私が生きていたことは秘密にしてください

月山 歩

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9.塔の部屋

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 ソマーズに導かれ、メイベルとディオン様が話しながら歩いていると、人通りの途切れた一角に、ひっそりと古びた大きな建物が姿を現した。

 石積みの壁は長い年月を刻んだようにくすんでいる。

「こちらです。」

 ソマーズが重厚な扉を押し開けると、ひんやりとした空気が頬に触れた。

 私とディオン様は足を踏み入れ、辺りを見渡す。

 薄暗い倉庫の中では、大小様々な樽がいくつも並び、フルーツの甘酸っぱい匂いが空間に満ちていた。

「ここはワインを作る原料を仮置きする倉庫です。
 どうぞこちらへ。」

 ソマーズはさらに奥に進み、ある壁の前で立ち止まる。
 そこは樽の隙間の何もない場所だった。

「ここか?」

「はい。」

 ソマーズが壁に手を当てそっと押すと、重たげな石壁が音もなく開き、暗い奥行きを持つ空間が姿を現した。

 そして、奥へ進むと上へと続く螺旋階段がそびえ立つ。

「さあ、行きますよ。」

 ソマーズを先導に、一歩ずつ階段を登り始める。
 息を切らしてようやく最上部に辿り着くと、ソマーズがドアを押し開けた。

 次の瞬間、眩しい光が一気に広がる。
 そこは、優美な広い居室が広がっていた。

 大きな窓がいくつも並び、広大な街並みが眼下に一望できる。

 石畳の屋根、入り組む路地、人々の動きまで、小さな箱庭のように見える。
 そして青い空、降り注ぐ陽光。
 街の中はごった返していたけれど、ここは空気も澄んでいて、落ち着ける。
 まさに塔の上の隠れ家だった。

