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第六話
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太陽が真上に近づいて来たお昼時、アインの姿はまだ森の中にあった。木の根元に体を預けぼんやりと眺める先には、キラキラと陽の光が反射している泉がある。不思議とその箇所を避けるように木々が生えているので、深い森の奥だというのにやけに明るい。
泉には動物も魔物も関係なく水を飲みに集まっているようだ。さすがに肉食の魔物が現れれば逃げるのだろうが、今は皆穏やかな時間を過ごしている。
魔物を狩りに来たアインもこの平和を壊すような真似はせず、泉の水質を確認した上で喉を潤しながらストレージデバイスの中身を確認していた。
オーク(小)×32
オーク(中)×45
オーク(大)×29
体格に合わせて分類分けされたオークが表示されている。この森で食物連鎖の頂点に立つのはオークであり、同時に換金率が高いのもまたオークである。稼ぎつつリーナへの脅威の排除をするのならば文句の付けようのない成果だ。
本来ならば他にも大小様々な魔物が載っているはずだが、それらは一般のハンターであれば十分に収入源にできる獲物なので解放し放置してきた。もしかしたら他の魔物の餌になっているかもしれないが、それならそれで生態系に支障をきたすこともないだろう。
そもそもが、元々の目標であった金額が得られればそれで良く、これだけのオークを換金すればむしろ多すぎるくらいだ。アインにしてみてもここまでの数はいらなかったが、次から次へと湧いてくるように現れるオークを前にしてつい狩りすぎてしまった。
午前中の活動はこれで終わり、そう区切りをつけ立ち上がるアイン。後は帰って換金するだけだ。だというのにいつでも戦えるように全身から刺すような魔力を放出し始めた。
その原因はアインの頭上、体を預けていた木の上にあった。真っ白な羽を背中に携えた女性、ラトが優しげな顔でアインを見つめていたのだ。
淡い黄緑の髪は軽い曲線を描き、木々の隙間から差し込む陽の光を反射してキラキラ輝いている。舞い散る羽根は天国から舞い降りてきたかのような美しさを感じさせ、天使と呼ぶに相応しい姿だ。
「久しぶりだねアイン」
張りと潤いのある唇が動く。ただ声を発しただけだというのにどこか艶かしい。更にその声は脳を溶かす程に甘く蜜飴のように纏わりつく。心を絡めとってしまうのではないか、そう思わされる魔性の色を持っていた。
水を飲んでいた動物も魔物も皆等しく視線は声の方向へ向けられている。その瞳に理性は感じられず、ただ命令を待つだけの機械のようだ。
「……何の用だ?」
「ふふっ、相変わらず僕は嫌われてるんだね」
アインとラトの付き合いは非常に長い。だがそれが信用や信頼に繋がるわけではない。ふとした瞬間に現れ意味深な言葉を残して去っていくラト、それを警戒しないなどあり得ないだろう。残された言葉がまるで予言のようにアインの身の周りに起きるのも警戒に拍車をかけている。
警戒心も嫌悪感も隠そうとしないアインであったが、ラトはその様子を見て楽しげに笑い出す。心から嬉しそうに、真っ直ぐにアインを見つめながら。
二人の視線が交錯し、静寂な時が過ぎていく。その時間を破ったのは今なお笑顔でいるラトだった。枝から飛び降りるとゆっくりアインの目の前に降り立った。
眉間にシワが寄るのを実感するアインであったが、ラトに戦闘の意思は感じられないため手は出さない。逆に慈愛の瞳で見られ心の中を見透かされているようで気分が悪くなる。
「まったくもぅ、相変わらずの眼力だね。冷や汗かいちゃう」
「お世辞はいらないんだよ。やり合えばお前の方が強いのは確実だろ」
