恋はタイミングがつきものと言うけれど

月山 歩

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11.ここにはいられない

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 華に振られ、自室で呆然としていた侑斗は、居間からの母の夕食の呼びかけに、やっと意識がはっきりした。

 階段を降りダイニングに向かうと、上機嫌の母が俺のお土産の明太子を父に見せていた。

「これ美味しいわ。
 お父さんにも勧めていたところよ。」

「…ああ、なら良かった。」

「どうしたの?
 華ちゃんと何かあった?
 さっきすごい勢いで帰って行ったわよ。」

「別に、何でもない。」

 振られたばかりの傷口に触れるようなことを、今はとても二人に言えなかった。

「そう、だったらいいんだけれど、華ちゃんに変なことしなかったでしょうね。」

「するわけないだろ。」

 それどころか、振られてしまったんだ。
 彼女ともう話すことも、会うことすらできないかもしれない。
 華を失ったことで、これまで抱いていた人生設計が一気に崩れ落ちる。

 彼女を失った今、何を支えに生きれば良いんだ?
 俺の人生の目標は、彼女を守り、一緒に歩んでいくことだったのに。

 項垂れる俺に、何も知らない母は続ける。

「そうなら良いけれど。
 実はね、侑斗に弁護士婦人会の皆さんから、お見合いの写真が届いているのよ。」

「は?」

「だってあなたは、お父さんの事務所の後継者よ。
 当然、奥さんになる人は婦人会にも入ることになるんだから。」

「別に婦人会を否定するつもりはない。
 だけど、俺の結婚する人が婦人会に入るかどうかは、本人が決めることだ。」

「わかっているわ。
 だけど、逆に言えば、婦人会の方でもいいのよね?
 一度だけでいいの。
 私の顔を立てると思って、紹介したい女性に会ってみてほしいのよ。
 それとも付き合っている彼女でもいるの?」

「いや、いないけれど。」

 今の俺に一番言っちゃいけないことを、母は知らずに平然と言う。

「だったら、会うぐらいいいじゃない。」

「悪いけど、今はその気になれない。」

「何を言ってるの?
 あなたのその気なんて、いつなるかわからないじゃない。」

「本当に無理なんだ。
 この話は終わりにしてくれ。
 それに会うだけと言ったって、実際にセッティングまでして断ったら迷惑だろ?」

「わかっているわ。
 でもね、会ってみたら、意外と気があったってこともあるの。」

「いや、悪いけど、その人を好きになることはないんだ。」

「だとしても、婦人会での私の立場もあるのよ。
 ねぇ、あなたをここまで育てて来たお母さんのたった一つの頼みなのよ。
 それでも聞けないの?」

「そういうわけじゃないけれど、本当に今は…。」

「酷いわ。
 ねぇお父さん。」

 俺の返事に納得しない母は、今度は父を巻き込もうとした。

 ご飯を食べることに集中しているそぶりで、あえて会話に加わらなかった父が、渋々口を開く。

「面倒なのはわかるが、お前も少しは母さんのいうことを聞いてやったらどうだ?
 母さんだって、一回でもお前を連れて行けば、立場が良くなるんだろうから。」

「そうなのよ。
 さすがお父さんだわ。
 よくわかっているもの。」

「…わかった。
 一度だけ行くよ。
 今まで育ててもらったし、世話になったから。

 ただし、それ以降は無理だから。
 自分の伴侶は自分で決めるし、この家も出て行くよ。」

「えっ?
 どうして?
 それとこれとは話が別だわ。
 このままここにいれば良いじゃない?
 部屋は余ってるし、結婚してからもここで一緒に暮らせばいいじゃない。」

「いや、もう出て行くよ。
 前から考えていたことなんだ。
 今までありがとう。」

「ちょっと待って。」

 母が慌てて引き止めるが、これ以上今は話す気になれず、そのままダイニングを出て、部屋へ戻った。

 司法試験を控えていたこともあり、人よりも長く両親の世話になっていたし、もちろん感謝もしている。

 けれども今日みたいな日は、母に向き合うのは無理だし、そろそろ一人で暮らしてみたいと思ってもいた。

 食事を作ってくれたり、サポートしてくれたことを感謝もしているけれど、これが良いきっかけになるだろう。

 このままだと母が納得するまで、縁談の話が永遠と続いていくだろうから。

 明日、父と冷静に話し、正式に家を出て行こう。
 もう働いているし、ある程度貯金が貯まったから、さすがに親から離れるべき時だ。




 数日後、華からSNSのメッセージが届いた。

 ー 「この前のラーメン美味しかった、
 ありがとう」

 ー 「なら、良かった」

 ー 「この前はごめん、もう一度会って話がしたいの」

 振られた俺からは、彼女に連絡なんてできないと思っていたから、このメッセージが来たことは嬉しかった。

 たとえ華と付き合えなくても、せめて友人としての関係は続けたい。
 十年以上の絆を、自分が告白したせいで一瞬で失うことだけは避けたかった。 

 彼女から「会いたい。」と言ってくれたことも嬉しいし、俺もすぐにでも会いたいけど…ふと、あることを思いつく。

 せっかくなら、新しく部屋を借りてから会うのはどうだろう?
 そうすれば、付き合えなかった俺達の間に流れるであろう微妙な空気も変わるし、この先も現場である実家より、気楽に遊びに来てくれるかもしれない。

 よし、それがいい。
 新しい部屋を借りて華を驚かせたい。

 もし、華の会社の近くに俺が部屋を借りたら、彼女が遊びに来て帰るのが億劫な時は、自然な流れで部屋に泊めることもできる。

 まだ見ぬ、一人暮らしの自分の生活を想像して、気持ちが浮き立つ。
 インテリアも自分好みに整えたいし、よし、すべて整うまで華にはこのことを秘密にしておこう。

 ー 「今、忙しいんだ、落ち着いたら、こちらから連絡するよ」

 ー 「わかった」

 本当は華に早く会いたいけれど、新しい部屋を見せたい俺は、わざと忙しいフリをして、先に部屋を決めようと考えた。

 それが間違いの始まりだとは、この時の俺は思いもしなかった。

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