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1 スカウトという名の脅し
ガラガラガラガラ──遠くから馬車の走ってくる音が聞こえてきた。
事前情報によると、とある貴族家の馬車だ。そしてこれまた事前情報によると、その辺から人が出てくる・・・らしい。
シエル・フルーガ子爵令嬢は喫茶店のテラス席で学園の友人たちと紅茶を楽しみながら、向かいの路地から身なりの良さそうな小父さんが徒歩で出てくるのを確認した。
馬車がどんどん近付いてくる。
するとその小父さんがタイミングを見計らったかのように──
「おうわっ!」──バタンッ!!
思い切りコケた。
「大丈夫ですか?」
周囲の人が小父さんを心配そうにのぞき込んでいるのが見える。
ガラガラガラガラ──その横を貴族家の馬車が走り去っていく。
「あ・・・」
小父さんが呆然として馬車を見送る。
その後、あれよあれよという間に小父さんは親切な人に連れられ近くの治療院に運ばれていってしまった。
一仕事を終えたシエルは小父さんを目線だけで見送ると、紅茶と共に頼んだ季節のフルーツのタルトを口に運んだ。
お茶会で盛り上がる話題といえば、最近では若者の間で人気の娯楽小説が主流だ。
舞台は王宮や貴族家であったり学園であったりと様々だが、実在の人物や団体の名前が小説に登場するわけではないので不敬に問われることはない。内容的に作者は貴族だと思われるため、そんなヘマはしないのだろうが。
逆に王侯貴族が小説を利用して世論を操作することもままあるようである。
そして、そういう小説にはよく『王家の影』という存在が登場する。
『影』とは王族やその婚約者の警護と監視、偽証を覆すための証言をしたり、天井裏に潜んでいたり、呼ばれたら何もないところから出てきたり?まぁ、物語の中でいえば脇役なのだがその話の内容によって色々なパターンがある。
東の方では『影』のことを『ニンジャ』と呼ぶ国もあるようで、その呼び名も国によって違うのだ。
しかし、ほとんどの小説では『影の一族』が存在し、代々その任に就いていると記述されている。幼いころから影としての英才教育を受け、目立たず生活し、当然仕事中は正体を知られないために黒衣を身に纏い闇に潜み、姿を隠す。
一族で共有する秘密。口伝で伝えられる技術と知識──。
しかし物語|と現実は往々にして違うものだ。
──そう、この国の『影』はスカウト制なのである。
「シエルも16才か。そろそろ教会に行かないといけないな」
フルーガ子爵が夕食の席で学園の一年生になったばかりの愛娘に声を掛けた。
この世界には魔法はないが『スキル』というものが存在する。
スキルには日常生活を少しだけ助けるようなものから物語に出てくる『魔法』のようなものもあれば、『超能力』という人の持つ能力の限界を突破したものなど様々な種類があるらしい。
中でも教会の大司教は『祝福』というスキルを使い、七色の蝶を飛ばすのだという。
主に王族の結婚式で使われるそのスキルは、滅多にないことではあるが件の大司教が気まぐれに司祭の役を買って出る一般貴族や平民の結婚式でも見ることが出来るらしい。
またスキル保持者は50人に1人とも100人に1人とも言われているが、中には一人で二つのスキルを持っている人もいるという。
何故はっきりしないのかというと、スキルを保持しているとわかっても秘密にすることが多く正確な情報を誰も把握していないからである。
それは過去の歴史の中で、力の弱い者がスキル保持者だと分かると権力を笠に着て無理矢理養子縁組をしたり、婚約を結んだり、ひどい時は親が子供を売ったり誘拐されることもあったらしいので仕方がないことなのかもしれない。
その為『スキル』は分別の付く16才になってから教会にある授受の部屋で判定を受けることとされている。貴族は義務、平民は希望者のみだ。
