万能すぎる創造スキルで異世界を強かに生きる!

緋緋色兼人

文字の大きさ
表紙へ
33 / 64
3巻

3-1

しおりを挟む


《プロローグ 石動いするぎ愛美まなみ

 その日、いつも通り登校した私――石動愛美は、クラスごと異世界アースへと転移した。
 私たちを召喚したのは、ステアニア帝国。召喚時にさまざまな能力を得る異世界人を、他国への侵略の戦力とするのが彼らの目的だった。
 そのために課せられた訓練日には、週に一度の休日がある。
 そして今日もまた、私は毎週通っている『ラーの甘味処かんみどころ』へ向かっていた。
 つらい毎日を過ごしている私にとって、あの店でケーキを食べているときだけが、幸せを感じられる数少ない時間だ。
 今日は、久し振りに昔の夢を見たなぁ。
 今の私を形成することとなった、数々の記憶がちりばめられた夢の内容を思い出しながら、喧騒けんそうにまみれた道を歩く。
 あれは、私がまだ幼い頃。
 今でも鮮明に思い出せる――パパ、ママ、弟のたー君。
 あの頃はいつも仲が良かった……


 ◇ ◇ ◇


 夢の中で、私はふらふらと浮遊しながら、仲の良い四人の家族に近づいていく。
 聞こえてくるのは、楽しげな家族の会話。

「まなみねー、大きくなったら、たー君のおよめさんになるんだぁ。いつまでも守ってあげるからね?」
「なにそれー?」

 幼かった私が話しかけ、お嫁さんという言葉の意味を理解していなかったであろうたー君が、それに首をかしげて返答する。
 どこか既視感きしかんのある光景を見て、ここが夢の中なのだと改めて自覚した。
 だって――これはもう、どんなに手を伸ばしても、どれだけ望んでも届かない幸せ。
 このとき、私は五歳、たー君はまだ三歳だった。
 優しい顔をしたパパが、小さな私の頭をでてくれている。あれはすごく気持ち良かったなぁ。
 その様子を、ママが飛びっきりの笑顔で見ていた。
 私の頭の上で動いていた手を止め、パパが口を開く。

「まなみは本当にたーぼうのことが大好きだな」
「うん!! 大好き!」
「いつかは……もしかしたら、そうなるかもしれないわね」
「そうなるといいなぁ」

 このときの私は、あまり深く考えないでお嫁さんになりたい、って言っていた。
 パパ、幼い私、たー君、ママがいて、四人が手を繋いで歩いている、どこにでもいそうな、幸せに見える家族。
 他愛のない話がしばらく続き、私はそれを胸が締め付けられるような想いで眺める。

「今日の晩御飯はすき焼きにしましょう」
「わーい!」

 ママが私の好物だったすき焼きを提案してくれたのを凄く喜んだような記憶が、うっすらとある。


 急に、場面が変わった。
 これは確か、私が七歳の頃。
 この日、ママはどうしても外せない用事があると言って、実家に帰省していた。
 リビングにある柔らかいソファーの上で、パパが昼寝をしている。
 夢の中の幼い私は、無邪気な顔をして弟に話しかけた。

「ねぇ、たー君。おうちにいてもつまんないし、お外で遊ぼうよぉ」
「えー。パパはお家にいないとダメって言ってたよ?」
「少しくらいならバレないよー、いいでしょ? パパが寝てる間に戻ってくるなら大丈夫だって」
「うーん。しょうがないなぁ、まーちゃんは……」

