ただ、愛を貪った

夕時 蒼衣

文字の大きさ
29 / 35

約束はいつも土曜日2

しおりを挟む
 彼の家に着いた。私は彼の家のベルを鳴らした。このピンポンを鳴らしたのは何回目だろうか。私はこのベルを、幾度となく押し、そして彼に会い続けた。
 30秒もしないうちに玄関のドアがあいた。ドアが開いた途端、彼は私を引き寄せ、キスをした。その急なキスは、いつも以上に強引だった。彼と目を合わせるよりも先に私は、彼を直に感じた。
 彼はきっとすごく弱っているのだ。そんな彼を救えるのは、今、私しかいないのだ。私は彼を受け入れた、はずだった。でも、それを決して私の本能が許そうとはしなかった。
 彼のことが怖いと思った。怖い。怖い。こわい。おねがい。やめて。おねがい。やめて。おねがい。やめて、やめてやめて。悟さん。
 わたしの中には確かに恐怖しかなかった。あなたは誰なの。頭の中にぽつんと浮かぶその問いは、私の中から生まれた、紛れもないあなたへの問いだった。
 彼は悟さんの抜け殻を身にまとった偽物だった。彼の中に悟さんは存在しなかった。彼の中に、心なんて存在しなかった。私は、彼を拒絶した。本能が彼を拒絶した。
 何かが、切れる音がした。電球が切れるような衝撃。本当は、なにも音はしなかったのかもしれない。ただ聞えたのは「無」そのものだ。私の中に冷たい空気が一気に駆け抜けた。さっきまでが嘘のように急に寒気が襲ってきた。
 頭が一気に冴えた。私はこのほんの一瞬の間だけ、夢からさめた。それと同時に彼が私から離れた。彼の唇には血がにじんでいた。彼は薄気味悪く笑っていた。今の彼に痛みという感覚は存在しなかった。
「綾香。おいで。」
 優しい声で彼が私の名前を呼んだ。そうだ。彼を救えるのは私しかいないのだ。さっきまで、彼に恐怖を抱いていたはずなのに、今は彼を本能で受け入れていた。たった一言。彼の言葉で私は、地へでも、天へでも昇る。私は彼が差し出した、その手を握った。
 私はソファーに座らされた。ただ、彼はもう、私の隣には座らなかった。彼は私の目の前に立ち、私をまっすぐに見つめた。彼の目は真剣だった。私は、彼から、目が離せなくなっていた。彼の優しい目に引き込まれた。いつかのあの、幸せな日々を思い出した。
「綾香。お前は、俺にはすべてを捧げられるか。身体も心も何もかも。その命さえでも。俺にすべて捧げられる。その覚悟がお前にはあるか。」
 彼は私にそう、投げ掛けた。彼は弱っているのだ。彼は、私を必要としている。彼には私が必要なのだ。
「何もかも、あなたに捧げられる。だって、私は悟さん、あなたを愛しているから。たった一つの理由だけど、私は何もかも捧げられるって、自信を持ってそう言える。だって、私はあなたを愛しているから。」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...