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第03章
第49話 灼熱の中の冷気
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第三層・火山帯エリア。
通常モンスターの強さこそレベル五十~六十帯で対処可能――とはいえ、それはあくまでパーティ戦を前提とした話だ。
由利衣の索敵結界が捉えた反応は、ひとつ。
単独で第三層に潜り、この灼熱の環境をものともしていないとすれば、実力は少なくとも中堅。
あるいは上位冒険者クラスと見ていい。
一瞬、俺の高校時代の同級生――現在は第八層を探索している日村の顔が脳裏をよぎった。
第八層に潜る実力者なら、不思議じゃない。
だが、やつは来奈たちの武器を解放するためのレッドストーンを寄付してくれたが、こんな場所に用があるとは思えない。
まさか熱心な追っかけミーハーというわけでもあるまい。
そんなことを考えながら、由利衣の指し示した方向へ進む。
すると、人影が見えた。
いや、視界に入るよりも先に届いたのは――歌、だった。
火山活動が生み出した洞窟の空間。
教室ふたつ分ほどの広さで、壁には淡く光を放つ鉱石が散りばめられ、ところどころを溶岩の流れが煌々と照らしている。
その光と熱のただ中で――確かに、誰かが歌っていた。女の声だ。
――バンシー?
第五層に棲む嘆きの亡霊。死の宣告者。
一瞬、そんな錯覚が脳裏をかすめた。
モンスター、ではない。
由利衣が「人」だと言ったのだから。
だが、この光景は――。
その歌声は、どこまでも伸びやかで、柔らかく、そして澄んでいた。
だが、魂を凍らせる冷気を帯びている。
この灼熱の中、その女の周囲だけが――まるで世界が停止しているかのような冷たさに支配されていた。
年の頃は、山本先生と同じくらいか。
だが、不思議と少女にも見えるし、老女のようにも感じられた。
原初の胎動を刻む灼熱の溶岩世界には、まるで似つかわしくない装い。
白衣に、黒いタートルネック。
タイトな黒のスカートに、黒のタイツ。
こんな足場の悪い場所で、ヒールを履いている。
そして――見惚れるような長い銀髪に、海の底のような深い青の瞳。
折れそうなほど細い肢体。
病的なほどに肌は青白く、それなのに、唇だけが鮮やかに艶めいていた。
目に映るすべてが、どこかアンバランス。
それでも、美しい。危ういほどに。
本能が警鐘を鳴らしている。
それでも俺の心は……いや、俺たちの心は、その歌声に掴まれていた。
来奈も、梨々花も、政臣も――表情から色が消えている。
唯一、来奈の背の由利衣だけが深い眠りの世界の中で、必死に抗っていた。
その手にあるのは――巨大な鎌。
刃を下にして、柄にもたれかかるように静かに立つ。
あれは、魔導ギア・グリムリーパー。
数年前に盗難に遭ったはずの、神話伝承級の武装だ。
溶岩の光を受けてもなお、刃は青く輝き、その冷たい光が首筋を撫でていく。
暗示にかけられたかのように、俺の意識がさらに彼方へと滑っていく。
皿の上に載せられた男の首へ、少女がそっと口づけをする。
――どこかで見た、そんな絵画を思わず連想していた。
静謐で、神秘的で、それでいて狂気の混沌……。
次の瞬間、イメージの中の皿の上にあったのは――俺の首だった。
歌声に陶然としていた意識が、一気に現実へ引き戻される。
背中に冷たい汗が流れた。
今の映像は……なんだ。
俺は村正の柄に手をかける。
正体は分からない。だが――とてつもなく異質。
それだけは、断言できた。
そのとき、女がふと目を細める。
まるで、逸る俺を諫めるように。
歌声が止む。
刹那、暗示が解けたように、来奈たちの瞳に光が戻った。
女は、整いすぎた顔の口角を、ほんの少しだけ上げた。
楽しげに、そしてどこか退屈そうに。
「いきなり斬りかかる気? 何もしていないじゃない」
敵ではない……?