 二人のやり取りを見ていた私は、必死に叫ぶ。

『行かないで!』

 だけどその言葉が届くはずはなく――二人は玄関から出て行った。

「公園に行こうよ」
「うん」

 自宅の近くにあった公園でしばらく遊び、やがて疲れてきてきた幼い私が、口を開いた。

「そろそろ帰ろう。パパも起きちゃうかもしれないし」
「そうだねー」
「よーし、お家まで競争しよう!」
「えー、まーちゃんのほうが走るの速いのにー」

 たー君はくちびるとがらせて、ほほふくらませる。さらに、その後もずっと、無言で抗議していた。
 この頃の私は、本当に考えなしの大馬鹿者おおばかものだった。

「いいじゃん、いいじゃん。行くよー」
「待ってよー」

 軽口を叩いて駆け出した私を、たー君が急いで追いかける。
 そうして家が近くなってきたとき、車道の向こうの歩道の上に、首をせわしなく動かしているパパが見えてきた。
 パパを見つけた幼い私とたー君は、信号も確認せず、横断歩道に侵入してしまう。
 正面からパパが大声を上げながら走ってきた瞬間――私たち三人目掛けて車が突っ込んできた。
 側まで来ると同時に、パパは私を抱き上げて力任せに放り投げる。
 パパはさらに直進していき、たくましい腕でたー君を抱え込んだ。
 ――宙を舞う二人の身体。
 幼い私はその絶望的な光景を見ながら、地面に落下した痛みでうずくまっている。
 ああ、私は何回この夢を見たのだろう? いつになれば見なくなるのだろうか?


 そんな私の葛藤かっとうなどどうでもいいとばかりに、再び切り替わる場面。
 パパとたー君を失って打ちひしがれている私の前には、これでもかと涙を流すママがいる。
 彼女は顔を真っ赤にしながら、七歳の私に怒声どせいを浴びせていた。

「あんた! ふざけないで! なんであんたなんかのために二人が犠牲にならないといけないの!?」

 かつてない母親の剣幕に、無言で震える幼い私。

「なんとか言ったらどうなのよ!? なぜ本当の子どもが死んで――養子のあんたが生きているの? なんで私の夫が死んだの? どうしてなのよおぉぉ!!」

 私は、なかなか子どもが出来ないからという理由で施設から引き取られた養子なのだと、このときに教えられた。
 そして、そんな両親が奇跡的に授かったのが、たー君だったのだと……

「あんたの顔なんて見たくない!」
「ご、ごめんなさい」
「そんな言葉ですむわけがないでしょう!!」
「うぅぅ、うぁぁぁぁん!」

 号泣し始めた幼い私を、母親がなぐったりったりしている。小さな身体をより小さくしてうずくまる私に降り掛かる、終わらない暴力の嵐。

「い、いたいよぉ、いたい、いたいいたい……」
「私の心の痛みはそんなものじゃないわ!!」
「ご、ごべんなざい……」

 小さくておろかな私は、そのまま気を失ってしまった。


 三度みたび切り替わった場面。今度現れたのは、小学校の校舎裏だった。
 そこに男の子が三人と、小さな私がいる。

「ぷくく、こいつマジキモいんだけどぉ」
「何そのうざったいくらい長い髪、どうせ気持ち悪い顔を隠してるんだろ?」
「こいつおどおどし過ぎじゃね? 自分でイジめてほしいって言ってるみたいだなぁ」

 男子たちがびくびくした私を揶揄やゆしたり、小突こづいたりしている。これは小学校四年生の頃だ。
 母親に『あんたの顔なんて見たくない』と言われてしまった私は、髪を伸ばして常に顔を隠し、人と距離を取るよう心掛けていた。
 そのせいもあって、イジメにうことは数えきれず。
 しかしどんなにイジめられても、私は人を傷付けることが怖くて、相手に反撃することはなかったし、しようとも思わなかった。
 私がそうしたせいで何かが起こり、あのときのように誰かが不幸になるのは嫌だったのだ。
 ママは、私がイジめられていることに気付いていながら、見て見ぬ振りをしていた。
 でも、それはしょうがないと思う。私が、あの人の最愛の二人を奪ってしまったのだから……
 私に対してガミガミ言ったり暴力を振るったりしながらも育ててくれていたのだから、あの人は優しい。
 あんなことがなければ、こんな愚か者である私にも笑顔を向けていてくれたはず。
 なのに、私は壊してしまった……彼女の未来を……そして、甲斐がいさえも。

「顔はあざになると面倒だから、腹を殴ろうぜ」
「いいね。これが人間サンドバッグってやつか!」
「楽しそう!」
「ひっ!」

 彼らの言葉におびえて後退あとずさりをする小学生の私に、男の子たちは凄く楽しそうな笑みを浮かべながら、まるで獲物を追い詰めるかのように迫る。
 と、そのとき――

「おい、お前ら何してんだ? 男が女の子イジめてんじゃねーよ」
「はぁ、お前誰だよ?」
「あ? 誰だっていいだろう?」
「ふんっ、こんな根暗ねくらで気持ち悪い奴が女の子なわけねーだろ?」