「確かにね。でも君が本気を出せば力の差はあっという間に逆転さ。僕じゃ君に手も足も出ない、それこそ天と地の差さ。つくづくデタラメな力だと思うよ」
「そんな話は良いから要件を言え。どうせまた妙な予言をして行くんだろ?」
「ふふふ、もう慣れたものだね。でも今日はちょっと違うんだ」
「違う? どういう事だ?」
「だってもう道は固定されたんだもん。導は常に君と共にある」
「意味がわからないな……お前は何がしたいんだ?」
「僕の大好きな人の本当の願いを叶えてあげたい。ただそれだけだよ」
「胡散臭い話だな」
「信じる信じないは自由さ。いつか君が僕を心から信頼してくれる日が来る事を願ってるよ。ところでさ……ねぇアイン。僕の事はラトって呼んでって言ってるだろ? 君に呼んでもらいたくて頑張って考えた名前なんだ、ちゃんと言ってくれないと拗ねちゃうよ?」
「何なんだお前は……」
ラトという人間性が掴めないアインは困惑するしかなかった。確かに名前を呼んだことはないが、それが重要だと思ったことはなく指摘された今も思ってはいない。
だが、今アインの目の前には泣きそうになっているラトがいる。大きな瞳に大粒の涙を抱え今にも決壊しそうだ。普段なら予言を残しすぐに去っていくのだが、名前を呼ばれるまで帰らないという意思表示なのだろう、視線が逸れる事がない。
「はぁ……ラト、これで良いか?」
「うん!! これからはちゃんと呼んでね!」
体全体で喜びを表現するラト。その姿に毒気を抜かれたのか臨戦態勢をとくアイン。
「じゃあ僕は行くね。これから忙しくなるけどちゃんと時間作って会いに来るから」
「来なくて良い」
アインのうんざりするような言葉はラトの耳には入らなかったようだ。にこやかな笑顔のまま上空へと飛び立って言った。
「結局何しに来たんだか……」
呆れながらも泉に集まった魔物や動物へ威圧を放ち本能的な恐怖を与えるアイン。意識を覚醒させるためではあるが、あまりにも荒療治なのは目を瞑るべきなのだろう。
だが、意識が浮上した瞬間に逃げられるのは何とも悲しい。後に残されたのはラトの落としていった羽根に八つ当たりするアインだけであった。
昼の食事時を終え、午後からの仕事に取り掛かる者が増え始める頃。ラトとの邂逅で精神的に疲れたアインは、当初の予定通り換金するためリーナのギルド出張所を訪れていた。
世界中で活躍するハンターをまとめる組織のプライドなのか、出張所の設備は小さな村には勿体無いほどに充実している。
ハンターには大きく分けて三つの仕事がある。
一つは採集。ティナのように薬草を集める簡単な依頼から、魔物が蔓延る危険地域にだけある鉱物を集めるような難しい依頼まで、幅広い人材を求めている。直接魔物と対峙するわけではないのが重要なところだ。
続いては探索。主に未開の地を開拓する為の事前調査を行うが、そこには高い確率で魔物が存在している。彼らに求められるのは土地と魔物、共に精度の高い情報を持ち帰る事だ。つまり戦闘力ではなく諜報力が大切になってくる。
最後に討伐。これは他二つの仕事とは異なり完全に魔物と戦う事を前提としている。魔物が人里近くに出没した場合や、特定の魔物の部位が欲しい場合、未開の地で手強い魔物が確認された時などに依頼が張り出される。危険も多いが報酬が非常に高く設定されている為最も人気な仕事と言える。
アインのように無造作に狩るのも討伐に分類される。魔物の部位で単価が設定されていて、質の良し悪しで増減はするものの安定した報酬を得る事ができる。むしろ張り出されるような依頼は数がそれほどなくこちらが主流だと言えるのかもしれない。
討伐した魔物を換金するため受付へ向かうアイン。カウンターは左右に一つずつ。
右側は陰のオーラが幻視できてしまう程に元気のない受付嬢。やや猫背気味、更に髪が目元まで隠れていて表情が読めない。人と接する仕事としてどうなのだろうか。
