27 / 39
25. 嵐を呼ぶ講演会⑧ ~遊佐 海斗視点~
しおりを挟む
すっかり人気のなくなった会場内で、遊佐は出入り口から真反対に位置する舞台下を目指し、全力で走っていた。
会場内は、すでに逃げ去った観客たちが残した遺留物などが散乱する荒・れた状態だったが、オレはそれらを強引に蹴散らしながら、志麻子姐さんが戦っている舞台下へと一直線に向かう。
背後から、オレに遅れて梓あずささんが続いてきている気配に気づいていたが、志麻子姐さんの危機ピンチを優先するため、あえてスピードは殺さない。
ちなみに自慢ではないが、オレは昔、陸上部にスカウトされたことがあるくらいに、足が速い。
とはいえ、《脚力強化》の異能を持つ、真吾の妹・明莉あかりちゃんが本気を出したスピードには遠く及ばないが─── いやいや、よく考えたら足に関しては全人類が束になっても彼女に敵わない気がするが─── 一般的な成人男性よりは、オレもかなり速い部類だろう。
その脚力を全力で駆使し、オレは志麻子姐さんと正体不明の異能者が戦う場の、すぐそこまで迫っていた。
ここまで近づけば、戦闘中の二人の様子がよくわかる。
志麻子姐さんの相手は細身の金髪の男で、目つきがやたらと悪い野郎である。見たことがない顔だが、初見で『コイツとは仲良くなれそうもないな』と思ったぐらいに、見た目の印象が悪く、勝ち誇ったようなムカつく笑みを顔に浮かべていやがる。
そいつが至近距離から、志麻子姐さんに何かの異能をぶっ放し、志麻子姐さんは跳ねるように吹っ飛ばされてしまった────、
ように見えたのだが、そこで奇妙な事が起・こった。
飛ばされた志麻子姐さんの体が、落下の瞬間に本来あるべきはずの衝撃音を、一切出さなかったのである。
「──────ッ?!」
驚きで、金髪野郎の目が見開かれる。
同様に驚いたオレは彼らの少し手前で急停止し、事の成り行きを見守ることにした。
会場に設置された大量の椅子が邪魔で、オレと金髪野郎の位置からは、志麻子姐さんの落ちた先がよく確認できない。
オレも金髪野郎も───もちろん示し合わせたわけではないが、志麻子さんの落下地点で何が起きたのか、そしてこれから何が起きるのかを、固唾を飲んで見守っていると、“それ”は静かに始まった。
「はぁはぁはぁ────、遊佐くん、志麻子さんは?!」
ようやく追いついてきた梓あずささんが、息を切らして訊いてきたので、オレはブルッと身震いをしながら答えた。
「ちょーどよかったすよ、梓さん。
オレたち───メチャクチャ大きな誤解をしてました。あの志麻子には、オレらごときの心配なんて、必要なかったみたいっす」
「え、え?」
「あれが、答えっす」
到着したばかりで戸惑う梓さんに、オレは顎をしゃくって、今志麻子さんが現れたばかりの空間を示した。
「志麻子さん?!ねぇ、遊佐くん────ひょっとして、アレって……浮いてるの?」
口に手を当てながら、梓さんが思わず驚きの言葉を発する。
梓さんの驚きも無理もはない。
ゆっくりと───瞳を閉じた志麻子さんの体が、講堂の椅子の高さより上に現れたかと思うと、明らかにオレや金髪野郎の身長の高さよりもさらに上空へ、音もなく上昇していく。それはホバリングで滞空するヘリコプターなんかよりも、ずっと滑らかで静かな動きだった。
金髪野郎は、先ほどまでの勝ち誇っていた顔はどこにいったのやら、頬をひきつらせて呻いた。
「な、なんだよ、それはぁ────?!
