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13.デート
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私たちは、夕闇が迫る中、庭園を一望できる静かな個室で夕食をとっていた。
向かいに座るトラヴィス様は、所作一つひとつが美しく、それでいて多くの料理を次々と平らげる。
フォークを扱う指先や手の形すら好きだと思ってしまう。
穏やかに会話をしながらも、私は彼から目を離せないでいた。
美味しい料理を食べることよりも、彼を眺めれるのが幸せだと言ったら、彼はどんな反応をするかしら。
「トラヴィス様、こんな素敵な場所に連れてきてくれてありがとうございます。」
「気に入ってもらえて嬉しいよ。
君と過ごす時間を、もっと増やしたいと思っているんだ。」
「ええ、約束通り最近は早く帰って来てくれているのね、気づいていたわ。
でも、お仕事の方は大丈夫?」
「今回のことをきっかけに色々と考えてね。
僕がやった方が早く仕事が終わるからと、何でもやってやるのをやめたんだ。
時間がかかっても、それぞれ自分達でやればいいと思ってね。
君と結婚した後も、以前と変わらず遅くまで仕事を続けていたのは、間違いだった。
今更だけど、考えを改めたよ。
君は邸の執務をやってみたいかい?
やっと時間がとれそうだから、興味があるなら教える時間を作るよ。」
「えっ、いいのですか?」
「もちろん。
君の気持ち次第だ。
現に姉は子供の頃から、一切関わっていなかったから、君も好きに選んでいい。」
「でしたら、私は少しずつやってみたいわ。
もっと、オフリー公爵家のことを知りたいの。」
「わかった。
だったら、いくらでも教えるからね。」
そう言いながら、トラヴィス様は私の手をそっと取って、指を優しく絡めてきた。
繋がった手から、彼のぬくもりが伝わり、嬉しさが込み上げる。
「ありがとうございます。」
私は邸の中でお飾りである自分が嫌だったし、無能だから大切な邸の管理は任せられないと思われていると思っていた。
彼が「邸の執務の仕方を教える」と言ってくれたことは、私をオフリー公爵家の女主人として認めてくれた証のように思えた。
そして何より、教えてもらっている間は、彼と一緒に過ごせる時間が増えるということ。
それが、私にとっては何よりも嬉しかった。
夕食を済ますと、二人は自然と寄り添いながら馬車に乗り、オフリー邸に戻る。
こんなにも長く、こうしてトラヴィス様と二人きりで過ごすのは、本当に久しぶり。
彼が見つめる視線も寄り添う時に感じるぬくもりも、私の心を舞い上がらせる。
どうして私はこんなにトラヴィス様が好きなのかしら。
「今夜は休む前に二人でワインでも飲もうか?
その前に湯あみをしておいで。」
「わかりました。」
私はトラヴィス様にエスコートされた腕から離れ、侍女と共に、寝室の横にある浴室へと向かう。
彼は先に執務室へと足を向けたようだ。
寝室に入ると、浴室に向かう前に、ベッドの横の引き出しを開け、お兄様から受け取ったお薬に手を伸ばす。
今日はトラヴィス様とゆっくり過ごせそうだから、その後触れ合うかもしれないわ。
その前に、忘れずに肌が美しくなるお薬を飲まなくちゃ。
そう思って、お兄様にいただいている肌が美しくなるお薬を飲んで振り返ると、執務室に向かったはずの彼が、強い眼差しをむけて寝室の入り口に立っていた。
先ほどまでの甘さは姿を消し、呼吸さえも苦しくなるような張り詰めた空気がこの場を支配する。
私はまさかお薬を飲んでいる姿を、トラヴィス様に見られているとは思っておらず、驚きで咄嗟に動けずに、固まりながら彼を見つめることしかできない。
お兄様に「男性に知られないように。」と、あれほど念を押されていたのに、よりにもよって彼に見られてしまうなんて。
トラヴィス様は一瞬の沈黙の後、冷めた固い表情で吐き捨てた。
「アレシアはまだ、それを飲んでいたんだね。」
「…知っていたの?」
「ああ、新婚当初からね。
あの頃はまだ、結婚して間もなかったし、新しい生活に戸惑いや不安もあるだろうと自分に言い聞かせていた。
それも、仕方がないことだと。
でも、僕達はもう三年も夫婦なんだ。
なのにまだ君が、それを手放せないなんて、自分を否定されているようで、たまらない。
どうして君は、僕に隠して、その薬を飲み続けようとするんだ?
