恋はタイミングがつきものと言うけれど

月山 歩

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1.失恋

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 ー 「侑斗(ゆうと)、助けて。
 彼が浮気していて、問い詰めたら別れようって言ったの。
 あんなに好きだって言ってたのに。」

 雪村 華(ゆきむらはな)は電話をかけた瞬間、自分でも驚くほど声が震えているのに気づいた。

 こんな時はどうしても会いたい気持ちを抑えきれず、結局また坂下侑斗(さかしたゆうと)に連絡してしまった。

 ー 「今回はどんな男?
 相変わらず見る目がないね。」

 ー 「わかっているわ、侑斗の言いたいことは。
 でも、今回は本当にピンチなの。

 約束していたのに、今更結婚できないって…。
 私はどうしたらいいの?」

 ー 「何それ?
 わかった、とりあえず今から行くから、待ってて。」

 ー 「うん、ありがとう。」

 私はその声で少し落ち着く。
 侑斗はいつもそうだ。
 私が困れば手を差し伸べてくれる。
 だから、どうしていいかわからなくなると、彼に頼ってしまうのだ。

 私は恋人ができると彼中心の生活になって、侑斗への連絡は途切れがちだ。
 けれど、結局失恋すると、再び彼に泣きついていた。

 彼は幼馴染だから、私のことを手に取るようにわかっていて、呆れたように話しても、見捨てることなく電車を乗り継ぎ、駆けつけてくれる。

「来てくれて、ありがとう。」

 泣き腫らした顔で笑おうとすると、彼はすぐに私を抱きしめてくれた。
 体の芯から、ようやく安堵が広がる。

「大変だったな。」

 彼の腕の中で何度も頷いた。

 彼氏がいる間は、侑斗でさえ部屋には入れなかった。
 だから、こうして彼を迎え入れるのは、もう恋が終わってしまった証でもある。
 私は、好きな人を不安にさせるようなことだけは、絶対にしたくなかったから。

