ただ、愛を貪った

夕時 蒼衣

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冬の雨

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 気がつけば、季節は冬になっていた。かつてはこの日曜日がひたすらに来ないことを祈っていたが、ここのところは、それほどまでに母に会うのが嫌ではなくなっていた。やはり、日野さんが私のストレスを浄化してくれているのだと思う。
 スーパーで買い物をしてきた。牛乳に豚肉、白菜に大根。買ったものを確認して、冷蔵庫へとしまっていく。母はそんな私を見て、娘だと判断したのかどうかはわからないが、リビングのテレビの前のソファーに座りに行った。お勝手に行き、ゴミ袋が切れていることに気がついた。ああ…やらかした。先に家に戻ってきてから必要なものを確認すればよかった。
 昔はその辺のビニール袋でゴミを出せていたが、最近は市の指定のゴミ袋を使わないとゴミを回収してもらえなくなった。
 
 ないと、困るよな…

 コンビニに行けば、いいだけの話である。この家からも歩いて10分かからないところに、コンビニがある。文字通り、便利な店である。
 私はすぐに戻ると思い、その時、鍵をしないで家を出て行った。
 でも、20分後帰った時には家には誰も居なかった。最初は2階に行ったのだと思い、あまり気には留めていなかった。だけれども、夕飯を作り出す時間になっても、母の姿は見られなかった。
「お母さん?おかあさん!」
 呼んでも返事がない。急いで階段を駆け上った。二階には誰もいなかった。寝室にも、以前私が使っていた部屋にも、母親自身の部屋にも。家中の扉を開けて回った。風呂場から、お手洗いまで。でも、母親はどこにもいなかった。
 私は作りかけの夕飯を放って、家を飛び出した。なんで?どうして。
 走り出した足を途中で緩めた。もし、このまま見つからなかったとしても、何も世界は変わらないのではないだろうか。たった一人、自分のこともあやふやになってきているおばさんが居なくなっても、何も変わらないのではないだろうか。それなら、いっそう。
 私は嫌な人間になっていた。でもすぐに、そんな考えは消えた。向かい側にある公園のベンチに座っている人影が見えた。
 間違いなく、母親だった。怯えた様子でも混乱した様子でもなく、ただいつもの母親の姿がそこにはあった。
 なんだ、こんなところにいたんだ。安心した。見つけられ、本当によかったと心からそう思えた。母に手を伸ばし、一緒に歩いて帰った。母の手はすこし冷たくなっていた。
 雪にならない雨がぽつぽつと降ってきた。なり損ないの雨が降った。
「今日は寒いですね。」
 そう言った母の表情はいつもと変わらない、優しいものだった。
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