僕を欺けるとでも、本気で思っていたのか。」
結婚して初めて、こんなに憤っているトラヴィスに直面した。
どんな言い訳も嘘も許さない、そう瞳が語っている。
「内緒にしていてごめんなさい、トラヴィス様。
男性はこれを飲むのを嫌がると聞いたから、話せなかったの。
でも、どうしてこれを飲むのがそんなに悪いことなの?
私は少しでもあなたの前で、美しくいたいと思っているだけなのに。」
「君は何よりも自分が美しくいることを優先させるんだね。
どんな君でも、僕には十分美しいと思えるのに。
とにかく、僕には耐えられない。」
そう話すと、トラヴィス様は私に背を向け、去ろうとする。
「待って、トラヴィス様がそう言うのなら、もう飲まないわ、約束する。」
「本当にそうか。
三年もの間、僕に隠して飲み続けてきたんだろう?
この前の夜会の夜は、飲んでいなかったから、もうやめたと思っていたのに。
もうこれ以上、君に振り回されたくないんだ。」
そう言い切ると、トラヴィス様は荒い足取りで二人の寝室を後にした。
あれほど、彼に知られないようにと、隠していたつもりなのに、最初から気づかれていたなんて。
「薬を飲んでまでも、美に執着しようとする女なんて、受け入れられない。」
そう言われているような気がした。
でも私は、トラヴィス様に少しでも綺麗だと思われたかった。
だって、彼に褒められたのは、肌の美しさだけだったのよ。
だから、少しでも長く綺麗な肌でいたいと思うことがそんなにいけないことなの?
こうなる可能性があったから、お兄様に散々内緒にするように言われていたのに、私は嘘が下手すぎる。
ことの重大さに打ちひしがれ、その場にうずくまる。
私はなんてことをしてしまったの。
あれほどの怒りを向けるトラヴィス様に、どうしたら許してもらうことができるのだろうか?
…わかっている。
答えなんて、あるはずがない。
もう…。
なんと言葉を尽くしても、彼が再び私を見てくれることはないだろう。
唯一の美しい肌さえも、偽物だったと知られてしまったのに。
その夜から、私が起きているうちに、トラヴィス様が私達の寝室に現れることはなくなった。
それでも、私が眠っている間に、ほんの少しだけ身体を休めているのか、翌朝にシーツに残る微かな窪みだけがかろうじて彼の存在を感じさせた。
向かいに座るトラヴィス様は、所作一つひとつが美しく、それでいて多くの料理を次々と平らげる。
フォークを扱う指先や手の形すら好きだと思ってしまう。
穏やかに会話をしながらも、私は彼から目を離せないでいた。
美味しい料理を食べることよりも、彼を眺めれるのが幸せだと言ったら、彼はどんな反応をするかしら。
「トラヴィス様、こんな素敵な場所に連れてきてくれてありがとうございます。」
「気に入ってもらえて嬉しいよ。
君と過ごす時間を、もっと増やしたいと思っているんだ。」
「ええ、約束通り最近は早く帰って来てくれているのね、気づいていたわ。
でも、お仕事の方は大丈夫?」
「今回のことをきっかけに色々と考えてね。
僕がやった方が早く仕事が終わるからと、何でもやってやるのをやめたんだ。
時間がかかっても、それぞれ自分達でやればいいと思ってね。
君と結婚した後も、以前と変わらず遅くまで仕事を続けていたのは、間違いだった。
今更だけど、考えを改めたよ。
君は邸の執務をやってみたいかい?
やっと時間がとれそうだから、興味があるなら教える時間を作るよ。」
「えっ、いいのですか?」
「もちろん。
君の気持ち次第だ。
現に姉は子供の頃から、一切関わっていなかったから、君も好きに選んでいい。」
「でしたら、私は少しずつやってみたいわ。
もっと、オフリー公爵家のことを知りたいの。」
「わかった。
だったら、いくらでも教えるからね。」
そう言いながら、トラヴィス様は私の手をそっと取って、指を優しく絡めてきた。
繋がった手から、彼のぬくもりが伝わり、嬉しさが込み上げる。
「ありがとうございます。」
私は邸の中でお飾りである自分が嫌だったし、無能だから大切な邸の管理は任せられないと思われていると思っていた。
彼が「邸の執務の仕方を教える」と言ってくれたことは、私をオフリー公爵家の女主人として認めてくれた証のように思えた。
そして何より、教えてもらっている間は、彼と一緒に過ごせる時間が増えるということ。
それが、私にとっては何よりも嬉しかった。
夕食を済ますと、二人は自然と寄り添いながら馬車に乗り、オフリー邸に戻る。
こんなにも長く、こうしてトラヴィス様と二人きりで過ごすのは、本当に久しぶり。
彼が見つめる視線も寄り添う時に感じるぬくもりも、私の心を舞い上がらせる。
どうして私はこんなにトラヴィス様が好きなのかしら。
「今夜は休む前に二人でワインでも飲もうか?