左側は余裕のある笑みを浮かべたグラマラスな受付嬢。眼鏡を掛けた知的美人とでも言うべきか、男性の多いハンターのやる気を出させる人選に見えなくもない。だが、笑顔の裏に薄暗いものを感じたアインは右側のカウンターへ向かうのであった。
泉には動物も魔物も関係なく水を飲みに集まっているようだ。さすがに肉食の魔物が現れれば逃げるのだろうが、今は皆穏やかな時間を過ごしている。
魔物を狩りに来たアインもこの平和を壊すような真似はせず、泉の水質を確認した上で喉を潤しながらストレージデバイスの中身を確認していた。
オーク(小)×32
オーク(中)×45
オーク(大)×29
体格に合わせて分類分けされたオークが表示されている。この森で食物連鎖の頂点に立つのはオークであり、同時に換金率が高いのもまたオークである。稼ぎつつリーナへの脅威の排除をするのならば文句の付けようのない成果だ。
本来ならば他にも大小様々な魔物が載っているはずだが、それらは一般のハンターであれば十分に収入源にできる獲物なので解放し放置してきた。もしかしたら他の魔物の餌になっているかもしれないが、それならそれで生態系に支障をきたすこともないだろう。
そもそもが、元々の目標であった金額が得られればそれで良く、これだけのオークを換金すればむしろ多すぎるくらいだ。アインにしてみてもここまでの数はいらなかったが、次から次へと湧いてくるように現れるオークを前にしてつい狩りすぎてしまった。
午前中の活動はこれで終わり、そう区切りをつけ立ち上がるアイン。後は帰って換金するだけだ。だというのにいつでも戦えるように全身から刺すような魔力を放出し始めた。
その原因はアインの頭上、体を預けていた木の上にあった。真っ白な羽を背中に携えた女性、ラトが優しげな顔でアインを見つめていたのだ。
淡い黄緑の髪は軽い曲線を描き、木々の隙間から差し込む陽の光を反射してキラキラ輝いている。舞い散る羽根は天国から舞い降りてきたかのような美しさを感じさせ、天使と呼ぶに相応しい姿だ。
「久しぶりだねアイン」
張りと潤いのある唇が動く。ただ声を発しただけだというのにどこか艶かしい。更にその声は脳を溶かす程に甘く蜜飴のように纏わりつく。心を絡めとってしまうのではないか、そう思わされる魔性の色を持っていた。
水を飲んでいた動物も魔物も皆等しく視線は声の方向へ向けられている。その瞳に理性は感じられず、ただ命令を待つだけの機械のようだ。
「……何の用だ?」
「ふふっ、相変わらず僕は嫌われてるんだね」
アインとラトの付き合いは非常に長い。だがそれが信用や信頼に繋がるわけではない。ふとした瞬間に現れ意味深な言葉を残して去っていくラト、それを警戒しないなどあり得ないだろう。残された言葉がまるで予言のようにアインの身の周りに起きるのも警戒に拍車をかけている。
警戒心も嫌悪感も隠そうとしないアインであったが、ラトはその様子を見て楽しげに笑い出す。心から嬉しそうに、真っ直ぐにアインを見つめながら。
二人の視線が交錯し、静寂な時が過ぎていく。その時間を破ったのは今なお笑顔でいるラトだった。枝から飛び降りるとゆっくりアインの目の前に降り立った。
眉間にシワが寄るのを実感するアインであったが、ラトに戦闘の意思は感じられないため手は出さない。逆に慈愛の瞳で見られ心の中を見透かされているようで気分が悪くなる。
「まったくもぅ、相変わらずの眼力だね。冷や汗かいちゃう」
「お世辞はいらないんだよ。やり合えばお前の方が強いのは確実だろ」
「確かにね。でも君が本気を出せば力の差はあっという間に逆転さ。僕じゃ君に手も足も出ない、それこそ天と地の差さ。つくづくデタラメな力だと思うよ」
「そんな話は良いから要件を言え。どうせまた妙な予言をして行くんだろ?」
「ふふふ、もう慣れたものだね。でも今日はちょっと違うんだ」
「違う? どういう事だ?」
「だってもう道は固定されたんだもん。導は常に君と共にある」
