ただ、愛を貪った

夕時 蒼衣

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抜け殻

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 救急車を呼んでから、僕の記憶は途切れた。ただ、担架で乗せられた息子が、救急車に乗せられるとき微笑んだ気がした。どこか遠くを。僕はその微笑んだ先を見た。その先には三葉の姿があった。ただ、茫然と立ちすくんでいる彼女の姿があった。僕は、声がでなかった。彼女の瞳は輝きを失い、光がなかった。あの時からだ。彼女の中の何かが消えてしまった。それは、希望とも幸福とも呼べる、人間に必要なものだった。その大切な何かが、泡のように儚く消えた。

 午前2時。彼女の悲鳴に近い声をきいて、僕は目を覚ました。そして間もなくして、彼女は僕の寝室へと入ってきた。扉はノックされることもなく、勢いよく開かれた。彼女は部屋に入るなり、僕の肩をつかみ揺さぶってきた。いつものあの、力の入らなくなった手で。
 彼女は感情的になっていた。夜中の冷たい、静かな空気に彼女のとがった耳に触る声が響いた。
「あなたが、あなたが、あのとき付いていたのにどうして…どうして、あの子が、あんな目に合わないといけなかったの。どうして、どうして…」
 彼女の声はかすれていき、力なく僕の肩においてあった手が落ちていった。
 息がつまった。あの日から、僕はまともに息が吸えなくなっていた。吸えば吸うほどに、空気はどんどん薄くなり、息が苦しくなった。俺が、いけなかったのだろうか。違うだろう。あれは、不慮の事故だった、本当に、痛ましい事故だった。蒼汰は何も悪くなかった。悪いのは、悪いのは全部、あのバイクの学生ではないか。あの日、あの学生はバイトに遅れそうになって、スピードを出して走っていたのだ。蒼汰は小さく、植え込みに隠れていて、その学生には見えていなかった。そして、僕もあの時しゃがんでいた。学生はあの時、人が近くにはいないと判断して、一時停止することなく、あの横断歩道をつっきたのだ。
 俺がなぜ、責められないといけないのだ。あの時、苦しんでいたのはお前だけなのか、三葉。俺が何とも思っていなかったとでも、言う気なのか。
「お前だけ、なんで被害者面してるんだよ。なんで、俺が悪いことになってるんだよ。あの日から、逃げたのは、お前だろ。」
 力なく倒れていた三葉を、俺はそう言い放って突き飛ばした。彼女は私の方をにらみ返した。にらみ返したはずだった。だがもう、三葉に睨み返す力は残っていなかった。ただ、突き飛ばされて、倒れこんだだけだった。三葉。お前はもう、もどってこないのだろうか。お前はもう、俺の愛した、三葉には戻らないのだろうか。それだったら、俺はもう、息子も、お前もどうでもいい。
 こんな、抜け殻。もう、俺も楽になってもいいと思わないか。なあ、そうだろう。蒼汰。三葉。俺の大好きだった、愛していた家族たち。
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