結果を知るのは本人とスキルの授受に立ち会った大司教のみ。親に言うも秘密にするも自己責任だ。
子爵令嬢とはいえ貴族。
家族全員『スキル』は不所持だが、スキルの有無は血脈とは無関係と言われているし、義務である以上行かなければならなかった。
「シエル・フルーガ子爵令嬢。おめでとう。あなたのスキルは『根』です」
「は?」
こちらからは何も見えないが、明らかに高価そうな水晶に映った文字が大司教様には見えるらしい。
自分にスキルがあったのも驚きだが、『根』ってなんだ。『根』って。と、シエルは思った。
「さて、あまり時間はありません。『影』というお仕事に興味はありませんか?」
「カゲとは、足元に出来る、あのカゲでしょうか?」
「・・・仮にそれだと、どんな仕事だと思いますか?」
(──ですよね)
「巷で流行っている物語によく出る『王家の影』、ですよ。
我が国の『影』はスカウト制でしてね。有用なスキルを持っている方にこうやってお声かけをしているのです。
因みにこの話は王家の秘匿事項ですのでここまで聞いて断ると言うのであれば、数日後にあなたはどこかの湖に浮くことになるかもしれませんけどね」
「聞かせたのはそちら・・・」
文句を言おうにも相手は教会の大司教という肩書の狸おやじだ。人の良さそうな笑顔で「どうされますか」などといかにも選択肢があるかのように聞いてくるが「是」と答える以外にシエルに生きる道はなかった。
「スキル無しでした・・・」
授受部屋を出るとシエルは両親にそう報告する。
『影』を担うことは家族にも秘密だ。勿論スキルのことも。
「我が家は誰もスキルを持っていないからそう落ち込むことではないよ」
フルーガ子爵は愛娘に優しく声を掛けるが、自分が落ち込んでいるように見えるのであれば、それはきっと狸おやじのせいだ。とシエルは心の中で毒づいた。
この「クソ司教」との出会いがすべてのはじまり・・・いや、クソ司教と出会ったせいでシエルの人生は終わったのだから、心の中で言葉が悪くなるくらいは見逃して欲しいと思った。
事前情報によると、とある貴族家の馬車だ。そしてこれまた事前情報によると、その辺から人が出てくる・・・らしい。
シエル・フルーガ子爵令嬢は喫茶店のテラス席で学園の友人たちと紅茶を楽しみながら、向かいの路地から身なりの良さそうな小父さんが徒歩で出てくるのを確認した。
馬車がどんどん近付いてくる。
するとその小父さんがタイミングを見計らったかのように──
「おうわっ!」──バタンッ!!
思い切りコケた。
「大丈夫ですか?」
周囲の人が小父さんを心配そうにのぞき込んでいるのが見える。
ガラガラガラガラ──その横を貴族家の馬車が走り去っていく。
「あ・・・」
小父さんが呆然として馬車を見送る。
その後、あれよあれよという間に小父さんは親切な人に連れられ近くの治療院に運ばれていってしまった。
一仕事を終えたシエルは小父さんを目線だけで見送ると、紅茶と共に頼んだ季節のフルーツのタルトを口に運んだ。
お茶会で盛り上がる話題といえば、最近では若者の間で人気の娯楽小説が主流だ。
舞台は王宮や貴族家であったり学園であったりと様々だが、実在の人物や団体の名前が小説に登場するわけではないので不敬に問われることはない。内容的に作者は貴族だと思われるため、そんなヘマはしないのだろうが。
逆に王侯貴族が小説を利用して世論を操作することもままあるようである。
そして、そういう小説にはよく『王家の影』という存在が登場する。
『影』とは王族やその婚約者の警護と監視、偽証を覆すための証言をしたり、天井裏に潜んでいたり、呼ばれたら何もないところから出てきたり?まぁ、物語の中でいえば脇役なのだがその話の内容によって色々なパターンがある。
東の方では『影』のことを『ニンジャ』と呼ぶ国もあるようで、その呼び名も国によって違うのだ。
