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24. 嵐を呼ぶ講演会⑦
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「───真吾さん。性的言動は冗談ですよ、もう怒っていないので普通にしてください」
硬直したままの真吾に対し、私は“絶対零度”の鎧を脱いで笑みを送ってみたが、彼の方はすぐに態度を変えれない様子で、カチコチに固まったままだ。
それはそうか────。
私は表情には出さず、内心で苦笑した。
今の言い回しで、さすがに真吾も気づいたことだろう。
冗談と言いつつも、私が『怒っていた』ことは事実であることに。
まさかこの好青年から、いくら私に化けた御子柴茜の《変身》を見破るためとはいえ、あのような質問───初恋の相手の詮索など───をされるとは思ってもみなかった。御子柴が過去の私の記憶を元に、あれ以上余計なことを口にしていたら、私自身、怒りでどのような事態になっていたか───想像するのも恐ろしい。
「さて───では決着をつけましょうか、御子柴 茜さん?」
《変身》が解け、素の状態になって地面に尻餅をついている御子柴茜へ、私は言った。
御子柴茜の正体は、赤色の長い髪を後頭部で結い上げたポニーテールの髪型の女性で、勝ち気そうな切れ長の瞳が印象的な美人だった。均整のとれた体に黒っぽい『つなぎ型』のライダースーツを身にまとった姿からは、かなり行動的な印象を受ける。
「く、そ────!」
鳩尾に受けた私の《足刀蹴り》のダメージが抜けていない様子で、御子柴は苦しそうに顔を歪めた。
だが、ここで敵に情けをかける気はない。
強化棍の切っ先を突き付け、御子柴に迫る。
「勝負あり、です。あなたのその《変身》、おそらくは自分が直接触れた相手にしか発動できないのではないですか?だからこそ、先ほどはわざわざ接近戦に持ち込んだのでしょうし、もしも任意で何時でも誰にでも変身できるほど便利な能力なら、戦闘中にとっくにそれをしているはずですからね」
「─────!」
御子柴は私の言葉に驚いて、目を見張る。
自分の推測がすべて当たっているとまで自惚れる気はないが、彼女の表情を見る限り“いい線”を突いたのではないかと思う。
御子柴は驚いた顔を私から一瞬背け、それから俯いて黙ったが───やがて表情を一変させて哄笑した。
「は、ハハハハハハハ!
なかなか“できる女”とは聞いていたが、まさかこれ程までの実力者だったとはな!最初に警備主任に化けた私を見破った洞察力もそうだが、異能と体術を駆使した戦い方といい、こちらの想像以上だ。
いや、本気でお見それしたよ、牧野桐子!」
「───それはどうも。ですが、褒めていただいても何も出ませんし、手加減もしませんよ?」
私は冷静に返したが、この期に及んでの御子柴の余裕が気になった。
この女は────この期に及んで、何を企んでいるというのだろう?
私は油断せずに、御子柴に一歩分だけ慎重に間合いを詰めようとしたが、その出足を御子柴は見逃さなかった。
御子柴は右手を素早く腰の後ろに回して何か取り出し、私に向かって投じた!
これは────寸鉄?
私は投じられた物体を見極めながら、余裕を持ってそれを避ける。
寸鉄はいわゆる“暗器”と呼ばれる隠し武器の一つで、元々は中国武術で用いられた武具の一つだ。先端の尖った鉄の棒の中心付近に円形の指にかけるための器具がとりつけられ、主に手首の影に隠して『不意打ち』に使用することを念頭に作られている。
私の隙を突きたかったのだろうが、御子柴は本来ならば指にかけて打ち出すはずの寸鉄を投げ出して、何がしたかったのか────?
その答えは、すぐにわかった。
御子柴は、尻餅の状態から体を後ろに反らせた反動で跳ね起き、その勢いのまま、通路の端に設置してあった消火器を激しく蹴り飛ばした!
バシューーーッ!!!
蹴られた衝撃で“く”の字に折れ曲がった消火器から、大量の白い消化用の薬剤が勢いよく撒き散らされる!