その前に湯あみをしておいで。」
「わかりました。」
私はトラヴィス様にエスコートされた腕から離れ、侍女と共に、寝室の横にある浴室へと向かう。
彼は先に執務室へと足を向けたようだ。
寝室に入ると、浴室に向かう前に、ベッドの横の引き出しを開け、お兄様から受け取ったお薬に手を伸ばす。
今日はトラヴィス様とゆっくり過ごせそうだから、その後触れ合うかもしれないわ。
その前に、忘れずに肌が美しくなるお薬を飲まなくちゃ。
そう思って、お兄様にいただいている肌が美しくなるお薬を飲んで振り返ると、執務室に向かったはずの彼が、強い眼差しをむけて寝室の入り口に立っていた。
先ほどまでの甘さは姿を消し、呼吸さえも苦しくなるような張り詰めた空気がこの場を支配する。
私はまさかお薬を飲んでいる姿を、トラヴィス様に見られているとは思っておらず、驚きで咄嗟に動けずに、固まりながら彼を見つめることしかできない。
お兄様に「男性に知られないように。」と、あれほど念を押されていたのに、よりにもよって彼に見られてしまうなんて。
トラヴィス様は一瞬の沈黙の後、冷めた固い表情で吐き捨てた。
「アレシアはまだ、それを飲んでいたんだね。」
「…知っていたの?」
「ああ、新婚当初からね。
あの頃はまだ、結婚して間もなかったし、新しい生活に戸惑いや不安もあるだろうと自分に言い聞かせていた。
それも、仕方がないことだと。
でも、僕達はもう三年も夫婦なんだ。
なのにまだ君が、それを手放せないなんて、自分を否定されているようで、たまらない。
どうして君は、僕に隠して、その薬を飲み続けようとするんだ?
僕を欺けるとでも、本気で思っていたのか。」
結婚して初めて、こんなに憤っているトラヴィスに直面した。
どんな言い訳も嘘も許さない、そう瞳が語っている。
「内緒にしていてごめんなさい、トラヴィス様。
男性はこれを飲むのを嫌がると聞いたから、話せなかったの。
でも、どうしてこれを飲むのがそんなに悪いことなの?
私は少しでもあなたの前で、美しくいたいと思っているだけなのに。」
「君は何よりも自分が美しくいることを優先させるんだね。
どんな君でも、僕には十分美しいと思えるのに。
とにかく、僕には耐えられない。」
そう話すと、トラヴィス様は私に背を向け、去ろうとする。
「待って、トラヴィス様がそう言うのなら、もう飲まないわ、約束する。」
「本当にそうか。
三年もの間、僕に隠して飲み続けてきたんだろう?
この前の夜会の夜は、飲んでいなかったから、もうやめたと思っていたのに。
もうこれ以上、君に振り回されたくないんだ。」
そう言い切ると、トラヴィス様は荒い足取りで二人の寝室を後にした。
あれほど、彼に知られないようにと、隠していたつもりなのに、最初から気づかれていたなんて。
「薬を飲んでまでも、美に執着しようとする女なんて、受け入れられない。」
そう言われているような気がした。
でも私は、トラヴィス様に少しでも綺麗だと思われたかった。
だって、彼に褒められたのは、肌の美しさだけだったのよ。
だから、少しでも長く綺麗な肌でいたいと思うことがそんなにいけないことなの?
こうなる可能性があったから、お兄様に散々内緒にするように言われていたのに、私は嘘が下手すぎる。
ことの重大さに打ちひしがれ、その場にうずくまる。
私はなんてことをしてしまったの。
あれほどの怒りを向けるトラヴィス様に、どうしたら許してもらうことができるのだろうか?
…わかっている。
答えなんて、あるはずがない。
もう…。
なんと言葉を尽くしても、彼が再び私を見てくれることはないだろう。
唯一の美しい肌さえも、偽物だったと知られてしまったのに。
その夜から、私が起きているうちに、トラヴィス様が私達の寝室に現れることはなくなった。
それでも、私が眠っている間に、ほんの少しだけ身体を休めているのか、翌朝にシーツに残る微かな窪みだけがかろうじて彼の存在を感じさせた。
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