猫が湯ざめをする前に

くさなぎ秋良

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まだ見ぬ夢を見た赤

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 幼稚園のとき、先生がにこやかに言った。

「将来なりたいものの絵を描いてね」

 絵は得意だったはずなのに、クレヨンを持つ手が動かなかった。
 そしてくさなぎは、幼いながらに生まれて初めて絶望というものを知ったのだ。

 彼女にはなりたい職業などなかった。なぜなら、猫になって寝ているか、本の世界に行きたかったのだから。

 結局、幼いくさなぎは友達が描いていた美容師の絵を真似して描いた。長い髪のお客さんを描いたら、必要以上に長くなって平安貴族の女性のようになってしまったのを今でも覚えている。
 まったくなんの気持ちもこもらない、ただ間に合わせただけの仕事をしたのは、それが初めてであった。

 将来の夢など持ったことがなかった。憧れる職業もないし、そもそも働きたいなどとは微塵も思わない。
 なのに、学校は進路を決めろと急かしてくる。周りの友人たちが将来のビジョンをきっちり持っていることに焦って、気後れするばかりだった。

 それは大学を卒業しても続いた。
 いくつかやってみたい仕事が見つかったものの、なんとしてもそこに就職しようと努力するまでの意欲は持てなかった。

 それなのに、「これをするために生まれてきたのだ」と思えることを探していた。自分だけにしかできない、やりがいのあることを求め、でもそれが何かはわからず、しかしどこかにあるはずだと探し続け、少しでも興味を持ったことにはなんでもかじりついた。
 今思えば無い物ねだりだったのか、自分を過信していたのかわからないが、何かを成し遂げたかった。

 それは仕事でなくても、習い事でもスポーツでもなんでもよかった。
 高校生の頃からスケジュール帳はすべて埋まっていた。アルバイトの傍、習い事をいくつも掛け持ちし、趣味に没頭する。もちろん、同時に複数の習い事をしても楽器などは練習が追いつかない。身につかなかったチャレンジもあった。
 それでも、何もしない日を作るのが怖かったのだ。空白の1日があると、「のんびりしている暇はない。自分は何かを探さなければならない」と焦ってしまうのだ。それは一種の強迫観念のようなものだった。高校を卒業してどうするのか、進路を決めなければならない。そのためには自分の「これだ」と思える何かを見つけなければならないと思っていた。
 様々なジャンルの本を読み、まるで渡り歩くように色んな世界に首をつっこんだ。雅楽もかじったし、弓道も体験した。ミニチュアも作った。

 しかし、ある占い師にこう言われた。

「あなたは大抵のことはある程度こなせるし、相当高いレベルまで行けるのに『金にならない』って諦めてしまうからいけない」

 くさなぎは妙に納得した。
 できれば「これだ」と思えることで食っていきたかったのだ。しかし、雅楽も弓道もミニチュアも金にはならない。習い事だって職業にできるほどの成果をあげてはいなかった。

 まだ見ぬ夢を見ていたあの頃、好きなことを仕事にしたいと願っていた。けれど、今思えば、持て余した情熱のぶつけ先を定めるだけでよかったのだ。

 占い師に「好きな色は?」ときかれ、「赤」と答えた。すると占い師は笑って「やっぱりね。少し赤を控えなさい」と言った。
 やがて、くさなぎは自分に渦巻く赤を小説にこめるようになったのだった。お金など世に存在しなければ、もっと早くそこに気づけたかもしれない。

 さて、今宵はここらで風呂を出よう。

 猫が湯ざめをする前に。
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