確か、消火器の内部には加圧用のガスボンベが内蔵されていると聞いたことがある。レバーを握るとそのガスボンベが破れ、内部にガスが充満して、中の薬剤が外に放出されるという仕組みだったはず────。
御子柴はそれを、外からの衝撃という強引な手法で、消火器のレバーを握ることなく強制的に行ったのだ。
この一連の動作だけでも、御子柴が素の状態でもかなりの“手練れ”だということがよくわかった。私に追い詰められながらも、抜け目なく消火器の位置を確認し、すぐさま利用する判断力と行動力は、おそらく豊富な実戦経験からきているものだと想像できる。
「皆さん、下がってください!」
私は自身も後方に後退りながら、消火器の白い薬剤が煙幕のように撒き散らされる空間から、後ろの三人に指示を出す。
煙に乗じた攻撃を警戒して、私は注意深く様子を伺っていたが、しばらくして薬剤の白い煙が晴れる頃には、すでに御子柴茜の姿はなくなっていた。
「─────」
まんまと御子柴茜に逃げられてしまったが、私たちの任務は最初から『護衛対象の安全の確保』なので、向こうが自ら退いてくれるならそれに越したことはない。私は振り向いて後方の三人に言った。
「どうやら敵は不利を悟って退いたようです。ですが、一旦退いたと見せての“待ち伏せ”の可能性もゼロではないので、注意して先を進みま───」
「ちょっと、待ってください」
私の言葉を途中で遮り、御崎杏花が口を開いた。
ここまで黙って私の後を付いてきた彼女だが、その顔には今までにない険しい表情が浮かんでいる。
「あなたたち───最初から薄々は感じていたけども、異能者なのね?」
眉間に皺を寄せた彼女の表情からは、私へのあからさまな不信感が見てとれた。
「────そうですが、それが何か?」
私は悪びれもなく聞き返した。
「確かに私たちは“異能者”ですが、今はそれを気にするよりも、この場から退避する方が先決ではありませんか?」
御崎杏花は、腕を組んで首を振った。
「いいえ────私は、初めからあなたたちが異能者だと知っていたら、大人しくここまで付いてきていませんでした。大学側には警備のスタッフはくれぐれも“通常”の方で、と念押しをしておいたはずなのに───これはどういうことなのかしら?」
「そんなこと───俺たちは何も聞かされていませんし、牧野さんも言いましたが、今は時間がないんです!苦情は後で聞きますから、急いでください!」
真吾が反論し、行動を促そうとしたが、御崎杏花は聞く耳を持たなかった。
「何と言われようとも、異能者の指示には到底従えません。ここからは───私は他の警備の方を探しますので、どうぞお引き取りください。しかし、ここまで連れてきていただいたことには、一応礼を述べさせていただきますね。どうもありがとうございました」
“にべもない” とは、きっとこういう時にこそ使う言葉なのだろう。
私たちが異能者と確信した途端に御崎杏花の態度は硬化してしまい、まさにとりつく島もない、といった様子だ。
「み、御崎くん。さすがにそれは、ここまで私たちを守りながら連れてきてくれた人たちに対して、礼を失するものではないか?」
御崎杏花と同じくゲストとして来場し、この騒動に巻き込まれた立場であるもう一人の評論家、森卓二郎氏が年長者らしく注意をした。
「異能者を我々、通常者と同等な存在と認めるなら、確かに失礼かもしれませんね?ですが、私はそう思っておりませんので───森 先生は、どうぞご遠慮なく彼らに従ってお逃げくださいな。私は彼らの手はたとえ死んでも借りたくありませんので、勝手をさせていただきます」
「むぅぅ。異能者嫌い、とは聞いていたが、君の何がそこまで────」
森は途中で言葉を失い、黙ってしまった。
それにしても────
事前に彼女の対談する動画を見た時も思ったのだが、御崎杏花が私たち異能者を激しく疎んじる理由とは────ここまでくると憎悪さえ感じてしまう彼女の感情もしくは信念の正体とは、一体何なのだろうか?
