猫が湯ざめをする前に

くさなぎ秋良

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ノート・ノート・ノート

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 収集しているわけではないのだが、くさなぎは何故かノートをたくさん持っている。

 キャンパスノートだけでなく、全音のバイエルを模したノート、某アニメの劇場版グッズだったノート、フラットに開くノート、種類は様々だ。
 その使い道は主にざっくりとつけている家計簿と育児日記であり、その他は創作のために消費する。

 プロットは余白を多めにとって書きなぐるため、アイディアは少なくても冊数は多くなる。おまけに書き終わった作品のプロットノートは捨てられず、たまる一方だ。
 さらには季節の描写のための専用ノートもある。外に出て季節の移り変わりに気がついたとき、それをメモしておくのである。日付とともに『梅が咲いた』『稲穂が垂れてきた』『秋の虫が鳴いた』『風花が見えた』など自然の様子を書いておくと、どの季節にどの花が咲いてどんな虫や動物が活発に動くかわかるようになる。季節のある物語を書くとき、そのときとは違う季節でも見てきたかのように風景を描くために書いておくのだ。
 しかし、今だから熱心に書いているものの、これらは死んだら真っ先に始末してほしいものリストに間違いなく入る。

 ただでさえ冊数が多いというのに、先日ある雑誌を定期購読したら特典としてノートがついてきた。利用法を増やさなければ、消費しきれない。
 そこでくさなぎは、新たなノートの使い道として『プラマイゼロ帳』というものを思いついた。

 まず、縦に線を引き、ページを2分割する。
 もし不愉快な気分になったら、ページの右に『嫌だな』『厄介だな』と思ったマイナスなキーワードを書くのだ。たとえば『姑の愚痴』『蜘蛛の巣』『隣人の痴話喧嘩』『からまったコード』『洗濯機に迷い込んだティッシュ』などである。

 そうしたら、今度は左に書き込んだマイナスワードと同じ数だけ、『好きだな』『心踊るな』と思うプラスのキーワードを書く。
 『チョコレート』『猫の足裏』『オリオン座』『骨董市』など、少しでもほんわかした気分になれるものを思いついて、マイナスと相殺してしまう。だから『プラマイゼロ』だ。
 プラスのキーワードは少しでも和むものなら、なんでもいい。『鍋からあがる湯気』『おろしたての石鹸』『双子の黄身』といった些細な暮らしの一幕で十分である。

 もし、いいことがあったら、プラスだけを書いてマイナスは空けておく。そうすれば、次に嫌なことがあって書き込むとき、プラスのキーワードを先に書いていたことを思い出し、ほっこりできる。いうなれば、いい気分の備蓄である。

 嫌なことは探さなくても見つかってしまう。しかし、いいことは見逃しがちである。
 これはくさなぎにとって、いいこと探しが上手になるための訓練でもある。『当たり前』や『慣れ』といったものにいつの間にか縛られて、小さな幸せを屈んで摘むことに億劫さを感じてないか、確かめる。
 しかも、これだけキーワードを書いておくと、エッセイや小説のネタを探すときに何かと役に立つ。意外なキーワードを組み合わせるとショートショートのプロットにいいだろうし、登場人物の設定を考えるときにも使える。

 しかし、増えゆくノートの置き場には少し困ったものだ。
 物忘れさえしなければ、ノートはノートでも、ブルーノートさえあれば私は毎日気分よく過ごせるものを。

 さて、今宵はここらで風呂を出よう。

 猫が湯ざめをする前に。
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