ただ、愛を貪った

夕時 蒼衣

文字の大きさ
19 / 35

冬の雨

しおりを挟む
 気がつけば、季節は冬になっていた。かつてはこの日曜日がひたすらに来ないことを祈っていたが、ここのところは、それほどまでに母に会うのが嫌ではなくなっていた。やはり、日野さんが私のストレスを浄化してくれているのだと思う。
 スーパーで買い物をしてきた。牛乳に豚肉、白菜に大根。買ったものを確認して、冷蔵庫へとしまっていく。母はそんな私を見て、娘だと判断したのかどうかはわからないが、リビングのテレビの前のソファーに座りに行った。お勝手に行き、ゴミ袋が切れていることに気がついた。ああ…やらかした。先に家に戻ってきてから必要なものを確認すればよかった。
 昔はその辺のビニール袋でゴミを出せていたが、最近は市の指定のゴミ袋を使わないとゴミを回収してもらえなくなった。
 
 ないと、困るよな…

 コンビニに行けば、いいだけの話である。この家からも歩いて10分かからないところに、コンビニがある。文字通り、便利な店である。
 私はすぐに戻ると思い、その時、鍵をしないで家を出て行った。
 でも、20分後帰った時には家には誰も居なかった。最初は2階に行ったのだと思い、あまり気には留めていなかった。だけれども、夕飯を作り出す時間になっても、母の姿は見られなかった。
「お母さん?おかあさん!」
 呼んでも返事がない。急いで階段を駆け上った。二階には誰もいなかった。寝室にも、以前私が使っていた部屋にも、母親自身の部屋にも。家中の扉を開けて回った。風呂場から、お手洗いまで。でも、母親はどこにもいなかった。
 私は作りかけの夕飯を放って、家を飛び出した。なんで?どうして。
 走り出した足を途中で緩めた。もし、このまま見つからなかったとしても、何も世界は変わらないのではないだろうか。たった一人、自分のこともあやふやになってきているおばさんが居なくなっても、何も変わらないのではないだろうか。それなら、いっそう。
 私は嫌な人間になっていた。でもすぐに、そんな考えは消えた。向かい側にある公園のベンチに座っている人影が見えた。
 間違いなく、母親だった。怯えた様子でも混乱した様子でもなく、ただいつもの母親の姿がそこにはあった。
 なんだ、こんなところにいたんだ。安心した。見つけられ、本当によかったと心からそう思えた。母に手を伸ばし、一緒に歩いて帰った。母の手はすこし冷たくなっていた。
 雪にならない雨がぽつぽつと降ってきた。なり損ないの雨が降った。
「今日は寒いですね。」
 そう言った母の表情はいつもと変わらない、優しいものだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...