恋人たちを見て癒される俺。
 俺がギルドカードを懐に入れると、二人もギルドカードを仕舞ってから俺の腕に抱きついてくる。
 左にエレノア、右にマリア。そうして三人並んだまま、俺たちはギルドを出た。


 ◆ ◆ ◆


 俺――タイラはリューとコーネリアとともにギルド近くの建物の陰に隠れ、マリア姫様たちが出てくるのを今か今かと待ちわびていた。
 そして見張り始めてから一時間程経過した頃、三人がギルドから出てきた。
 俺の視界に入った姫様は、男の腕に抱きついて飛びっきりの笑顔を振りまいている。
 くそ、くそ、くそ! 俺のマリア姫様が……
 目の前の光景が信じられず、愕然がくぜんとなる俺。
 それを見ていたら、俺の計画がまるで泡のように消えていくのを感じた。
 ――俺は昔からマリア姫様が好きだ。
 小さな頃から見守ってきたマリア姫様の成長。
 俺は八八歳、マリア姫様は一六歳だが、年の差なんてエルフ族にとっては些細なことに過ぎない。
 それよりも身分のほうが問題だ。いくらランドルフ陛下直属でも、俺の任務は主に密偵。影の者が姫様に相応しいわけがない。
 そのため、俺は計画を立てた。
 それは――貴族となってマリア姫様に求婚しようというものだ。
 最近ずっとステアニア帝国の動きがきな臭いこともあり、俺は陛下から『帝国と戦争になったときは密偵の任務を外れて戦争に参加しても良い』と言質げんちを取っていた。
 それが叶えば、そして武功さえ立てれば、貴族になれる。
 しかし、俺はできればマリア姫様からも俺に惚れてほしかった。
 だからこそ今回の勅命を受けた際は運命だと感じた。
 家出なされたマリア姫様はきっとなんらかの窮地に陥っていて、それを俺が助けるのだ、と。
 救いだせるのは俺だけであり、そしてマリア姫様は俺を好きになってくれるはずだった……
 それが……それが……俺のマリア姫様があんなに喜んで他の男に抱きついているだと!?
 こんな現実を受け入れるわけにはいかないし、あいつは殺しても殺しても殺し足りない!

「おい! リュー! コーネリア! あの男は残酷に殺す予定だったが、それだけではダメだ。なにもかも足りない。そうだなぁ、両手足をもぎ取り奴隷にしてから死なない程度に飼ってやろうじゃないか。そして飽きたら殺そう」

 溢れる殺意が俺を焼き尽くす。自然と声が低くなってしまうのを自覚できた。

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