過去に異能者から何らかの危害を受けたことが嫌悪のきっかけになった───というのが最も考えられそうな理由だが、この差し迫った状況では悠長にそれを確認をしている時間はないし、そもそも御崎杏花が訊いたからといって素直に答えてくれる様子でもない。
しかし、ここまできて彼女の要望通りに「はい、そうですか」と簡単に袂を別つわけにはいかない私たち側の事情もある。
こうなれば────
私は御崎杏花に気づかれないよう、さりげない目配せで真吾に”合図”を送った。
「─────?!」
真吾は一瞬、ぎょっとした顔になったが、御崎杏花にそれを悟られる前に、慌てて顔を背けて表情を隠した。
「────?これ以上、まだ私に御用がおありでしょうか?」
胸の前で腕を組んで怪訝そうな御崎杏花に、私は無造作に近寄った。歩きながら、強化棍を収縮させて腰のホルダーに戻す。
「あなた、一体何を────」
近づいてくる私に対して、御崎杏花が腕組みを解いて警戒しようとした瞬間────私は彼女の後ろを指差して言った。
「あ───?」
私の指した方を、真吾が鋭く振り返る。
それに釣られて、森氏も御崎杏花も、そちらの方向を振り返った。
その、ほんの一瞬の隙を────私は見逃さなかった。
懐から梓の付与付きの護符を取り出すのと、御崎杏花との間合いを一足で詰めるのとを同時に行い、御崎杏花がこちらに気づいた時には、すでに彼女の胸元に目的の護符を貼り終えていた。
「なに、こ───れ?」
御崎杏花が言い終わる前に、彼女の瞳の焦点が急速にぼやけて、体が左右に揺れはじめた。
あっという間に御崎杏花は意識を失い、そのまま前方に倒れ込みそうになったが───その前に、私ができるだけソフトに彼女の体を受け止めた。
「────ふぅ。真吾さん、御崎杏花をお願いできますか?」
小さく息を吐きながら、私は真吾を呼び寄せて御崎杏花の体を彼に託した。
「お、おい、君!御崎くんに何をしたんだ?!」
一部始終を見ていた森氏が、怯えの混じった声で私に問う。
御崎杏花の体を真吾に預けながら、私は森氏に頭を下げた。
「手荒な真似をして、申し訳ございません。今、彼女に貼った護符は【睡眠護符】と言いまして、これを貼られた人間は強烈な眠気をもよおして、すぐに眠りにつくことができるという便利な異能アイテムです。このまま御崎杏花さんに意地を張られますと、全員に危険が及ぶと判断し、遺憾ながらこのような手段をとらせていただきました。また、この護符による副作用等の心配は一切ございませんので、どうぞ御安心ください」
「む───。確かに、あれ以上御崎くんにごねられると問題が多かったのは私にもわかるが───となれば、これはやむを得ない処置………と言えるわけか───?」
森氏自身も、御崎杏花の態度に閉口していたからだろうか。彼は一人で納得し、ふと思い出したように私に言った。
「ところで、君は先ほどまでの見事な立ち回り姿を見る限り、かなりの武道の達人ではないのかね?であれば、そのような道具に頼らずとも御崎くんを簡単に気絶させる方法が他にもあったように思うが───?」
森氏はいかにも素人らしい手つきで、手刀を振り下ろす真似をしながら不思議そうに訊いてきた。
「ご冗談を」
私は眼鏡のブリッジを押し上げながら、冷たく言った。
「まさか、人が昏倒するほどの一撃を首や胸などに撃ち込んで、その人に何の後遺症が残らないとでも思っておられるですか?おそらく漫画や小説で、誤った『人の意識遮断方法』が広く流布されたようですが、それを真似して実践したらとんでもないことになりますよ?」
「そ、そうなのか?」
私は頷いた。
「どうせやるなら、首絞めの方が後遺症の心配は減りますが、気絶方と失神時間、起こし方によっては脳に障害が残る可能性もありますので、これも万全ではありません。
───ああ、そうそう。漫画によっては敵をスタンガンで気絶させるような描写もよくありますが、市販レベルのスタンガンではそこまでの電流は発生しませんし、クロロホルムを染み込ませた布で人が一瞬で意識を失うこともありません。つまり、この場合は私どもの護符を使用することが最善であったと、森先生も認めていただけますでしょうか?」
「あ、あぁ────」
一方的にまくしたてる私に付いてこれず、森氏は完全に鼻白んだ様子で生返事をした。