 たまたま近くを通りがかったのだろうその男の子は、腕をまくって、私をイジめていた三人に近寄っていく。
 イジめっ子たちは、彼を見てひそひそと話し始める。

「お、おい……こいつ、あいつじゃねぇよな?」
「あん? 誰だよ?」
「確か空手をしていて、大会で優勝経験もあるとかって奴じゃ……この前新聞で見たぞ……」
「そんなのどうだっていいだろう? それよりも――お前たちに三つの中から一つ選ばせてやる」

 現れた男の子はそう口にすると、三本の指を立てた手を前に突き出し、相手に見せつけた。

「一つ、先生に報告されてお前たちの悪事が表に出ること」

 男の子は薬指を折り曲げ、人差し指と中指が残る。

「二つ、その子の代わりに俺に襲い掛かってきて返り討ちに遭う」

 そうして中指を折って人差し指だけを残し、彼は言う。

「最後の一つ。今すぐここから逃げ出して、今後一切この子にちょっかいを掛けないとちかう。もしそうするなら黙って逃げ出していいぞ。さあ、好きに選びな」

 選択肢を提示された三人のイジめっ子たちは、一瞬顔を見合わせたものの、我先にと逃げ出した。

「最後のを選んでくれて助かった。俺も無駄な暴力を振るいたくないからなぁ」

 独り言をつぶやいた少年は、怯えている私のほうにゆっくり近づいてくる。
 小学生の私は恐怖から、背後には壁があるにもかかわらず、後退りしようとしている。

「別にイジめないって。ほら、これで顔を拭いておいたほうがいいぞ。泥がついているから。このハンカチは別に返してくれなくていいから。捨てるなり自分で使うなりしてくれ」

 笑顔でそう言った彼は、震えている私の手を無理やり開いて、そこにハンカチを握らせてきた。

「あ、あ、ありがとう……」
「ん? いいって。気にするな」
「あ、あなたの名前は?」
「俺か? 俺は――――」

 と、そこで小さな女の子が駆け寄ってきて大きな声を出す。

「あー! いたいた! 探したよー! 今日の稽古けいこは少し早く始めるって伝えてくれって、パパから頼まれたの」
「おう、わかった。ならもう行くか。それじゃあお前、気を付けて家に帰れよ? 女の子なんだから、顔に傷を付けないようにしたほうがいいぞ」
「なーに格好つけてるの!?」
「うっせ! そんなんじゃねーよ」

 突然やってきた女の子は、怯えている私のほうに一瞬視線を向ける。

「この子誰? 知り合い?」
「そんなのどうでもいいだろう? ほら、とっとと行くぞ!」
「あ、待ってよー」

 男の子はそれだけ言い残して、颯爽さっそうと行ってしまった。


 ◇ ◇ ◇


 私は道を歩きながら、夢で見た男の子に思いを巡らす。
 あの男の子が誰だったのかは、未だにわかっていない。会えたのもあのときだけ。
 ただ――
 私はふところから、ある物を取り出す。それは一枚の古びたハンカチ。どこにでも売っているような、グレーのチェック柄。
 それに視線を落とした私は、気持ちが少し温かくなるのを感じる。
 これは私とあの人を繋ぐ唯一の物で……私の大事な大事な宝物。相手が誰であろうと、これだけは絶対に奪われないように守ってきた。
 失くしちゃいけないとすぐにまたハンカチをしまった私は、周囲に視線を彷徨さまよわせる。
 至る所に奴隷がいて、ひどい扱いを受けていた。
 まるで私と同じだ。
 異世界に転移してからもイジメはなくならない。いや、むしろ地球にいた頃より酷くなっていた。
 幸いと言っていいのかわからないけど、私には耐久系のスキルがあり、ステータスの関係から肉体的にはなんとか耐えられているけど、精神的にはやはり疲弊する。
 多分これは、私が死ぬ日まで続くのだろう。もう憂鬱ゆううつだと感じることさえなくなってきている。
 鏡を見れば自分の目が死んでいるってことが自分でもわかるし、今後もそれは変わらないと思う。

