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第3章 鴉

第66話 壁の頂上

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「お前の快気祝いをやろうって言ったのは副長だよ」
 アルクがジョッキを片手に側にやってきてそう告げた。
「俺なんかのために…」
「まあそれを理由にみんなの士気を上げたいってのもあるがな。祖人との全面戦争…壁の存亡の危機…副長から伝えられた内容は衝撃的だったからな…ここの雰囲気もピリついてたし」
「…はい」
「まあ、暗い顔すんな。お前の快気祝いって建前でやってんだから主賓がそんな暗い顔してどうする」

 そういわれ俺は無理やり両方の口角を引いて、笑顔を見せようとする。
「あははは、硬いなー」
 そういってアルクは俺の顔を無理やり引っ張ると別のテーブルに行った。

 そうだ副長にお礼を言っておかないと、建前とはいえ俺のためにこんな場を作ってくれたんだ。

 周囲を見回しリリカの姿を見つけそのテーブルに向かう。
「副長…ありがとうございます。アルクさんから聞きました」

 リリカは表情を変えずにぼそっと呟く。
「ったくおしゃべりなやつだ」
「私たちが帰還してから、空気が悪かったからな。こういう機会でもないとな」
「はい」
「じゃあ私は行くよ。仕事が残ってるからな」
 リリカはそう言って立ち上がり、その場にいる全員告げる。
「今日は精一杯楽しめよ!」
「はい!!」
 リリカの後ろ姿を見ていた。

 俺も途中で宴会を抜け出し、自分の部屋に戻る。自分の部屋といっても個室ではなく大きな部屋に2段ベッドが数個置かれた部屋である。

 ここに来た日に俺は偵察に任務に連れて行かれ、帰還してからも医務室にいたので、自分の部屋といってもなんの懐かしさもなく、荷が解かれていない荷物が置かれたベッドに腰掛ける。

 ちょっと酔ったな…

 酒に酔ったというよりも大勢の人間に囲まれて飲んで人に酔ったというような感じで体が少し高揚感を覚えている。

 これからどうなるんだろう…イゴソ…祖人との全面衝突は近い将来、必ず起きる。その時俺たちは…

 目の前に大きな斧を持ったイゴソが突然現れる。
 俺たちの言葉で彼はこういう
「俺は壁を越えお前たちを滅ぼす!」
 そして斧を俺の頭に振り下ろす。

 俺は体が動かそうとするが動かすことができず、頭に斧が当たる瞬間…

 目の前には木の板が現れる。ベッドの底だ。

「はぁはぁいつもの夢か…」
 帰還してからよくこの夢を見る。必ずイゴソに殺されそうになる夢だ。

 周囲を見渡すと宴会も終わったようで、他の連中の寝息が聞こえてくる。

 ――2日後朝

 今日の天気は曇りで、壁の頂上を見上げると、雲が掛かりその頂上は伺えない。

 今日は初めての頂上巡回勤務だ。明日の朝までアルクと一緒に壁の頂上で異常がないか見回りを行うというものである。
 俺は木製の柵に囲まれた籠に乗り、壁の頂上に向かっている。この柵で囲まれた籠は縄が結ばれており、頂上に滑車がある。滑車の先に重りがつけられておりその重りが…と説明を受けたがとにかくこの籠にのれば壁の頂上に付くという代物であるらしい。

 アルクが一緒に籠に乗っている。
「頂上巡回、初めてか」
「はい」
「ほれ」
 そういって鉄製の酒が入った容器を渡される。

「頂上はめちゃくちゃ寒いからな」

 籠はゆっくりと上がっていき、雲の中を通り5分ほどで頂上に付く。頂上も曇ってはいるが視界は良く籠の下を見ると俺たちが抜けてきた雲が見える。籠の柵を開け壁の頂上に降り立った瞬間、風の強さに体がが持っていかれそうになる。

「おいおい大丈夫か?」
 アルクが呆れたような感じの声で話しかけてくる。
「大丈夫です」

 籠をから降りた先の部屋に4人の人員がおり、アルクが声を掛ける。
「交代です」
「特に異常なかったよ」
 そういうと部屋に居た連中のうちの2人が籠に向かう。

「それじゃ俺たちは見回りに行くか」
 アルクにそう言われ部屋からでる。
「寒いですね…」
「ああ、夜はもっと冷えるぞ」

 俺とアルクは壁の端から端まで歩いて異常がないか確認をする。
 壁の頂上は狭いところでは2,3メートル程度の幅しかなく、風に煽られると下に真っ逆さまに落ちる可能性もある。幅が広いところには樽などが積み重ねられている。この樽の中には燃える水が詰められていて、敵が壁を登ろうとすると樽を投げ火を放つということらしい。

 異常がないことを確認すると最初にいた部屋に戻る。そうすると休憩していた2人が巡回任務に付く。こういう流れで丸1日頂上で過ごすことになる。




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