まさか、空中に浮くなんてよ?そんな異能、見たことも聞いたこともねぇぞッ?!」
余程、動揺しているのだろう。金髪野郎はすぐさま異能で迎撃する、という判断もできずに大声で喚いた。
そこへ───瞳を開けた志麻子姐さんが、艶やかな唇を開けて言った。
「そりゃあ、そうさ。これは今、あたしが創ったばかりの、出来たてほやほやの技なんだからね。それもこれも九鬼坊や、みんなアンタのおかげだよ。アンタにあそこまで追い込まれなかったら、あたしもこんな芸当は思いつかなかっただろうからねぇ?」
「あ?ざけんなよ、今、創っただと?!いや、そもそも。あの距離からオレの【散弾銃】を食らって、まさか無傷だなんてよ?!」
とても信じらない、という面持ちで金髪野郎が愕然とするのも、まぁ無理はない。
オレの目から見ても、金髪野郎の異能は志麻子姐さんに“まともに”命中したように映った。それが、蓋を開けてみれば派手に飛ばされたのは見た目だけで、実際には志麻子姐さんの体には傷の一つもついてはいなかったのだ。
「だから、今、創ったって、言ったろう?
さすがのあたしも、あの距離からあんたの【散弾銃】をぶっ放された時は、さすがにもうダメかと本気で諦めかけるとこだったけどね───でも、どうせなら一か八かって気持ちで開き直ってさ、《風神》の【舞風】と【烈空】を両手で同時に作り出し、それを融合させてアンタの【散弾銃】にぶつけてみたら、今までの《風神》にはなかったほどの濃密な空気の対流が生まれたって寸法さ。そいつがアンタの異能を全部散らしてくれたんだけど、衝撃までは殺せなかったんで、さっきはあたし自身が後ろに飛んで力を逃がしたんだよ」
「──────」
「ちなみにあたしが浮いてるのは、新しい技の応用さね。融合させた風を全身にまといながら、さらに足元に集中させてみたら、ほらこの通り!バッチリ浮いてるだろう?ただ、この技に慣れるには、このあたしでもまだ時間がかかりそうだねぇ。今はこれが精一杯、ってとこさ!」
志麻子姐さんは「よっ!」とかけ声を発しながら、上空から滑るように落下して、そのまま音もなく床に着地した。
「慣れたら、もっと長い時間浮いていられそうだけどねぇ?」
オレと梓さんに気づいていたのか、志麻子姐さんはこちらに向かって片目を閉じてみせながら、艶やかに笑った。
志麻子姐さんに『九鬼坊や』と呼ばれた金髪野郎は、全身を震わせながら、無言で歯軋りをしている。
オレはニヤリと笑いながら、九鬼に言ってやった。
「おい、お前。降参するなら今のうちだぜ?もし降参するなら痛い思いをしてなくても済むけど、どうすんだ?」
優しく『勧告』してやったつもりだったが、残念ながら九鬼ヤツにはとっては挑発になっただけかもしれない。
九鬼は顔を上げ、言葉ではなく行動でオレに返答した。
両手のすべての指を内側に折り曲げ、一瞬溜めるような動作をした後に、それらを外側に向かって一気に広げて開放したのだ!
九鬼の指から乾いた発砲音とともに弾丸のようなものが発射され、それらは様々な軌道を描きながら凄まじい速度で志麻子姐さんに向かって殺到していく!
「無駄さね。もう、あたしに《空気銃》は通用しないよ」
志麻子姐さんはまったく焦る素振りもなく、どこからか取り出した扇子を手にして、それを優雅にパタパタと扇ぎはじめた。
「───バカが、余裕かましやがって!」
九鬼が毒づくが、志麻子姐さんは涼しい顔で迫る弾丸たちを静観し───、
そして、姐さんの体に弾丸が到達する、ほんの数㎝手前でそれらは動きを完全に止められていた。
「───なっ?!」
異様な光景だった。