「ふぅ……」

 こんなことを考えてもしょうがないよね。
 今日は夢を見たせいもあって、少し感傷的になっているんだ。
 そうしていつの間にかたどり着いていたお店の、古びた木製の扉を開く。
 店内に足を踏み入れてすぐ――誰かにぶつかってしまう。
 謝らないと、と思って視線を前に向ける。
 するとそこには、同じく異世界に転移してきたクラスメイトの、天童てんどうさんがいた。



《1 予期せぬ出会い》

 『ラーの甘味処』で彩花あやかたちとの再会を果たした俺――ルイは、会計を済ませたところで店に入ってきた、彩花の知り合いと思われる少女の観察をしていった。
 身に着けているのはよく見かけるようなライトアーマーで、所々に傷があって結構使い込んでいる印象だ。身長が低いため、いまいち似合っていない。
 前髪が長くて顔の造形はよくわからないが、それでも髪の隙間から力のないひとみが見える。
 おそらくこの子も、ステアニア帝国による〈異世界召喚の儀式〉でこの世界にやってきたのだろう。それは日本人らしい長い黒髪と、彩花が口にした『石動さん』という名前からも理解できた。その名前は先ほど彩花から聞いた話の中にも出てきたのだ。
 あとは彩花、かえでとの関係性だが……凄く仲が良いとか、切っても切れない関係であるなら、もっと気軽な雰囲気になりそうなものだ。しかし、三人からそのような気配は感じられない。
 さてさて、どうするか。ここで俺たちと会ったことを、帝国に報告されるとまずいか?
 いや、どの道この店から出たら【ワープ】を使うんだ。そのときに彩花と楓を見張っているダークラス隊が俺たちを目撃するだろうから、別段気にすることもないか……
 俺が一人思考を続けていると、彩花が石動に話しかけた。

「ぶつかってごめんね。石動さんもよくここを利用してるの?」

 彩花の質問に対し、石動は沈黙したままだ。

「んー、相変わらず無口かぁ」

 楓の言葉の内容からすると、この子は常日頃からこのような態度なのか。
 まぁ、その辺は個性と言えば個性なので、特に気にしないが……
 んー、話が終わってから転移するにしても、こうして店の入口を占拠しているのは居心地が悪すぎるな。そう思った俺は彩花と楓に声をかける。

「とりあえず外に出ないか? ここにいたら邪魔だろ?」
「そうね。石動さん、少し話したいんだけどいいかな?」

 三人に続いて人の少なくない通りに出ると、先に店から出ていたエレノア、マリア、アイリ、リサが待っていた。
 彼女たちは突如現れた少女に対してどのような態度を取ればいいのかわからないようで、首を傾げていた。
 一方、やはり表情に変化が見られない石動は、特に自己主張がないのか、彩花の後を大人しくついていったものの未だ口を動かさない。
 彩花が石動に再び話しかけている最中、俺のすぐ横に寄ってきた楓が耳元でささやいた。

「多分あやは、石動さんを一緒に連れていきたいんじゃないかな?」
「そうなのか?」

 楓の言葉は、俺がまるで考えつかなかった内容だった。

「うん、私とあやは、あの子が男子たちに絡まれている現場に居合わせたことがあって、そのときはイジめられていた感じだったから……」

 つまり、一緒に異世界に来た地球の奴らから酷い扱いを受けているってことか。
 ただなぁ、今の面子メンツは皆俺の知り合いだ。ここに石動を入れるのはどうなんだろう?
 どうするべきか考えていると、楓はさらに言葉を続ける。

「私もあやと同じで、石動さんを一緒に連れていってほしいけど……」
「ふむ」

 突然異世界に連れてこられた上、イジめられているってのは相当きついだろうな。
 今も一人でこの店にやってきた様子から予想されるのは……彼女に味方はいないということ。
 まず石動の能力を見てみるかと、俺は彼女に〈鑑定〉を使ってみた。
 ――ふむ、防御系に特化している感じか。
 と、そこで彩花からチラチラと視線を向けられていることに気付いた。
 どうやら先ほど楓が言った通り、彼女を旅の仲間に加えたいのだろうな。でも、自分からは言いにくいってところか。
 まぁ、連れていくなら連れていくでもいいんだが……果たして石動本人がそれを望むのかどうか。
 俺は楓に顔を向ける。