これでいい────と私はひとりごちた。
一種の詐術的な論法ではあるが、私の行動に「森氏の同意もあった」という言質さえとっておけば、寝覚めた後で御崎杏花が騒ごうとも、こちら側も反論できるというものだ。
もっとも、思った以上にこれが大事になるようであれば有馬の力添えが必要になるかもしれないが、今からそんなことを心配していては、現場では思いきった行動ができなくなってしまう。
「ここまで来れば、非常口までもう少しです。御子柴茜の待ち伏せに注意して、先を進みましょう」
まだ消火器の白い薬剤がうっすらと舞う中、私はスーツに付いたその粉を払いながら二人に告げた。
硬直したままの真吾に対し、私は“絶対零度”の鎧を脱いで笑みを送ってみたが、彼の方はすぐに態度を変えれない様子で、カチコチに固まったままだ。
それはそうか────。
私は表情には出さず、内心で苦笑した。
今の言い回しで、さすがに真吾も気づいたことだろう。
冗談と言いつつも、私が『怒っていた』ことは事実であることに。
まさかこの好青年から、いくら私に化けた御子柴茜の《変身》を見破るためとはいえ、あのような質問───初恋の相手の詮索など───をされるとは思ってもみなかった。御子柴が過去の私の記憶を元に、あれ以上余計なことを口にしていたら、私自身、怒りでどのような事態になっていたか───想像するのも恐ろしい。
「さて───では決着をつけましょうか、御子柴 茜さん?」
《変身》が解け、素の状態になって地面に尻餅をついている御子柴茜へ、私は言った。
御子柴茜の正体は、赤色の長い髪を後頭部で結い上げたポニーテールの髪型の女性で、勝ち気そうな切れ長の瞳が印象的な美人だった。均整のとれた体に黒っぽい『つなぎ型』のライダースーツを身にまとった姿からは、かなり行動的な印象を受ける。
「く、そ────!」
鳩尾に受けた私の《足刀蹴り》のダメージが抜けていない様子で、御子柴は苦しそうに顔を歪めた。
だが、ここで敵に情けをかける気はない。
強化棍の切っ先を突き付け、御子柴に迫る。
「勝負あり、です。あなたのその《変身》、おそらくは自分が直接触れた相手にしか発動できないのではないですか?だからこそ、先ほどはわざわざ接近戦に持ち込んだのでしょうし、もしも任意で何時でも誰にでも変身できるほど便利な能力なら、戦闘中にとっくにそれをしているはずですからね」
「─────!」
御子柴は私の言葉に驚いて、目を見張る。
自分の推測がすべて当たっているとまで自惚れる気はないが、彼女の表情を見る限り“いい線”を突いたのではないかと思う。
御子柴は驚いた顔を私から一瞬背け、それから俯いて黙ったが───やがて表情を一変させて哄笑した。
「は、ハハハハハハハ!
なかなか“できる女”とは聞いていたが、まさかこれ程までの実力者だったとはな!最初に警備主任に化けた私を見破った洞察力もそうだが、異能と体術を駆使した戦い方といい、こちらの想像以上だ。
いや、本気でお見それしたよ、牧野桐子!」
「───それはどうも。ですが、褒めていただいても何も出ませんし、手加減もしませんよ?」
私は冷静に返したが、この期に及んでの御子柴の余裕が気になった。
この女は────この期に及んで、何を企んでいるというのだろう?
私は油断せずに、御子柴に一歩分だけ慎重に間合いを詰めようとしたが、その出足を御子柴は見逃さなかった。
御子柴は右手を素早く腰の後ろに回して何か取り出し、私に向かって投じた!
これは────寸鉄?
私は投じられた物体を見極めながら、余裕を持ってそれを避ける。
寸鉄はいわゆる“暗器”と呼ばれる隠し武器の一つで、元々は中国武術で用いられた武具の一つだ。先端の尖った鉄の棒の中心付近に円形の指にかけるための器具がとりつけられ、主に手首の影に隠して『不意打ち』に使用することを念頭に作られている。
私の隙を突きたかったのだろうが、御子柴は本来ならば指にかけて打ち出すはずの寸鉄を投げ出して、何がしたかったのか────?
その答えは、すぐにわかった。
御子柴は、尻餅の状態から体を後ろに反らせた反動で跳ね起き、その勢いのまま、通路の端に設置してあった消火器を激しく蹴り飛ばした!
バシューーーッ!!!
蹴られた衝撃で“く”の字に折れ曲がった消火器から、大量の白い消化用の薬剤が勢いよく撒き散らされる!