まるで、志麻子姐さんの体を透明なバリアーが包んでいるかのように、合計10発の弾はそれに侵入を阻まれ、空中で動きを急停止した後に跡形もなく消え去った。おそらく、弾丸そのものは九鬼が作り出した実体のない、空気の塊だったのだろう。
「ようやく、コツが掴めてきたみたいだよ?しかし、こいつは便利なもんだねぇ。【舞風】よりも使い勝手がいいし、かなり気に入ったよ♪」
新しい玩具を手に入れた子供のように、志麻子姐さんは嬉しそうにはしゃぐ。
「ねぇ、遊佐くん?志麻子さんのアレは一体、どういう原理だったの?」
梓さんが耳打ちしてきた。身内とはいえ、初めて見る志麻子姐さんの異能の力に梓さんも戸惑っているようだ。
「う~~んと、オレも志麻子姐さん本人じゃないので完全なことはわかりかねるっすけど………たぶん、姐さんは【烈空】と【舞風】を“かき混ぜる”ことで、《風神》の本質的なスキルを手に入れたってことじゃないっすかね?」
「本質的?」
梓さんが首を傾げる。
「なんつーーか、オレもうまく言葉にできないんすけど────ほら、“風”って、元々は空気の流れ、気流のことじゃないすっか?だけどそれを操る姐さんは、今まではそれを限定的な使い方しかできていなかったんじゃないかなーと思うんすね。それが今回のことがきっかけになって、一気に開放されたとでも言うのか。とにかく、結果的に風でできることの幅が、かなり広がったんだろうと思うわけっす」
「───ふぅん、なるほどね?」
オレの抽象的な説明に、梓さんはわかったようなわからないような微妙な顔をして頷いたが、オレ自身も完全に理解や納得をしているわけではないので、その反応も仕方ないだろう。
「───で、九鬼の坊や。これ以上、まだやるのかい?」
志麻子姐さんが、つまらなさそうな顔で九鬼に訊いた。
ひょっとすると、姐さんにとって九鬼の存在はすでに“とるに足らないもの”に成り下がっているのかもしれなかった。
ギリッと歯軋りをして、九鬼が吠える。
「誰が、このまま引き下がるかよ!オレにはまだ、【散弾銃】があるッ!!!」
九鬼は志麻子姐さんに向かって踏み込みながら、両手の指を先ほどの発射の時よりも深く掌に包み込むように溜め、志麻子姐さんの懐で開放しようと突っ込んだ!
これは───オレたちがここへ介入するきっかけとなった、少し前に志麻子姐さんを吹っ飛ばしたあの大技か?
「ぅぉぉぉぉぉぉッ!!!」
ただし、前とまったく同じままでは、九鬼もまた志麻子姐さんの新技で攻撃が防がれるのは予想しているだろう。だからヤツは、今度は最大限まで勢いをつけ、尚且つ自分が持てる“異能力”のすべてをつぎ込むような気迫を発して、捨て身の突撃をかましている。
「へぇ、なかなかいい気迫じゃないか?だけどね────散弾銃も、もう通じないよ?
バカだねぇ、超一流相手に、一度見せた技が何度も通用すると本気で思ってるのかい?」
志麻子姐さんが、憐れむような顔をしたのも一瞬────、
姐さんは突っ込んでくる九鬼の方に、自らも合わせるように踏み込んだ!
九鬼は両手を手首の所で合わせ、向かってきた志麻子姐さんの胸元に狙いを定めて、異能を解き放つ!
「【散弾】────」
九鬼の異能が発動されるのと、ほぼ同時に。
志麻子姐さんは、人間の目で捉えきれないぐらいの、とんでもないスピードで───九鬼の両手を、下から高速で払い上げた。
「────うぉ?!」
狙いを逸らされた【散弾銃】の弾幕が、上方に向かって、花火のように撃ち上げられる。
そして────、
両手を払い上げられたことによって無防備な『万歳』のポーズになった九鬼の鳩尾に、志麻子姐さんの肘がめり込んだ!
「ぐ、ふ────!」
「はァ!」
志麻子姐さんは、悶絶して『くの字』になった九鬼の腕を掴んで、さらに追撃の合気投げを炸裂させた!