「もし彩花と楓が石動も連れていきたいっていうのなら、俺は構わない。それを彩花に言ってきてくれるか?」

 俺の言葉を聞いて目を見開いた楓は、すぐに笑顔になり、元気に「うん!」と返事をした。それからすぐさま彩花の横に移動すると、彩花に耳打ちする。あとは石動の判断次第かな。
 俺は彩花から視線を外して、周囲の観察を始める。
 黒髪の女の子が三人も揃った今の状況は少し目立つみたいで、こちらに視線を向けている人たちが結構いるな。探った限り、ダークラス隊は少し離れた位置から様子をうかがっているだけのようだった。
 とはいえあまりここに長居はしたくないから、できればどうするかを早く決断してほしいものだ。

「私たちと一緒に帝国を離れない?」

 彩花の言葉に対し、石動は初めて動揺したみたいで目を丸くしている。こんな表情もできたのか。

誓約せいやくの腕輪があるけど……」

 ずっと無言だった石動が初めて喋った。それは少し高く可愛らしい声だった。

「腕輪のことなら、取り外せるよ。ただ、ここだと目立つから、一緒に帝国から離れるって決断してもらってからになるけどね」

 石動はチラチラと視線を彷徨わせ、俺たちをそれとなく観察している。彩花と楓は顔見知りなんだろうけど、それ以外に俺、エレノア、マリア、アイリ、リサがいることを警戒していそうだ。
 こうやって石動の挙動を見ていると、彼女の態度が俺の古い記憶をなんとなく刺激するような気もするが……まぁ、きっと気のせいだろう。
 しばらく彩花と楓が説得を繰り返すと、とうとう石動は首を縦に振り、俺たちとの同行に同意した。
 予定外ではあったけど、石動がいるからといって害になることもないかな。どの道、彩花と楓がステアニア帝国から離れることは決まっていたのだし、一人増えたところで帝国からのチェックがより厳しくなることもないと思う。
 俺は相談を終えた三人に向かって、抑えた声で話しかける。

「話はまとまったみたいだな。なら早速で悪いが、石動も含めて全員、俺か俺に触れている人の身体に手を置いてくれ。【ワープ】を使う」
「うん。るい、ありがとね」
「石動さんも類君の身体のどこかに触ってー」
「はい」

 彩花と楓と石動は返事をするなり俺に近づいてくる。それ以外の者はすでに俺の肩や手に触れていた。
 もう使わないだろうけど、アイリとリサが乗ってきた馬車も【アイテムボックス】に入れてあるし、忘れ物はないな。

