【完結】で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?

Debby

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21 撒き餌

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「クラレット」
「あなたが何故ここに?」

 学園関係者以外いるはずのない会場に卒業生であるジェードが現れ、クラレットは驚きの表情で問うた。
 シアンとキャナリィ、そして来賓であるグレイとスカーレットが会場入りし、生徒の視線がそちらに向いている隙に入ってきたらしい。
 それでもかなりの視線を集めているようではあるが。

 以前のクラレットであれば「何故部外者であるはずのジェード様が会場におられるのですか?」と無表情で問うていただろう。
 婚約して二年が過ぎ、日常会話が他人行儀なものから少し砕けてきたように思う。
 商会の仕事でも頼られることが増え、ジェードは少しはクラレットも気を許してくれているのではないか、いい傾向だと感じていた。
 クラレットと婚約したのは二年前、シアンがシルバー王国に留学する際に正式に公爵家の後継者となりキャナリィと婚約したのと同じタイミングだった。
 しかし出会いは十年前──その間八年。
 公爵を継ぐことに然程興味がなかったということもあるし、受け身のキャナリィと結婚したくなかったということもあり、キャナリィと相思相愛のシアンに丸ごと押し付けることにした。
 そしてジェードは八年という長い時を、ただただクラレットを手に入れるために費やしてきたのだ。

 それなのに、この婚約者クラレットは何事もジェードよりキャナリィを優先する。
 クラレットはジェードと過ごせる学生生活唯一の一年間のそのほとんどを、婚約者シアン不在のキャナリィと過ごすことを優先したのだ。
 そもそも貴族家の後継に不適だと思わせるために演じていた役どころもあり、共に過ごす機会を作ろうにもジェードにたか令嬢たちをかわしながらでは上手くいかなかっただろうが。
 ジェードはキャナリィには勿論だが、クラレットと共に過ごす時間を奪った令嬢たちにもかなり腹を立てていた。
 それでも自身に向けられる感情だけならば捨て置けばよいだけだ。どうでもよかった。
 しかし今回、何の障害にもならなかったとはいえクラレットとその商会に手を出そうとした令嬢がいる。

 直接出向いて排除駆除してもいいが、相手は正攻法でも諦めなかったしつこい令嬢だ。
 ジェードが出向けば自身に会いに来たと勘違いをされかねない。

(それに今日の僕は機嫌がいいから)

 ──言うなれば僕は撒き餌だ。
 寄ってこなければ見逃してやる。

 そう思いながらも、ジェードは令嬢が自身をあきらめないことを確信していた。
 なぜならその不快な視線を今も感じているから。

(さぁ食いついてこい。二度と僕の前に姿を見せることが出来ないようにしてやろう)

「先ほどまで学園長と話をしていてね。婚約者もいることだしと、少しだけパーティーに顔を出す許可をもらったんだよ。踊ろう、クラレット!」

 そんなことを考えつつ、クラレットの疑問に答えると、ジェードは笑顔でクラレットの手を取った。

 実は商会員としてジェードも前室まで来ており全て話を聞いていた。
 ジェードは来賓である王太子のパートナーの変更と事の顛末を話すために、敢えてパーティー前に学園長と会い自然な流れでパーティーに顔を出す許可をもらったのだ。
 ──もちろんクラレットとダンスを踊るために。
 許可があるとはいえ卒業生ではあるため少し遠慮して輪の端の方で踊る。
 それでも在学中は叶うことがなかったクラレットとのダンスに心底喜んでいるジェードは、いつもの自身の容姿を最大限に利用し計算しつくした笑顔ではなく、自然な笑みを浮かべてクラレットと踊っていた。
 悲しいことにジェードの笑みはクラレットには全く通じない。
 しかし、周囲の令嬢には十分効果を発揮し、皆頬を赤らめてジェードに見とれていた。

(ジェード様・・・っ!)

 そしてそんなジェードにビアンカが気付かないはずはなかった。スカーレットやグレイには目もくれず、ジェードが入場してきた瞬間から彼を見つめていた。

 クラレットとのダンスを楽しむジェードを追う令嬢たちの視線がダンスホールに釘付けとなった。勿論ビアンカの視線も。
 キャナリィと踊るシアンも人気だが、キャナリィ以外眼中にはないと言わんばかりの冷たいオーラが声を掛けるまでもないと令嬢を諦めさせるのだ。
 しかしジェードは違う。
 在学中から優しい雰囲気を纏うジェードは声を掛けやすい存在ではあったが、こういう場に姿を見せることが少なかった。
 自分たちから逃げていたとは思ってもない令嬢たちは、言葉をかけると優しい笑顔を返してくれるに違いないと、一言でも言葉を交わしたいと今か今かと曲が終わるのを待った。



「学園で一度君と踊りたかったんだ。夢を叶えてくれた学園長に感謝だよ」

 曲が終わると、ジェードはそう言ってクラレットの手の甲に口づけた。そして──

「学生の邪魔は出来ないからね。僕は行くよ。残りの時間、楽しんで」

 クラレットにそう告げ、ダンスの輪から離れ出入り口の方へと歩き出した。
 その瞳は何かを企んでいるかのような色を称えていた。
 そして、その後を追うビアンカの姿をいくつかの瞳が見ていた。





(ジェード様・・・っ!)

 ビアンカは喜びのあまり叫び出しそうになるのを必死に押さえた。
 目の前でジェードがダンスを踊っているのだ!
 同じ特別クラスの校舎にいるにも関わらず、在学中も滅多に会うことが叶わず、彼が卒業してからは一度も姿を見てはいなかった。
 会いたかったジェードがそこにいる。駆け寄り手を伸ばせば、届くところに。
 
 クラレットとのダンスが終われば彼は自由だ。
 この国では女性からダンスを誘うのははしたない行為とされている。
 しかし、リスクは高いが女性から好意を伝える手段としては最も効果的な方法でもある。
 ジェードに直接好意を伝えようとしていたビアンカにとって、またとないチャンスなのだ。
 ビアンカがダンスを踊って欲しいと手を差し出せば、仕方なく伯爵令嬢と婚約することになってしまったジェードはきっとビアンカの手を握り返してくれるに違いない。

(実家が商会を持ち、あの年まで婚約者のなり手がいなかっただけのくせに、分不相応にもジェード様の婚約者に収まったクラレット・メイズ!)

 許せない。

 しかし今は学園でいつでも会うことのできるクラレットより、この機会を逃せば会うことも叶わないジェードだ。
 曲が終わり、ジェードはクラレットから離れ出入り口に向かっている。
 会場から出てしまう前に声をかけなければ!

 ビアンカはジェードに見とれる令嬢の間を急ぎ進んだ。
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