「意味がわからないな……お前は何がしたいんだ?」
「僕の大好きな人の本当の願いを叶えてあげたい。ただそれだけだよ」
「胡散臭い話だな」
「信じる信じないは自由さ。いつか君が僕を心から信頼してくれる日が来る事を願ってるよ。ところでさ……ねぇアイン。僕の事はラトって呼んでって言ってるだろ? 君に呼んでもらいたくて頑張って考えた名前なんだ、ちゃんと言ってくれないと拗ねちゃうよ?」
「何なんだお前は……」
ラトという人間性が掴めないアインは困惑するしかなかった。確かに名前を呼んだことはないが、それが重要だと思ったことはなく指摘された今も思ってはいない。
だが、今アインの目の前には泣きそうになっているラトがいる。大きな瞳に大粒の涙を抱え今にも決壊しそうだ。普段なら予言を残しすぐに去っていくのだが、名前を呼ばれるまで帰らないという意思表示なのだろう、視線が逸れる事がない。
「はぁ……ラト、これで良いか?」
「うん!! これからはちゃんと呼んでね!」
体全体で喜びを表現するラト。その姿に毒気を抜かれたのか臨戦態勢をとくアイン。
「じゃあ僕は行くね。これから忙しくなるけどちゃんと時間作って会いに来るから」
「来なくて良い」
アインのうんざりするような言葉はラトの耳には入らなかったようだ。にこやかな笑顔のまま上空へと飛び立って言った。
「結局何しに来たんだか……」
呆れながらも泉に集まった魔物や動物へ威圧を放ち本能的な恐怖を与えるアイン。意識を覚醒させるためではあるが、あまりにも荒療治なのは目を瞑るべきなのだろう。
だが、意識が浮上した瞬間に逃げられるのは何とも悲しい。後に残されたのはラトの落としていった羽根に八つ当たりするアインだけであった。
昼の食事時を終え、午後からの仕事に取り掛かる者が増え始める頃。ラトとの邂逅で精神的に疲れたアインは、当初の予定通り換金するためリーナのギルド出張所を訪れていた。
世界中で活躍するハンターをまとめる組織のプライドなのか、出張所の設備は小さな村には勿体無いほどに充実している。
ハンターには大きく分けて三つの仕事がある。
一つは採集。ティナのように薬草を集める簡単な依頼から、魔物が蔓延る危険地域にだけある鉱物を集めるような難しい依頼まで、幅広い人材を求めている。直接魔物と対峙するわけではないのが重要なところだ。
続いては探索。主に未開の地を開拓する為の事前調査を行うが、そこには高い確率で魔物が存在している。彼らに求められるのは土地と魔物、共に精度の高い情報を持ち帰る事だ。つまり戦闘力ではなく諜報力が大切になってくる。
最後に討伐。これは他二つの仕事とは異なり完全に魔物と戦う事を前提としている。魔物が人里近くに出没した場合や、特定の魔物の部位が欲しい場合、未開の地で手強い魔物が確認された時などに依頼が張り出される。危険も多いが報酬が非常に高く設定されている為最も人気な仕事と言える。
アインのように無造作に狩るのも討伐に分類される。魔物の部位で単価が設定されていて、質の良し悪しで増減はするものの安定した報酬を得る事ができる。むしろ張り出されるような依頼は数がそれほどなくこちらが主流だと言えるのかもしれない。
討伐した魔物を換金するため受付へ向かうアイン。カウンターは左右に一つずつ。
右側は陰のオーラが幻視できてしまう程に元気のない受付嬢。やや猫背気味、更に髪が目元まで隠れていて表情が読めない。人と接する仕事としてどうなのだろうか。
左側は余裕のある笑みを浮かべたグラマラスな受付嬢。眼鏡を掛けた知的美人とでも言うべきか、男性の多いハンターのやる気を出させる人選に見えなくもない。だが、笑顔の裏に薄暗いものを感じたアインは右側のカウンターへ向かうのであった。
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