「行こう。【ワープ】!」

 ――刹那せつな、視界が暗転した。


 ◇ ◇ ◇


 転移してすぐ目に入ってきたのは、野ざらしになっているダラスの街の跡地。俺の両親であるダンとサラ、そしてその仲間のガルウィンが罠にかけられ、はかなく散った場所。
 彩花たちを見張っていたステアニア帝国の連中に気付かれることなく、無事に移動できたようだ。
 皆の存在を確認した後、色々とこの場所に感じることがある俺、アイリ、リサはしばらくの間、荒れ果てた故郷を眺め続けた。
 そんな俺たちを、エレノア、マリア、彩花、楓が心配そうな表情で見ている。
 まだ何も知らない石動だけは、無表情のまま。
 数分後、石動の誓約の腕輪を取り外して【アイテムボックス】に収納する。その際、彼女が目を丸くして小さな声で「ありがとう」と言ったのが印象的だった。
 少し歩いた所に、以前魔道具店で買った認識阻害効果のある魔道具をセットして、そこの地面に〈土魔法〉で作った十字の形の岩を三本突き刺す。それをダン、サラ、ガルウィンのお墓とした。
 できれば世界樹の枝やミスリルなどの素材も使いたいところだが、万が一誰かにお墓を見つけられると荒らされる可能性があるから、質素にせざるを得なかった。
 それから全員で、三本の十字架に向かって手を合わせる。
 なぜここにお墓を作るのかわかっていなかった石動には、彩花が説明しておいてくれたらしい。
 ダン、サラ……俺を五歳まで育ててくれてありがとう。ガルウィンの豪快な笑い声は忘れないよ。
 こんな俺に愛情をたっぷり注いでくれた両親のおかげで、俺は親からの愛情を知ることができた。
 ダンとサラとはもっともっと一緒に笑顔で過ごしていたかった。
 スタンピードのときは力になれなくてごめん。
 俺はこれから力強く生きていきたい。
 黙祷もくとうが終わった後、【サモンワールド】から狼の召喚獣であるフェンリルを呼び出し、また【アイテムボックス】から俺が作った馬車を出して地面に置く。
 全員が乗り込んだのを確認してから、フェンリルにかれて馬車が動き出す。
 馬車の中で彩花と楓、そしてアイリとリサから、フェンリルについての説明を求められたのは言うまでもない。
しおりを挟む
表紙へ

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

えっ、能力なしでパーティ追放された俺が全属性魔法使い!? ~最強のオールラウンダー目指して謙虚に頑張ります~

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ファンタジー
コミカライズ10/19(水)開始! 2024/2/21小説本編完結! 旧題:えっ能力なしでパーティー追放された俺が全属性能力者!? 最強のオールラウンダーに成り上がりますが、本人は至って謙虚です ※ 書籍化に伴い、一部範囲のみの公開に切り替えられています。 ※ 書籍化に伴う変更点については、近況ボードを確認ください。 生まれつき、一人一人に魔法属性が付与され、一定の年齢になると使うことができるようになる世界。  伝説の冒険者の息子、タイラー・ソリス(17歳)は、なぜか無属性。 勤勉で真面目な彼はなぜか報われておらず、魔法を使用することができなかった。  代わりに、父親から教わった戦術や、体術を駆使して、パーティーの中でも重要な役割を担っていたが…………。 リーダーからは無能だと疎まれ、パーティーを追放されてしまう。  ダンジョンの中、モンスターを前にして見捨てられたタイラー。ピンチに陥る中で、その血に流れる伝説の冒険者の能力がついに覚醒する。  タイラーは、全属性の魔法をつかいこなせる最強のオールラウンダーだったのだ! その能力のあまりの高さから、あらわれるのが、人より少し遅いだけだった。  タイラーは、その圧倒的な力で、危機を回避。  そこから敵を次々になぎ倒し、最強の冒険者への道を、駆け足で登り出す。  なにせ、初の強モンスターを倒した時点では、まだレベル1だったのだ。 レベルが上がれば最強無双することは約束されていた。 いつか彼は血をも超えていくーー。  さらには、天下一の美女たちに、これでもかと愛されまくることになり、モフモフにゃんにゃんの桃色デイズ。  一方、タイラーを追放したパーティーメンバーはというと。 彼を失ったことにより、チームは瓦解。元々大した力もないのに、タイラーのおかげで過大評価されていたパーティーリーダーは、どんどんと落ちぶれていく。 コメントやお気に入りなど、大変励みになっています。お気軽にお寄せくださいませ! ・12/27〜29 HOTランキング 2位 記録、維持 ・12/28 ハイファンランキング 3位

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

転生したら『塔』の主になった。ポイントでガチャ回してフロア増やしたら、いつの間にか世界最強のダンジョンになってた

季未
ファンタジー
【書き溜めがなくなるまで高頻度更新!♡٩( 'ω' )و】 気がつくとダンジョンコア(石)になっていた。 手持ちの資源はわずか。迫りくる野生の魔物やコアを狙う冒険者たち。 頼れるのは怪しげな「魔物ガチャ」だけ!? 傷ついた少女・リナを保護したことをきっかけにダンジョンは急速に進化を始める。 罠を張り巡らせた塔を建築し、資源を集め、強力な魔物をガチャで召喚! 人間と魔族、どこの勢力にも属さない独立した「最強のダンジョン」が今、産声を上げる!

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。