床にたたきつけられた九鬼は、その時点で意識を飛ばされたようで、完全に白目をむいて体を痙攣させている。
パンパンと小さく音をたてて手を払いながら、志麻子姐さんはオレたちに言った。
「すっかりお待たせしたねぇ、お二人さん。あたしはこのまま牧野ちゃんたちを追いかけるけど、御同伴願えるかぃ?」
「───え、ええ、もちろん」
一連の攻防に目を奪われていた梓さんが、かろうじて声を絞り出す。
志麻子姐さんは九鬼を見下ろした。
「こいつには今回の黒幕を聞き出さないといけないからねぇ、一緒にしょっぴいて行くよ。遊佐、手伝いな」
「へ~~い」
オレは志麻子姐さんの指令に大人しく従う。
九鬼の首根っこを掴みながら、志麻子姐さんが思い出したように言った。
「そうそう。せっかくの新技に名前をつけてやらなきゃいけないねぇ?───思いつきだけど【絶空】、なんてどうだぃ?」
「いいんじゃないっすか?なんか意味はよくわかんねーっすけど、カッコいい響きだし?」
図らずも、志麻子姐さんの“新技”の実験台となってしまった九鬼の運命に少しばかり同情しながら、オレは同意した。
「よし、それじゃ早いとこ牧野ちゃんたちを追いかけようじゃないか!まぁ、あっちはあっちで大変なことになってないといいけどねぇ?」
「志麻子さん、不吉なことを言わないでください。そんなことを言ってそれが現実になったらどうするんですか?」
梓さんが年長の志麻子姐さんをたしなめると、姐さんは苦笑しながら謝った。
「すまないね、別に煽ったりしてるわけじゃないんだけどさ───どうも今回は嫌な予感というか、九鬼坊やにさえこれだけ手を焼かされた、ってのが気になってね。もちろん、向こうも何事もなく無事に移動してくれてれば、それにこしたことはないんだよ」
「────そうですよね」
梓さんは頷いたが、不測の事態の連続で気疲れもあるのか、その表情は少し硬かった。
そんな梓さんに、オレはあえて明るく言った。
「とにかく、オレたちは前に進みましょうや。《運命》ってヤツは、進むことでしか切り開くことはできない───ってヤツっすよ?」
「へぇ、遊佐にしてはまともなことを言うじゃないか?」
「失敬な!オレはいつだってマトモっすよッ?」
志麻子姐さんの茶々にオレが怒ってみせると、その掛け合いを見た梓さんがクスリと笑った。
うんうん。やはり美人は憂い顔をしてるよりも、笑顔の方が似合うってもんだよなぁ、とつくづく思う。
「んじゃ、早速行きましょうか!早くしないと二人に追いつけないっすからね!」
オレの言葉に頷く二人。
───この時のオレには、まだ余裕と気楽さがあったよなぁ…と、後にしみじみと回想することになるのだが、それはもう少し未来の話だ。
向こうの事情を何も知らないオレたちは、まだお気楽な気分で、仲間たちと簡単に合流できると本気で思っていたのだ。
会場内は、すでに逃げ去った観客たちが残した遺留物などが散乱する荒・れた状態だったが、オレはそれらを強引に蹴散らしながら、志麻子姐さんが戦っている舞台下へと一直線に向かう。
背後から、オレに遅れて梓あずささんが続いてきている気配に気づいていたが、志麻子姐さんの危機ピンチを優先するため、あえてスピードは殺さない。
ちなみに自慢ではないが、オレは昔、陸上部にスカウトされたことがあるくらいに、足が速い。
とはいえ、《脚力強化》の異能を持つ、真吾の妹・明莉あかりちゃんが本気を出したスピードには遠く及ばないが─── いやいや、よく考えたら足に関しては全人類が束になっても彼女に敵わない気がするが─── 一般的な成人男性よりは、オレもかなり速い部類だろう。
その脚力を全力で駆使し、オレは志麻子姐さんと正体不明の異能者が戦う場の、すぐそこまで迫っていた。
ここまで近づけば、戦闘中の二人の様子がよくわかる。
志麻子姐さんの相手は細身の金髪の男で、目つきがやたらと悪い野郎である。見たことがない顔だが、初見で『コイツとは仲良くなれそうもないな』と思ったぐらいに、見た目の印象が悪く、勝ち誇ったようなムカつく笑みを顔に浮かべていやがる。
そいつが至近距離から、志麻子姐さんに何かの異能をぶっ放し、志麻子姐さんは跳ねるように吹っ飛ばされてしまった────、
ように見えたのだが、そこで奇妙な事が起・こった。
飛ばされた志麻子姐さんの体が、落下の瞬間に本来あるべきはずの衝撃音を、一切出さなかったのである。
「──────ッ?!」
驚きで、金髪野郎の目が見開かれる。
