三年の想いは小瓶の中に

月山 歩

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8.新しい関係

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 翌日、モナンジュに戻った私は、エイダと共に、そおっと二回の休憩室に向かい、レオニーに会った。

 それと言うのも、店には多くのドレスを求める女性達がいて、賑わっていたからである。

「アレシア様、朝からひっきりなしに、ドレスの注文をいただいております。

 次々と貴族の方達がいらして、大忙しです。
 それもこれもアレシア様のおかげです。」

「そう?
 それなら良かったわ。」

 レースを多くあしらうことで露出を控えたい方は割とたくさんいる。
 そう思って、新しいドレスを作った。

 露出を抑える分、女らしい曲線を丁寧に引き立てることに重点を置いている。

 想像以上に、そうした控えめなスタイルを求める女性が多いということだ。

 そして、あえて地味な色味のドレスを選ぶお客様には、はっきりとそちらは縁を切りたい、距離を置きたい時に選ぶドレスだと伝えることで、このドレスを選んだらどうなるかを本人達に認識してもらうことが狙いだ。

 自らくすんだドレスを選び、それを着て男性に好かれず、関係がうまくいかなかったのは、あくまで自分の責任だと。

 それを意識してもらうために、あえて名前をつけて、明確に方向性を分けることにしたのだ。

 もちろん、そういった控えめな女性を好む男性もいるだろうし、くすんだドレスを着た雰囲気に惹かれて選ばれる場合もあるだろう。

 けれどそれは、あくまで少数派であるというだけで、そのドレスを着たい人や気分を否定するつもりはない。

 ただ、出会いの場において、好まれにくい現実を伝えることも、大切だと思うのだ。

「ところで昨日は、邸の方に泊まられたんですね?」

「ええ、トラヴィス様にこちらに泊まることを反対されたわ。
 どうしても、私がここに住みたいのなら、自分も一緒に住むと言い出したの。」

「えっ、それはさすがに勘弁してください。
 そんなことになったら、緊張して私達の身がもちません。」

「大丈夫よ。
 夜は邸に戻るということで、話はまとまったから。
 さすがにこの大きさのお部屋でトラヴィス様と暮らすのは、無理があるわ。」

「それならいいのですが、アレシア様が思っている以上に、オフリー公爵に愛されているのですね。」

「これは愛されていると思っていいのかしら?」

「もちろんです。
 だって、アレシア様はご自分の意志で邸を飛び出して来たんですよ。

 普通なら怒って、離縁になってもおかしくありませんし、酷い男性だと、手を上げたり、出て行かないように邸に閉じ込める方もいます。

 アレシア様は、今日もこうして何事もなく、ここに来れています。
 しかも、久しぶりに戻ったのに邸の雑事に追われるでもなく。」

「そう言わてみれば、確かにそうね。
 トラヴィス様に会った時、最初は硬い表情をしていたけれど、怒鳴ったり、声を荒げることは一切なかったわ。

 元々、邸の雑事は彼やヨルダンがすべて取り仕切っていて、私には何もさせてくれなかったのよ。

 一度、手伝いたいと申し出た時もあったけれど、君はしなくていいと言われたわ。

 それに、リベルト王子にも私が家を出たことを話していて、これからは早く邸に戻るようにするって言ってくれたの。」

「えっ、リベルト王子に?
 おおごとじゃないですか?」

「私もそれには驚いたわ。
 トラヴィス様が早く帰ることは、リベルト王子にも関わることで、私のために彼が仕事を減らすとは思わなかったわ。

 私が何をしてもトラヴィス様は気にしないと思っていたのに。
 どうやら違ったみたいね。」

「何を呑気なことを言っているんですか。

 リベルト王子に不敬だとみなされるかもしれないのに、早く帰ると宣言しただなんて、いくら王子と従兄弟同士だとしても、許されるとは限りません。

 場合によっては家の存続に関わる問題になるかもしれなかったんですよ?」

 エイダが珍しく、私に強い口調で意見する。
 彼女は侍女として、オフリー邸の者達との繋がりも深い。

 トラヴィス様が王家に刃向かっていると見なされたら、オフリー公爵家の立場が危うくなり、そこで働く使用人達も安泰ではいられない。

「そうね。
 みんなに迷惑をかけるつもりは全くなかったの。
 ごめんなさい。」

 たとえお飾りの妻でも、私の行動が周囲に影響を及ぼしてしまう。
 私自身はただ、現状がつらくて、少し逃げ出しただけなのに。

 もちろん、その先に離縁があることも覚悟していた。

「まぁ、いいじゃないですか?