確か、消火器の内部には加圧用のガスボンベが内蔵されていると聞いたことがある。レバーを握るとそのガスボンベが破れ、内部にガスが充満して、中の薬剤が外に放出されるという仕組みだったはず────。
御子柴はそれを、外からの衝撃という強引な手法で、消火器のレバーを握ることなく強制的に行ったのだ。
この一連の動作だけでも、御子柴が素の状態でもかなりの“手練れ”だということがよくわかった。私に追い詰められながらも、抜け目なく消火器の位置を確認し、すぐさま利用する判断力と行動力は、おそらく豊富な実戦経験からきているものだと想像できる。
「皆さん、下がってください!」
私は自身も後方に後退りながら、消火器の白い薬剤が煙幕のように撒き散らされる空間から、後ろの三人に指示を出す。
煙に乗じた攻撃を警戒して、私は注意深く様子を伺っていたが、しばらくして薬剤の白い煙が晴れる頃には、すでに御子柴茜の姿はなくなっていた。
「─────」
まんまと御子柴茜に逃げられてしまったが、私たちの任務は最初から『護衛対象の安全の確保』なので、向こうが自ら退いてくれるならそれに越したことはない。私は振り向いて後方の三人に言った。
「どうやら敵は不利を悟って退いたようです。ですが、一旦退いたと見せての“待ち伏せ”の可能性もゼロではないので、注意して先を進みま───」
「ちょっと、待ってください」
私の言葉を途中で遮り、御崎杏花が口を開いた。
ここまで黙って私の後を付いてきた彼女だが、その顔には今までにない険しい表情が浮かんでいる。
「あなたたち───最初から薄々は感じていたけども、異能者なのね?」
眉間に皺を寄せた彼女の表情からは、私へのあからさまな不信感が見てとれた。
「────そうですが、それが何か?」
私は悪びれもなく聞き返した。
「確かに私たちは“異能者”ですが、今はそれを気にするよりも、この場から退避する方が先決ではありませんか?」
御崎杏花は、腕を組んで首を振った。
「いいえ────私は、初めからあなたたちが異能者だと知っていたら、大人しくここまで付いてきていませんでした。大学側には警備のスタッフはくれぐれも“通常”の方で、と念押しをしておいたはずなのに───これはどういうことなのかしら?」
「そんなこと───俺たちは何も聞かされていませんし、牧野さんも言いましたが、今は時間がないんです!苦情は後で聞きますから、急いでください!」
真吾が反論し、行動を促そうとしたが、御崎杏花は聞く耳を持たなかった。
「何と言われようとも、異能者の指示には到底従えません。ここからは───私は他の警備の方を探しますので、どうぞお引き取りください。しかし、ここまで連れてきていただいたことには、一応礼を述べさせていただきますね。どうもありがとうございました」
“にべもない” とは、きっとこういう時にこそ使う言葉なのだろう。
私たちが異能者と確信した途端に御崎杏花の態度は硬化してしまい、まさにとりつく島もない、といった様子だ。
「み、御崎くん。さすがにそれは、ここまで私たちを守りながら連れてきてくれた人たちに対して、礼を失するものではないか?」
御崎杏花と同じくゲストとして来場し、この騒動に巻き込まれた立場であるもう一人の評論家、森卓二郎氏が年長者らしく注意をした。
「異能者を我々、通常者と同等な存在と認めるなら、確かに失礼かもしれませんね?ですが、私はそう思っておりませんので───森 先生は、どうぞご遠慮なく彼らに従ってお逃げくださいな。私は彼らの手はたとえ死んでも借りたくありませんので、勝手をさせていただきます」
「むぅぅ。異能者嫌い、とは聞いていたが、君の何がそこまで────」
森は途中で言葉を失い、黙ってしまった。
それにしても────
事前に彼女の対談する動画を見た時も思ったのだが、御崎杏花が私たち異能者を激しく疎んじる理由とは────ここまでくると憎悪さえ感じてしまう彼女の感情もしくは信念の正体とは、一体何なのだろうか?
