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第四節
シナモンは人を選ぶ(9)
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「まあ、無事で良かったよ」
私はなるべく穏やかな口調で言い、場を和ませる。
慌てた気持ちを飲み込もうと早口になる。
娘は俯いている。
「もう、戻ろう?」
妻は娘に優しくに言う。
娘はこくんと首を縦に振る。
妻は厨房の蛇口をひねり、水を出す。
手招きして娘を呼ぶ。
妻は両手で娘を抱き上げると、厨房のシンクの隣に座らせる。
錆びでべっとりと汚れた娘の両手を流水で洗っていく。
「あのね、あそこから声がするの」
娘が人差し指で指して言う。
その指した先には排水口がある。
指した手が妻の手に掴まれて、流水へ誘われる。
「ねずみの声かな」
私は言う。
「違うの、人の声」
娘は答える。
「人の声?」
私は屈んで、排水口に耳を近づける。
確かに、ごにょごにょと雑談をする声のようにも聞こえる。
排水管に水が流れる音にも聞こえる。
「多分、水が流れていく音じゃないかな」
私は言う。
娘は何も言わずに、しゅんと目線を下げる。
「これで綺麗になった。皆の居る場所に戻ろうか」
妻は言う。
私は娘の付けている汚れたマスクを外した。
「もう一枚、マスクを貰わないとね」
私は言う。
私は娘を抱きかかえる。
私達は厨房から出た。
皆の居る場所に戻っていく。
途中、お手洗いの前を横切ると、何やら声が聞こえてきた。
その声は老夫婦だった。
お手洗いの扉の向こうからこそこそと聞こえてくる。
私達は思わず立ち止まった。
「どうしてシナモンティーを無料で渡しているんだ?」
老父が言う。
「せっかく沢山あるんだから、和んでもらおうとしただけじゃない」
老婦は答える。
「はは、今日は口答えするんだな。いいか? あいつらは、ゴイだ」
「ゴイ?」
「言わせるなよ、豚だ」
老婦は黙ったまま聞いている。
「シナモンティーもマスクもまだ有り余る程にある。でも、皆はその事を知らない」
「あなたはいつもそう、人を騙して楽しんで」
「黙ってろ。お前も助かりたいだろ? お前はわしの考えに、はいと言っていればいいんだ」
老婦は黙る。
「シナモンもマスクも悪魔には効果があるんだから、継続して欲しがる人が出るはずだ。残り僅かだから有料にすると言い、お金を取ろう。あいつらは家畜だ。上手く利用して、あいつらを盾にして、わしらは助かろう」
私はなるべく穏やかな口調で言い、場を和ませる。
慌てた気持ちを飲み込もうと早口になる。
娘は俯いている。
「もう、戻ろう?」
妻は娘に優しくに言う。
娘はこくんと首を縦に振る。
妻は厨房の蛇口をひねり、水を出す。
手招きして娘を呼ぶ。
妻は両手で娘を抱き上げると、厨房のシンクの隣に座らせる。
錆びでべっとりと汚れた娘の両手を流水で洗っていく。
「あのね、あそこから声がするの」
娘が人差し指で指して言う。
その指した先には排水口がある。
指した手が妻の手に掴まれて、流水へ誘われる。
「ねずみの声かな」
私は言う。
「違うの、人の声」
娘は答える。
「人の声?」
私は屈んで、排水口に耳を近づける。
確かに、ごにょごにょと雑談をする声のようにも聞こえる。
排水管に水が流れる音にも聞こえる。
「多分、水が流れていく音じゃないかな」
私は言う。
娘は何も言わずに、しゅんと目線を下げる。
「これで綺麗になった。皆の居る場所に戻ろうか」
妻は言う。
私は娘の付けている汚れたマスクを外した。
「もう一枚、マスクを貰わないとね」
私は言う。
私は娘を抱きかかえる。
私達は厨房から出た。
皆の居る場所に戻っていく。
途中、お手洗いの前を横切ると、何やら声が聞こえてきた。
その声は老夫婦だった。
お手洗いの扉の向こうからこそこそと聞こえてくる。
私達は思わず立ち止まった。
「どうしてシナモンティーを無料で渡しているんだ?」
老父が言う。
「せっかく沢山あるんだから、和んでもらおうとしただけじゃない」
老婦は答える。
「はは、今日は口答えするんだな。いいか? あいつらは、ゴイだ」
「ゴイ?」
「言わせるなよ、豚だ」
老婦は黙ったまま聞いている。
「シナモンティーもマスクもまだ有り余る程にある。でも、皆はその事を知らない」
「あなたはいつもそう、人を騙して楽しんで」
「黙ってろ。お前も助かりたいだろ? お前はわしの考えに、はいと言っていればいいんだ」
老婦は黙る。
「シナモンもマスクも悪魔には効果があるんだから、継続して欲しがる人が出るはずだ。残り僅かだから有料にすると言い、お金を取ろう。あいつらは家畜だ。上手く利用して、あいつらを盾にして、わしらは助かろう」
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