それにしても、この人数差をまるで意にも介さない余裕。
俺は村正の柄から手を離し、両手を開いて見せる。
女に向かって声をかけた。
「俺たちは日本の冒険者パーティ。第三層攻略のための訓練中だ」
女は興味なさげに、ちらりと目線を寄越した。
そして、わざとらしく拗ねた口調を作る。
「それくらい知ってるわ。有名だもの、日本のSSRパーティさん……でも、今は用はないの。
せっかく気分が良かったのに。邪魔しないで欲しいわね」
一瞥されただけで、体感温度が一気に下がる。
溶岩エリアだというのに。
ふと気づくと、梨々花が俺の裾を掴んでいた。
微かに震えている。
……ここは、引くに限るか。
“今は用はない”という言葉は引っかかるが。
「わかった。俺たちに無意味な争いの意思はない」
踵を返したその瞬間、女の声が静かに背へとかかった。
「それじゃあね。中途半端な超越者さん」
歩き始めた足が、ピタリと止まる。
……精霊の特典のことか?
俺の特典のことを知っているのは、ごく一部。麗良でさえ知らないはずだ。
「あんた、何者だ?」
俺は振り向かずに問いを放つ。
背後で、ふぅ、と小さく息を吐く音がした。
氷結地獄から漏れる風のように、冷たく、静かで――
その息に重なるように、声が落ちる。
「答える必要はない……って言いたいけど、私から話しかけたんだしね。
私の名前は――エステル。どうぞよろしく、佐伯さん」
柔らかく、包み込むようで――そして、すべてを拒絶するような声だった。
今まで触れたどんな音とも違う。
言葉にできない温度が、胸の奥に残った。
「エステル……さんは、どこで俺のことを?」
俺の質問には答えず、淡々と意味深な質問を返してきた。
「そんなことはどうでもいいの。
ねえ、魔法使いの“その先”にいる佐伯さんは……さらに先には行こうと思わないのかしら?」
……意味がまるで分からない。
俺は首だけ振り向いてエステルの方へ向く。
彼女は横を向いて目線だけをこちらによこしていた。
すると、エステルはクスクスと笑いだした。
「ごめんなさい。興味ないから引退したんですものね。
でも……ダンジョンからは逃げられなかった。
どう足掻くのかしら。とても楽しみ」
俺は何も言わずに、四人を急かすようにしてその場を後にする。
相手はまともに問答する気はない。なら一秒だって長居は無用だ。
何がなんだかまったく分からないが、あれは――怪物。
俺ひとりならともかく、いまのレベルの三人を守りきれる自信はなかった。
しばらく黙々と歩き続け、あの女の気配が完全に消えたあたりで、ようやく緊張が解ける。
すると、来奈が大声を上げた。
「暑っっっっ!! なになに、死にそうに暑いんだけど!」
どうやら、由利衣の結界による断熱効果はとっくに切れていたらしい。
気づかずにいたようで、慌てて梨々花が属性付与を行い、氷の杖を振るった。
ひと息ついたところで、今度は政臣の悲痛な叫び声。
「あーっ、熱でカメラもスマホも止まってる!」
だが再起動してみると故障はしていなかったらしく、政臣は胸を撫で下ろした。
ただ――
「さっきの人は映ってませんね……リアルタイム配信にも残ってないです」
残念そうな声が飛ぶが、俺は……見たくはなかった。
梨々花が伏し目がちに、不安げな声を漏らした。
「先生、あの人……たぶん」
言いたいことは分かっている。
俺はこれまで、上位SR冒険者を何人も見てきた。
だが――あれは違う。
得体のしれなさも、存在の格も、明らかに上だ。
はっきりとは言えない。だが、間違いなくSSR。
そうだとしても、まったくおかしくない。
中国SSRのセラとミアが持つ、圧のような威容。
欧州SSRクラリスが纏っていた闘気。
そのどれとも違う。
けれど、彼女は――同等か、それ以上だ。
来奈が深く息を吐き、苦笑まじりに言葉を吐いた。
「エステルさんだっけ?
あたしにも分かったよ。あんなの、勝てっこないって。
どうやって逃げるか考えてたもん」
その反応は正常だ。
うまく言葉にできないが、魂の奥を直接つかまれたような感覚。
戦闘力の問題じゃない。
“未知の領域”に対する恐怖だ。
俺は皆を落ち着かせるように、努めて明るく言う。
「まあ、目的は俺たちじゃなかったみたいだし。気にせず行こう。な」
……それでも、心のどこかがざわついていた。
こんな低階層に、何の目的がある。
気にはなる。
だが――関わらないこと。
それが、この世界で生き残る知恵だ。
俺たちは余計な寄り道をせず、まっすぐに洞窟を抜け、第三層を後にした。
スタートポイントのゲンさんの顔を見て、ようやく現世に戻ってきた気がした。
そう、黄泉の道を歩いていたのかもしれない。
「少し早いが、明日に備えて休もうか。
……今日は土曜日だけど、夕食は俺が作るぞ。何が食べたい?」
ようやく三人の心も和らいだようで、次々にリクエストが飛んでくる。
その晩は三人も手伝いながら食事を作り、テーブルを囲んだ。
みな明るく振る舞っていた。
あれは、なんでもなかった。何も見ていない。
そう言い聞かせるように。
ただ、それでも――
あの澄んだ歌声だけが、いつまでも魂の奥底をそっと揺り動かしていた。
***
時間は戻る。
エステルは、日本パーティが黙って通り過ぎるのを横目で見送った。
そして、誰にも届かないほどの小さな声で、ぽつりと呟く。
「あれが特典、ね。
その先は、亜精霊……さらには精霊……そしてさらに――」
フッと唇を歪める。
「そこまでには、どれだけの対価が必要なのかしら……。
ねえ、私のリュシアン。
もっと強くなってね……男の子だもの」
カツ、カツ、とヒールを鳴らしながら、エステルは静かにその場を去る。
その先、さらに奥へ奥へと進んだ先の火口では、クラリス指揮のもとで欧州SSRと第三層ボスとの戦いが繰り広げられていた。
だが、その戦いのことを日本パーティが知るのは、もう少し先のことになる。
通常モンスターの強さこそレベル五十~六十帯で対処可能――とはいえ、それはあくまでパーティ戦を前提とした話だ。
由利衣の索敵結界が捉えた反応は、ひとつ。
単独で第三層に潜り、この灼熱の環境をものともしていないとすれば、実力は少なくとも中堅。
あるいは上位冒険者クラスと見ていい。
一瞬、俺の高校時代の同級生――現在は第八層を探索している日村の顔が脳裏をよぎった。
第八層に潜る実力者なら、不思議じゃない。
だが、やつは来奈たちの武器を解放するためのレッドストーンを寄付してくれたが、こんな場所に用があるとは思えない。
まさか熱心な追っかけミーハーというわけでもあるまい。
そんなことを考えながら、由利衣の指し示した方向へ進む。
すると、人影が見えた。
いや、視界に入るよりも先に届いたのは――歌、だった。
火山活動が生み出した洞窟の空間。
教室ふたつ分ほどの広さで、壁には淡く光を放つ鉱石が散りばめられ、ところどころを溶岩の流れが煌々と照らしている。
その光と熱のただ中で――確かに、誰かが歌っていた。女の声だ。
――バンシー?
第五層に棲む嘆きの亡霊。死の宣告者。
一瞬、そんな錯覚が脳裏をかすめた。
モンスター、ではない。
由利衣が「人」だと言ったのだから。
だが、この光景は――。
その歌声は、どこまでも伸びやかで、柔らかく、そして澄んでいた。
だが、魂を凍らせる冷気を帯びている。
この灼熱の中、その女の周囲だけが――まるで世界が停止しているかのような冷たさに支配されていた。
年の頃は、山本先生と同じくらいか。
だが、不思議と少女にも見えるし、老女のようにも感じられた。
原初の胎動を刻む灼熱の溶岩世界には、まるで似つかわしくない装い。
白衣に、黒いタートルネック。
タイトな黒のスカートに、黒のタイツ。
こんな足場の悪い場所で、ヒールを履いている。
そして――見惚れるような長い銀髪に、海の底のような深い青の瞳。
折れそうなほど細い肢体。
病的なほどに肌は青白く、それなのに、唇だけが鮮やかに艶めいていた。
目に映るすべてが、どこかアンバランス。
それでも、美しい。危ういほどに。
本能が警鐘を鳴らしている。
それでも俺の心は……いや、俺たちの心は、その歌声に掴まれていた。
来奈も、梨々花も、政臣も――表情から色が消えている。
唯一、来奈の背の由利衣だけが深い眠りの世界の中で、必死に抗っていた。
その手にあるのは――巨大な鎌。
刃を下にして、柄にもたれかかるように静かに立つ。
あれは、魔導ギア・グリムリーパー。
数年前に盗難に遭ったはずの、神話伝承級の武装だ。
溶岩の光を受けてもなお、刃は青く輝き、その冷たい光が首筋を撫でていく。
暗示にかけられたかのように、俺の意識がさらに彼方へと滑っていく。
皿の上に載せられた男の首へ、少女がそっと口づけをする。
――どこかで見た、そんな絵画を思わず連想していた。
静謐で、神秘的で、それでいて狂気の混沌……。
次の瞬間、イメージの中の皿の上にあったのは――俺の首だった。
歌声に陶然としていた意識が、一気に現実へ引き戻される。
背中に冷たい汗が流れた。
今の映像は……なんだ。
俺は村正の柄に手をかける。
正体は分からない。だが――とてつもなく異質。
それだけは、断言できた。
そのとき、女がふと目を細める。
まるで、逸る俺を諫めるように。
歌声が止む。
刹那、暗示が解けたように、来奈たちの瞳に光が戻った。
女は、整いすぎた顔の口角を、ほんの少しだけ上げた。
楽しげに、そしてどこか退屈そうに。
「いきなり斬りかかる気? 何もしていないじゃない」
敵ではない……?
それにしても、この人数差をまるで意にも介さない余裕。
俺は村正の柄から手を離し、両手を開いて見せる。
女に向かって声をかけた。
「俺たちは日本の冒険者パーティ。第三層攻略のための訓練中だ」
女は興味なさげに、ちらりと目線を寄越した。
そして、わざとらしく拗ねた口調を作る。
「それくらい知ってるわ。有名だもの、日本のSSRパーティさん……でも、今は用はないの。
せっかく気分が良かったのに。邪魔しないで欲しいわね」
一瞥されただけで、体感温度が一気に下がる。
溶岩エリアだというのに。
ふと気づくと、梨々花が俺の裾を掴んでいた。
微かに震えている。
……ここは、引くに限るか。
“今は用はない”という言葉は引っかかるが。
「わかった。俺たちに無意味な争いの意思はない」
踵を返したその瞬間、女の声が静かに背へとかかった。
「それじゃあね。中途半端な超越者さん」
歩き始めた足が、ピタリと止まる。
……精霊の特典のことか?
俺の特典のことを知っているのは、ごく一部。麗良でさえ知らないはずだ。
「あんた、何者だ?」
俺は振り向かずに問いを放つ。
背後で、ふぅ、と小さく息を吐く音がした。
氷結地獄から漏れる風のように、冷たく、静かで――
その息に重なるように、声が落ちる。
「答える必要はない……って言いたいけど、私から話しかけたんだしね。
私の名前は――エステル。どうぞよろしく、佐伯さん」
柔らかく、包み込むようで――そして、すべてを拒絶するような声だった。
今まで触れたどんな音とも違う。
言葉にできない温度が、胸の奥に残った。
「エステル……さんは、どこで俺のことを?」
俺の質問には答えず、淡々と意味深な質問を返してきた。
「そんなことはどうでもいいの。
ねえ、魔法使いの“その先”にいる佐伯さんは……さらに先には行こうと思わないのかしら?」
……意味がまるで分からない。
俺は首だけ振り向いてエステルの方へ向く。
彼女は横を向いて目線だけをこちらによこしていた。
すると、エステルはクスクスと笑いだした。
「ごめんなさい。興味ないから引退したんですものね。
でも……ダンジョンからは逃げられなかった。
どう足掻くのかしら。とても楽しみ」
俺は何も言わずに、四人を急かすようにしてその場を後にする。
相手はまともに問答する気はない。なら一秒だって長居は無用だ。
何がなんだかまったく分からないが、あれは――怪物。
俺ひとりならともかく、いまのレベルの三人を守りきれる自信はなかった。
しばらく黙々と歩き続け、あの女の気配が完全に消えたあたりで、ようやく緊張が解ける。
すると、来奈が大声を上げた。
「暑っっっっ!! なになに、死にそうに暑いんだけど!」
どうやら、由利衣の結界による断熱効果はとっくに切れていたらしい。
気づかずにいたようで、慌てて梨々花が属性付与を行い、氷の杖を振るった。
ひと息ついたところで、今度は政臣の悲痛な叫び声。
「あーっ、熱でカメラもスマホも止まってる!」
だが再起動してみると故障はしていなかったらしく、政臣は胸を撫で下ろした。
ただ――
「さっきの人は映ってませんね……リアルタイム配信にも残ってないです」
残念そうな声が飛ぶが、俺は……見たくはなかった。
梨々花が伏し目がちに、不安げな声を漏らした。
「先生、あの人……たぶん」
言いたいことは分かっている。
俺はこれまで、上位SR冒険者を何人も見てきた。
だが――あれは違う。
得体のしれなさも、存在の格も、明らかに上だ。
はっきりとは言えない。だが、間違いなくSSR。
そうだとしても、まったくおかしくない。
中国SSRのセラとミアが持つ、圧のような威容。
欧州SSRクラリスが纏っていた闘気。
そのどれとも違う。
けれど、彼女は――同等か、それ以上だ。
来奈が深く息を吐き、苦笑まじりに言葉を吐いた。
「エステルさんだっけ?
あたしにも分かったよ。あんなの、勝てっこないって。
どうやって逃げるか考えてたもん」
その反応は正常だ。
うまく言葉にできないが、魂の奥を直接つかまれたような感覚。
戦闘力の問題じゃない。
“未知の領域”に対する恐怖だ。
俺は皆を落ち着かせるように、努めて明るく言う。
「まあ、目的は俺たちじゃなかったみたいだし。気にせず行こう。な」
……それでも、心のどこかがざわついていた。
こんな低階層に、何の目的がある。
気にはなる。
だが――関わらないこと。
それが、この世界で生き残る知恵だ。
俺たちは余計な寄り道をせず、まっすぐに洞窟を抜け、第三層を後にした。
スタートポイントのゲンさんの顔を見て、ようやく現世に戻ってきた気がした。
そう、黄泉の道を歩いていたのかもしれない。
「少し早いが、明日に備えて休もうか。
……今日は土曜日だけど、夕食は俺が作るぞ。何が食べたい?」
ようやく三人の心も和らいだようで、次々にリクエストが飛んでくる。
その晩は三人も手伝いながら食事を作り、テーブルを囲んだ。
みな明るく振る舞っていた。
あれは、なんでもなかった。何も見ていない。
そう言い聞かせるように。
ただ、それでも――
あの澄んだ歌声だけが、いつまでも魂の奥底をそっと揺り動かしていた。
***
時間は戻る。
エステルは、日本パーティが黙って通り過ぎるのを横目で見送った。
そして、誰にも届かないほどの小さな声で、ぽつりと呟く。
「あれが特典、ね。
その先は、亜精霊……さらには精霊……そしてさらに――」
フッと唇を歪める。
「そこまでには、どれだけの対価が必要なのかしら……。
ねえ、私のリュシアン。
もっと強くなってね……男の子だもの」
カツ、カツ、とヒールを鳴らしながら、エステルは静かにその場を去る。
その先、さらに奥へ奥へと進んだ先の火口では、クラリス指揮のもとで欧州SSRと第三層ボスとの戦いが繰り広げられていた。
だが、その戦いのことを日本パーティが知るのは、もう少し先のことになる。
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