過去に異能者から何らかの危害を受けたことが嫌悪のきっかけになった───というのが最も考えられそうな理由だが、この差し迫った状況では悠長にそれを確認をしている時間はないし、そもそも御崎杏花が訊いたからといって素直に答えてくれる様子でもない。
しかし、ここまできて彼女の要望通りに「はい、そうですか」と簡単に袂を別つわけにはいかない私たち側の事情もある。
こうなれば────
私は御崎杏花に気づかれないよう、さりげない目配せで真吾に”合図”を送った。
「─────?!」
真吾は一瞬、ぎょっとした顔になったが、御崎杏花にそれを悟られる前に、慌てて顔を背けて表情を隠した。
「────?これ以上、まだ私に御用がおありでしょうか?」
胸の前で腕を組んで怪訝そうな御崎杏花に、私は無造作に近寄った。歩きながら、強化棍を収縮させて腰のホルダーに戻す。
「あなた、一体何を────」
近づいてくる私に対して、御崎杏花が腕組みを解いて警戒しようとした瞬間────私は彼女の後ろを指差して言った。
「あ───?」
私の指した方を、真吾が鋭く振り返る。
それに釣られて、森氏も御崎杏花も、そちらの方向を振り返った。
その、ほんの一瞬の隙を────私は見逃さなかった。
懐から梓の付与付きの護符を取り出すのと、御崎杏花との間合いを一足で詰めるのとを同時に行い、御崎杏花がこちらに気づいた時には、すでに彼女の胸元に目的の護符を貼り終えていた。
「なに、こ───れ?」
御崎杏花が言い終わる前に、彼女の瞳の焦点が急速にぼやけて、体が左右に揺れはじめた。
あっという間に御崎杏花は意識を失い、そのまま前方に倒れ込みそうになったが───その前に、私ができるだけソフトに彼女の体を受け止めた。
「────ふぅ。真吾さん、御崎杏花をお願いできますか?」
小さく息を吐きながら、私は真吾を呼び寄せて御崎杏花の体を彼に託した。
「お、おい、君!御崎くんに何をしたんだ?!」
一部始終を見ていた森氏が、怯えの混じった声で私に問う。
御崎杏花の体を真吾に預けながら、私は森氏に頭を下げた。
「手荒な真似をして、申し訳ございません。今、彼女に貼った護符は【睡眠護符】と言いまして、これを貼られた人間は強烈な眠気をもよおして、すぐに眠りにつくことができるという便利な異能アイテムです。このまま御崎杏花さんに意地を張られますと、全員に危険が及ぶと判断し、遺憾ながらこのような手段をとらせていただきました。また、この護符による副作用等の心配は一切ございませんので、どうぞ御安心ください」
「む───。確かに、あれ以上御崎くんにごねられると問題が多かったのは私にもわかるが───となれば、これはやむを得ない処置………と言えるわけか───?」
森氏自身も、御崎杏花の態度に閉口していたからだろうか。彼は一人で納得し、ふと思い出したように私に言った。
「ところで、君は先ほどまでの見事な立ち回り姿を見る限り、かなりの武道の達人ではないのかね?であれば、そのような道具に頼らずとも御崎くんを簡単に気絶させる方法が他にもあったように思うが───?」
森氏はいかにも素人らしい手つきで、手刀を振り下ろす真似をしながら不思議そうに訊いてきた。
「ご冗談を」
私は眼鏡のブリッジを押し上げながら、冷たく言った。
「まさか、人が昏倒するほどの一撃を首や胸などに撃ち込んで、その人に何の後遺症が残らないとでも思っておられるですか?おそらく漫画や小説で、誤った『人の意識遮断方法』が広く流布されたようですが、それを真似して実践したらとんでもないことになりますよ?」
「そ、そうなのか?」
私は頷いた。
「どうせやるなら、首絞めの方が後遺症の心配は減りますが、気絶方と失神時間、起こし方によっては脳に障害が残る可能性もありますので、これも万全ではありません。
───ああ、そうそう。漫画によっては敵をスタンガンで気絶させるような描写もよくありますが、市販レベルのスタンガンではそこまでの電流は発生しませんし、クロロホルムを染み込ませた布で人が一瞬で意識を失うこともありません。つまり、この場合は私どもの護符を使用することが最善であったと、森先生も認めていただけますでしょうか?」
「あ、あぁ────」
一方的にまくしたてる私に付いてこれず、森氏は完全に鼻白んだ様子で生返事をした。
これでいい────と私はひとりごちた。
一種の詐術的な論法ではあるが、私の行動に「森氏の同意もあった」という言質さえとっておけば、寝覚めた後で御崎杏花が騒ごうとも、こちら側も反論できるというものだ。
もっとも、思った以上にこれが大事になるようであれば有馬の力添えが必要になるかもしれないが、今からそんなことを心配していては、現場では思いきった行動ができなくなってしまう。
「ここまで来れば、非常口までもう少しです。御子柴茜の待ち伏せに注意して、先を進みましょう」
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