しかし、ほとんどの小説では『影の一族』が存在し、代々その任に就いていると記述されている。幼いころから影としての英才教育を受け、目立たず生活し、当然仕事中は正体を知られないために黒衣を身に纏い闇に潜み、姿を隠す。
一族で共有する秘密。口伝で伝えられる技術と知識──。
しかし物語|と現実は往々にして違うものだ。
──そう、この国の『影』はスカウト制なのである。
「シエルも16才か。そろそろ教会に行かないといけないな」
フルーガ子爵が夕食の席で学園の一年生になったばかりの愛娘に声を掛けた。
この世界には魔法はないが『スキル』というものが存在する。
スキルには日常生活を少しだけ助けるようなものから物語に出てくる『魔法』のようなものもあれば、『超能力』という人の持つ能力の限界を突破したものなど様々な種類があるらしい。
中でも教会の大司教は『祝福』というスキルを使い、七色の蝶を飛ばすのだという。
主に王族の結婚式で使われるそのスキルは、滅多にないことではあるが件の大司教が気まぐれに司祭の役を買って出る一般貴族や平民の結婚式でも見ることが出来るらしい。
またスキル保持者は50人に1人とも100人に1人とも言われているが、中には一人で二つのスキルを持っている人もいるという。
何故はっきりしないのかというと、スキルを保持しているとわかっても秘密にすることが多く正確な情報を誰も把握していないからである。
それは過去の歴史の中で、力の弱い者がスキル保持者だと分かると権力を笠に着て無理矢理養子縁組をしたり、婚約を結んだり、ひどい時は親が子供を売ったり誘拐されることもあったらしいので仕方がないことなのかもしれない。
その為『スキル』は分別の付く16才になってから教会にある授受の部屋で判定を受けることとされている。貴族は義務、平民は希望者のみだ。
結果を知るのは本人とスキルの授受に立ち会った大司教のみ。親に言うも秘密にするも自己責任だ。
子爵令嬢とはいえ貴族。
家族全員『スキル』は不所持だが、スキルの有無は血脈とは無関係と言われているし、義務である以上行かなければならなかった。
「シエル・フルーガ子爵令嬢。おめでとう。あなたのスキルは『根』です」
「は?」
こちらからは何も見えないが、明らかに高価そうな水晶に映った文字が大司教様には見えるらしい。
自分にスキルがあったのも驚きだが、『根』ってなんだ。『根』って。と、シエルは思った。
「さて、あまり時間はありません。『影』というお仕事に興味はありませんか?」
「カゲとは、足元に出来る、あのカゲでしょうか?」
「・・・仮にそれだと、どんな仕事だと思いますか?」
(──ですよね)
「巷で流行っている物語によく出る『王家の影』、ですよ。
我が国の『影』はスカウト制でしてね。有用なスキルを持っている方にこうやってお声かけをしているのです。
因みにこの話は王家の秘匿事項ですのでここまで聞いて断ると言うのであれば、数日後にあなたはどこかの湖に浮くことになるかもしれませんけどね」
「聞かせたのはそちら・・・」
文句を言おうにも相手は教会の大司教という肩書の狸おやじだ。人の良さそうな笑顔で「どうされますか」などといかにも選択肢があるかのように聞いてくるが「是」と答える以外にシエルに生きる道はなかった。
「スキル無しでした・・・」
授受部屋を出るとシエルは両親にそう報告する。
『影』を担うことは家族にも秘密だ。勿論スキルのことも。
「我が家は誰もスキルを持っていないからそう落ち込むことではないよ」
フルーガ子爵は愛娘に優しく声を掛けるが、自分が落ち込んでいるように見えるのであれば、それはきっと狸おやじのせいだ。とシエルは心の中で毒づいた。
この「クソ司教」との出会いがすべてのはじまり・・・いや、クソ司教と出会ったせいでシエルの人生は終わったのだから、心の中で言葉が悪くなるくらいは見逃して欲しいと思った。
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