同様に驚いたオレは彼らの少し手前で急停止し、事の成り行きを見守ることにした。
会場に設置された大量の椅子が邪魔で、オレと金髪野郎の位置からは、志麻子姐さんの落ちた先がよく確認できない。
オレも金髪野郎も───もちろん示し合わせたわけではないが、志麻子さんの落下地点で何が起きたのか、そしてこれから何が起きるのかを、固唾を飲んで見守っていると、“それ”は静かに始まった。
「はぁはぁはぁ────、遊佐くん、志麻子さんは?!」
ようやく追いついてきた梓あずささんが、息を切らして訊いてきたので、オレはブルッと身震いをしながら答えた。
「ちょーどよかったすよ、梓さん。
オレたち───メチャクチャ大きな誤解をしてました。あの志麻子には、オレらごときの心配なんて、必要なかったみたいっす」
「え、え?」
「あれが、答えっす」
到着したばかりで戸惑う梓さんに、オレは顎をしゃくって、今志麻子さんが現れたばかりの空間を示した。
「志麻子さん?!ねぇ、遊佐くん────ひょっとして、アレって……浮いてるの?」
口に手を当てながら、梓さんが思わず驚きの言葉を発する。
梓さんの驚きも無理もはない。
ゆっくりと───瞳を閉じた志麻子さんの体が、講堂の椅子の高さより上に現れたかと思うと、明らかにオレや金髪野郎の身長の高さよりもさらに上空へ、音もなく上昇していく。それはホバリングで滞空するヘリコプターなんかよりも、ずっと滑らかで静かな動きだった。
金髪野郎は、先ほどまでの勝ち誇っていた顔はどこにいったのやら、頬をひきつらせて呻いた。
「な、なんだよ、それはぁ────?!
まさか、空中に浮くなんてよ?そんな異能、見たことも聞いたこともねぇぞッ?!」
余程、動揺しているのだろう。金髪野郎はすぐさま異能で迎撃する、という判断もできずに大声で喚いた。
そこへ───瞳を開けた志麻子姐さんが、艶やかな唇を開けて言った。
「そりゃあ、そうさ。これは今、あたしが創ったばかりの、出来たてほやほやの技なんだからね。それもこれも九鬼坊や、みんなアンタのおかげだよ。アンタにあそこまで追い込まれなかったら、あたしもこんな芸当は思いつかなかっただろうからねぇ?」
「あ?ざけんなよ、今、創っただと?!いや、そもそも。あの距離からオレの【散弾銃】を食らって、まさか無傷だなんてよ?!」
とても信じらない、という面持ちで金髪野郎が愕然とするのも、まぁ無理はない。
オレの目から見ても、金髪野郎の異能は志麻子姐さんに“まともに”命中したように映った。それが、蓋を開けてみれば派手に飛ばされたのは見た目だけで、実際には志麻子姐さんの体には傷の一つもついてはいなかったのだ。
「だから、今、創ったって、言ったろう?
さすがのあたしも、あの距離からあんたの【散弾銃】をぶっ放された時は、さすがにもうダメかと本気で諦めかけるとこだったけどね───でも、どうせなら一か八かって気持ちで開き直ってさ、《風神》の【舞風】と【烈空】を両手で同時に作り出し、それを融合させてアンタの【散弾銃】にぶつけてみたら、今までの《風神》にはなかったほどの濃密な空気の対流が生まれたって寸法さ。そいつがアンタの異能を全部散らしてくれたんだけど、衝撃までは殺せなかったんで、さっきはあたし自身が後ろに飛んで力を逃がしたんだよ」
「──────」
「ちなみにあたしが浮いてるのは、新しい技の応用さね。融合させた風を全身にまといながら、さらに足元に集中させてみたら、ほらこの通り!バッチリ浮いてるだろう?ただ、この技に慣れるには、このあたしでもまだ時間がかかりそうだねぇ。今はこれが精一杯、ってとこさ!」
志麻子姐さんは「よっ!」とかけ声を発しながら、上空から滑るように落下して、そのまま音もなく床に着地した。
「慣れたら、もっと長い時間浮いていられそうだけどねぇ?」
オレと梓さんに気づいていたのか、志麻子姐さんはこちらに向かって片目を閉じてみせながら、艶やかに笑った。
志麻子姐さんに『九鬼坊や』と呼ばれた金髪野郎は、全身を震わせながら、無言で歯軋りをしている。
オレはニヤリと笑いながら、九鬼に言ってやった。
「おい、お前。降参するなら今のうちだぜ?もし降参するなら痛い思いをしてなくても済むけど、どうすんだ?」
優しく『勧告』してやったつもりだったが、残念ながら九鬼ヤツにはとっては挑発になっただけかもしれない。
九鬼は顔を上げ、言葉ではなく行動でオレに返答した。
両手のすべての指を内側に折り曲げ、一瞬溜めるような動作をした後に、それらを外側に向かって一気に広げて開放したのだ!