 しばらくするとようやく落ち着き、話し出す。

「今日ね、琴音(ことね)から彼が、女性と住んでいるって聞いたの。

 そんなはずはないと思ったけど、心配でマンションに行ってみたら、女性と二人で腕を組んで出て来たの。」

「酷いな。」

「そうなの。
 私が声をかけたら、最初はバツが悪そうにしていたのに、だんだん浮気はしたけど、お前のせいだから仕方ない。
 もう女として見れないとか言い出して。

 それでも私は彼のことが好きだし、諦めたくないって言ったら、もう新しい女性と住んでいるし、お前とは別れるって。」

「浮気男の言いそうなことだ。
 色々言ってくる華のこと、面倒だと思ったんだろ。」

「でも、私達は結婚の約束もしているし、こんなのおかしいって言ったら、一緒にいた女性が、浮気されるのは私の魅力がないからだと笑うの。
 酷すぎるでしょ?」

「華の存在を知りながら一緒にいるなら、その女もグルだな。」

「そうだよね。
 悔しいけれど、こうなった以上、彼の言う通り別れるしかないのかなぁ。」

「結婚すると華に言いながら、他の女と住んでるようじゃうまくいくはずがないって、華はもうわかっているよな?」

「うん。
 でも、結婚式場どうしよう?
 もう予約しちゃったんだよ。」

「えっ、俺そんな話聞いてない。」

「ふふ、内緒にしておいて、急に結婚式の招待状送って、驚かせようと思ったんだ。
 でも、ダメになっちゃった…。」

「そっか、残念だったな。」

 私の頭の中ではすでに、驚きながらも喜んでくれる侑斗が浮かんでいたのに、こんな悲しい報告して、慰めてもらうことになるなんて考えてもいなかった。

「結婚式場の予約なしにしなきゃ。
 もしかして、取りやめにするとキャンセル料がかかるの?」

「契約の内容と式の何日前かによるけれど、かかるかもしれない。
 いつからキャンセル料が発生するとか、規約があるはず。」

「そうなんだ?
 まさか取りやめになると思っていなかったから、そんなところ見もしなかった。」

「普通はそんなもんだよ。
 式場何て言うところ?
 調べてみてあげるよ。」

 侑斗が早速、スマホを取り出し調べ始める。

「150万だな。」

「そんなに!?」

 その数字が耳に入った瞬間、胸が凍る。
 私の失恋が、ただ悲しみだけでなく現実的な問題に変わる。

 でも、こうなったのは彼のせいだから、彼に払わせるべきだと思った私は、SNSで連絡を入れた。
 そして、返事が来ると、画面を見つめて顔を歪める。

「どうした?」

「私も悪いから、半分払えって言ってきてる。
 結婚できないのに、お金だけ払わないといけないの?
 そんなの酷いよ。」

 付き合っている間、一度も私の悪いところを直してほしいと言わなかったのに、いざ問題が持ち上がるとこんなことを言い出すなんて。

 女性がいることで豹変してしまった彼を思うと、胸が締め付けられ涙ぐむ。

「大丈夫、俺がその男に払わせてやるよ。
 だってこれは、れっきとした婚約破棄だから。
 華が泣き寝入りする必要はないさ。」

「本当?
 そんなことができるの?」

 問い返すと、彼は冷静に説明し出す。

「できる。
 ただそうするためには色々条件があって、その男が式場に一緒に行ってた証拠とか、結婚を約束していたことを証明する必要がある。

 それと、その男が新しい女といるなら結婚詐欺に値する。
 探偵を使って二股の証拠を取って、そいつに式場のキャンセル料を払わせるけどいいか?」

 具体的で頼もしい言葉を告げる彼は、弁護士になっていた。

「うん。
 よくわからないけれど、私は侑斗のことだけはいつでも信じてる。
 だから、お願いするわ。」

 彼の言葉で笑顔を戻す。
 だって彼は、私が世界で一番信用してる人だから。

「じゃあ、後は俺に任せて。
 華はお金の心配しないでいいよ。」

「ありがとう、助かる。
 そちらはお願いするとして、侑斗はビールでいい?
 この後、時間あるよね?」

「ああ。」

 私はソファから立ち上がると、ビールを冷蔵庫から出し、侑斗に渡した。

「とりあえず飲んでて。」

「ありがとう。」

「おつまみどうしようかなぁ。
 ポテト揚げるから、先に煎餅食べてて。」

「面倒だからいいよ、煎餅だけで。」

「いいの、すぐ揚がるから。
 だって、侑斗好きでしょ?
 ビールとポテト。」

 私は煎餅をテーブルに置くと、キッチンへ向かい、すぐにポテトを揚げ出した。

 せっかく侑斗が部屋に駆けつけてくれたのだ。
 せめて、彼の好きな物を作ってもてなそうと思った。

 よく考えたら、格好もTシャツに短パンで、髪もとりあえず結んでいるだけだった。

 私は缶酎ハイを片手に、皿に盛ったポテトをテーブルへ置く。

「さっ、できたよ。」

 隣に座り笑いかけると、彼はビールを片手にこちらを見つめていた。

 ピンクのグロスだけを塗った口元は、かろうじて彼に向けたおしゃれだった。

 侑斗といると、悲しんでいた心が落ち着き、冷静になると、ほぼノーメイクでいたことが恥ずかしい。

「華は変わらないな。」

「えっ、今はあんまり見ないで、すっぴん恥ずかしい。」

「俺しかいないもの、いいだろ。」

「そっか。
 まぁ、いいか、温かい内にポテト食べよ。」

 そうして二人で、近況を話しながら、晩酌をする。
 私はこの時間がたまらなく大好き。
 この飾らない日常。
 これを子供の頃から求めていた。

 でも、私とは違い、彼はいつも忙しい。
 子供の頃は勉強を頑張っていたし、その後は司法試験、今は弁護士としての仕事。

 だから、本当はもっと一緒にいたいけど、彼に迷惑をかけたくないから、自分から連絡するのはどうしても彼に頼りたい時だけと、決めていた。

 侑斗はただの幼馴染だと思っているだろうけれど、私は違う。
 いつか彼の恋人になりたい。
 何度も諦めようと思っているのに、こんな時は彼への想いが溢れ出す。

 きっと私のことなんて侑斗は何とも思っていないから、さっさと違う人と結ばれてこの想いをなくするべきなのに、失恋すると振り出しに戻るように、心の奥底に押し込めた彼への憧れが消えないのだった。


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