「素敵な景色ですね。」

「うん、メイベルの意見が聞きたくて、連れて来たんだ。」

 ディオン様は、景色を堪能できる大きな窓辺のソファへ促す。

「さあ、ここに座って。
 喉が乾いただろう?」

「ええ。」

 彼は私を座らせると、ソマーズから受け取ったレモンを薄く輪切りにしたガラスの水差しから、淡い黄金色の液体を静かに注ぎ、渡してくれた。

「さあ、これを飲んでごらん。」

 グラスを受け取りひと口含むと、レモンの爽やかな香りがふわりと広がり、あとから優しい甘さが舌に残る。

「美味しいわ。」

「運動の後は格別だろ?」

「ふふ、運動って、階段を登って来ただけですわ。」

「それでも、疲れただろう?」

「ええ、少し。
 でも私、森の中に住んでるので、他の令嬢に比べたら、足腰が丈夫になりました。
 トムと二人でよく出かけますし。」

 坂を登った先にあるお花畑のことは、トムと私だけの秘密なのだ。
 そこに向かう際に、体力はしだいについていく。

「二人でか、妬けるな。」

「そんな、ディオン様はお忙しいですもの。」

「時々想像するんだ。
 メイベルと森で暮らしているのが僕だったらって。」

「ふふ、あちこち探索して楽しんでますね。」

「だろ?
 僕達の方が充実してると思うんだ。」

「お話中のところ、すみません。
 ディオン様、ここに来た趣旨をお忘れでは?」

 ソマーズが、見かねたように話に割って入る。

「そうだった。
 メイベル、ここはどう思う?」

「ここですか?
 たどり着くのは大変ですけど、景色が素敵なところですね。」

「それは僕達が二人で過ごす感想だね。
 そうではなく、トムの隠れ家としてどう思う?」

 その質問に、突如私の気持ちは切り替わる。

「そうでしたら、ここで見つからないでいられる場合に限り、数日なら楽しめるでしょう。
 けれどもここでは、閉じ込められた感が出てしまいます。

 実際、一切この部屋を出れませんし、森の邸と違ってできることは限られます。
 いくら階段の登り降りをしても、体力が衰えてしまうでしょうし。

 それに一度見つかってしまったら、逃げることは不可能です。
 火を放たれてしまう場合も同様です。

 だから、一時的な避難先としては使えても、長くいれる場所じゃないと思います。」

「うん、そうだね。
 君はトムのことを考えると、人が変わったように論理派になる。」

「そんなつもりはないのですが、トムのことが心配で。」

「残念だけど、ここに関しては僕も同意見だ。
 数日間二人で籠るには楽しそうだけど。」

 こんな話をしていても、ディオン様は不意に私を見つめ、甘く囁く。

「とても景色は綺麗ですし、きっと夜の眺めも素晴らしいと思います。」

 彼に釣られ、すぐに私もその光景を想像してしまう。

「今晩二人でその答え合わせをしようか。」

「失礼します、ディオン様、では次の候補へ移動しましょう。」

 二人の世界に入り話をしていると、ソマーズが再び割って入る。

「ソマーズ、君は空気が読めないね。」

「いいえ、空気が読めるから、お止めしているんです。
 ディオン様、ソフィア王女との縁談はどうなさるおつもりですか?」

「その話はメイベルの前でしないでくれ。
 彼女とは結婚しないと、何度も話しているだろう。」

「でも王妃様が諦めるでしょうか?」

「その話はまたいずれ。
 メイベルに不安を与えてしまうだろ?
 いいかいメイベル、僕はけして彼女と一緒にならない。
 だから僕を信じて。」

「やはりディオン様のお相手はソフィア王女様なのですね。
 だから、公爵様であるのに婚約者がおられない。」

「僕の相手はまだ誰とも決まっていない。
 他国の姫の可能性も残しておきたい王の戦略だ。
 だが僕はメイベルといたいと思っている。」

「私は伯爵令嬢か民。
 お立場上、政治的にも許されないのでは?」

「僕の意向を汲むように王には話している。
 大丈夫、何せ僕は彼の息子を保護している。」

「まあ、ディオン様、今とってもずるい顔なさりましたよ。」

「違う。
 ただ君を切実に求めている男の顔さ。」

「私は結婚は諦めておりましたから、答えを急いでおりません。
 ディオン様の心の赴くままになさってください。
 ただ私は、妾だけにはなりません。
 今の私は、新しい人生を生きています。
 私のことを愛してくれない婚約者も、妻のいる男性もいりません。
 私は身分など関係なしに、心の底から幸せだと言える人生を生きるつもりです。」

「わかった。
 僕は最善を尽くす。
 君を諦めるつもりはない。」

 本音で話し合っていると、ソマーズが再び割って入る。

「どうして少し経つと、二人はまた見つめ合っているんですか?
 でも、メイベル嬢、私はあなたを誤解していたようです。
 私はあなたを、ディオン様にへばりつく害のある女性だと思っておりました。

 何しろディオン様は、意識のないあなたに出会った時からすでに、あなたに魅了されていた。
 扱いのようすが、明らかに他の女性とは違う。

 だからよっぽど、媚びて取り入っているのだと思っておりました。」

「まあ、そうだったんですか、ディオン様?」

「そうだよ。
 君は特別さ。
 出会った頃から気になる存在ではあったけれど、メイベルと話せば話すほど、君を好きになっていくんだ。
 ソマーズ、今のは良かったよ。」

「えっ、僕まで二人のいちゃつきの口実に使われたのですか?」

「自分から、僕がどれだけメイベルを思っているのか話してくれたよね?」

「それはメイベル嬢に対する不躾な態度を謝罪したかったからです。」

「ふふ、ありがとうございます。
 私はディオン様の害になるような関係にはなりません。
 だからソマーズ卿、安心なさってください。」

「ありがとうございます。
 では次へ参りましょう。」

「よし、次のデートに出発だ。」

「楽しみですわ。」

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