九鬼の指から乾いた発砲音とともに弾丸のようなものが発射され、それらは様々な軌道を描きながら凄まじい速度で志麻子姐さんに向かって殺到していく!
「無駄さね。もう、あたしに《空気銃》は通用しないよ」
志麻子姐さんはまったく焦る素振りもなく、どこからか取り出した扇子を手にして、それを優雅にパタパタと扇ぎはじめた。
「───バカが、余裕かましやがって!」
九鬼が毒づくが、志麻子姐さんは涼しい顔で迫る弾丸たちを静観し───、
そして、姐さんの体に弾丸が到達する、ほんの数㎝手前でそれらは動きを完全に止められていた。
「───なっ?!」
異様な光景だった。
まるで、志麻子姐さんの体を透明なバリアーが包んでいるかのように、合計10発の弾はそれに侵入を阻まれ、空中で動きを急停止した後に跡形もなく消え去った。おそらく、弾丸そのものは九鬼が作り出した実体のない、空気の塊だったのだろう。
「ようやく、コツが掴めてきたみたいだよ?しかし、こいつは便利なもんだねぇ。【舞風】よりも使い勝手がいいし、かなり気に入ったよ♪」
新しい玩具を手に入れた子供のように、志麻子姐さんは嬉しそうにはしゃぐ。
「ねぇ、遊佐くん?志麻子さんのアレは一体、どういう原理だったの?」
梓さんが耳打ちしてきた。身内とはいえ、初めて見る志麻子姐さんの異能の力に梓さんも戸惑っているようだ。
「う~~んと、オレも志麻子姐さん本人じゃないので完全なことはわかりかねるっすけど………たぶん、姐さんは【烈空】と【舞風】を“かき混ぜる”ことで、《風神》の本質的なスキルを手に入れたってことじゃないっすかね?」
「本質的?」
梓さんが首を傾げる。
「なんつーーか、オレもうまく言葉にできないんすけど────ほら、“風”って、元々は空気の流れ、気流のことじゃないすっか?だけどそれを操る姐さんは、今まではそれを限定的な使い方しかできていなかったんじゃないかなーと思うんすね。それが今回のことがきっかけになって、一気に開放されたとでも言うのか。とにかく、結果的に風でできることの幅が、かなり広がったんだろうと思うわけっす」
「───ふぅん、なるほどね?」
オレの抽象的な説明に、梓さんはわかったようなわからないような微妙な顔をして頷いたが、オレ自身も完全に理解や納得をしているわけではないので、その反応も仕方ないだろう。
「───で、九鬼の坊や。これ以上、まだやるのかい?」
志麻子姐さんが、つまらなさそうな顔で九鬼に訊いた。
ひょっとすると、姐さんにとって九鬼の存在はすでに“とるに足らないもの”に成り下がっているのかもしれなかった。
ギリッと歯軋りをして、九鬼が吠える。
「誰が、このまま引き下がるかよ!オレにはまだ、【散弾銃】があるッ!!!」
九鬼は志麻子姐さんに向かって踏み込みながら、両手の指を先ほどの発射の時よりも深く掌に包み込むように溜め、志麻子姐さんの懐で開放しようと突っ込んだ!
これは───オレたちがここへ介入するきっかけとなった、少し前に志麻子姐さんを吹っ飛ばしたあの大技か?
「ぅぉぉぉぉぉぉッ!!!」
ただし、前とまったく同じままでは、九鬼もまた志麻子姐さんの新技で攻撃が防がれるのは予想しているだろう。だからヤツは、今度は最大限まで勢いをつけ、尚且つ自分が持てる“異能力”のすべてをつぎ込むような気迫を発して、捨て身の突撃をかましている。
「へぇ、なかなかいい気迫じゃないか?だけどね────散弾銃も、もう通じないよ?
