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第四節
シナモンは人を選ぶ(8)
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老婦は立ち上がり、厨房へ入ると、間もなくして出てきた。
右手には、やかんを持っている。
老婦は、田堂の母の隣に行くと、両膝を曲げて床に付ける。
田堂の母と目線を合わせ、コップにシナモンティーを注ぐ。
老婦は田堂の母に寄り添いながら、背を撫でる。
田堂の母は、くしゃっと顔を歪めて静かに泣いている。
ふと気がつけば、娘がどこにも居なかった。
先程まで、郷珠の隣に居たはず。
丁度同じ時に、妻も娘が居ない事に気が付いた。
「あれ、居ない!」
妻が慌てた声を発して立ち上がる。
「どうして見ていないんだ!」
私は思わず妻に怒鳴る。
妻はびくっとする。
「ごめん。くそっ」
私は怒鳴ってしまった罪悪感に苛まれる。
今まで妻に怒鳴る事は一度も無かった。
焦りか不安か恐怖か。
私の頭を不幸が飛び交い、混乱させる。
思考が理解不能と簡単に結論付けて考える事から逃げてしまう。
冷静で居なくちゃ。
家族には冷静を見せて、安心させないと。
そう思えば思うほど、その大きさの分、私自身の不安感を慰めるものを求めてしまう。
妻は私に何をしてくれた?
妻は私の心境を理解してくれているのか?
不安感を妻のせいにする感情が現れるも、すぐに理論が見つけて抹殺する。
妻にどう弁解しようか。
いや、私の気持ちを妻に理解させるにはどう言うべきか。
どうしても、私を正当化しようと妻を否定する思考が生まれる。
その度に、家族一緒に力を合わせなくてはと理性が粛清する。
妻は私の怒号に目を見張ったまま動かない。
その眼差しが私の心を槍のように貫く。
私は優しい言葉もかけられず、妻の眼差しから目線を外した。
シナモンの苦味が口に残っている。
今は、娘だ。
そう結論付けた。
これなら、妻も納得してくれるだろう。
私は妻を横目に郷珠へ駆け寄った。
「娘を知りませんか?」
私は訊ねる。
「おそらく、厨房の方向へ駆けていったようです」
郷珠は静かに答える。
私と妻は厨房へ慌てて向かう。
厨房の中へ駆け入る。
娘は、厨房の床にある鉄格子で塞がれている排水口を覗き込んでいた。
私と妻は安堵した。
沸いた胸騒ぎは次第に穏やかになっていく。
娘は小さな両手で鉄格子を握りしめている。
鉄格子を何とか開けようと、腰を使って持ち上げようとしている。
しかし、厳重に鍵が施錠されているので、びくともしない。
手を滑らせて、尻餅をつく。
それでも諦めない。
鉄格子に顔をつけて、中を覗き込む。
「心配したんだから! 何しているの、汚いでしょ」
妻は娘に言う。
安堵したからこそ、尖りのある口調になる。
「ごめんなさい」
娘は両手を鉄格子から離し、妻を見る。
両手は錆びで汚れ、膝や臀部は黒く汚れている。
マスクも錆びで汚れていた。
右手には、やかんを持っている。
老婦は、田堂の母の隣に行くと、両膝を曲げて床に付ける。
田堂の母と目線を合わせ、コップにシナモンティーを注ぐ。
老婦は田堂の母に寄り添いながら、背を撫でる。
田堂の母は、くしゃっと顔を歪めて静かに泣いている。
ふと気がつけば、娘がどこにも居なかった。
先程まで、郷珠の隣に居たはず。
丁度同じ時に、妻も娘が居ない事に気が付いた。
「あれ、居ない!」
妻が慌てた声を発して立ち上がる。
「どうして見ていないんだ!」
私は思わず妻に怒鳴る。
妻はびくっとする。
「ごめん。くそっ」
私は怒鳴ってしまった罪悪感に苛まれる。
今まで妻に怒鳴る事は一度も無かった。
焦りか不安か恐怖か。
私の頭を不幸が飛び交い、混乱させる。
思考が理解不能と簡単に結論付けて考える事から逃げてしまう。
冷静で居なくちゃ。
家族には冷静を見せて、安心させないと。
そう思えば思うほど、その大きさの分、私自身の不安感を慰めるものを求めてしまう。
妻は私に何をしてくれた?
妻は私の心境を理解してくれているのか?
不安感を妻のせいにする感情が現れるも、すぐに理論が見つけて抹殺する。
妻にどう弁解しようか。
いや、私の気持ちを妻に理解させるにはどう言うべきか。
どうしても、私を正当化しようと妻を否定する思考が生まれる。
その度に、家族一緒に力を合わせなくてはと理性が粛清する。
妻は私の怒号に目を見張ったまま動かない。
その眼差しが私の心を槍のように貫く。
私は優しい言葉もかけられず、妻の眼差しから目線を外した。
シナモンの苦味が口に残っている。
今は、娘だ。
そう結論付けた。
これなら、妻も納得してくれるだろう。
私は妻を横目に郷珠へ駆け寄った。
「娘を知りませんか?」
私は訊ねる。
「おそらく、厨房の方向へ駆けていったようです」
郷珠は静かに答える。
私と妻は厨房へ慌てて向かう。
厨房の中へ駆け入る。
娘は、厨房の床にある鉄格子で塞がれている排水口を覗き込んでいた。
私と妻は安堵した。
沸いた胸騒ぎは次第に穏やかになっていく。
娘は小さな両手で鉄格子を握りしめている。
鉄格子を何とか開けようと、腰を使って持ち上げようとしている。
しかし、厳重に鍵が施錠されているので、びくともしない。
手を滑らせて、尻餅をつく。
それでも諦めない。
鉄格子に顔をつけて、中を覗き込む。
「心配したんだから! 何しているの、汚いでしょ」
妻は娘に言う。
安堵したからこそ、尖りのある口調になる。
「ごめんなさい」
娘は両手を鉄格子から離し、妻を見る。
両手は錆びで汚れ、膝や臀部は黒く汚れている。
マスクも錆びで汚れていた。
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