 アレシア様が離縁されるより、公爵夫人でいてくれた方が、貴族達にドレスをアピールできますし、売り上げも伸びる。
 結果的にいいことづくめなんですから。」

「まあ、そうね。」

 レオニーは商売から離れたいと言っていたけれど、考え方はやっぱり根っからの商人だ。

 私がただの民でいるより、公爵夫人として存在する方が、モナンジュのためになるし、資金が枯渇することもない。

「とにかく、今は新しいドレスの注文で手がいっぱいなんです。
 話している暇があったら、動きましょう。」

「ええ、そうね。」




「トラヴィス、順調そうだな?」

 王宮の執務棟で僕を見つけたリベルト王子がすぐに近づいてくる。

「おはようございます、リベルト様。」

 僕は少しでも早く邸に戻るために、手当たり次第書類を処理しているところだった。

「これを一人でやったのか?
 そんなに仕事が早いと、ますます周りの者が追いつけなくなるぞ。」

「リベルト様がいらっしゃる前にできるだけ片付けておこうと思いまして。」

「夫人とのことがうまくいっているなら、早く帰る必要ないだろ?」

「いいえ、僕が邸にいないと、妻は邸に戻る必要がないと考えているようで。」

「えっ?
 自分の家に帰るのは、当たり前じゃないか。
 それに公爵夫人としての務めだってあるはずだ。」

「その役目は、以前から僕と執事で分担しておりまして、今もそのままです。」

「では、少しは夫人に任せたらどうなんだ?」

「彼女にオフリー邸の雑務を押し付けるのは、気がひけて。
 できれば、彼女にはゆったりと暮らしてほしいと思っていたのです。」

「そうだったな。
 トラヴィスは早くに両親を亡くして、若い頃から君一人で公爵家を背負って来たんだよな。」

「はい、姉には子供らしく自由に暮らしてもらいたかったので、僕と執事ですべてこなしてきました。

 今は妻にも、雑事に追われる日々を送らせたくないと思ったもので。

 僕なら一日で済む仕事でも、他の者がやると三日はかかるのがわかっていますし、それに僕には、引き継ぐために教える時間すらなかったですから。」

「そのことを、夫人に話したのか?」

「いえ、僕がやった方が効率的だと伝えるのも気が引けて。

 この王宮でも、僕が早く仕事を片付けることを面白く思わなかった大臣達に、よく思われていないのは承知しておりました。

 彼女も僕と比べて速さの違いに気づいたら、気を落とすでしょうから。
 彼女にはそんな思いをさせたくなくて。」

「だとしても、急ぎのものでなければ、夫人のペースでやらせればいいんだよ。

 彼女なりに公爵夫人としての責任感が生まれるだろうし、少なくとも自分が不要だなんて思わなくなるさ。」

「そうかもしれませんね。」

「だから、夫人にオフリー家のことは任せて、トラヴィスは王宮にいてくれよ。」

「リベルト様、それはできません。
 僕は以前のように王宮に詰めすぎるつもりはないんです。

 昨日ようやく、妻が僕を受け入れてくれたと感じました。
 結婚してから、初めてですよ。

 だから、もっと彼女と過ごしたい。
 リベルト様もそれに慣れてほしいと思っています。」

「トラヴィスがいた方が何かと事が円滑に進むんだけどね。
 いっそのこと夫人と離縁したらどうだ?

 どうせ自分から出て行くような人だろ。
 いなくなったって構わないだろ?」

「このまま無理を続けていけば、いずれ僕が先に倒れて、リベルト様をお助けできなくなると思いますが?」

「それは一番困る。
 トラヴィスは、私にならあっさりと説得するよな。

 だから、本当は夫人を邸に縛りつけるぐらい本当は容易いんだろ?
 何故しないんだ?」

「彼女には自分の意志で僕を受け入れて欲しかったから、無理強いをしたくなかったんです。

 たとえ、僕を受け入れてくれなくても、そばにいて彼女らしく生きてくれたらそれでいいと思っていました。 

 僕から離れない限り、何でも許してしまう。
 それに、元々は僕と正反対で、いつも楽しそうにしている彼女を好きになったものですから。」

「へぇ、トラヴィスも惚気るんだな。」

「彼女が邸に戻ったので、浮かれているんです。」

 リベルト王子はこれだけ話しているのにも関わらず、一向に書類を片付けるスピードが衰えないトラヴィスが、浮かれているとは誰も思わないと内心思ったが、あえて言わなかった。


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