バカだねぇ、超一流相手に、一度見せた技が何度も通用すると本気で思ってるのかい?」
志麻子姐さんが、憐れむような顔をしたのも一瞬────、
姐さんは突っ込んでくる九鬼の方に、自らも合わせるように踏み込んだ!
九鬼は両手を手首の所で合わせ、向かってきた志麻子姐さんの胸元に狙いを定めて、異能を解き放つ!
「【散弾】────」
九鬼の異能が発動されるのと、ほぼ同時に。
志麻子姐さんは、人間の目で捉えきれないぐらいの、とんでもないスピードで───九鬼の両手を、下から高速で払い上げた。
「────うぉ?!」
狙いを逸らされた【散弾銃】の弾幕が、上方に向かって、花火のように撃ち上げられる。
そして────、
両手を払い上げられたことによって無防備な『万歳』のポーズになった九鬼の鳩尾に、志麻子姐さんの肘がめり込んだ!
「ぐ、ふ────!」
「はァ!」
志麻子姐さんは、悶絶して『くの字』になった九鬼の腕を掴んで、さらに追撃の合気投げを炸裂させた!
床にたたきつけられた九鬼は、その時点で意識を飛ばされたようで、完全に白目をむいて体を痙攣させている。
パンパンと小さく音をたてて手を払いながら、志麻子姐さんはオレたちに言った。
「すっかりお待たせしたねぇ、お二人さん。あたしはこのまま牧野ちゃんたちを追いかけるけど、御同伴願えるかぃ?」
「───え、ええ、もちろん」
一連の攻防に目を奪われていた梓さんが、かろうじて声を絞り出す。
志麻子姐さんは九鬼を見下ろした。
「こいつには今回の黒幕を聞き出さないといけないからねぇ、一緒にしょっぴいて行くよ。遊佐、手伝いな」
「へ~~い」
オレは志麻子姐さんの指令に大人しく従う。
九鬼の首根っこを掴みながら、志麻子姐さんが思い出したように言った。
「そうそう。せっかくの新技に名前をつけてやらなきゃいけないねぇ?───思いつきだけど【絶空】、なんてどうだぃ?」
「いいんじゃないっすか?なんか意味はよくわかんねーっすけど、カッコいい響きだし?」
図らずも、志麻子姐さんの“新技”の実験台となってしまった九鬼の運命に少しばかり同情しながら、オレは同意した。
「よし、それじゃ早いとこ牧野ちゃんたちを追いかけようじゃないか!まぁ、あっちはあっちで大変なことになってないといいけどねぇ?」
「志麻子さん、不吉なことを言わないでください。そんなことを言ってそれが現実になったらどうするんですか?」
梓さんが年長の志麻子姐さんをたしなめると、姐さんは苦笑しながら謝った。
「すまないね、別に煽ったりしてるわけじゃないんだけどさ───どうも今回は嫌な予感というか、九鬼坊やにさえこれだけ手を焼かされた、ってのが気になってね。もちろん、向こうも何事もなく無事に移動してくれてれば、それにこしたことはないんだよ」
「────そうですよね」
梓さんは頷いたが、不測の事態の連続で気疲れもあるのか、その表情は少し硬かった。
そんな梓さんに、オレはあえて明るく言った。
「とにかく、オレたちは前に進みましょうや。《運命》ってヤツは、進むことでしか切り開くことはできない───ってヤツっすよ?」
「へぇ、遊佐にしてはまともなことを言うじゃないか?」
「失敬な!オレはいつだってマトモっすよッ?」
志麻子姐さんの茶々にオレが怒ってみせると、その掛け合いを見た梓さんがクスリと笑った。
うんうん。やはり美人は憂い顔をしてるよりも、笑顔の方が似合うってもんだよなぁ、とつくづく思う。
「んじゃ、早速行きましょうか!早くしないと二人に追いつけないっすからね!」
オレの言葉に頷く二人。
───この時のオレには、まだ余裕と気楽さがあったよなぁ…と、後にしみじみと回想することになるのだが、それはもう少し未来の話だ。
向こうの事情を何も知らないオレたちは、まだお気楽な気分で、仲間たちと簡単に合流できると本気で思っていたのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる